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パートナーに期待する(redux)

パートナーというのは自分の面倒を見てくれるひと、自分が望むことを満たしてくれるひと、やさしい両親のようなひとであることを期待するかも知れません。

しかし、残念ながらあなたがそれを望む時、それはやがて失望し、結局は相手を恨むようになってしまいがちです。

最初に出会ったころは、パートナーはあなたの望みを、なんでもかなえてくれる人のように映ったかも知れません。

やっとそのような人に巡り会えた!

しかしそんな喜びも、時間がたって、自分の欲求を満たしてくれないことを発見すると、一転して相手を恨むような関係に変わってしまうのです。

まさに、天国から地獄です。

けんか夫婦1


なぜ、そのような関係に変わってしまったのでしょうか。

それはあなたが、パートナーにあなたの満たされない欲求を、代わりに満たしてくれることを期待していることから起こります。

その望みは、やがて失望に転じ、さらには相手を恨むという関係に悪化していきます。

あなたは、自分の満たされない欲求は、まず自分自身で満たすことから、始めなければならないのです。

自分の満たされない思いが、どこから来ているのかを正直に認めて、自分ひとりでも満たされた気持ちでいられるようになることです。

その時に、はじめて、あなたは他の人の望みを叶えたり、また相手から愛情を受け取ることも出来るようになります。

あなたが相手に期待してしまうことで、失敗に終わる望みとは、
それは、他の人が代わりに満たすわけにはいかないものであるということなのです。

そのような欲求は、あなたが何らかの理由で、自分から表現することを、禁止してしまった欲求なのです。

あなたは、そのような欲求は、自分は抱いてはいけないのだと、どこかの時点でそれを封印してしまいます。

あなたは、そのような欲求を抱いていることを、ほとんど意識することもないでしょう。
しかし、その欲求は常によみがえってきて、あなたを悩ませます。

その欲求を満たしたい衝動が起きた時、あなたはそれをどうしていいかわからず、苦痛を感じてしまうのです。

カップルお茶カップルお茶


そんな時、あなたはパートナーに出会います。

そのひとは、自分の隠された欲求をかなえてくれる人のように感じます。
そして、自分の求める存在で、一緒にいれば自分の欲求がみたされると信じてしまうのです。

しかし、やがてあなたは、自分の代わりにパートナーに、その欲求を満たしてもらうことは、かなわない望みであることを知ります。

そして、自分の満たされない不快感を、それをかなえてくれない、相手のせいであると感じ、相手を恨んでしまうのです。

なぜか、自分が満たされないことというのは、他の人が満たしてくれて当然なことに見えてしまうのです。

しかし、相手にしてみれば、あなた自身もわかっていない欲求を、代わりにわかって欲しいと思われても無理があります。

それに、じつはパートナー自身も、同じようにあなたに、期待していることだったということも考えられます。

ですからこのような期待は、最初から無理があったのです。

あなたは、自分自身で押さえ込んでしまった欲求を、自分で表現出来るようにすることでしか問題は解決しません。

ひらめいた男性



あなたが、その欲求を「本当はこれが欲しかったんだ」と素直に認められた時、それ以上、その欲求を追い求め続ける必要はなくなります。

そして同時に、それを他の人に求め続けることも、必要ではなくなるのです。

いつでも、自分がそれを望んでいることを、自分で認められるようになったからです。

それは必要な時は、自分でかなえることが出来る様になったのです。

他の人の存在が必要だとしても、それを自分から要求することが出来る様になるわけです。
もちろんそれは、自分でもそれが何かよく解らずに、相手が満たしてくれることを期待することとは、全く違う事なのです。

そして、そのようになれた時、あなたはパートナーを、
不完全な自分の足りない部分を補う存在ではなく、
お互いを高めあえる関係に変えることが出来るようになれるのです。

その時こそ、あなたが一人でないことがもたらす、本当の喜びを感じることが出来る様になるでしょう。

自分自身になりたいと望むことこそ、
幸福の最大要件だ。
デジデリウス・エラスムス


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悲しむ時が来るのを恐れていませんか?

女性うずくまる


よろこびは、悲しみが仮面を外した姿。
笑いの湧き出る井戸は、涙であふれる井戸でもあります。
それ以外になにでありえるでしょう?
悲しみがあなたを深くえぐればえぐるほど、
そこによろこびを満たしていくことができるのです。
*カリール・ジブラン



悲しみは避けるものではありません。
よろこびも「いつまでもそのままでいて」と願う対象ではありません。
どちらも、あなたの今の状態を表しているだけです。
変化するあなたが、今どちら側にいるかだけです。
片方だけが存在するわけではありません。

よろこびと悲しみは、決して切り離して考えることはできません。
よろこびと悲しみはいつも一緒にやってきます。
ただ、一方があなたと食卓に付いている時、もう一方は床についているのです。



