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私がちゃんと知ってるからね・・・

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自分のやっていることなんて、つまらないことだと感じる時もあるかもしれません。

 

 

だれもが、いつも自己評価MAXでばかりは、生きられないのがあたりまえ。

 

 

でも、つまらないことばかりと思っている日常から、

 

新鮮で、ワクワクして、やりがいに満ちた日常に変えることだってできるのです。

 

 

「また今日もこれをやるのか」と思ってスタートしないでみましょう。

 

 

「今日も、こんなにやれることが、いろいろとあるのだ」と思い直してみましょう。

 

 

今日はあれもこれもやりたいが、どれからやろうかと選べることのうれしさを感じてみましょう。

 

 

いきなり難しいことに取り組まなくてはとか、やる以上完璧に出来ないといけない、などと思わないでみましょう。

 

 

なんなら、普段毎日やっていることを、今日はちょっとだけ工夫して、

 

「昨日とは違うなにかを見つけてみよう」ということからスタートしてもいいでしょう。

 

 

「完璧に」ではなく、「ベストを尽くせばいい」と考えてみましょう。

 

 

成果のよしあしではなく、「どれだけ自分がいっぱい生きたか」を振り返って見るのです。

 

 

他人からの評価を待ち続け、何も言ってもらえなくてがっかりしていないで、あなたが、あなた自身を評価しご褒美をあげましょう。

 

 

「私がちゃんと知ってるからね・・そっとそしてやさしく自分に言ってあげました」

 

 

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『ちゃんと知っているから』

http://www.gokuraku-net.org/snow/kibunn-tyanto1.htm

 

MS(多発牲硬化症)という難病と戦って最後まで一生懸命自分を生きた「すのうさん」のブログから

 

    「snow letter 」

 

    「自分で出来ることは自分でしましょう」私の事よく知らないから言われました。

 

    知らないんだからそう言っても仕方ないけど。

 

    でもこう見えても私、ちゃんとやってるんだから・・

 

    そうでなかったら今頃もっと体力なくて歩いたり、笑ったりしてないと思います。

 

    皆自分に今何が一番大切かちゃんと知っています。

 

    人に言われる前に自分で自分に嫌っていうほど言ってあげてると思います。

 

    「自分でできることは自分でしましょう」って言われた時、あまり体力がなくて上手に歩けなかったけど、とりあえず自分で出来ることは自分でしようって決めていたし、そうしてたのです。

 

    こんなに一生懸命歩いているのに、誰の手も借りてないのに。

 

    がんばってる人にむかって、「自分で出来ることは自分でしましょう」って言わないでほしい。

 

    それともそう言ったってことはなまけてるように見えたのかな。

 

    雪絵が今日までどうやって生きてきたか、私がちゃんと知ってるからね・・

 

    そっとそしてやさしく自分に言ってあげました

 

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社会に適応することは、うまく適応出来ないときだけでなく、うまくいっているときにも、注意することがあります。

 

それは適応した自分が、自分のすべてではないということです。

 

むしろ、うまくいっている時の方が、評価される自分ばかり大切にしたくなるでしょう。

 

適応することは、本来の自分から無理をしてでも、自分を見せようとすることに繋がります。それがいい結果をもたらしてくれているときでも、それは同じです。

 

ですから、どこかで、いつも見守っているトータルな自分を忘れないことです。

 

たとえ、そのときは誰も評価してくれなくても、自分を信頼できることのできる自分と一緒に居続けましょう。

 

 

まわりの評価が気になるときほど、流されないように注意が必要です。

 

それが良い評価であっても、それだけが自分でないことを忘れないことです。

 

あなたの本来の自分を維持することは、意識してやっていなければ出来るのではありません。

 

 

今は、こんなにうまくいっているのに、「何でそんなことを気にする必要があるだろう?」と思われるかもしれません。

 

 

しかし、いつまでも、その状態を維持できるわけではありません。

 

そうしている間に、適応する自分こそが自分だと思ってしまうことが、怖いのです。

 

偏った自分を自分だと思い込むことは、は必ず、先で問題を起こします。

 

どんな時も、あなたを見守っているトータルな自分を忘れないことです。

 

そうできてこそ、なにが起きても信頼できる自分を維持できるのです。

 

