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怒れば欲しいものが手に入る?

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気に入らないとすぐに怒鳴り散らす人っていますよね。

まるで自分だけとんでもない被害者になっていて、まわりには理不尽な人間がいて自分を攻撃しているかのようです。

「こんな状況なんだから、私が怒って怒鳴り散らしても仕方ないだろう」と訴え、自分に言い聞かせているようです。

ですが、普通は起きているのは、状況が先ではなくて、そのように世界を見たり、作り上げようとする、その人の構えが先にあるのです。

欲しいものが手に入らないと、怒ったり、泣きわめいたりして、それが手に入るまで意地を張り続ける子どもの頃の習慣を再現しているかのようです。

その人にとっては、怒りを発動されるに十分な状況に見えたわけですが、他の人からすれば、ちょっとした意見の相違や不具合に過ぎないわけなのですが。

しかし、怒りや攻撃は、やすらぎや思いやりとは、どこまで行っても共存できません。

あなたが、やすらぎや愛情を感じたいのなら、怒りを捨て、攻撃で何かを手に入れるやり方を諦めることです。

「こんな状況なんだから、私が怒って怒鳴り散らしても仕方ないだろう」とすぐに思ってしまう習慣を断ち切ることです。

もっとも、私たちのくらす社会や文化には、このような攻撃によって安全を確保しようという考えを支持したり、促すような背景が潜んでいます。

それにもかかわらず、自分は攻撃しないとならないときもあるとか、防衛しないと安全でないという考えを出来るだけ持たないようにしようと決心することです。

攻撃は最初は自己弁護の気持ちとして表れるかもしれません。

あなたが自己弁護しなければならないと感じるのは、自分の怒りや攻撃したくなる気持ちを正当化したくなるからです。

他人を攻撃しているとき、実は自分自身に対して恐れや罪悪感を抱いているのです。

その恐れから目をそらしたり、自分が罪悪感を抱いているのを認めたくないから、その原因が外にある、つまりまわりの誰かのせいで自分が被害を受けているということにしてしまいたい(投射)という心の働きがそこにあるのでうす。

怒りの感情が起きてしまったら、それをごまかす訳にはいきません。
ですが、それを他人や自分自身に向けてしまえば、結局は誰かを傷つけて、しかも根本的には原因が消えないままに終わってしまいます。

そうならないためには、自分自身が怒っていることを認め、その原因を外に探さないで自分自身に向き合うきっかけにすることです。

怒りが収まらない間は、なかなか冷静にはなれないでしょうが、誰かに向けてしまえば後に遺恨を残してしまいます。

他人も自分も傷つけない方法で、怒りをなだめながら、「こんな状況なんだから、私が怒って怒鳴り散らしても仕方ないだろう」という考えを支持しないでいる。

怒っている自分を充分に感じながらも、それと正面から向き合ってみようと自問自答してみましょう。

空想の中で、怒っているあなたと、聞き役に回ったあなたとの間で、気が済むまで会話をしてみましょう。

あなたが必要以上に拡大しなければ、いまここで起こっていることには、そこまで怒りを続けたり、誰かを攻撃する必要などないことがわかってくるでしょう。

今ここに存在する、ちょっとしたきっかけと、それが引き起こした過去の記憶が、怒っても仕方ない状況を作り出し、何とかしなければならないとあなたをかき立ててしまったことがわかるでしょう。

攻撃や防衛という手段を使わなければ、安全ではいられないと信じ込むのをやめましょう。

それを手放したとき、はじめて恐れの方から消えて無くなることがわかるでしょう。
そのときこそ、本当に自分が安全だと感じられるのです。


あなたを攻撃してくるように見える人は、攻撃したいのではなくて、自分自身の恐れからビクビクしていて、自分を守るために必死で攻撃的に身構えているだけだと理解することです。

怒っている人に対して、圧倒されずに、よく見てみれば、そこにおびえた顔が隠れているのが見えてくるはずです。

そして、もしその人が怒ることで何かを手に入れようとしているなら、それに手を貸すのではなく、怒りや攻撃を使わなくても、欲しいものを手に入れる方法はあるのだと教えてあげることです。

