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何であろうと、あなたが抵抗しているものにあなたはなるのです。

怒る王様

『何であろうと、あなたが抵抗しているものにあなたはなるのです。
怒りに抵抗するなら、あなたはいつも怒っていることになります。
悲しみに抵抗するなら、あなたはいつも悲しんでいることになります。
苦しさに抵抗するなら、あなたはいつも苦しみます。
混乱状態にていこうするなら、あなたはいつも混乱しています。
われわれは、特定の状態がそこにあるから抵抗するのだと思っています。
しかし実際は、われわれが抵抗するから、その状態がそこにあるのです。』
~アジャシャンティ

"Whatever you resist you become. If you resist anger, you are always angry. If you resist sadness, you are always sad. If you resist suffering, you are always suffering. If you resist confusion,you are always confused. We think that we resist certain states because they are there, but actually they are there because we resist them." - Adyashanti

一番最初は、事態を何とかしようと、それらに対抗しようとしたのかもしれません。
しかし、それは功を奏さなかった。
もう少しがんばれば、何とかなると思って、抵抗を続けたのです。
その結果、あなたは、何をおいても、まず抵抗することからはじめるようになってしまいました。
いつのまにか、あなたは何が起きているかを、「見る前に」、「さて今日は何に抵抗すべきだろう」と考えるようになっていったのです。
出来事ー>反応ー>出来事、という循環が、反応ー>出来事ー>反応、というずれた循環になってしまいました。
反応から始まるようになると、あなたは思考から世界を見るようになり、起きていることを直接見ることをしなくなります。
しかし自分では、それらが見えたから反応したのだと勘違いし始めるのです。
このような循環は、たやすく、因果関係を逆転させてしまいます。

あなたが「世界には私を怒らせる人がたくさんいる」と身構えているから、相手のイラつかせる傾向にばかり目ざとくなります。そして抵抗することが、対人関係のあなたの基本姿勢になってしまうのです。
認めてもらえないなら、相手を怒らせて私の方に注目させよう。誰にも振り向いてもらえないよりは、怒鳴りあうことであっても、すくなくとも他人とかかわれることができた気がするから、というわけです。

悲しみを癒すためには、誰かに慰めて欲しい。その結果、あなたはいつも悲しい顔をするようになります。いつも悲しんでいるために、出来事の中に悲しみばかり探すようになります。

苦しさを何とかしたいともがくことで、あなたはたえず苦しい状態にあることを意識することになります。苦しみを自分から見つけようとしてしまうようになるのです。

混乱は、「こんな状態で何ができるって言うんだ!」というゲームを演じることで、現実をありのままに見ることから自分を免除してもらおうとします。

いずれにしても、まずいまここで起きていることは何かを、そのまま見ようとすることからはじめるべきなのです。いまここには、かつての怒りの原因も、悲しみの原因も、苦しい状況も、混乱した状態も存在しません。いまここの状態は、あなたの思考の中のように、止まったままではないのです。
たえず新しい変化が起きていきます。
昨日の仕返しだと言って、今日を台無しにしないことです。
中には10年前の恨みで、今を生きられなくなっている人もいるかもしれません。
あなたは、一体「いつ」を生きようとしているのでしょうか?

思考が先行して生きようとすれば、現実とあわないのは当然なのです。
まず現実を見て、まさに今のあなたの反応を確かめて見ましょう。
思考から世界を見ていれば、あなたは現実とは別次元で生きていることになります。
現実とかかわるあなたは、そのとき自分を生きないでお休みしているのです。
それでは自分を生きている実感が持てないのは当然です。

あなたは「過去の人」でいるのを、いつだって止められるのです。
思考を黙らせて、実際に今自分が見ているものの変化に、参加しようと思うだけでいいのです。
それはあらかじめ思考で筋書きを決められた退屈な世界ではありません。
たえず新しい驚きを提供してくれる生きた世界なのです。

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本当に(人生を)コントロールしたいのなら

矢印

『本当に(人生を)コントロールしたいのなら、コントロールできるという幻想を捨てなさい。
人生にあなたを生きさせなさい(あなたが人生を生きるのでなく)。
どちらにしても、なるようになるのです。』
~バイロン・ケイティ

"If you want real control, drop the illusion of control. Let life live you. It does anyway."
- Byron Katie



つまり、ただ起きることを歓迎しなさいということです。
あなたが人生を自由に操れると信じたくなり、それを操っているつもりになってきました。
都合の悪いことは、たまたま不運だったことにしてきました。
追い風のときは、これこそ自分の実力だと浮かれてきました。
自分の知らないことや、制御できないことは、見ないようにしてきたのです。

しかし、いつまでもごまかしきれません。
思い切ってゆだねてしまえば、あなたは今までにない開放感を得られるでしょう。

あなたがやっていることは、今までと変わりません。
あなたの可能性は、むしろ広がるでしょう。
コントロールしなければと思うあまり、今までできなかったことができるようになるでしょう。

むかしむかし、自分で世界を制覇したと錯覚した猿がいました。
お釈迦様の手のひらの上を、駆け回っていた孫悟空です。

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いままで思ってきたのとは違う時間に生きましょう

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『私たちが信じこんでいることを忘れるなら、それらの時間が存在します。
いままで思ってきたのとは違う時間が。』

There are those times, out of time, when we forget to believe.
-The Work of Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152881032424150/?type=1&theater



時間というのは、時計やカレンダーが示すものではありません。
それらは単なる測定器です。
少なくとも心理的な面で時間を見るなら、時間とはあなたが世界を認知する順番のずれに過ぎません。

今日もいいお天気になりました。こんなときはやるべきことを忘れて、外をただ歩いてみたくなります。
目の前に広がった世界を前にして、あなたは目に入るものを順番に認識していきます。
今は小鳥が餌をあさっているのが見えるけれど、その前に赤い花が綺麗に咲いているのを見ました。
赤い花と小鳥は同じ今に存在していたとしても、赤い花は過去で小鳥は今だと思うのです。

あなたがやるべきことで頭がいっぱいになっていると、時間はあなたの頭の中のTO DOリストの順に進行しているのです。ですがそれとは関係なく、世界はそれぞれが自分のペースでたえず変化しています。

あなたが、なんで予定通りに進まないんだと呪いの言葉を発するとき、世界の方があなたの頭の中のスケジュールに従うべきだと考えているわけです。
ですが、世界全体から見れば、あなたこそが全体の進行に逆らって生きようとしているのです。

これが終わるまで雨が降らないでくれ、と願っても、雨は降り出しました。
「世界は私に味方してくれない!」と嘆くのは、筋違いで滑稽ですらあります。

別の人は、私の準備の仕方が悪かったのだと、自分を責めるかもしれません。

どちらにしても、世界はあなたの思考どおりに変化しているわけでは在りません。
それが当たり前のことです。
あなたの思考で時間や世界をコントロールしようと傲慢にならずに、
世界の変化に自分が参加させてもらう謙虚さを持てば、
そこには別の時間が存在していたことに気がつくでしょう。

そのとき、イラつくことは存在しますか?
かつて仕事もなく、宿題もまた後でやるからいいやと思って、
自然の招待に身を任せていたころの時間は相変わらずそこにあったのです。

あなたこそが時間を、世界を書き換えようとし続けているのです。
あなたは、あれもこれも、予定通りに進まないといけない緊急案件にしてしまいます。
だからあなたの思考上の時間は、いつもあなたをせかせて時間がないとこぼさせるのです。

