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これがなければ幸せになれない

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私たちは『これがなければ幸せになれない』と信じるものを追いかけます。

「これさえ手に入れば、いまよりも幸せな暮らしが待っている。」

そのように信じるもののリストを誰もが抱えていて、それを「私の夢」という美化された言葉で追い求めているのです。

しかし、はたしてその思い込みは正しいのでしょうか?

私たちが、そのように信じて追いかけている対象とは、かならず外部に存在するものです。

私がまだ持っていないものだから、それを手に入れれば、いまとは違う生活が出来るのだというわけです。

そして、私たちは、必要なものはすでに持っているとは考えもしません。

それどころか、外にあるものを追いかけるのに忙しくて、自分の内面を見ようともしません。

すでに自分の持っているものを、検討し直してみようなどとは考えないのです。

しかし、あなた自身いままで生きてきて、そのように外に求めたものが手に入ることで、本当に満足できたでしょうか?

それはものだったり、社会的な地位や評価だったり、あるいは自分を愛してくれると信じる誰かだったかもしれません。

それが何であれ、手に入れたから自分自身が変わるわけではなかったのではないでしょうか?

手に入れたという満足感や、しばしの達成感はあっても、それらが自分の内面を満たしてくれるものにならない限り、わずかな間しかその効力は続きません。

すぐに、「これじゃなかったのかな?何も前と変わらないじゃないか!」と思い始めます。

そこで、外側のものをいくら集めようと、自分の内面は満たされないことに気づいて、対象を自分の内側に切り替えることが出来れば、事態は変わってくるのです。

しかし、そのように考える人は滅多にいません。

そうではなく、手に入れたものが見当違いだったのだ、もっといいものを手に入れれば、本当に変われるのだと考えてしまうのです。

たとえば、それはあなたの思ったとおりに動いてくれる誰かだったりします。

この人はいままでの誰とも違って、私を理解し、私の願うことをすべてかなえてくれる。この人さえいてくれれば、すべてはうまくいくと考えます。

ですが、どんなに理想の人であろうと、あなたはあなたであり、その人はその人なりの生き方があるのです。

すべてがあなたの理想を満たす人など、探そうとすること自体に無理があるという事実を、認めようとはしません。

いつか理想の相手に巡り会えるはずだ、という夢を抱き続けることを選んでしまうのです。

この場合の問題とは、理想の人がいるかどうかということよりも、あなた自身の幸福を外側の誰かにゆだねてしまおうという点にあるのです。

いいかえれば、あなたひとりでは、自分の力では、自分を幸せにすることはできない、自分にはそのような力はないと思ってしまっていることが問題なのです。

あるいは、自分には自分を幸せにすることが許されていない、そんな権利はないのだと漠然と思っている人もいます。

その弱みがあるから、私は誰かに幸せにしてもらわないと、どうしようもないのだと考えるのです。

そのように考えているとすれば、「私を救い出してくれる誰かを捜すしかない」と思ってしまうのも無理はありません。

しかし、私自身に許可を与えられるようにならない限り、どんなすばらしい人に出会っても、望みは叶わないのです。

外側の物や人は、あなたを幸せにするためにどうしても必要なわけではありません。

必要なのは、いまのままのあなた自身を受け入れられることです。

「私にはそんな資格がない」とか「私ひとりではどうやっていいのかわからない」といった、「自分をありのままに受け入れることを拒む思い込み」を断ち切ることが、何よりも必要なのです。

いまの私自身を受け入れて、必要ならひとりでも生きていけると思えたとき、そのときこそ、あなたの理想の相手を受け入れることも出来るようになります。

私は私。あなたはあなた。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

それでも、偶然あなたがここにいてくれることを、私はうれしく思います。

そのように思える関係であれば、あなたは自分自身を無条件に受け入れたままでいられるし、相手に受け入れられたいというような思いから、駆け引きをする必要もなくなります。

そして、何を手に入れようと、ありのままのあなたを受け入れられない限り、満足も安らぎもないことに気がつくでしょう。

またそうなってくれば、あなたの欲しいものリストも不要になり、ゴミ箱に入れてしまう気にもなれるのです。

「これがなければ幸せになれない」そのようなものがあるとすれば、それは「ありのままの自分を受け入れる能力」だけなのです。

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「例えば、日暮れ時、 農家のアゼ道を 一人で歩いていると考えてごらん。 
庭先にりんどうの花がこぼれるばかりに 咲き乱れている農家の茶の間、 
あかりがかあかとついて、父親と母親がいて、子供がいて、 
賑やかに夕飯を食べている。 
これが、これが本当の人間の生活というものじゃないかね、君。」 
車寅次郎

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