まわりの状態がどうなろうと、誰かに裏切られたと思ったときでさえ、いつでも自分を見守っている自分がいると信頼できるのです。

 

どんな逆境にあろうと、帰る場所があると思えるのです。

 

『私がちゃんと知ってるからね・・』




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許す、許せない、許す

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ヘミングウェイの短編にあるお話だそうです。

 

 

゚・*:.. ..:*・゜゚・*:.. ..:*・゜゚・*:.. ..:*・゜

 

 

不幸な出来事が重なって、親子は仲違いして少年は父親を置いて家を飛び出す。

 

 

息子を捜し続ける父親は、最後に新聞の尋ね人欄に広告を出します。

 

 

    愛するパコ。

 

    明日の正午、マドリードの新聞社の前で会おう。

 

    すべてを許す。愛している。

 

 

翌日の正午、新聞社の前には

 

許しを求めて800人のパコが国中から集まった。

 

 

゚・*:.. ..:*・゜゚・*:.. ..:*・゜゚・*:.. ..:*・゜

 

参考

幸福セラピー グレン・ヴァン・エカレン

ディスカヴァー・トゥエンティワン / 2005-12-06 /

 

 

普段は何気なく暮らしていても、心の奥底で許しを求めている人は、こんなにいるわけです。

 

 

許しを求めているとは、自分を許せないでいる人がいるということです。

 

 

自分を許せないことと、誰かを許せないことは非常に密接に絡み合っています。

 

 

片方が存在すれば、もう一方もあると言ってもいいくらいです。

 

 

誰かを憎んでいれば、それは対象を外に向けているということですが、

 

同時にそんな自分の思いを許せないで自分を責めている自分も存在するように思えます。

 

 

そして、二人の間で、片方が「すべてを許す」といったとき、普段は隠していた憎しみや罪悪感が一気に目を覚まします。

 

 

 

例えば、子どもの頃、両親が忙しくてあまりかまってもらえないことが多かったとしたら、

 

子どもは、寂しかったり、甘えたい欲求を我慢するしかないと思い、そういった感情を育てないようにします。

 

大人になるにつれて、そういった我慢は当たり前のことになり、大人はそんなことは、いちいち感じないのが普通だ、と思うようになります。

 

 

心の中に抑圧されていった思いは、本当はお父さんや、お母さんに甘えたかったことだったと感じなくしていきます。

 

しかし、時折、それは親への恨みや怒りとなって現れ、許せない思いを育て続けているのかもしれません。

 

 

ひとつの許せない思いは、さまざまに形を変えて、さまざまな相手に対してそれを投影します。

 

 

また、そんなことを感じる自分自身への怒りが、自分の罪悪感として感じられるようになってきます。

 

 

そんな思いは、どんな環境に育ったとしても、多かれ少なかれ大人になっていく中で蓄積されていくものです。

 

 

ですから、誰かが「すべてを許す!」と叫んだら、

だれもが、一斉に振り返りたくなるのです。

 

 

許せない相手は、必ずしも憎いと思うだけではありません。

 

 

もしかすると、相手と目を合わすのが恐いと感じて、恐怖症のかたちをとるかもしれません。

 

 

いずれにしても、「許せない、でも本当は許したい」という思いが蘇ったとき、

 

私たちは冷静さを失ったり、憂鬱な思いが押し寄せてきたりします。

 

 

 

 

 

できることは、相手にかかわらず、自分が許すことだけです。

 

ゆるすことは、ほかの誰のためでもなく、自分自身の解放のためと思って許すのです。

 

 

そして許せないという思いは、相手には何の効果もなく、

 

自分を痛めつけているだけだと気がつく必要があるのです。

 

 

それは、早ければ早いほど、ダメージを大きくしなくて済むのです。

 

たとえ、その誰かが変わらないとしても、あなたには平和が訪れるのです。






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認めてもらおうという気がなければ、あなたはどんな人になりますか?