悲しむときには、その中に飛び込んで悲しみと一体になりましょう。
存分にそれを味わうのです。
「早くここから抜け出させて!」
そう思ってもいいですが、それでもそこにとどまりましょう。
ごまかして、もう終わったと自分で決めないことです。
時が来れば必ず変化が現れます。
なにごとも片方の側だけに留まって入られないからです。

よろこびよ「いつまでもそのままでいて」と願うのも、
このままこの悲しみから抜け出せないと怖がるのも、
私たちが創りだした、自然の変化とは関係のない偽物です。

本物は、いつまでも片方にはとどまらない。
「嵐の中でも時はどんどん過ぎていく」(マクベス)
「どんな激しい雨風もせいぜい一晩しか続かないものだ」(老子)

しかし、片方がいい、こっちは嫌だといって人間が操作を加えると、
それは自然の変化を妨げてしまうのです。
不十分で完結しなかった感情は、いつまでもくすぶり続けます。

あるいは、予期不安に陥らないことです。
実際にまだそうなっていないのに不安を覚えてしまう。
過去に経験した悲しい時間を思い出し、そのことを考えるだけでそれが怖くなる。
そのような不安は、現実ではなくあなたが創りだしたものです。
実体のない感情とは、争わない以外に方法はありません。
戦えば戦うほど、敵は恐ろしく巨大なものになってしまうのです。

あなたが悲しみの方だけ避けて、十分に味わうことから逃げ出せば、
次の何とかもごまかす方法を考えるくせがついてしまいます。
それでは、ますますそこから逃げているものを、大きくしてしまうのです。

あなたが悲しい時、そのままでじっとしていられれば、
それは役目を終えて自ら消え去ります。
そして、もう一方のよろこびの方に反転するのです。

あなたが悲しんでいる時、その先頭には喜びがこんにちはをしています。
あなたがよろこんでいる時、その先頭には悲しみが顔をのぞかせています。

反転を恐れないこと。
変化するのを妨げないこと。
悲しみだけがこの世の終わりのように感じるのをやめましょう。
喜びだけとお友達になりたいと願わないこと。
そのふたつは、いっしょにあなたのもとを訪れているのですから。
ただ、片方だけが顔を見せているだけ。

あなたの喜びの元になったものを探せば、そこにかつては悲しみだったものが見つかるでしょう。
あなたの悲しみは、あんなに楽しかったのに、もういまは変わってしまいそう、というところからやってくるのです。

当然悲しみを恐れていては、喜んでいる時にも手放しで心底喜べません。
「この楽しい時を手放さないぞ」と願うとき、すでに新しい恐れの種を創り出し始めているのです。

反転を恐れないこと。
変化するのを妨げないこと。
ごまかして逃げようとせず、そこにとどまってじっくり味わうのです。
悲しみがあなたを深くえぐればえぐるほど、
そこによろこびを満たしていくことができるのです。

*太字は全て、カリール・ジブランの「預言者のことば」からの引用です。
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「頭がない方法」ダグラス・ハーディングが開発した自己探求の方法



「私たちの本質とは何か? 」はダグラス・ハーディングが開発した自己探求の方法を、
リチャード・ラングが実にうまくまとめた4部(YouTube8本)からなるビデオです。

ビデオのリンクなど元になるページはこちら
http://www.ne.jp/asahi/headless/joy/

このビデオを見てどう感じられるか、見る方の現在の関心事や予備知識などで受け取るものは異なるでしょうが、ダイレクト・エクスペアレンスというものを垣間見ることができればと思います。

埋込み画像は、最初のパート1Aです。

以下は3Bから

ですから、問題は、半分の真実、私たちを分割し、簡単に対立へと導く、
半分の真実に落ち着くのか、それとも、全真実を歓迎するのか、
すべての私たちの違いは、中心でのこの一つの意識の内部に、含まれているという
全真実を歓迎するのか?です。
世界の未来、その平和と健全性は、私たちが、自分自身の全体、
自分の本質に「はい」というのか、「いいえ」と言うのかに、
おそらくかかわっていることでしょう。


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説明しない、言い訳しない

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自分のしていることを説明しない。
つまり、理由を、言い訳を考えるのをやめてみる。

本当にこのことを実践する気になれば、それだけであなたのつまらないゲームは終わりを遂げるでしょう。

あなたが理由を説明したいのは、あなたの抱えている「あるべき姿」と私は違っていないよ、と言いたいわけです。
つまりは、あなたは「あるべき姿」に振り回されて、それに合う自分に見せかけることに必死になっています。
くだらないと思いませんか?

