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もし~してくれたら 期待がなければ

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私たちの悩みのほとんどは、人間関係から生じているように思えます。

そして、それらの原因のほとんどが、私たちの側の勝手な期待から生じてはいないでしょうか?

つまり、相手の行動を見て、いらだったり期待はずれに感じるのは、「もし~してくれたらいい人、そうでないと私は機嫌が悪くなる」という一方的なあなたの決まりがその根底にあるのです。

誰かとの関係とは、「その人が私の期待に応えてくれるかどうかである」という「条件付き」のつきあいだと決め込んでいて、無条件の関係など期待できないと思うのが習慣になっているのです。

ですから、その原理に従うなら、人間関係とは、もしかすると私の期待と違う結果が生じる可能性があるから、私を傷つけたり、痛めつけるかもしれない怖いものになってくるのです。

しかし、本来人と人との関係とは、前提として条件がつけられているわけではありません。

あなたと違う考えを持つ人がいても、それが間違っているとか、そんなやり方をすると悪いことがあると、あなたの側で思わなければ、本来ニュートラルな関係に過ぎません。

相手の行動があなたに直接的な被害をもたらすなら、それを拒絶するとか、関係を絶つ必要も生じるでしょう。

しかし、あなたは多くの場合、なにも起きていないうちから、かってに警戒し、そのような警戒を引き起こすのは相手のせいだと思い込んでいるのです。

「相手がいなければ、私は平和なのに・・・」と。
しかしそれは本当でしょうか?

たとえば、あなたが全く知らない人と出会ったします。

最初はその関係は真っ白でニュートラルです。

会話を交わす前の相手の容貌などから、すでに過去の記憶が先入観を引き起こすかもしれません。

そして、あなたは早い段階で、相手がどういう人か見極めたいと思うので、その構えから、相手の特定の言葉に過剰に反応するのです。

それらのキーワードから、あなたは相手の人物像を早々と完成させてしまいます。

たしかに、全く先入観なしに相手と接することは無理かもしれません。

しかし、だから「100でなければ0です」と諦めないで、いつも50%の期待感をもつのなら、10%に抑えたらどうなるだろうと考えてみてください。

もしかすると、あなたはいつも90%も期待しているので、本来の50/50の可能性に戻すだけで、画期的に違って見えてくるかもしれません。

また、人間関係とは「何が期待できるか」だけで成り立っているのではないことに、気づくことです。条件を抜きにした関係がなにも無いとしたら、それ自体さびしいではないですか。

あなたが今日いらだった時を思いだしてみましょう。

そこには、必ずといっていいほど、あなたの期待や条件付けが存在しているでしょう。

「相手はこういう人でなければならない」と期待しなければ、そもそも、いらだつこともないし、相手のせいで自分は被害を受けたと思うこともないのです。

そして、相手には相手のしたいことをする権利があります。

反射的に、期待を思い浮かべたり、「相手のせいでこうなった」と結論づけることをやめてみましょう。

何も考えずに、相手への期待なしに、ただ自分のやり方で自分の思うとおりに行動してみるのです。

相手はあなたの期待にかかわらず、あなたに賛同するかもしれないし、反対するかもしれません。

それが、本来の反応なのです。

そうやって、あなたが色づけしなければ、ありのままの相手が見えてくるでしょう。

いらつくのは、相手のせいではなく、ただあなたが独り相撲をとっていただけだと気がつくでしょう。

そしてそこから、あなたが普段から、どんな期待を勝手に作り上げているかが見えてくるでしょう。

相手の顔を見る前から、反応を決めつけているあなたが見えてこないでしょうか。

それに気がつけば、いいニュースがそこにあります。

それが単なる習慣だとわかれば、あなたの側だけで、たった今からそれをやめることも出来るのです。その結果、いらだちも消え去るのです。


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こんばんは。

本当は、相手の攻撃も全て受け入れれば良いことなのですが例えば普段、何気にしているくらい自然な事『許していること』とでも言いましょうか…

誰しもが悩む人間関係に於いて、その中の自分を分析すると結局『攻撃されたくないという事』が見えてきます。言い換えると許すべき事ではないと。
仮に許したとしても、根本的に『許してどうするのか?』解らないから結果、また日々の喧騒に戻っていくみたいです。
更に掘り下げる事が肝心ですね。
何の為に許すのか?

全てを許してやっとそこがスタートライン。

私もよく仕事場やブログなどで相談を受けますが、皆、答えを知りたがるだけで本気になって自己を探求するという事を忘れてしまっているみたいです。

結局今のところ『私は攻撃されたくない』止まりなんですよね。

伝える事って本当に難しいです。




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