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「相手にどうやって自分の存在を認めてもらうか」

 

 

これは、私たちがふだんから、ほとんど意識せずにせっせとやり続けていることではないでしょうか。

 

 

よりはっきりさせるために、このような設定を考えてみて下さい。

 

 

・あなたが相手に印象を与えて自分の存在に気づいて欲しいと思っている人。

 

 

・愛されたいと思っている人。

 

 

・相手に自分はこんな才能があると気づかせて、「すごいなあ」といわせたいと思っている人。

 

 

・怒らせたくないと思っている人。

 

 

・あなたを支配できると思って恐れている人。

 

 

このような人を前にして、あなたがどんな行動をするだろうかを考えてみて下さい。

 

 

・必要以上に相手の言葉に感銘したと伝えようとする。

 

 

・注意を惹こうとして、相手の喜びそうなことなら、自分にとってつまらなくてしょうがないことでも質問する。

 

 

・何とか自分を売り込まなければいけないと思って、自然な会話は上の空になり、心が落ち着かない。

 

 

・相手の考えに合いそうもないことは、いくら自分で思っていても言ってはいけないと思い窮屈な会話になる。

 

 

・相手が気に入ることを探り出して、自分がそういう人間であると見せるのに必死になる。

 

 

つまり、極端に言えばあなたは相手の奴隷になり、自分に正直には生きられないということです。

 

 

ここで、それなら自分がその相手に対して、相手が認めてくれようが、どうしようがかまわない、相手が自分を好きにならなくても、いっこうにかまわないという前提だったらどうなるでしょう。

 

 

そのつもりで接したら、その場合自分はどのようになるだろうかを想像してみます。

 

 

・あなたは自分の思ったことをチェックしたりせずに自由に話せます。

 

 

・相手の言うことに自分を合わせようと思わないので、ゆったりと相手が言っていることを聞き取れるでしょう。

 

 

・相手の提案に対しても、自分の利害関係を考えないので、率直にYES・NOを答えることが出来ます。

 

・この会話で成果を上げなければならないという緊張感や制約もないので、自由に話を楽しむことが出来ます。・相手に自由に自分を表現して、それで相手が嫌いになろうがなるまいが関係ないと思うことが出来ます。

 

 

そして、このような自然な自由な会話が、あなたからどれだけストレスを解放するかを想像してみましょう。

 

 

また制約のない会話のおかげで、どれだけ実りの多い相手との関係が得られるかを考えてみて下さい。

 

 

これは仕事だから、重要な取引だからという理由で、どれだけ「認めてもらおうという」という気持ちから行動しているかを知ります。

 

 

そして、もしその制約がなかったらどうなるだろうかを想像してみて下さい。

 

 

それがないと、ぜったいにダメ、うまくいかないと言いきれますか?

 

 

逆に、そんな制限がなければ、もっとうまくいくかもしれないという可能性は見えてきませんか?

 

 

過去を振り返って、知らず知らずに、そのような自然な関係を持ったおかげで、とても有意義な時間を過ごせたという経験があるはずです。

 

 

「認めてもらわなければ」という恐れから来る行動を、そんなものはいらないと拒否する勇気が出てきませんか?

 

 

 

そして、制限して作り上げている関係とは、あなたの側で作り上げた人工的なものであり、自分とは違う人間を演じないとなりたたない牢獄であたのだ、と思えてこないでしょうか。

 

ずっとそのままでいたいと思いますか?

 

 

いつかそうでない関係に戻れるから、いまは仕方ないと思っているかもしれません。

しかし、いま変わらないことは、おそらく永遠に変わらないでしょう。

 

 

そのうち、やり方を変えると言いながら、これは必要悪であると理由をつける方が簡単になり、それが習い性になってしまうからです。

 

 

しかも、そのやり方は、特定の相手だけでなく、いつのまにか、誰に対しても同じやり方をするようになっていくのです。

 



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個人的な受け取り方から抜けだそう〜すぐにキレないため

個人的な受け取り方から抜けだそう〜すぐにキレないため


 

いきなり結論から入りますが、ついムカッとなったり、キレてしまう状態から脱却するには、・・・・

 

いつまでも出来事を個人的に受け取り続けないことです。

 

 

私たちは普段からものごとのとらえ方の癖といったものを持っています。

 

 

ですから、いきなり自分の枠組みから外れた働きかけを受ければ、身構えたり、反発を感じたり、攻撃に転じたりしてしまうのも仕方のないことです。

 

 

「相手はこういう人だから、こういう言い方をしがちだ」という情報を持っていれば、それが防止に役立ちそうにも思えますが、やはりいきなり話しかけられたりしたときには、その場ではつい衝動的に反応してしまうものです。

