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傷つけられた私の怒りと復讐

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あなたは誰かがちょっと触れただけで、傷つけられたと感じてしまう可能性があります。

それは、あなた(エゴ)が他の人はあなたを傷つけるものだと思い込んでいるから。

あなた(エゴ)は自分の傷を持ち歩いて、誰かを待ち構えています。
あなたにちょっと触ったら、
あなたに何気なく声をかけただけなのに、
誰かがあなたの傷にさわったと感じてしまう。

しかしあなたにはそう見えても、誰もあなたを傷つけようと思ったりしていません。
それどころか、誰もが自分の傷を守るのに忙しい。
人を傷つけている暇なんかありません。
ひたすら自分の傷を守るのに忙しいのです。

「あなたの傷の扱いに注意しなさい。
それを大きくするようなことをしてはいけない。
それにさわらないで癒されるにまかせるのです。
あなたが根源に向かっていれば傷は癒されます。
あなたが頭(エゴ)で考えなければ、それだけ傷は癒されます。
あなたが頭を空っぽにすれば、そこには傷は何も存在しない。
頭を使わずに生きなさい。
トータルな存在として生きて、物事をそのまま受け入れるのです。」

「一日だけ、24時間だけすべてを受け入れることにして、なにが起きるか確かめてみましょう。

侮辱されてもただ受け入れて、それに反発しないでいる。
すると何が起きるでしょう?
あなたは突然、いままで感じた事のないような、エネルギーが復活してくるのを感じるでしょう。」

誰かがあなたを侮辱する。
あなたは惨めに感じ、混乱させられて、どうやって相手に復讐してやろうかと画策を始めてしまう。

昼も夜もそのことばかり考え出す。
1ヶ月、1年と復讐を考えて、よく眠れず、夢でもそれが登場してうなされる。

あなたの貴重な人生は、この復讐のために台無しになる。
あなたは、いまを生きてはいない。
あなたは、復讐劇の中に生きていて、現実の生活はおまけに過ぎない。
復讐することが生きることの代わりをしてしまう。

楽しんでなんていられない。
いまを生きてなんていられない。
そんなことをしたら復讐の手がゆるんでしまう。
復讐こそが、我が人生なのだ。

それもこれも、誰かがあなたを侮辱したことが始まり。
あなたのエゴがかってに戦いを始めてしまった。

そこでただ聞き流して、受け入れて、何も反発しなければ何も起こらなかった。
そうすれば、得られたはずの膨大なエネルギーが、あなたが頭を捨てれば蘇ってくる。

エゴの復讐劇に乗っかるのをやめるだけでいい。

もともとそこには、何もない。
あなたを侮辱した人は、何か理由が有ったのかどうかもわからない。
本人すら、何でそんなことを言ったりしたのか、覚えているかどうかも怪しいものだ。
もちろん、あなたを苦しめてやろうなどと思っていることはまずなかっただろう。
そんなことよりも、自分の傷を心配する方がよっぽど気になっているのだから。

人が傷つくようなことを言ってしまうのは、自分の傷が刺激を受けてしまったからに過ぎない。
自分の傷を触られそうだと感じるとき、慌ててしまう。
それを守ろうととっさに身構え、なりふり構わず必要なら相手を攻撃する。

なにが逆鱗になるかは、ひとりひとり違っている。
しかし、何も知らずに相手の逆鱗に触れてしまえば、あなたは反撃を受けてしまう。
それが今度は、あなたの逆鱗と結びついてしまう。
げきりんは、一時的にあなたを無敵モードにしてしてしまう。

そうやって、あなたはそれに立ち向かってしまった。
エゴにそそのかされて。
「こんな侮辱は許されてはならない。正義を守らねばならない!」

あなたは、全体として生きることを捨ててしまう。
あなたの関心は復讐にある。「この私の傷を見てみろ!どれだけ傷ついたと思っているんだ」
傷に障るたびに、怒りが生々しく蘇ってくる。

おそらく、相手も、そして誰も忘れてしまった出来事のために、
あなたは自分の他の生き方を捨ててしまった。
エゴと復讐に生きることに、いまを生きることを捨ててしまうのだ。