怒っている人ではなく、怖がっている人だと見方を変えるだけで、対処の仕方は全く違って見えてきます。

そして、他人の怒りに対処できることが、やがてあなた自身の怒りにも同様に働くことがわかってくるでしょう。

怒りや攻撃の必要を感じなくなった分、安全とやすらぎを感じられるようになっている自分がそこにいるはずなのです。

怒りや攻撃が必要という考えこそが、恐れを作り出していたことがわかってきます。
そして、いまここには、それを必要とするものなどなにもないこともです。



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怒っているわけではないんですが…

原因が怯えであれ自信のなさであれ、

いわゆる「人より優位でいたい」パワーゲームにより相手をやり込める攻撃ばかりをしてくる母親に困っています


姉ははっきり拒絶し「キツイ子」として距離を取れていますが


昔からつい相手優先にしてしまう私には我が儘三昧、言いたい放題…
表面的には言い返せず
(実はどぅでもよいと思っていたので適当に合わせていた)

「ヘタレで」
「意のままになる子」
と思われています


1番困っているのは「言葉以外で相手を動かそうとする言動」です


最近は
「言葉通りに」
相手に合わせ

相手に
「言った責任」
を取らせるようにしており…
つまり「言動一致」ですね


大分改善しましたが
(本人は以前のやり方が通らないので不機嫌)


親で高齢なので逃げる分けにも行かず、「良い娘になろう」等とは微塵も思っていませんが


まともに話そうとしても自分に部が悪い話だと過剰反応

気に入らないと
感情的に怒りまくるだけなので
(ひどい時は泣き落とし…昔の話を蒸し返し)


子供の頃(10才くらい)より
本音では話せず

最近では

「私がつまらないのはアンタのせい」

「アンタは楽しそうでズルい」等…

Re: 怒っているわけではないんですが…

あさひさん、コメントありがとうございます。

なんとなく、対応に戸惑っておられる様子が伝わってきました。

文面の範囲では、何とも言えない部分があるので、ここから書く内容は、あくまでこの範囲で感じた印象に基づいています。見当違いのこともあるかもしれませんので、ご了解ください。

まず最初に、親であれ誰であれ、自分以外の人を変えるのは大変なことです。
しかし自分が変わることは、すぐにでも出来ますし、現実に出来るのは自分が変わることだと思うのが現実的です。

ですから、お母さんを変えようとするのでなく、対応に困ってしまう自分の受け止め方を見直してみるのが効果的だと思います。

文章を拝見して、1つ目についたのは、『姉ははっきり拒絶し「キツイ子」として距離を取れていますが』という表現。

「キツイ子」という表現は、お母さんの言葉かもしれませんが、あさひさん自身も同様に感じているのかもしれませんね。

ですが、その「きつさ」は実は正当な対応の仕方である可能性もあります。

つまりあさひさん自身もきついと感じるから、表現できずにいる。こんなことを言ったら年取った母親がかわいそうだと感じてしまう。

ですが、人は今の慣れ親しんでいる自我がどういう状態であれ、本当の大切なことは見分けられるものです。
今の自分からすればきつく感じても、素直に受け取れば、そちらの方が正しいことはわかるものです。

一方で、皮肉を言ってきても、あさひさんが、あくまで自分の素直な気持ちに従って対応を続ければ、お母さんの対応も変わってくるのではないでしょうか。

A「わがままを言う」->B「拒絶する」->A「皮肉で返す」->B「悪いことをした気になる」

というゲームが成り立つことをお互いが許す間はこれが続きます。
しかし、それをやっている間、どちらもいい気分ではなく、本当はやめたいのです。

最初に言いましたように、あたっているかどうかはわかりません。
しかし、変えられるのは自分だけ、自分の感じ方を今一度振り返ってみるのも、何かの発見に繋がるかもしれません。

いつまでも「お互いが」嫌な気分を味わうのは、いいことではないでしょうし、それは必ず変えられるものです。


> 原因が怯えであれ自信のなさであれ、
>
> いわゆる「人より優位でいたい」パワーゲームにより相手をやり込める攻撃ばかりをしてくる母親に困っています
>
>
> 姉ははっきり拒絶し「キツイ子」として距離を取れていますが
>
>
> 昔からつい相手優先にしてしまう私には我が儘三昧、言いたい放題…
> 表面的には言い返せず
> (実はどぅでもよいと思っていたので適当に合わせていた)
>
> 「ヘタレで」
> 「意のままになる子」
> と思われています
>
>
> 1番困っているのは「言葉以外で相手を動かそうとする言動」です
>
>
> 最近は
> 「言葉通りに」
> 相手に合わせ
>
> 相手に
> 「言った責任」
> を取らせるようにしており…
> つまり「言動一致」ですね
>
>
> 大分改善しましたが
> (本人は以前のやり方が通らないので不機嫌)
>
>
> 親で高齢なので逃げる分けにも行かず、「良い娘になろう」等とは微塵も思っていませんが
>
>
> まともに話そうとしても自分に部が悪い話だと過剰反応
>
> 気に入らないと
> 感情的に怒りまくるだけなので
> (ひどい時は泣き落とし…昔の話を蒸し返し)
>
>
> 子供の頃(10才くらい)より
> 本音では話せず
>
> 最近では
>
> 「私がつまらないのはアンタのせい」
>
> 「アンタは楽しそうでズルい」等…