 

 

相手の傾向について情報を持っていれば、後からそれを使って相手の言動を理解し直すことは出来ますし、それを繰り返していれば徐々に衝動的に反応することも少なくはなっていくでしょう。

 

 

いつも一緒にいる家族や同僚となら、そういうことも出来ますが、会う人会う人ごとにいちいちそんな対応が出来るわけではありませんね。

 

 

 

そう考えてくると、むしろ「キレない」でいようとするよりも、いつまでもその状態をとり続けないことを考える方がずっと現実的なのではないかと思うのです。

 


 

いつまでも反発が修まらなかったり、こだわりがとれないのは、最初に言ったように、いつまでも出来事を個人的に受け取り続けるところにあると思います。

 

 

つまり、相手の言ったことや行動が「わたしという特定の個人に向けられた」ものであると思いこみ過ぎるのです。

 

人の心理というのは、誰か特定の人にだけ向けられた思いのように見えても、ほとんどの場合は「自分(1人称)」か「誰か他の人(2人称あるいは3人称)」かという大ざっぱな2種類のものに向けられたものなのです。

 

またさらに言えば、自分に向けられた感情と他人に向けられた感情は、容易に入れ替わってしまうものです。

 

相手を攻撃している思いは、容易に自分への攻撃にも転化しますし、その逆の現象も同様におこります。

 

 

ですから、人の心理状態は誰か特定の人への思いというよりも、その人固有の構えによって生じた、不特定の相手への感情表現であると考えた方が近いように思います。

 

 

つまり、何かを許せないと思う人は、あなたに対してだけではなく、他の誰に対してもその非難を向けがちだということです。

 

 

それをいつも、いつも「わたしという特定の個人に向けられた」ものであると気にしすぎることはありません。

 

 

たとえ相手の人が「他の人はそんなことはしない。あなただけだよ!」という表現を使ったとしても、だから私は特別変わっているんだというように思わないことです。

 

 

その人はいたる所で、あなたのような人を見つけているはずですから。

 

 

また、こういうことも言えます。

 

その非難が、もし普段から自分の気にしている弱みだったりすると、つい自分だけに対する攻撃のように思ってしまうでしょう。

 

 

しかしほとんどの場合、あなただけが気にしすぎる必要はないことなのです。

 

 

あなたが、たまたま運悪くその場に居合わせただけなのかもしれません。

 

 

このような人間の心理の傾向をわかっていれば、いつまでも相手からの非難などを個人的なものだと思い続ける必要はないことがわかります。

 

 

ついムカッときて反応したとしても、いつまでも私への非難だと思い続けなければ、キレた状態を続けることもなくなるのです。

 

 

そして、より早くその切り替えを出来る様にするには、すぐに「いま」に立ち戻ることです。

 

 

相手の非難で自分の普段から気にしている弱みを刺激されてしまうと、「いまここ」を離れて一気に過去の記憶の世界に入り込んでしまいます。

 

 

自分の過去の記憶から、傷ついた経験やその時の感情などがセットになって蘇ってきて、あなたはその記憶の世界にさまよい込んでしまうのです。

 

相手の言ったことは、きっと私のあの出来事を知っていて非難しているに違いないとか、自分はまたあのときのような失敗をしてしまったのだろうかとか、そういったことを思い出して、そこで余計な再現をしてしまうのです。

 

 

また、自分への非難や攻撃として受けとって、うろたえると、なんとか自分を守ろうとして、相手に対する反撃に転じてしまいます。

 

 

こうなると、もはや原因が相手なのか自分なのかはあまり関係なく、「いまここ」から離れた自我の攻防の世界に入ってしまうのです。

 

 

ですから、なんとかこのような世界に入り込まないように、「出来事を個人的に受け取らない」ことと、素早く「いまここ」に立ち返ることが肝心です。

 

 

「いま」の相手の表情をありのままに見て、「いま」相手が言っていることを自分の構えに影響されずにそのまま聞き取るようにするのです。

 

 

そうすれば、一瞬のうちに遠い記憶の世界に飛んでいた自分を、いまここに引き戻すことが出来ます。

 

そうか動揺しているとき、自分は「いまここ」にいなかったのだ、と気がつけるようになります。

 