復讐劇をやめてみる。
誰かが侮辱しても、あなたを押し倒してきても、今日は何もしないでうちに帰ろう。そして、いつものように思い出したり、何かしてやろうと考えるのをやめてしまう。
そうすれば、何も起こってはいなかった。
あなたが傷をいじり回すのをやめたら、傷は自然に消えていく。
観察日記をつける必要も無い。
あなたは傷のことなんか忘れてしまう。
そして、あるときふと気がつく。
たしかここに傷があったような気がしたけど、いまはなにもない。
勘違いだったのかな。

そんなことよりも、復讐をやめて蘇ったあなたのエネルギーで、いまを生きることの方が忙しくなっているのだ。
復讐しようとしていた時を振り返って見れば、いかにあなたが馬鹿なことをしていたのかに気がつくだろう。

「だれもあなたを破壊することはできない、ただあなたを除けば。
 だれもあなたを救うことはできない、ただあなたを除けば。
 あなた自身がユダであり、あなた自身がイエスなのだ。」


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やっても、やらなくても

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義務感から何かをやらされていると思うと、
同じやるにしても苦痛になる。

「これをやらないと大変なことになる」
「これを手に入れないと損をする」
「今日はまだやっていないぞ」

このような脅しの言葉で動くことは、
恐れから動かされているということだ。

無条件に自分の価値を認めてみよう。
自分がどんな人間だろうと
その価値に変わりはない。
何かを持っていなくても、何かができなくても
その価値に変わりはない。

それが無条件と言うこと。

「やっても、やらなくてもかまわない。でもやりたいからやってみよう。」
こう思って動くとき、同じことをやるにしても
全然楽になれる。

そこには駆り立てるものはない。
そこには恐れや苦痛はない。

どちらの動機でやっても同じなら、
なぜ切り替えが出来ないのか、
恐れのもとは誰だろう?

それを追求してみれば、
いま現在には恐れはないことが発見できるはず。
言い換えれば自分が作り出さなければ、
そこには何もないということ。

やっても、やらなくてもかまわない。
でもやりたいからやってみよう。





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下手の考え休むに似たり~続「順序が逆」

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下手の考え休むに似たり(へたのかんがえやすむににたり)という言葉があります。
これは、いくら考えても、よい考えなど浮かばないとわかっていながら、長く考え込まずにいられないのは、何の役にも立たず、時間の無駄でしかないということです。

この言葉を取り上げたのは、前回『「順序が逆」、これに気づくだけであなたはうそのように解放を得ます』という文章で扱った考えをもう少し解説してみようと思ったからです。
前回は、このように書きました。
『あなたの考えが現実を作り出したのではなく、むしろあなたの考えとは、現実を描写し説明つけるものとしてあとから起こってきた思考なのです。
あなたが考え、あなたの意思が現実を切り開いたのではなく、順序は全く逆なのです。』

あなたは「まず考え、そして行動した」と思い込みがちです。
たしかに、そのように思える時も存在するでしょうが、はたして実際はどうなのでしょうか?
本当にその順序で動いているのか?、それとも、それは思い込みに過ぎないのか?ということです。

今朝あなたが起きてからおこなった行動を、振り返ってみてください。
「まず考え、そして行動した」というのは、本当でしょうか?

実際は、あなたは無意識に行動し、あとから「今自分は~をした。これは~が必要だったからそうしたのだ」と解説してみせただけではないでしょうか?

あなたが意識して振り返って考えるまでは、あなたはただ行動しています。
ふと思考が起きてきて、今自分がなにをやっているのかを考えだしたとき、始めてそれを振り返り、「自分の意思でこのような行動をしていたのだ」というストーリーを書き上げるのです。
ですから、ストーリを忘れていると「気がついたら、これだけのことをしていたんだ!」と驚くほどのことを、あなたは無意識にやり遂げているのですが、普段は当たり前でそのまま、考えないままで終わっているだけなのです。

例えば、パソコンの操作を覚えたての頃を思い出してください。
最初は、説明されたとおりにメニューを開き、何かをクリックして目的のパネルを開き、そして必要な操作をして、・・・というように、命令や思考が先行して、ようやく目的の動作を出来たという感じになるでしょう。

これらは「まず考え、そして行動した」に近いように思えます。
しかし、もう少し詳しく調べてみれば、「いつ、あなたはパソコンを動かそうと考えたのでしょう?」「いつ、その操作を行おうと考えたのでしょう?」・・・、その思考はどこから来ましたか?