がんばりすぎたから、そうなってしまっただけだと思って、自分を慰めてあげましょう。
自然はたえず変化し続けているだけです。それをあなたの思考で支配しようとせず、
少しでも自然にあなたの方が従ってあげましょう。
きっとイライラして自滅していたのがばかばかしく見えてくるでしょう。


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すべてはあなたのために起こっている

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『人生は単純です。すべてのことはあなたのために起こっています。あなたに起こっているのではありません。すべては正確にちょうどふさわしい時に起こります。早すぎもせず遅すぎもせずに。
別にそれを好きにならなくてもかまいません。好きになった方が楽だというだけ。~バイロン・ケイティ』

"Life is simple. Everything happens for you, not to you. Everything happens at exactly the right moment, neither too soon nor too late. You don't have to like it… it's just easier if you do."
- Byron Katie (via emotional-algebra)



どのように信じようとも自由です。
しかし、せっかく起きたことなら、
何かあなたの役に立つことが含まれていないか、
探してみることは、充分価値がありそうです。
たとえそれが、あなたに意地悪しているように見えてもです。
むしろその方が探し甲斐がありそうです。
次からは、新しい気分でそれに向き合えますから。

もしあなたが「今が見るときですよ」と教えてくれないといやだと思っているなら、
永遠に機会を逃してしまうでしょう。
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ファンになるのはいいことばかり?

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私たちは、何かの一面を見てそれを信じられると思うと、全面的にその対象を信じたくなってしまいます。
「信じたいと思ったものは、反対意見を無視してでも、容易に信じてしまいやすい」
という人間の心理の弱点のような傾向があります。

人間関係においても、信じたいという欲求が強いと、何でもその人のことを信じられると思いたくなるのです。

ですが、これが行き過ぎると、トラブルの原因ともなります。
「今までこんなに信じてきたのに、あんなことをする人だなんて思わなかった。もう何もかも信じられない!」
このようなドラマの定番になりそうな感情の変化は、信じていたほど、一転して相手を嫌い、憎み、排除しようとする態度に出てしまいます。

しかしこういった100か0かの判断の仕方は、得策とはいえません。
今まで信じられていたのも、実際にはせいぜい50知っていただけかもしれません。
自分のことでさえ、未知の部分があるのに、ましてや他の人のことが全部わかっていたわけはないのです。
51番目に知ったことが、自分の気に入らないことだったとわかって、一気に50も信じなくなるのは、自分の側にも責任があるといわざるを得ません。もともと知らない面があることは承知していたはずです。1つ自分の納得できない面を見つけたからといって、全面的に相手のせいにするのは、公平ではないのです。

やはり相手を見るときは、相手が見せてくれた面を積み重ねて、わかった分だけの信頼を持つというのが正しいやり方でしょう。そしていつまでも、わからないままの部分は会ってもかまわないのです。
相手のことを全部知りたいというのは、自分の勝手な願望です。相手だけでなく、自分自身にだって未知な部分はあるのだと思っていたほうがいいでしょう。

しかし、先ほどの「信じたいものを容易に信じてしまう」という傾向は、単に心理の弱点でしかないのでしょうか?なぜそんな傾向を持ってしまうのか、それを考えておくのも、役に立つかもしれません。

考えるといっても、推測でしか在りませんが、私たちは生きるうえで、すべてを意識できたり、判断したりした上で行動しているわけではありません。

その典型的なものは、からだの働きです。
私たちがいちいち命令を下すことで、内臓が機能しているわけではありません。
心臓は毎瞬決められた役割を疑いもなく果たしてくれます。気分しだいで休んだりはできないのです。
しかし何かのショックで、その働きが暴走してしまうと、それこそ生死にかかわる重篤な事態をまねいてしまいます。
かならず決められた役割を果たしてくれると信じていられるから、任せておけるのです。

内臓の働きの場合は、ほとんど自分で意識することはありませんが、もう少し意識に近い例で言えば、毎日私たちがとっている食物があります。
人によって、安全性をやたら時にする人から、まったく大雑把な人まで、違いはあるにしても、ある程度のところで判断を下して、これは食べてもいいものだと信じて、後は無意識に食べているわけです。
このような無意識にできるようになった行為というのは、そこに信頼があるからです。
全部の証拠を集められたから出来上がった信頼とはいえません。

このように、私たちは意識しないまま、何かを信頼して行動せざるを得ないことに囲まれて、生きていられるのだといえるかもしれません。それらは自分ですべて考えなければできないとなったら、たちまちパニックになるような重要な要因の集まりです。

このように信頼して任せていることで成り立っている面があるとすれば、それが私たちの思考においても影響しないとはいえないでしょう。無意識に信じてしまえることも、場合によっては必要な機能なのかもしれません。

できれば相手をいつでもありのままに見られることが理想です。
ありのまま以外は、やがてトラブルを招くことになるからです。

ですが、その一方で私たちには、「信じたいことは容易に信じてしまいやすい」という傾向があることを忘れてはなりません。
わたしはもう、なんでも「ありのまま」に見ることにしました。ですから失敗はないでしょう。
このように言い切れればいいのですが、ことはそう簡単ではありません。
「ありのまま」というスローガンも、時間が経つうちに「おまもり」のような存在になってしまいます。
「おまもり」とは、それが何であるかよりも、いつか、ただ持っていれば安心するものに変わってしまうのです。

そこには、ストッパーとして、人間が陥りやすい心理傾向を知っておくことが有効です。
言葉のお守りでその気になっているだけでは、充分とはいえないのです。

これではプラス、マイナス、ゼロに戻ってしまったじゃないか、
もっと確実な1つのやり方はないのかと思われた方は、やはり「おまもり」が欲しくて探し回っているのかもしれません。

たえず変化するのがこの世界です。変化とともに自分も変えていける柔軟性とバランス感覚こそが、
本物のお守りといえるでしょう。
いつまでも変わらずにいられるお守りなどないのです。
「河を渡ったら、使った舟は捨てていきなさい。担いでいこうとしてはいけません。」


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あなたの考える、あなたが主人公の映画へようこそ!

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『あなたの考える、あなたが主人公の映画へようこそ!
ポップコーンを取ってちょうだい。』
バイロン・ケイティ

WELCOME TO THE MOVIE OF WHO THINK YOU ARE.
PASS THE POPCORN.

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152874891179150/?type=1&theater



映画というのは、主題となるテーマがあります。
そのテーマが達成できるかどうかが、映画の面白さです。
だらだらと何も起こらないのでは、つまらない映画だったといわれてしまいます。

あなたの映画はどんな内容でしょうか?
サクセス・ストーリー?、恋愛物?、ホームドラマ風?、サスペンス?

いずれにしても、映画では中心の課題がどのように達成できるかがポイントです。
うまくいったり、失敗したりの繰り返し、最後はどんな結末でしょうか?