そんなことでは、自分らしく生きるなんて、程遠い話になってしまう。
どれだけもっともらしい理由だろうと、見え見えのごまかしだろうと、その本質は変わりません。

しかし、立派な理由であれば、なにか意味があってやっているように思ってしまう。

いつか、そんなくだらない事を投げ捨てて、こんなことはもうゴメンだと言いたくなる時が来るでしょう。
ですが、切羽詰まって、そんなことになるより、さっさとやめてしまったほうがずっといい。

そうは思うけど、しかしこれこれの理由があるからね。
そうやって、理由を作り出すことをやめるのです。

やめるなら、無条件降伏です。
理由はいらない。

「説明しない。理由を考えない。」
これだけでどれだけ変わるものか、試してみないのは、最大の損失です。
そのおかげで、どれだけしなくていいことをやっているかを考えれば、そういう結論になりませんか。
目先に見えている利益など、それと比べれば大したことはない。
全然つまらない、残念賞にすぎない。

このように言っても、次には、
「そういうこともあるかもしれないが、でもこれだけは例外だ。」
と言いたがっている姿が見えます。

それならば、せめて「私は変わる気などない」と宣言しましょう。
そのようにはっきり言い切れば、また局面も変わるでしょう。
私の意志で、あえて、そう思っているのだと言い切ってみる。
その時に理由ではなく感じることが、答えを出してくれるでしょう。

理由を考えるのをやめるだけで、あなたのイライラは自己消滅するのです。


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アニータ・ムージャーニ「スピリチュアルに生きるとは、ありのままの自分で生きること!」 - YouTube

アニータ・ムージャーニ「スピリチュアルに生きるとは、ありのままの自分で生きること!」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=AdlzRoq9HMs&feature=em-uploademail



自分自身であること
自分の価値を認めること
自分自身を愛すること

自分自身を卑下するようなことは決してしない
自分を見放すようなことはしない
自分を犠牲的な立場に置かない
自分を一番最後にしない、後回しにしない


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シンプルに生きるとは (メルマガ・21号)

☆----------------------------------------------☆
シンプルに生きるとは
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今の生活は充実しているだろうか?
忙しいかどうかではなく、やりがいのあることに時間を使えているかどうかだ。
もしそうでないなら、なにか停滞していると感じるなら、
やりたくもないことを、やっているということだ。
やりたくもないことを、これが生きがいだと自分を騙しているにすぎない。

たいてい人はシンプルには生きられない。
自分の信念を捨てるくらいなら、現状のままでいいやと思ってしまうからだ。
くだらない信念も、いったん「私の信念」になってしまうと、素晴らしい信念に変わってしまう。
「私の信念」は何よりも、時には命よりも大事だから。
現実など「私の信念」の前では、直ちに却下されてしまう。

シンプルになるには、複雑なわけのわからなくなった信念を捨てるしかない。
あなたは迷路を通ってゴールに辿り着いてこそ意味があると信じている。
迷路の外側を回って、一直線に進むのは邪道だと思っているのだ。
そうすれば人が褒めてくれると思っているが、実際には誰もそんなものは見ていない。
他の人もまた、自分の信念を生きるのに忙しいからだ。
あなたが密かに外側を回っても誰も気が付かない。
ただ、あなたが自分を楽しそうに生きられるのを見て羨ましいと思うだけだ。

しかし、実際には他人があなたを見ているわけではない。
あなたの中に批判する人がいて、それがまわりに投影されているだけなのだ。
あなたが批判をやめれば、ピタリと批判する人は世界から消えてしまうのだ。


シンプルに生きましょう!

*・゜゚・*:.。.:*・゚・*:.。.:*・゜゚・*:.。.:*

こういう言葉がある。
「今やっていることをやり続ければ、
今と同じものを手にするだろう」

だから、うまくいっているなら、続けることだ。
うまくいっていないなら、やめることだ。
人生はそれほどシンプルなのだ。

アーニー・J・ゼリンスキー

*・゜゚・*:.。.:*・゚・*:.。.:*・゜゚・*:.。.:*

 
 
うまくいっているのに、もっといい方法を探そうなどとしないこと。

うまくいっているのに、「もうすぐダメになるかもしれない」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、「何かの間違いだ」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、「誰かがいるおかげ、ひとりになったら。。。」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、罪悪感を持ち込んではいけない。
 
 
 
うまくいっていないのに、次こそはと熱くなってはならない。

うまくいっていないのに、「何かの間違いだ」と思ってはいけない。

うまくいっていないのに、「誰かがいなければ、こんなことにはならなかった」と思ってはいけない。

つまり、うまくいっていないなら、うまくいかないやり方をしていると認めるのが一番ということだ。



☆----------------------------------------------☆
編集後記

うまくいっているなら続ける、うまくいっていないならやめること。
これほどシンプルなのに、なぜか認められない。
今までの習慣を捨てるのは、それほど厄介なものだけれど、
それでいてちっとも複雑ではないことに気がつく必要がある。