やがてあなたは、パソコンの操作に慣れてきて、いちいちメニューをどうのこうのと考えなくなり、まずマウスを動かしたり、キーボードを叩いたりという行動が無意識に始まるようになっていくでしょう。

その頃には、「私は電源を入れ、まずメニューを開き、次にあれしてこれして、・・・」といったことは、もう考えもしなくなります。むしろ考えるとすれば、パソコンを使う目的のことです。例えば「~の解説を検索してみたい」というような、より具体的な内容に変わってくるでしょう。

「まず考え、そして行動した」というのは、実際には、ほとんどがあとづけの説明です。
あなたはまず行動し、そのあとで何をしたのかを説明するのです。

さて、表題の「下手の考え休むに似たり」に戻りましょう。
私たちが、「考えること」に「とらわれて」しまう時というのは、たいてい気になること、心配なこと、悩みがある時ではないでしょうか?

その内容は、ほとんど、「考えても答えが出ない」ことが多いのです。
答えが出ないのは薄々わかっているけれど、「気になって放ってはおけない、考えずにいられない」という状態です。

悩み方は、人によって様々でしょう。
・ある人は、まず「いま心配することはないだろうか?」と考え始めます。

・ある人は、「行動計画にそって、次は何をやるべきかを考え、一つ終われば次はなに?」と考え続け、その合間に行動しているかのようです。

・ある人は、自分は他の人とは違って、様々な欠点を抱え、人と同じようには堂々と行動できない人間だ。人から笑われたり、避難されないように、控えめに行動することを忘れないようにしようと、自分の行動のチェックに気を取られています。

・ある人は、「どうすればまわりの人は自分のことを気遣ってくれるだろう?」と、自分が可哀想で、哀れな人間に見えるように行動を制御することに気を取られています。

・ある人は、「この問題が解決しないかぎり、私はなにもできない」とか「この人が謝らないかぎり、私は何も話したくないし、もう何もしたくなくなっている」というような、特定の問題に支配されて、いまを生きることができなくなっています。

考えても答えは出ない、誰にも答えは出せないだろう、そう思いながらも、「考えずにいられない」でいるのが、「下手の考え休むに似たり」の状態なのです。

「考え続ければ、いつかは答えが出る時が来る」とか、「いつか私を救ってくれるような誰かに出会うか、出来事が起きるだろう」とか思い続けて、大切ないまのこの瞬間を捨て続けるのです。しかし、いつまで待ってもサンタクロースはやって来ません。

「下手の考え」をやめるにはどうすればいいでしょう?
ただヤメればいいだけです。「やめ!、ストップ!」と宣言して、あとはいまの状況に飛び込むだけです。起きてくることに合わせて、あなたは、何も考えなくても反応し、まさにそのときのベストの行動をとり続けているのです。
あなたの心配や「下手の考え」は、一切関係なかったのです。

「まず考え、そして行動した」と信じるのをやめてみましょう。
ただそのまま、あなたの反応するがままに、状況に溶け込んでいるだけでいいのです。

「自分の行動を他人に説明しなければならない」と思い込んでいることも捨てましょう。
だれも、あなたに説明など求めていません。あなたがそう思い込んでいるだけです。
説明したいと思っている相手とは、実はあなたのマインドに対してなのです。
これもまた、あなたの「下手の考え」を誘発するために、バックで支えている思考習慣の一つなのです。

「まず考え、そして行動した」くなるのは、あなたの悩む習慣が起きているときであり、例外であることに気がつきましょう。
そうすれば何も考えず、「ただ行動があるだけ」「ただあなたのままでいればいい」ということが自然な状態であると気づくようになるでしょう。