しかし、映画が終われば結末がわかります。
その余韻がしばらく続いて、やがて自分の生活に戻らなければなりません。
そのギャップにため息をつく人、よし自分もこうなってやろう!と思う人。
しかしそれは長くは続きません。

映画はあなたの思考が作り上げた幻想です。
映画が終われば、映画の役割は終わります。
しかしあなたの生活はその前と同じように続くのです。

あなたの考えることも同じです。
考えている内容は、あなたが今思いつくこと、言葉にできるような内容だけが含まれます。
しかし、あなたの現実は、それだけで出来上がっているわけではありません。
大きな目標が達成されれば、すべてはうまくいくはずだと思っていました。
しかし、そのあとも、生きることは続きます。

大きなイベント、小さなイベントが、ずっと起こっては過ぎ去っていきます。
もはや考えていたことも過ぎ去りました。
そこに達するまでは(UNTILL)、とがんばっていた人は、その後のストーリーが何もなかったことに気がついて、どうしていいか、わからなくなります。

むしろ現実は、思いもしなかったイベントがたえず起きては過ぎていきます。
映画に夢中でよく見ていないだけです。
あなたは、考えていたことと違うことが起きれば、予定外だ、達成への障害であって、乗り越えるべき試練だと考えているかもしれません。

しかし、それが映画と現実の違いです。
現実は、小さかろうと大きかろうと、あなたの考えに在ろうとなかろうと、そのものが主役のイベントの連続です。
映画は眺めているだけにとどめておきましょう。
現実を生きるには、それぞれのイベントを、それ自体がメインのつもりで味わうことです。

そうすれば、「こんなはずではなかった」と嘆くこともないでしょう。
脚本は、映画にはあっても、現実を生きるうえでは存在しませんし、予測もできません。
映画を見ながら、それに参加しながらでもいいですが、あなたの人生は現実に起こっているイベントにあることに気づくことです。
映画と違って現実が退屈にみえるなら、「あなたの脚本になかった」ことを邪魔者扱いしてきたからかもしれません。

映画が終わってしまって、急いでAFTERの脚本を考え始めるのでなく、すでに現実の上映は、今までも、この先もあなたを招待し続けていることに気がつくべきなのです。

現実がつまらなく見えるのも、恐ろしく見えるのも、期待はずれに見えるのも、すべてあなたのストーリーがそう見せているだけです。
ストーリーを脇において、現実に起きることにメインの座を与えてあげましょう。

そうすれば、映画とは違ったもっと面白い、考えていることよりもずっとスリリングな現実が見えてくるでしょう。
あなたの考えたストーリーはすでに結末が見えています。あるところだけは夢中になれても、それ以外は退屈なのは当たり前なのです。
あなたの想像以上のことは、ストーリーに書き込まれていないのです。

依然として気がつくとあなたは映画の中で演じている自分に気づくことがあるかもしれません。
しかし映画で演じる役は、あなたの思考が無理やりあなたを引きずり込んだだけです。
適当にリタイアすれば、夢から覚めたときのように、現実に戻れるでしょう。

現実のストーリーは脚本も、お約束もなく、いつでもいま進行中なのです。
それは、あなたの創作した映画よりも、リアルで時にはどこに行ってしまうのかはらはらするかもしれませんが、あなたの心を本物で満たしてくれるでしょう。

脚本がかなうことを願って夢中になっているよりも、現実はもっとあなたにとってベストなところへ連れて行ってくれるでしょう。

脚本があなたを不安にさせたり、怖がらせているのなら、あなたはその結末を知らないまま、おびえているのです。すぐに立ち止まって、今現在の現実をもっとよく見てみることです。そこには怖いものは何もいなかったことに気がつくでしょう。いたのは映画の中だけだったのです。

あるいは、映画の中であなたは怖さから逃げ出そうとして、安全を探しました。現実から目をそらして、もっと安全な脚本に逃げ込もうとしていたのです。

現実が怖かったのではなく、怖がったまま現実から目をそらしたために、未完結なまま恐怖だけが居座ってしまったのです。それを消し去るには、逃げるのでなく、もといた現実の中に戻る必要があります。

怖いときは逃げるのでなく、そのままの現実にとどまっていましょう。
最初は居心地が悪くても、何が怖がらせていたものかがわかってきます。
それはあなたのストーリーが作り上げた幻想に過ぎなかったのです。

逃げること自体が恐怖の原因だったのです。走れば走るほど幻覚が追いかけてきます。
勇気を出して振り返れば、底には誰もいなかったことに始めて気がつけるのです。

映画の中の役割から引退しましょう。
タイトルに惹かれて、あれこれ参加したくなるかもしれませんが、その間現実から目をそらして本物の人生を生きることをお休みしてしまうことになります。
映画が終わったら何も残っていないのです。

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変化することを怖れないこと

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あなたは、いつか自分が何も変わらなくてもよくなるゴールを目指しているかもしれない。
そこにたどり着けば、もうなにもしなくていいと思っているかもしれない。
しかし、そういうわけにはいかない。変化を免れるものは何もないからだ。
だから、さっさとあきらめて、毎日変化を受け入れることにしよう。
毎日、ほんのちょっと変わるだけでOKなわけだから。
変化を拒むことの方がずっと大変なエネルギーを消費する。

あなたは何かを後悔しているのかもしれない。
後悔とはつまるところ、自分以外の何かが、ひょっとすると変化してくれるかもしれないと、淡い期待を捨てきれないところからきている。それがなければ、なぜ気にする必要があるだろう。
それなら、いっそ自分のほうが変化すればいいことだ。
自分が、その何かに後悔しないでいられる自分に変化するだけでいい。
それが一番手っ取り早い方法だ。
もっとも、後悔もそんなに長続きはしない。
あなたがしがみつくのを止めれば、やがて忘れてしまうわけだけど。

変化をいやがる最たるものは、プライドというやつだ。
何の役にも立たないのに、ノーを言って抵抗したがる無駄な存在だ。
プライドというものも、あなたがどこかで拾ってきて身につけたものに過ぎない。
プライドという名前のわりに、誇れるほどの価値があったためしはない。
それを捨て去ることの方が、よっぽど価値を生んでくれるだろう。
ノン・プライドの方がよほど誇れる特性になるだろう。

変化することを怖れないこと。
これができれば、ちっぽけな自分は、いつでも差し出すことができるようになる。
だから変化しないことを前提とするものには、近づかないことだ。
いま持っているものだけで切り抜けようとしないことだ。
それを売り物にしている人間には近づかないほうがいい。
逆に、変化を受け入れる人間なら、今がどんなに厄介な人間でも、友達になっておこう。
きっとあなたの変化にも手助けになるだろう。

今日は何を変えてみようか?
それを楽しみにしていれば、ちっとも怖いものではなくなる。
変わろうとしないことが、いかに不自然で抵抗ばかり生み出しているかに気がつくだろう。
回り道を嫌うあまり、通行止めの標識に文句を言い続けどこにもたどり着けないことのないように。
変化とは、いま頑なに握り締めているものを手放すことから始まるのだ。
何も捨てるのがいやなら、何も欲しがらないこと!
どうせ自分だけのものではないのだから。

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「私」が見ているとき、われわれは夢を見ている。「本当にそれでいいの?」

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“When we look with the ‘I’
We dream.
When we look for the ‘I’ We awaken.”
- Mooji (via thecalminside)


「私」が見ているとき、われわれは夢を見ている。
「私」を見ているとき、われわれは目覚めている。
~ムージ


「何であんなことを言ってしまったんだ!」とあとで後悔するときは、たいてい「私(エゴ)」が暴走しているのです。「そんなことを言うつもりじゃなかった。」「本当はそんな気持ちじゃないのに!」

「つい言ってしまったの、しょうがないでしょ!」と開き直っていたのでは、いつまでも繰り返します。
突っ走ってしまう「私」に気がついたことはないでしょうか?
そのせりふを語りながらも、それを離れて観ている「目覚めている私」がいるのです。