ありがとうございました

ご丁寧なコメントにアドバイスありがとうございました

薄々考えていたことをより的確にご助言いただき納得させられ…また大変心強く思えました


結局自分なんですね

書かせて頂いた最近の試みもこちらのバックページを拝見するようになり

自然と出来るようになって来たんです

ありがとうございます…

自分も母も共に心晴れやかでいられたらと思います

確かに感情的な人は苦手ですが。

そういった人に接するうち、自らも知らないうちに自らも同じ穴の狢になっていたということを最近経験しました。

どうありたいか、意志の強さは呆気ない程脆く崩壊してしまいました。
きっかけは何気ない一言だったり耳にしたことだったり。

でも人が集まって作り出す環境の渦に逆らえるほど私は強くありません。

今回の経験は怒りに身を任せて攻撃する心理は私の中にも等しく存在していたこと、誘惑に立ち向かえなかった自分の弱さ、人は付き合う人によって簡単に自分のありたい姿から遠ざかってしまうことを学びました。

今、自己防衛を以て自身を追い込むことでその過去を清算しようとしている自分にバカだな、損だなと思うのに、それを選んでいます。

でもそんな自分で作り上げたニヒルな自分にどこかホッとしているんです。
結論が出ているのにいつまでも煮え切らない自分に自ら決定打を与えて清算しようとする私はナンセンスですか?

Re: 確かに感情的な人は苦手ですが。

> そういった人に接するうち、自らも知らないうちに自らも同じ穴の狢になっていたということを最近経験しました。
>
> どうありたいか、意志の強さは呆気ない程脆く崩壊してしまいました。
> きっかけは何気ない一言だったり耳にしたことだったり。
>
> でも人が集まって作り出す環境の渦に逆らえるほど私は強くありません。
>
> 今回の経験は怒りに身を任せて攻撃する心理は私の中にも等しく存在していたこと、誘惑に立ち向かえなかった自分の弱さ、人は付き合う人によって簡単に自分のありたい姿から遠ざかってしまうことを学びました。
>
> 今、自己防衛を以て自身を追い込むことでその過去を清算しようとしている自分にバカだな、損だなと思うのに、それを選んでいます。
>
> でもそんな自分で作り上げたニヒルな自分にどこかホッとしているんです。
> 結論が出ているのにいつまでも煮え切らない自分に自ら決定打を与えて清算しようとする私はナンセンスですか?

miiさん、コメントありがとうございます。

最後のアタリ、

>自己防衛を以て自身を追い込むことでその過去を清算しようとしている自分

とは、実際に何を意味するのかはっきりつかめませんでした。

今回経験されたことで、自分の中にまわりの状況次第で発露する怒りが存在すること、そんなものどこにも持っていませんと作ろう自分に、自己防衛を見つけたことなど、大きな進展ではないかと思います。

誰かのせいではなく、自分の中にも「いい加減許さない」と言い出す自分がいることを、そのまま認めることが次へのスタートではないでしょうか。

たしかに、人によって自分の見たくない自分を引っ張り出してしまう人もいるし、穏やかなままの自分を維持させてくれる人もいます。
そこで、それを相手の責任と見るか、自分の問題であると見るかで、まわりの環境次第で依存してしまうままにするか、自己解決できる問題として取り組めるかが変わってくるのではないでしょうか。

『攻撃や防衛という手段を使わなければ、安全ではいられないと信じ込むのをやめましょう。
それを手放したとき、はじめて恐れの方から消えて無くなることがわかるでしょう。
そのときこそ、本当に自分が安全だと感じられるのです。』

と書いているのは、相手への攻撃のもとになるものは、まず自分の中にあるとわかることで解決するということです。

このあたりは、以下の文章を読んでいただいた方がわかりやすいかもしれません。

『何が人間関係を苦しくさせているのか?』
<http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-1071.html>