「見るときは、じかに見ること」

「聞くときには、聞こえることをそのまま聞くこと」

 

キレるとは、遠い記憶の世界に飛んでいってしまうことなのです。



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悪口は相手に持ち帰ってもらう

◆悪口は相手に持ち帰ってもらう



 

誰かに悪口を言われたり、ののしられたりすれば、どんな人でも平然としているのは難しいでしょう。

 

動揺したり、何かを言い返したくなるのが普通ですね。

 

しかし、言い返して口論になっても、結局はいいことなど何もないことも、経験上誰しも知っているのです。

 

 

ここに「悪口は相手に持ち帰ってもらう」という考え方があります。

 

 

    ある時、お釈迦様は弟子を連れて村を托鉢して歩いていたところ、村人から罵られます。

 

 

    「俺達は汗水たらして働いているのに、

お前たちは何もしないで人にたかるだけの物貰いじゃないか!」と。

 

 

    相手の言葉を聞き終えると、お釈迦様は「言いたいことはそれだけですか、ではさようなら」

といってその場から立ち去ります。

 

 

 

    弟子たちになぜ黙ったままで、言い返さないのですかと聞かれて、

 

 

    「お前たちは誰かが毒蛇を持って来たら、それを受け取るのか。」

 

 

    「受け取らなければ、毒蛇は持って来た相手が持ち帰るしかないだろう。」

 

    と答えたと言われます。

 


 

「毒蛇は持ってきた相手が持ち帰る」そのあとどうなるか?

 

実は人間の心理には不思議なところがあって、「おまえは○○だ!」と非難していたことが、いつの間にか「自分も○○だった!」と気づく時が来るものです。

また、その逆も起きるでしょう。

 

非難することばかり探していれば、相手だけでなく、自分自身に向けても非難していることに気がつくのです。

 

 

それでは相手に対してはそのまま持ち帰ってもらうにしても、「自分の心の中はどうしてくれるの?」と言われるかも知れませんね。

 

 

実は、「悪口を言われて傷ついたと感じるのは、受け取る側にも弱みがあるから。」

という考え方を検討してみましょう。

 

相手が悪口を言うのは、相手の問題であって、それはそのままお持ち帰り頂けばいいのですが、自分が傷つくかどうかは自分の側の問題です。

 

自分が怒って反応してしまった結果を、相手に責任をとれというのはこれまた少し違うでしょう。

 

やはり自分の側の問題の責任をもつのは、自分でやらなければなりません。

 

相手の言葉で自分がどのように感じ、どの部分に過剰に反応してしまうのかを調べて見ましょう。

 

 

まさにすぐに反応してしまうところに、自分の弱みが存在しているのではないでしょうか。

 

 

それは、自分でも自分を何とかしたいと、日頃から思っているところです。

 

 

それでいて、それは、他の人に知られたくないと思っているところなのです。

 

 

 

そして、それを他の人の口からは言われたくはないわけで、

 

先にい合われると、たとえ相手が正しいと思ってもムキになって反論したくなるのです。

 

 

争うことなく問題を解決できれば、敵を作り出す必要もなくなっていきます。

 

 

肝心なのは、他の人の態度次第で自分が右往左往させられる、依存する関係から独立することです。

 

 

ある意味では、「敵」とは自分の弱点を裏返した存在であると思いませんか?

 

つまり、それは、自分が作り出しているものだとも言えるのです。





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あの人に気に入ってもらえただろうか?

◆あの人に気に入ってもらえただろうか?

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「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]

「なぜ返事をくれないのだろう?」

「今日は笑ってくれなかった。何か気に障ることを行っただろうか?」

「今頃あの人たちは、私のことをどう思っているのだろう?」

 

このような不安を抱いたことはありませんか?

おそらく、ほとんどの人は、昨日も今日も、このような不安がよぎる瞬間を、何度も繰り返しながら生きているのではないでしょうか。


この不安はどうすれば消えるのでしょう。


FacebookなどSNSをやられている方なら、より多くの友達を作り、より多くの人が自分にメッセージをくれるようになればなるほど、自分は人から気に入られていると思って安心するでしょう。

そして、たくさんの友達が出来たその暁には、「先程のような悩みは消え去ってしまうに違いない」と信じているわけです。

ところが、たとえば5000人の友達を達成したら、その瞬間にあなたの悩みは消え去るのでしょうか?