暴走するエゴは、過去の記憶の囚人です。それが「ちっとも本当の私ではない!」と感じるなら、それをムキになって語っている自分を観察する習慣をつけましょう。

やがて、暴走し始めた自分に途中で気づいて、流れをとめることも、できるようになるでしょう。

「ストップ!」と叫ぶ代わりに、こんな方法もあります。

“Please write the words “Are you sure?” on a large piece of paper and hang it where you will see it often. Ask yourself this question again and again. Wrong perceptions cause incorrect thinking and unnecessary suffering”
- Thich Nhat Hanh, The Heart of the Buddha’s Teachings
(via queerblackbuddhist)


「本当にそれでいいの?」と大きな紙に書いて、目につくところに張っておきなさい。
何度も何度も、自分自身にそれを問いかけなさい。
間違った認識は、誤った考えと不必要な苦しみを引き起こすからです。
~ ティック・ナット・ハーン、ブッダの教えの核心


「それって本当に本当なの?」とか「絶対に必要なこと?」といった問いかけで、ブレーキが利いてくるのは、エゴの主張であることがほとんどです。
「それしかないんだ!」「今それが欲しいのだ」「それがないと大変なんだ!」といった怖れを伴う感情的な訴えは、あとで困った事態をまねくことが多いものです。

そこに怖れがあるなら、恐怖から逃げたくてそうしたいと思っているのなら、一度考えをストップして、質問を投げかけてみましょう。
「本当にそれでいいの?」
「私」にそのままやらせずに、一息ついて、「私」を離れた位置から眺めてみる余裕を持つのです。


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感謝~ただ与えられる喜び

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"The only tears I have experienced in almost three decades come from a state of gratitude. I don't have any defense that would hold them back." Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152864311069150/?type=1


『私がこの30年の間に流した唯一の涙は、感謝の状態からやってきたものでした。そして私は、その状態を躊躇するような、どんな繕いも見せかけも持つ気はないのです。』バイロン・ケイティ

このケイティの感謝とは、おそらく予期せず与えられた自然の贈り物だったのではないでしょうか?
何の見返りも期待せずに、ただ与えられた喜びこそが、本物の感謝の思いをもたらすのではないでしょうか?
この写真では、こどもは自然が偶然くれた奇跡に引き込まれて、自然と一体化しているかのようです。

私たちが求める「感謝」とは、たいていは、自分にそれを受け取る資格があると思えるときの条件付の感謝です。感謝というより見返りになってしまってはいないでしょうか?
あるいは、してあげたことに「感謝」が返ってこないと、相手を恨んだり不満に思います。
また、自分が何かをしなければ、何も返ってくることはない。自業自得なのがこの世界だと思い込んでいます。

このルールに従うなら、働きかけ、その見返りが充分に満足できるときだけ喜び、期待したほど与えられなければ失望し、世界を恨むことの繰り返しです。
そしてあなたがやるべきことは、もっともっとがんばり、これでもう文句はないだろうと世界を説き伏せ
やろうと必死になることなのです。そして結果はたいてい悲惨です。
そこに、本当の感謝は生まれてくるものでしょうか?

だれがそんなゲームを考え出し、いつの間に巻き込まれてしまったのでしょうか?
「働かざるもの食うべからず」「自業自得」「自己責任」そんな脅しに怖がらないでください。
世界はそんなにけちではありません。
世知辛い世界に放り込まれたのではなく、あなたがそう思うなら、それに手を貸していることになるのです。そしてあなたが思うように、世間はあなたを扱ってくれるでしょう。

写真の子どもは何を見ているでしょう?
自分が何もしなくても、あるいは何かをしたにもかかわらず、自然は自分にも当たり前に、驚きと喜びを惜しみなく与えてくれるのです。


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争いを止めるには、ふたりはいらない

赤い龍

争いを止めるには、ふたりはいりません。ひとりが止める気になるだけでいいのです。

しかし、たいていは争っている当事者たちは、「相手が引っ込めば止めてやるのに」と考えます。
そもそも争いとは、自己防衛のために「相手をコントロールしないといけない」と思い込むことから始まるわけです。

「相手をコントロールする」、「世界をコントロールする」といった、これらの解決方法しか思い浮かびません。「問題があるから、それを変えようとしているのだ。それのどこに間違いがある?」というわけです。

しかし、現実は、あなたがコントロールしようとしなければ、そもそも問題など起こってこないのです。
起こっているのは、あなたが、「あなたの思うとおりに世界が従わなければならない」と考えるから、それが問題に見えているだけです。

自然はただ、あるがままにあり、起こることが起こっては、それもまた過ぎ去っていくのです。

「あなたが相手を変えなければならない」、そうしないと大変なことになると考えるのを止めるだけでいいのです。

相手がどう行動するかは、相手の領域です。あなたまでそれを受けて立つ必要は、まったくありません。
相手の行動に責任を感じて付き合うことはありません。あなたが平和を望むなら、さっさと自分のやりたいことに切り替えて始めてしまえばいいのです。

それだけで争いは終わります。それ以外の複雑なやり方では、いずれ争いは蒸し返されます。
電池のプラスとマイナスの極は、片方だけ遮断すれば、電流は流れなくなるのです。

「このままでいい訳がない!」と相手が言い、それが気になって仕方がないのなら、それはあなた自身の中にも、同意している自分がいるからです。
それを思い切って切り捨ててみましょう。そうすれば、問題視しなければ、それはただ起こるべくして起きているに過ぎないとわかるようになるでしょう。

あなたがいくら変えようとしても、現実はあなたの思い入れ次第で変わるわけではありません。
そもそも、現実があなたの気分しだいで変わったりしたら、その方がよほど大変で、不幸なことになってしまいます。現実はそんな馬鹿なことは起こさずに、あなたを守ってくれます。

あなたが、穏やかに現実と付き合っていれば、何も問題はありません。
あなたが、それではダメだといくら抵抗しても、現実は現実の流儀で起きることを起こさせ続けます。

現実に抵抗したい人は、それが自分のやるべき使命だと勘違いしているかのようです。
たえず何か変えるべきことがないかと、目を光らせています。
何も見つからないと、自分から問題を作り出すことさえするでしょう。

なぜなら、それこそが生きがいだからです。抵抗し、自分がコントロールすることが、エゴの存在意義だからです。なにもないとエゴは存在する必要がなくなってしまい、自らを消し去ろうとすることに必死で抵抗してしまうのです。

世界をコントロールしたいという思いは、自然なものではなく、どこかで作り出されたものです。
やがてそれは、一人の思いだけでなく、文化にまでなってしまいました。
私たちの周りでも、それへのお誘いに満ちています。
油断していると、あなたの自己防衛の心理が刺激されて、そのままで問題などないのに、変えるために働きかけないといけない気になってしまうのです。

あなたはどんな人と話し、どんな本を読んだり、どんな番組を見たり、どんなCMに刺激を受けるでしょう?
それが、あなたがコントロールしたがっていることを反映しているのです。

必要など感じていないのに、刺激されて、それが欲しくなります。
それを手に入れたら、自分を変えられると思うからです。
いいかえれば、変えないと今のままの自分では不十分だと思っているということです。

しかし自分もそういうところがあると思って、気を落とすことはありません。
それは誰もが持っている自己防衛の仕組みだからです。
「逆鱗に触れる」という言葉があります。「逆鱗」とは、竜のあごの下にある一枚の逆さまに生えたうろこのことで、この鱗に触れると普段はおとなしい竜が怒り、必ず殺されるという伝説から来た言葉です。