『そんな問題ばかりの不十分な存在が、まわりにいる人間であると信じていますから、油断すれば痛い目に遭うだろうと考え出すのも無理からぬことです。

そして、それらの批判は、実は自分自身に返ってきます。
他人を批判しながら、それは実際には自分も同じだと認めなければならない、でも認めたくない。
少なくとも自分はそうならないように努力しているんだ、と言い聞かせているのです。』


表に出さないでうまくやっていければいい、と考えるのも1つかもしれませんが、根本的な問題を解決して、それを繰り返さない自分を目指したいと思うなら、長年避けてきた嫌な自分も見なければいけないかもしれません。

どうするかは自分次第、どちらが正しいかどうかではなく、これから先どう生きたいかということではないでしょうか。

お返事有難うございます

>自己防衛を以て自身を追い込むことでその過去を清算しようとしている自分

とは様々な感情の中の一つである相手を批判し、私は悪くないと公言することです。

煮え切らないのは自分の気持ちに正直ではなかったから。
でも時間は待ってはくれず、過去となった出来事を振り切るために枷を設けて自身を納得させるためにもそうしました。

ですが、何だか相手の思うつぼだったようで癪に障ります、、、そう考えてしまうこともまだまだこだわっているんでしょうね。

Re: お返事有難うございます

> >自己防衛を以て自身を追い込むことでその過去を清算しようとしている自分
>
> とは様々な感情の中の一つである相手を批判し、私は悪くないと公言することです。
>
> 煮え切らないのは自分の気持ちに正直ではなかったから。
> でも時間は待ってはくれず、過去となった出来事を振り切るために枷を設けて自身を納得させるためにもそうしました。
>
> ですが、何だか相手の思うつぼだったようで癪に障ります、、、そう考えてしまうこともまだまだこだわっているんでしょうね。


>何だか相手の思うつぼだったようで癪に障ります

お気持ちよくわかります。
どちらかが負けを認めないと気が収まらない。
そういったゲームは、どちらにとっても、あと味が悪いのです。

一見相手を言い負かして、一時的に気分が良さそうに見えても、
それは正直に自分を振り返れば本当にやりたかったことで無かったことがわかってきます。
人を犠牲にしての勝ちは、自分も傷つけます。そして自分自身はだませません。

「悔しい気持ちがある、何とか仕返ししたい!」というのはちっとも不思議ではないと思います。
今までそうすることを覚えてきたし、社会もそんな風に出来ているからです。

ですが、だから今度は勝ってやると挑発に乗っていては、自分もゲームから抜けられません。
今は辛くて悔しくても、長期的に見ればやめてよかったと思うときが来ます。

やめようとしない人達はいつまでもゲームの腕を磨いて、お互いを傷つけ合うことを繰り返します。

本当の満足を選択することです。いまの目の前の悔しい思いを捨ててでもです。

それから、今日のガンガジの記事を読んでみてください。なにかピンと来るかもしれません。









こんばんは、有難うございました。

お礼のメッセが遅くなりました、あれから体調不良により伏せておりました。

私にはまだガンガジへの理解には時間がかかりそうですが、手放してみることの大切さや自分の選択への責任などはなるほどと納得しました。

PAOさんの
>どちらかが負けを認めないと気が収まらない。
には確かにそうだなと思ったからこそ辞める決断をしたときの気持ちを思い出し、自らの選択への責任にも深い理解を示すきっかけをいただきました。


今はやっと整理もついて新たなステップの前に静養中です(汗

心がこんなにも穏やかなのはきっと、きちんと前を向くことが出来たからなのだろうと思います。
同時に、様々な渦を巻いた感情の記憶は私の貴重な経験の一つとなりそうです。

本当にありがとうございました。
春の芽は直ぐそこまで近づいておりますが、まだまだ冬将軍の強さを感じる日々です。
パオさんもくれぐれもご自愛くださいませ。

画面上の無機質な空間の中で素敵な時間を提供して下さり、また共に共有できたことに感謝を込めて。


追伸、ちょっとクサすぎたかな?笑

mii


Re: こんばんは、有難うございました。

miiさん

なんだか、お元気そうな様子が伝わってきました。
文章にも、ずっと余裕が感じられて、,,,
よかったです。
貴重な経験は、ご自身できちんと自分に向き合われたからこそ。
がんばって!

pao
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