「これは下手の考えだ」と思ったら、直ちにストップしましょう。
そして、いまやりたいことを、おもむくままに行うだけでいいのです。
状況に任せ、起こることを起こらせているだけ!
それで、あなたはやすらかでいられるのです。



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「順序が逆」、これに気づくだけであなたはうそのように解放を得ます

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【なんであろうと起こります】

Wu Hsinは瞑想することを個人の訓練によるものだと規定していますか?瞑想とは結果を求めることではありません。

なんであろうと起こることが起こります。ちょっとクリアになってみましょう。なんであろうと起こることは、あなたによって起こされるのではありません、あなたを通して起こるのではないのです。

訓練することは幻想を消すのに効果はありません。なぜなら訓練自体も幻想の中でなされているからです。

あなたが混乱を解消することができると考えていること自体、あなたは混乱しているのです。

自分自身のすべての考え、すべての信条、すべての概念を空っぽにしてください 。自分自身を空っぽにして、それでもやるべき何かがそこに残っているかどうかを見てください 。

(自分自身を解決する: Yuben de Wu Hsin, p 134)

Whatever Happens
How can Wu Hsin prescribe meditation as one's practice? True meditation does not seek a result.

Whatever will happen will happen. Just be clear: whatever happens doesn't happen by you as much as it happens through you.

Practices are ineffective in dissipating the illusion because all practices take place within the illusion.

Thinking that you can remove your confusion is symptomatic of the confusion.

Empty yourself of all ideas, all beliefs, and all concepts. Then, make yourself full with emptiness and see if there remains anything else to be done.

(Solving Yourself: Yuben de Wu Hsin, p 134)

瞑想だとか、「すべての考え、信条、概念を空っぽにしてください」とかいわれても、実際にどうすればいいのかわかりません。
なぜなら、それらは、あえてやることではなく、むしろやらないことでなされることだからです。
「何もしないでいよう」とがんばること自体が矛盾しているのがわかるでしょう。
「何もしない」なら何もしないでいなければなりません。がんばること、能動的に動くことではないのです。

むしろこう考えたほうがわかりやすいでしょう。

あなたが、考えたり、やろうと意図することと、現実が起こっていくことには因果関係がないということです。
もちろんあなたは現実の中にいて、あなたのやること自体も現実の一部です。
ですが、あなたが現実を変えているのではなく、起こることの一部として、あなた自身も動いているだけです。

あなたが考えていることは、現実の原因にはなっていません。やっていることは、あなたが現実の説明をあとからつけているだけです。

あなたが考えていると思っていることとはこういうことです。
現実に刺激されて、あるいは現実とは関係なく考えが浮かびます。
それらは断片的ですが、あなたのマインドは、それらをつなぎ合わせ、時系列をつけて整理します。あたかもマインドが順序立てて、それらの断片を連続的に考えていたように、ストーリーを組み立てるのです。

そして、先ほど言ったように、あなたの考えが現実を作り出したのではなく、むしろあなたの考えとは、現実を描写し説明つけるものとしてあとから起こってきた思考なのです。

あなたが考え、あなたの意思が現実を切り開いたのではなく、順序は全く逆なのです。

しばらく、現実に起きてくることと、あなたの思考との関係を、先入観なしによく観察していきましょう。
そうすれば、実際に起きていることが見えてくるでしょう。

あなたが、いくら忙しく考えようと、起こることは、それと関係なく起きていきます。
あなたが、考えるのが面倒で、なるにまかせていても、やはり起こることが起き続けていきます。

「すべての考え、信条、概念を空っぽに」しようとしなくても、あなたの考えと起きることは別のことだとわかれば、自然にその放棄は起こります。

あなたは考えることで現実を変えようとするのをあきらめ、現実を見守るだけになっていくでしょう。

それは、無気力になることではありません。
あなたも現実そのものなのですから、気力に満ちて起こることに参加するだけです。
ただ単に、現実とともに、充実して何かをやり続けるでしょう。
今までと違うのは、
考えることに時間や気力を奪われなくなってきます。
また、期待外れの現実というものが、事実上なくなっていることに気がつくでしょう。
なぜなら、期待するのも、がっかりするのも、あなたの考えにすぎなかったからです。



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