逆鱗が存在するものなら、それは自然に必要なものなのかもしれません。
それもまた起こるべくして起こることなのでしょう。
それが特別な一枚であるというところに、この故事の深い意味があるのでしょう。

全身に逆鱗を生やす必要などありません。
そうしないと生きていけないと思っているなら、本当なのかどうか確かめてみましょう。
そんな怖い世界は、あなたの恐れを映し出したものに過ぎません。

あなたが今と変わらなくても、世界は受け入れてくれます。
あなたが身構えたり、コントロールしなければ、と思うのを止めるだけでいいのです。
争いが起きても、相手を変える必要はありません。
あなたが自ら思い直して、防衛心からではなく、ありのままに起きてることを見直せばいいだけです。
あなたはそれで平和を取り戻します。相手も一緒に争わずに済むのです。

あなたの「世界をコントロールしなければ」という思いを手放すだけで、どれだけ平和になり、無駄なことにエネルギーを使わなくて済むものか、ぜひご自分で確かめてみてください。
あなたが今すぐにでも手に入れなければ、と思っているものは何ですか?
「実は必要なんてなかった!必要なときが来ればそれは自然に手に入るのだから。」と思うだけで、重荷が一つ消え去るのです。


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思考によって答えがひねり出せると思っているかぎり

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「問いかけに対して、思考によって答えがひねり出せると思っているかぎり、あなたの身体には不快な感情が起きてくるだろう。」

The Work of Byron Katie
"The body's uncomfortable emotions happen only to remind you that there's a thought available for questioning."
https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152855124799150/?type=1


このとき起きているのは、たとえばあなたの記憶にある出来事を「こういうことだったのだ」と解釈しようとしたり、まだどうにもできないことを、あれこれ予測して「こうなるべきだ」「こうなるはずだ」と考えるということだ。

しかし現実はそうではないと知っているあなたが一方で存在する。
この矛盾や葛藤が、あなたに後悔や不安といった感情を起こさせるのだ。

思考によって現実をねじ曲げても解釈しようとしてしまうのは、現実よりも考え出した解釈の方が、よりよいものになると信じ込んでいるからである。

しかしここに、それよりもずっと優れた、うそや矛盾のない選択が存在する。

それは、「現実こそが常に一番いい結果である」と認めることである。

今の「あなた」にとって、それがいいものに見えようと、悪いものに見えようと、現実だけが実際に起きたことなのだ。
それが受け入れられたとき、もやもやした感情は、一気に晴れてしまうだろう。

思考して造り上げた「あなた」こそが幻想であり、ただ「現実」だけが起き続けているのだ。
それを認めるとき、あなたは地に足がついた安心感を、はじめて得られるだろう。

それに歯向かおうとするのは、思考の誤用でしかない。

複数の『現実』を作り出そうとしてはならないのだ。
それこそがあなたの葛藤を生み出し、すっきりしないあなたは悩み続けることになる。


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痛みを伴う感情とは何を訴えているのだろう?

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『私は、痛みを伴う感情とは、私にとって悪いことを引き起こす何かだと信じ続けてきました。

それらは、動かさないように排除してしまう必要があり、私を『だいなしにしたり』、『再び感情的に成らせて』恥をかかせてしまうものだと思ってきました。

しかし、私は、荒れ狂う、困難な感情が、実は信じられないほど美しい何かの知らせであると思うに至りました。
それらは、変容のための明確なサインなのです。
壁は崩壊していきます、幻想は溶け去っていきます、頑なな信念は私のまさしくその目の前で灰に変わっていきます。

これが起こらないようにしたり、隙間を修復して(外に漏れないようにしたり)、弱点を隠そうとしていたり、このようなことを保とうとしていた私の努力こそが、唯一の狂気だったのです。

この自然な変容に抵抗して、否定する際に必要とする巨大な努力は、闘争です。
必死に私がそうであると思っていることにしがみつくことは、苦しみです。

痛みを伴う、困難な感情を、そのままに起こさせ、名誉回復してあげることが、最も自己への尊敬を生み出すのです。怖いけれど、それは人々がこれまでに取り得た、もっとも勇敢で正気の行為なのです。
なぜなら、これまでに間違いだと扱ってきたものが、すべて解き明かされるのを見守る方法だからです。
これこそが(痛みの感情から)癒してくれるやり方なのです。』

I used to believe that painful feelings were a signal that something was wrong with me.
I believed they needed fixing, or removing and felt shame for being 'messed up' or 'over emotional'.
But I've come to understand that turbulent, difficult feelings are really a signal of something incredibly beautiful.
They are a clear sign of transformation.
The walls are crumbling, the illusion is dissolving, beliefs are turning to ash before my very eyes.
My efforts to keep this from happening, patch up the cracks, hide the weaknesses and keep it all together is the only insanity there is.
The immense effort needed in resisting and denying this natural metamorphosis is the struggle. Holding on desperately to what I believe I 'should' be is the suffering. Giving safe passage and honour to painful, difficult feelings is the most, self respecting, frightening, courageous and most sane act any human being could ever undertake because, this is how it feels when all that was ever false is unravelling. This is how it feels to heal.

by Me
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=452741011555469&id=416095815219989
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Your thoughts about life, or life as it is?~バイロン・ケイティ

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"Your thoughts about life, or life as it is? Which is crazy, which is sane?" -Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152844036979150/?type=1

『あなたは人生についての思考で生きていますか?それとも(人生に溶け込んで)起こるがままに生きていますか?どちらが狂っていて、どちらが正気でしょう?』

as it isで生きることをイメージするのは難しい、何しろ「私」がそれを考えようとしてしまうからです。
ちょっとした頭の体操ではそれは理解できないでしょう。

それに対して人生についての思考で生きる方は、「私」が考えるままに人生を組み立てて、それが現実だと思いながら生きるということです。

こちらの方がわかりやすいでしょう。
たとえて言えば、あなたは人生のストーリーが、事細かに書き込まれた本をいつも携えています。
そして、そこに書かれている出来事が、なぜかその通りに起こっていきます。

また、その本にはト書きも、見えない字で書き込まれています(実は時々見えているのですが)。
ここで怒る、ここで泣き出す、ここで相手を殴る・・・といった感じです。

あなたは、そこに書かれた出来事が起こると、実際に怒りを感じます。
「こんなことが起きたのだから、怒らないわけにはいかない。誰だってそうなるだろ?」という感じです。
あるいは、泣きたくなり、あるいは罪悪感を感じます。
あなたは、まさに自分が自然の流れとして、そう感じたのだと信じ込みます。

あなたがその「本」を放り出して、「私の思考」のストーリーで生きるのをやめる気になれば、あなたはト書きに操られることはなくなるでしょう。
その代わりに、今目の前の出来事と一体化して、操作なしの人生を生きることになるでしょう。

台本はないので、今までひそかに予見できていたようには、出来事は起こりません。
しかし、予見もできない代わりに、ありのままのの出来事をそのまま受容するようになります。
攻撃したくなる「私」はいなくなり、身構える「私」もいなくなります。

予測と違うことが起きないかと不安になったり、どうすればいいかを他人に聞こうと思うこともなくなります。
起こって欲しくないからと思って、生きることを先延ばしにすることもなくなるでしょう。
つまり、生きることに悩むことは何もなくなるのです。ただ生きることに専念できます。



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他の人は本当は私のことをどう思っているんだろう?

