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私とつき合う全く新しいアプローチ6~『プリテンド』

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プリテンド(ふりをする)

憂鬱なときは、楽しいふりをしてごらん
そんなに難しくはないことさ
そうすれば、いつまでも楽しいままでいられる
そう、その気になってふりをするだけでいいんだ

Pretend
Pretend you're happy when you're blue,
It isn't very hard to do,
And you find happiness without an end,
Whenever you Pretend.


「その気になってふりをするだけで、いつまでも楽しいままでいられる」とナット・キング・コールは歌います。

しかし実際はどうなのでしょう。
あなたが、何か望むものになったふりをして、もう私は大丈夫、そんな自分を演じてみる。

そのとき実際は何をしているのでしょうか。

自我は「私には何か足りない。直さないといけないものがある」と絶えず思っています。私(自我)の役割は、それを探し出し、改善することだ。絶えず努力していれば安心なんだ、というようにです。

そんなとき、「理想の自分になったつもりを演じてみる」という課題を発見したのです。

『よし、やって見よう。理想から離れた自分に戻らないように、いつも目を光らせるんだ。』

努力するのが好きなのが自我というものです。少なくとも今自分は力を発揮していると思っていたいのです。
その結果がどうであるかは、あまり関係がありません。
何かをやって、私を守っていればそれで満足なのです。

しかし、ふりをするということは、自分自身で今の自分はそうではないと知っているということです。

そして、ふりをしているときはハッピーになれるかもしれませんが、終わり無くそれを続けることは歌詞のようにはいきません。

そして、現実に戻ったとき、ふたたびそうではない自分を再確認してしまいます。
それは、何もしないよりも、理想から外れた自分を再認識して、やっぱり私はダメだという思いを強化してしまいます。

ふりをしてみたいほどの理想の自分はどこから来ているのでしょうか?

私は愛されたい、まわりの人からかまってもらいたい、関心を持ってもらいたい、注目されたい、評価されたい、他の人よりも優秀だと思われたい、特定の人に注目される自分でありたい、等々の理想。

そして、そこから派生する2次的な欲求は、社会的な評価や、地位や名誉や財産を自分のものにすることです。

「まわりの人からかまってもらいたい」と思うことが理想であるのは、今の自分にはそれが不足していると思っていることになります。

実際のところどうなのでしょう。

たとえば、あなたは相手がそう行動したくなるような状況を、作り出しているでしょうか。
あるいは、相手が関心を示してきたとき、充分にそれに反応しているでしょうか。

そういった自分の反応にもかかわらず、相手はあなたを素通りしていくのでしょうか?

それは本当ですか?

相手の思うことを私が左右することは出来ません。
私に出来るのは、私の側の反応だけです。
では、私の受け入れ体勢に問題はないでしょうか?

私には、もったいなくて受け取れない。
私には、何となく資格がないと思う。
私は、そんな柄じゃないから。
それは他の人が受け取るものだから。
・・・

このような自分自身への許可を持てない人は、たくさんいます。
特定の状況だけを考えれば、誰もが受け入れを躊躇している自分を抱えているのではないでしょうか?

どうせ『ふりをする』なら、逆のことをやってみましょうか?

先ほどの例で言えば、『私は、誰の関心も受けたくない。放っておいて欲しい。まわりの人間なんか嫌いだ。』という人間を演じてみるのです。

それも誇張(exaggeration)して演じてみるのです。
思いっきりふくれっ面をしたり、怖い顔をして、シッシッと払いのけて、にらみつけるか、顔も合わせない・・・

そのことで、私はどう感じるでしょう。
どんな人間になったと感じるでしょう。
それは、普段の自分と比べてどの点が同じで、どの点が違っているでしょう。

まだそれを続けたいと思うでしょうか?

もしかすると、普段から部分的にそのようなことをしている自分を発見するかもしれません。
気づいたら、その仕草をさらに誇張して演じてみましょう。

その仕草がおかしく感じられ、ばかばかしくなるまでやってみるのです。

そんなことは、もうやめようと思えるでしょうか。
そう思ったとしたら、私の受け入れ体勢に変化を感じるでしょうか?

「私には、何となく資格がないと思う」という感じは相変わらずですか?
それとも何か発見はありましたか?

相手を受け入れることを躊躇している人は、実際たくさんいるはずです。
あなたがそう思っているなら、他の人も同じような弱みを抱えているのです。

今までの自分を脇に置いて、あなたが相手の躊躇を説いてあげましょう。
「大丈夫、私は聞いてあげるよ」と言ってみましょう。
「私も拒絶はいやだから、あなたを拒絶したりしないよ。あなたが今は一人で痛いなら別だけど」

誰かにそういう姿勢を見せることで、あなた自身の自分への許可はどうなったでしょう?


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こんばんは。

私は私という単純な答えの形なのに、何故皆は道から外れるのでしょうか?

選択したことに対し
『私は選択していないよ』とどこかに転嫁する風潮が当たり前になってしまいました。

同じに見える世界でも個々では全く異なる世界が展開しているという
『真実ではなく事実』を忘れてはいないでしょうか?

あなたの世界はあなたのものだ。
あなたの世界は許可が、必要なのか?

簡単で難しい
世界のモノサシに

優しく闘いを挑むパオさん

本当に光ってます。
陰ながら応援してます。


Re: タイトルなし

孤高の鷹さん、いつもありがとうございます。

おそらく原理は単純なことですが、今まで自分を守ってきた自我は、良くも悪くも、それを手放すことは難しいのでしょう。
心理学的に言えば防衛規制がはたらく、それは意識してやろうとしないうちに働いてしまう。

ですから、誰の責任とか、誰が正しく誰が間違っているという視点からは、肝心なことはなかなか見えてきません。
地味ながら自分をありのままに見ること、これが何よりもスタートになるし、それを置いての、外からのアプローチだけではなかなか変わらないのだと思います。

> こんばんは。
>
> 私は私という単純な答えの形なのに、何故皆は道から外れるのでしょうか?
>
> 選択したことに対し
> 『私は選択していないよ』とどこかに転嫁する風潮が当たり前になってしまいました。
>
> 同じに見える世界でも個々では全く異なる世界が展開しているという
> 『真実ではなく事実』を忘れてはいないでしょうか?
>
> あなたの世界はあなたのものだ。
> あなたの世界は許可が、必要なのか?
>
> 簡単で難しい
> 世界のモノサシに
>
> 優しく闘いを挑むパオさん
>
> 本当に光ってます。
> 陰ながら応援してます。

そうですね。

自分すら気づかないフリをする、現代人の心の有り様は最もタオから外れた生き方ではないか?
そんな風に感じます。
真似事が真なら真似事もいつか本物だと気づくチャンスは、この『繰り返し』が許された時間だけだとおそらくは思います。
私達は『宇宙』だと、どこかの誰かが言っておりましたが、単なる現実逃避でしょう。
確かに『宇宙』ですが私達は、この『素晴らしい体』で全てを肯定することができる。
これ以上に何がありましょうか?

最近、瞑想やらエネルギーやら宇宙やら訳のわからない現実逃避や妄想家が増えておりますが、それは謂わば見えないものに『自分が作ってしまった現実の責任転嫁』をしてるように思います。

そして、それが進化だとも…
全く情けない話です。
これ以上はこのブログの迷惑になりますので書きませんが、パオさんが私と同じ道にいる人だと感じて、もう一人の自分にエールを送るつもりでコメントさせて頂いております。
どうかご了承下さい。
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