あなたは、その時から、もう人からの評価を一切気にせずにいられると、本当にそう思えますか?

このような不安を覆い隠す為の努力は、実は残念ながら役に立ちません。

この方向でいくら友達を増やしても、あなたの不安が消え去る日は来ないでしょう。


最大の理由は、いま挙げた「他の人からの評価や愛が必要だ」という考え方そのものが、あなたの不安の原因となっているからです。


皮肉にも、他人からの評価というのは、追い求めれば求めるほど、苦しさは増していきます。

思い切って、それを求めるのを放り出したとき、逆説的にそれは消えていくのです。

たとえば、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]と思い、特定の相手がどう思ったのかを気にします。

その結果を知りたくてたまりません。


もし、「私のことなんか必要のない人間だ」と思われていたらどうしよう。

想像すると、それだけで、不安のあまり身体の調子まで悪くなります。

他のことなど、手につかなくなるかもしれません。



しかし、ここでこんなことを考えて見て下さい。

何かの理由で、その人へのあなたの思いが変化して、

「もうあんな人にどう思われようとかまわない」という状況になったとしたら・・・

そうなったとき、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]という不安はどうなっているでしょう。


消えてしまっている!


そして、もうこれ以上その人の評価を気にしなくてもいいとわかると、あなたは肩の荷を下ろし大きな開放感を感じるでしょう。


「もう気にしなくったっていいんだ。」


これから解る様に、不安を作りだしていたのは、まさに評価を求めるという行為そのものにあったのです。


しかし、あなたはこう思うかもしれません。


「だけど、それは他に頼れる人が出来たから、その人のことを手放せただけじゃないの?」


そうなのです。


そうやって、1つの不安対象を手放し、代わりに新しい不安の原因を求め出すから、この堂々巡りは永遠に続いてしまうのです。


必死になって、評価を追い求めるのを一切やめてしまえば、そこに見えて来るのは、すでに自分には求めなくても支えてくれるものが備わっていたんだと言うことです。


あなたのいまいるところで、まわりに見えるものを見渡して下さい。


どれをとっても、あなたが自分の力だけで作りだしたわけでもないけれど、それがあるおかげでいまの自分が成り立っていることがわかるはずです。


誰かがそれを作りだして、いろんな経緯であなたの元に届いたのです。


物だけではありません。

あなたがいまこれが好きと思っている考えは、どこから来たのでしょう。

すべてあなたがひとりで考え出したことですか?


そもそも、あなた以外に誰もいなかったとしたら、ひとつでも自分で思いついたでしょうか。


そうした思いもしなかった考えの集まりで、いまのあなたが出来上がっているのではないでしょうか。


知っている人、話したこともない人、文字だけの情報でつながっている人、本で読んだだけの人・・・


いろんな人がどこかで関与し、あなたの好みに影響を与え、あなたの廻りのものを提供してくれて、いまのあなたがやっと出来上がっています。


それらは、あなたが不安を感じながら、追い求めなくてもやってきたものばかりです。


「いや、不安に思ったからこそ手に入ったんだ」と思いたいですか?

しかし、そのように考えようと考えまいと、必要なものは手に入れていまのあなたが成り立っているのです。


「不安を持ちながら努力しないと欲しいものは手に入らない」


そのような迷信を信じなくても、気がつけばあなたは、あれもこれも手に入れてきているのです。


むしろ、不安を感じるあまり、自分からあきらめるようなことしたから、本来は手に入ったものを逃しているかもしれません。


不安を抱きながら評価や愛を探し続けるのは、「まちがったやり方」。


これが腑に落ちて信じられれば、あなたはもうこれ以上苦しめられて自分を痛めつけることはなくなります。


あなたが期待してもしなくても、不安を感じようと感じまいと、あなたはすでにいっぱい手に入れてきたのです。


必要になれば手に入ると信じるだけでことは足りるのです。



足りていることを発見すれば、世界はすでにあなたのものだったことに気づけるのです。


「今持っているモノで満足し、ありのままの姿を喜ぶことだ。

何も欠けていないと悟れば、全世界が自分のものになる」

----- 老子 -----



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