会話2

まわりの人たち、それもごく親しくしている家族や同僚たちとは、仲良くやれているつもりです。
みんなのことを心から信じて付き合っていきたいと思っています。
でも、時々私は悩むことがあります。「本当のところは、私のことをどう思っているんだろう? 口で言っているのとは裏腹に、本心では私なんて軽蔑しているかもしれない。影ではみんなで私のことを、勘違い人間だと思っているのでは?」

こんなことを考えたことは、皆さんあるのではないでしょうか?
そして、自分に自信を持っている人でも、どんなに自分が努力しているつもりでも、このような疑いを拭い去れないでいる。

それはそうですね。仕方のないことです。なぜなら他の人がどう感じているかを、そのまま読み取れる人などいないからです。だれかがどのように考え、感じるかは、その人の今までの経験と記憶によって生み出されるものですから、自分の経験からいくら推測しようとしても、おなじ考えや感じ方をわかるわけがありません。

不可能なことをできるかもしれないなどと思わないことです。そんなことはあきらめましょう。
それに挑戦するのは、無駄な努力であるだけでなく、あなた自身を痛めつけ、自信をなくさせ、せっかく取り戻しかけた自己への信頼をわけがわからなくしてしまいます。

もう一つ悪いことに、他人の意向を気にするようになるのは、あなたをその人の奴隷にしてしまうのです。何を言おうと、どのように振舞おうと、相手の気分しだいで、あなたの努力は踏みにじられてしまうかもしれません。

なぜこのような憶測を試みることが、無駄で、害があり、あるいは不可能なことなのかを考えてみてください。
人は自分の知っていることをもとに、世界を見ているのです。
その人の知らないことは、その人の世界には存在しないといってもいいでしょう。
他の人と分かり合えたと思っても、言葉を介して同意に達したことなど、それぞれの人の言葉の解釈がたまたまOKしたということに過ぎません。

そんなことよりも重要なのは、「なぜ、あなたは他の人に同意してもらいたいのか?」という点です。
それは、あなたが幼くて、親に認めてもらえないと、文字通り死活問題であると無意識に感じていたことの名残かもしれません。
「そうね、あなたの言うとおりだわ。まったく同感!」といってもらえると、うれしく感じます。
それは意見が一致したことへの喜びですか? それとも、反対されたり、馬鹿にされたりするかもしれないことへの、恐れから解放された安堵感ですか?
そのどちらが優勢であったのかを、正直に考えてみることです。

考えていることがまったく一致することなど不可能です。言葉の上でOKできることがせいぜいです。
いつであろうと、まったく同意できたことなどないまま、その気になっているだけだと思っておいたほうがいいでしょう。
この人だけはすべて私を理解してくれているなどと考え始めると、あなたは相手の囚人になってしまいます。相手に依存しないと何も自分で考えられなくなってしまうでしょう。

同じことを考えてくれたのがうれしいからといって、それを「なくてはならないもの」だと考えてはいけません。それがないと自分が維持できないとしたら、あなたのその依存こそが問題です。

いろんな人とのかかわりを、根本から見直してみてください。
あなたが深く触れ合えたと感じる人は、あなたとまったく同じ考えを持つ人ですか?
あなたに何でもYESといってくれる人ですか?
それよりも、違うことは違うとはっきり言ってくれる人や、「自分はそう思わないけどね」とはっきり言ってくれる人の方が真実を感じたりしないでしょうか?

あなたを不安にさせたり、痛めつける考えは、見つけたらすぐに捨ててしまいましょう。
それは抱え込まなくてもいい間違った考えだからです。
不安なのは、あなたのエゴが「これを軽く扱うと大変なことになるぞ!」といって脅してくるからです。
そのエゴの正体は、過去の記憶に過ぎません。

記憶というのは、人間が同じ失敗を犯さないためには役に立ちます。
もともとはそのために記憶という仕組みが出来上がったのかもしれませんが、敏感すぎるセンサーは過剰に反応してアラームを鳴らしてしまいます。

他人からどう思われるかよりも、あなた自身が自分を信じられているかどうかに目を向けて見ましょう。
まさにあなた自身への信頼感が、他人がどう自分を見ているかの判断に影響しているのです。
過剰に反応するセンサーになってしまったと感じたら、自分自身をもっと信じてあげましょう。

自分がやりたいのに、他人の目があるからといって、やるのを控えていたことを実行してみましょう。
その小さな行動が、あなたの自分への信頼を活性化させます。センサーの感度をこのくらいでも良かったかなと思わせてくれます。相手が本当は違うことを思っていないだろうかを心配させるのは、過敏になってしまったあなたのセンサーのせいです。

調整が必要になったのです。バランスが悪くなっているだけです。
ボリュームを固定してはいけません。調整能力をさび付かせてはなりません。
いつも微妙な調整を無意識に行っているのが健康な状態です。
微妙なバランスこそが健康に生きる秘訣です。


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あるがままのあなたでいてください

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怖がらないでください、

抵抗しないでください、

先延ばししないでください。

あるがままのあなたでいるのです。

恐れることは、何もありません。

信頼して実践してみるのです。

正直にどうなるかを観てみるのです。

本物のあなたという存在に、人生を築いて見せる機会を与えるのです。

(そうすれば)あなたは後悔しないでしょう。

ニサルガダッタ・マハラジ

Be what you are.
by motherofhermes:
Don't be afraid, don't resist, don't delay. Be what you are. There is nothing to be afraid of. Trust and try. Experiment honestly. Give your real being a chance to shape your life. You will not regret it. - Nisargadatta Maharaj


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あなたは何も達成しないし、その必要もない

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『思考がないとき、
世界もまた存在しない。』
バイロンケイティ

NO THOUGHT:
NO WORLD.
Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152833634829150/?type=1

『私はあなたが何も達成しないし、達成しなければならないと要求されてもいないことを理解するでしょう。私はそのことを保証します。』
ニサルガダッタ・マハラジ

I assure you that you will attain nothing and you will realise that no attainment is required.
Nisargadatta Maharaj

http://ashramof1.tumblr.comより

これらの言葉は、何を言おうとしているのでしょうか?

あなたは、たまたまこの時代に生まれ、この国に育ち、すでに出来上がっている世界に、突然放り込まれた存在であると感じてはいないでしょうか?
あるいは、もっと違う国や時代に生まれたり、違う境遇に生まれたらよかったと思っているかもしれません。

しかし、いったんこの発想を逆から見てみたらどうでしょう?

あなたは世界に放り込まれたのではなく、あなたが作り出した世界を見ているのだとしたら。

確定した世界がまずあり、それを見る人間はみんな同じものを見るのだと信じていいのでしょうか?

たとえば、虹の色は何色ありますか?
日本では普通は7色と答えるでしょう。しかしこれも、国によって色数は異なります。
8色ある国もあれば、2色にしか見えない国もあるのです。
色の識別能力や環境が違うということは、今の話の本題ではなく、見る人によって世界は異なって見えているということを言おうとして例を挙げてみたわけです。

国による違いだけでなく、周りにいる人たちも一人ひとり異なる世界を見ていると考えられることは、容易に想像できるでしょう。

あなたには見えていても、隣の人には見えないものがあるかもしれない。
あなたが見ている世界とは、あなたが関心の深いことが優先されて見えているとも考えられます。

むしろみんなが同じものを見ていると信じ込まないほうがいいでしょう。
なぜあなたにはこれがわからないのかなあ!と苛立ったりしないで、経験も記憶も異なる人間であれば、違う世界を見ていても、ちっとも不思議ではないと思い直してみましょう。

つぎにマハラジの言う「何も達成しないし必要もない」というのは、どういうことでしょう。

実は私たちの住む現代社会では、「人は何かを達成するために生まれてきて、何を成し遂げたかでその価値を測れる」といった考え方が潜んでいます。

その考えに従って、「私はこれといって何も成し遂げていない。こんな人間に生きている価値がない。」などと考えて、世界に絶望してしまう人もいるかもしれません。

それに反して、マハラジは、「あなたは何も達成しない」と言い切ります。
そもそも人は自分の意志で世界を変えたり、何かを達成することなどできないのだと言っているのです。
そこには、「意志が世界をコントロールできる」という考えは幻想に過ぎないと考えている背景があるのです。

現代社会では、本人の意図したことには自分に責任があるということを当たり前の前提としますが、本当に何にでもそれを当てはめられるものでしょうか?

あなたは、これをやろうと思ったのに、実際には違うように物事は運んでしまった、という経験がおありでしょう。
信念があれば岩をも穿つとは限らないのです。

自分の意志だけで世界を操っていると信じることをいったん止めてみれば、またその流れとして、その信念に合わせて世界を解釈しようとするのを止めてみれば、どうなるでしょう?
起こることは、あなたの意志があろうとなかろうと、起きることが起きていると気づくでしょう。

そしてあなたが存在することに意義があるとすれば、何を達成するかや、何者になるかではなく、あなたという存在そのものに意義があるのです。

何の役にも立っていないと思わないことです。あなた自身にも、他の人にもわかっていないかもしれなくても、あなたが存在することそのものが、他の人や世界にも影響を与えているのです。

ラマナ・マハルシはこのように言っています。

『あなたの義務は、存在することそのものである。
あれやこれやに「成る」ことにあるのではない。』
Your duty is to Be,
and not to be this or that.
Ramana Maharshi

http://ashramof1.tumblr.comより

あなたが何者にもなれず、何も達成できていなくて、世界に絶望してしまっているとしたら、
いつまでも「いつか何かを成し遂げてやる」などという考えにしがみついている猶予はありません。
あなたの存在そのものを見直して見ましょう。

もしあなたが考えるのを止めて、世界が存在しなくなるとしたら、
意志や信念や価値観はそれにもかかわらず存在するでしょうか?
そこに誰がいるのでしょう?何が残っているでしょう?


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あなたは部屋です、煙ではありません

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1日を通じて、さまざまな感情のエネルギーが、あなたの中で踊ります。
怒り、恐れ、悲しみ、恥などです。

部屋に充填した煙のように、
それら(感情のダンス)は、あなたが本当は誰なのかわからなくしてしまいます。

このダンスが始まると何もできることはありません。
我々は、火がどこで燃えるかについて、わかりません。
我々が見るすべては、煙です。

この時、Moojiが言うように、
あなたの目だけを活動させておいてください。

待たないでください。
待たないでください。

あなたがこれらのエネルギーを歓迎することができるならば、
彼らの前に深くお辞儀をしてください。

火が消えるとき、煙は自らクリアになります。
部屋は、再び静かです。
安心がもどって来ます。

そして、再び起こるとしても、できることは何もありません。

このことを忘れないでください:
あなたは、部屋です。
あなたは、煙でありません。


~~~
感情との付き合い方について述べたこの文章、ポイントと補足を付け加えるならこういうことです。

たとえ煙が充満しても(感情のエネルギーがダンスを始めても)、あなたは煙ではなく部屋自体なので、なにもせず、ただ煙を眺めて煙自体に任せておきましょう。

煙に巻き込まれることなく、また火元を探したりせず、自然消滅に任せるのです。

思考で説明をつけようとするなど、煙をコントロールしようとしないことです。

下手にいじれば、あなたはそれをゆがんだ記憶にとどめてしまうでしょう。
思い出しては、怒ったり、落ち込んだり、あるいは誰かを憎んだりする。
純粋な感情のまがい物を作り上げて、たえずいやな感情を蒸し返すことになってしまいます。

いつまでも消え去らないいやな感情とは、こういった後から加工されたまがい物なのです。

純粋に起きた感情には、それ自体意味があり、そのときに必要だったものです。
それについては嫌ったり無視したりせずに、ともに時間をすごしましょう。

また、勝手に火元を見つけたように思い込まないことです。
それを見つけて消し去ろうなどと思っても、表面的なこじつけで説明をつけようとすれば、本来必要だった感情の役割を完結できないままに終わらせ、こじらせてしまうかもしれないからです。
~~~

「原文」
http://ashramof1.tumblr.com/post/115731627502/through-the-day-different-energies-will-dance-in

Through the day, different energies will dance in you.
Anger, fear, sorrow, shame.
Like smoke filling a room,
they will obscure
who you really are.

There is nothing to be done
when this dance commences.
We do not know where the fire burns.
All we see is the smoke.

When this happens,
as Mooji says,
keep only your eyes alive.
Do not wait.
Do not wait.
If you can welcome these energies
then bow deeply before them.
The smoke will clear on its own
when the fire goes out.
The room will be still again.
Relief will come.
And then may again go.
Nothing to be done.

Remember:
You are the room.
You are not the smoke.
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ひ弱な自尊心に餌を与えない

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あなたはたえず、ひ弱な自尊心をなだめようとして、自分が誇れるものを捜し求め、ひそかに溜め込んではいないでしょうか?

それがそもそも、あなたに悩みの種を育てているとも知らずにです。

もしかすると、ひ弱な自尊心は、「ひ弱」などという言葉を聞いただけで、読むのを止めてしまおうとするかもしれませんね。

ですが、あなたが人より誇れるものを持たないと保てないような自尊心など、さっさと捨ててしまったほうがいいのです。

思い切って探すのを止め、それらを手放してみれば、そんなものなどなくても、本来のあなたはびくともしない存在であることに気づけるでしょう。

あなたは、わざわざ自分を傷つきやすい、いつもびくついている人間に育てているのです。

「人より優れたものを持つ人間に価値があり、それがないものは見くびられる、価値のない人間である」
というように信じ込んでいます。

それを裏返せば、たえず人より上に立てるものを、せっせと集め続けないと自分はダメ人間になるとおびえ続けるということです。

その恐怖心から、あなたは「よりよいもの」を必死になって探しているのです。

そうやって、役に立たない泥を自分に塗りたくっているから、綺麗に洗い流したら見えるはずの金貨がなんだかわからないものになっているのです。

いったいいつから人より優れていないといけないと思い始めたのでしょう?
いったんそれを信じだせば、それを強化するようなフレーズにあふれた世界は、あなたのやっていることが正しいことで、人がやるべきことだと信じさせるのはたやすいことになってしまうでしょう。

あなたは何者ですか?
とことんまでそれを問いかけて、結局何者でもないと認めるしかなくなったとき、
それを知って落ち込むのか、
それを聞いてようやく解放され、歓喜に震えることが出来るか、
その違いを考えてみてください。

実はあなたは本来、後者であったはずです。

なんで私らしくやったことが認められず、わけのわからない大人の価値判断でいいとか悪いとか、どっちが選りすぐれていると決められないといけないのか?
そんな理不尽さを感じたことはありませんでしたか?

社会が誉めそやすものが、いかに社会にとって都合のいいものでしかないか、今のあなたなら十分すぎるほどわかっているでしょう。

それに乗せられるほど、あなたは馬鹿ではないはずです。

誇れるものに頼って、それを集めたり、ありがたがったり、ないと不安になったりする癖を止めにしましょう。

言葉で言うほど簡単ではありません。長年染み付いた習慣は、強固なエゴを作り上げてしまったからです。

それでも、自分が何者でもないことに、喜びと解放を感じられるようになることを目指しましょう。
だって、あなたが何ほどのものであるかを、いつも証明しようとすることが、いかにあなたに負担をかけているか調べてみることです。

それらがなければ、あなたは自由です。気楽に自分自身でいることが出来ます。
こんなこと言ってはいけないのじゃないかと、気を使ってびくびくしながら生きることもなくなります。

びくびくしながらも、人に笑ってみせるという不自然な生き方が、ちょっとしたことでイラついて、本性をさらけ出してしまう惨めな人間を作り出すのです。

あなたはそんなご立派な人でなくてもいいのです。
立派さなど社会が都合よく育て上げた人格という概念に過ぎません。

ほんのちょっと勇気を持って、それらを手放せば、本当はなにに価値があるのかが見えてきます。
今の場所にいるままで、まったく別世界に住むことが出来るのです。


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ガボール・マテ「依存症(中毒)のとは?」

ガボール・マテ「依存症(中毒)のとは?」
2015/04/06 に公開
地球人のためのスピリチュアル・レッスン
http://VastStillness.com

https://youtu.be/0wKi15_v59c


終わりのほうで次の言葉が出てくる。

『何らかの形で、つかの間の安堵感
即急に得られる満足感・気晴らしを
必要とするような社会に生きている』

現代社会は、このように根本的に問題(痛み)と向き合うことには関心がなく、それを避けるための代替物ばかり提供しようとしているかのようである。

そしてそんな社会で暮らしていれば、直接問題に取り組む人間は例外であって、いかにうまくそれをかわすかという方法の方がもてはやされるのだ。

それらの多くは、スケープゴートを作り上げ、誰かを批判したり悪者にすることで、自分は少なくとも正義を追及しているのだと言わんばかりだが、根本的な問題は置き去りにされたままであることを知りながら忘れてしまおうとしているのだ。

物足りなくなると誰かに議論を吹っかけて、それに夢中になっていれば、一時自分の問題は考えなくてすむわけである。

痛みを避けていればいるほど、それと向き合うことはますます怖いものになり、代替手段に依存することが、ますます強化されるようになる。

そのことで人々が関心を持つものを、人気のあるものとして取り上げようとする社会は、それを支持して
いるわけで、依存からさらに抜け出せなくなる社会を作り続けるだろう。

そんな社会を信じて、それらに迎合していても、根本的な解決はますます遠ざかってしまう。
何が自分を救ってくれるかは、いくらテレビのコマーシャルを探しても見つからないのだ。

自分と、そして痛みと向き合う決心をして、社会の流行などにとらわれずに自分自身でいようとしなければ、いつまで待っても救ってくれるものは現れない。

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私はかつて『良い』人であることは寛容なことを意味すると思っていました~Me

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~人生を変える「いいね!」セッションさんがMeさんの投稿をシェアしました。
(Me - I once believed that to be a 'good' person meant being...

私はかつて『良い』人であることは寛容なことを意味すると思っていました。そして、適応できて、決して動揺を引き起こさないことだと。

実は、これはしばしば、私が自分自身に最も深い不親切さを見せたやり方でした。
しばしば『良い』人であるイメージを支えるために費やしたものは、私自身の真実への拒絶を含みます、そして、その整合性は殉教の影へ追いやられます。

他人への真実を守って、私自身のものを否定することは、両方の偽装です。 愛に基づく真実は必ずしも同意されないかもしれないし、受け入れられないかもしれません。

しかし、私自身のハートの真実を拒絶することは私がこれまでに苦しんだ中の最も大きな裏切りです、そして、それは『他人』が引き起こすことはありえません。

私は私が拒否を避けて、誰かに受け入れられたのを感じるので、それが私を『良い』人にすると思っているかもしれません、しかし、彼らが私から受け入れたすべてはうそです。

自分自身に対する心からの愛情と尊敬の場所から私自身の真実を受け入れて、その名誉を守ろうとするなら、私は本来の力を持ちます。

この種の誠実さは害を与えることはありません、間違ったものが埋葬されるとき、涙は落ちるかもしれません、

しかし、そこに残るものは決して失われることができない贈り物、
私自身の魂の美しさ、強さと明快さなのです。

Me

I once believed that to be a 'good' person meant being tolerant, accommodating and never causing upset. In truth, this is often how I have shown myself the deepest unkindness. The cost of upholding the image of being a 'good' person often involves the rejection of my own truth and integrity is banished to the shadows of martyrdom. To uphold an other's truth and deny my own is a deception of both. A loving truth may not always be agreed with, or accepted, but to reject the truth of my own heart is the greatest betrayal I will ever suffer and no 'other' can cause it. I may believe it makes me a 'good' person because I have avoided rejection and feel I have gained someone's acceptance, but all they have accepted in me is a lie. When I begin to accept and honour my own truth from a place of deep love and respect for myself, I hold my own power. This kind of honesty can do no harm, tears may fall as the false is laid to rest, but what remains is a gift that can never be lost; the beauty, strength and clarity of my own soul.
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行きづまりと義務感

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行きづまっていると感じるとき、それは誰かとの関係だったり仕事だったりするかもしれませんが、

それに追い打ちを掛けるのは義務感です。

行きづまりを感じて停滞感や疲れを感じているときは、義務感をしばらく切り離してみましょう。

責任や義務という言葉にとらわれて、そもそもあなた個人で出来そうもないことを何とかしようとあせってはいませんか?

出来ていないことから焦りや疲れがあるときに、義務感で自分を奮い立たそうとするのは、無理をしてこじらせてしまう可能性があります。

そこで、そんなときは、しばらく義務感も焦りの対象も忘れてしまいましょう。
忘れられたら苦労はないといわれるかもしれませんが、だからといって何も出来ないのに、ただ自分を責めていても仕方ありません。

あなたの責任感の多くは、自分の恐怖感から必要以上に膨れ上がっているのです。
実際には存在しない人に責め立てられているように感じてしまうのです。

ただ忘れるのは難しくても、すこし視点をそらしてみることなら出来るでしょう。
これを片付けないと何も先に進めないと思い込むのを止めてみましょう。

そして、自分のできることや人に与えられることに焦点を当ててみましょう。

「自分は何を人に与えられるだろうか?」ということに、しばし心を遊ばせてみましょう。
今の状況とは関係なくです。

何か思いついたら、小さな事でも何でもいいから、それを実行してみるのです。
これなら自分がやってあげられるということに取り組んでみましょう。

行きづまりの状況とは何も関係ないことでもいいのです。

何かを人にやってあげることで、本来の自分を取り戻します。

いろんなことが出来る自分が見えてきます。

義務感で追い詰められていた自分から離れて、もともとの自分を思い返す余裕が出てきます。

結果として今の行きづまり状況も全く違った見方が出来るようになるでしょう。
そして状況も常に変化し続けているのです。

義務感でこじらせていたら決して見えてこないものが見えてくるでしょう。

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