良かったらご感想などもお寄せ下さい。
ブログ左サイドに「めるまがメールフォーム」を設置しました。
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落ち込みについて考えてみよう

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落ち込みについて、いくつかの視点から考えてみましょう。

まず、年中落ち込み気味の人、そちらに傾きやすいという、基本的な傾向があるという人。
一方で、たまたまストレスが重なって、一時的に落ち込んでいる場合。
これらは区別して考えなければなりませんね。
そして、前者については、その原因を探ってみる必要があるでしょう。

自分が落ち込んでいることを、自分自身で認識出来ればいいのですが、なかなかそうは行きません。
その中にいると背景全体が変化しているので、自分ではそれを普段通りだと思ってしまいます。
そんな時は、まわりの人からのヒントは大事にした方がいいでしょう。

そして、自分で気付けないときは、いくら考えてもわかりません。
自分を見つめて分かりそうな余裕が無い時は、別の方法を考えます。

人間の心理には、それほど多くのパターンがあるわけではありません。
落ち込みの原因となる心理パターンで、あたりを付けて見ることも有効です。

落ち込んでいる時とは、感情が間違った方向に向けられていることが多いのです。
たとえば、誰かへの怒り(それが誰であるかはあまり重要ではありません)がある。
それを相手に向けることが出来ないとき、何故かそれを自分自身に向けてしまう。
自分自身に向けられた怒りは、罪悪感や抑うつを引き起こします。

こんな怒りをそのまま表現する訳にはいかない、
それは社会的に許されないと思ったり、
自分はそんなことをする人間ではないという思い込みが強かったり、
そうやって外に出せないで封じ込められた怒りは、いつしか自分に向けられてしまいます。

怒りを発散してみなさいと言われても、出来ない人は、かえってそのことで自分を責めてしまう。
『どうして私には出来ないの?他の人はあんなに気軽に表現しているのに。」

しかしその違いは、同じ土俵で勝負しているわけでないことに気づく必要があります。
あなたが、それを出来ないのは、それを抑制するだけの理由がまだ存在するからです。
それが解決しないのに、出来ない自分を責めてしまっては、2重に自分を苦しめることになります。

あなたの抑制が取れないのは、自分自身の怒りを、ハートのレベルから認めていないから。
いきなり認めるのが難しければ、まずはそれを隠すような習慣をすこしずつやめて見ることです。

・私は怒らない人だと見せかけるのをやめましょう。
私はそんな完璧な人間ではないし、機嫌が悪い時には他の人を気遣わずに怒鳴ってしまうかもしれないよ。そんな「悪い自分」がいることを徐々に認めることです。
そして、この「悪い自分」とは、今までのあなたが作り上げた基準から出てきたものであることに気づくことです。

・全て説明のつく人間であると思い込まないようにする。
今のあなたは、自分の失敗を笑って認めることができる人には程遠い。
なぜなら、自分の行動は全て説明できると思い込み、
また他の人にもそう見せないといけないと思っているから。

全て自分でコントロールできている人などいません。
そんな出来もしない理想で自分を縛らないことです。
このあと、なにか意味のないことをやってみましょう。
あなたが思う「意味のないこと」をです。
それをしている時の自分とは、一体誰でしょうか?

・説明禁止令を出してみる
いちいち自分のやった行動を振り返っては、説明しようとするのをやめましょう。
あなたは説明をつけるたびに、今までに作り上げた型にはめた自分を強化しているのです。
しばらく、説明禁止令を出してみましょう。
「なんでいちいち説明しないといけないの!やりたいからやっただけよ。」と言ってみるのです。

・あなたの怒りの結果、相手がそうなるかを予測しないこと
相手がどう感じるかは、相手の領域です。
あなたが思っているほど、相手はやわではありません。

それと、怒りを見せたことで、何かを失うことを恐れている自分に気づきましょう。
その結果、ほんとになにか失うかどうか見てみるのです。
あなたの正当な感情表現で、もし去っていく人がいても、それはあなたには必要のなかった人です。
あなたの見せ掛けのゲームの相棒役だっただけなのです。
あなたが必要なのは、そのような人ではないはずですよね。


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感情とのつきあい方★メルマガ・0020号

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感情とのつきあい方といっても、簡単な決まりでかたづけられるものではないでしょう。

ここでは、私達が感情に関して偏った見方をしていないかという面から、感情を本来のままの姿でとらえてみたいと思います。

まず最初に、私達は感情を有益なものか有害なものかで分けることを、当たり前のように行っています。

ポジティブ(肯定的)な感情、ネガティブ(否定的)な感情と表現するのが、その典型でしょう。

しかし、忘れてはならないことは、本来感情そのものには、ポジティブもネガティブもないということです。

人間的に見て、つまりは社会的な価値観を加えた場合に、ポジティブになったり、ネガティブになったりするわけです。

社会的な存在として、自分自身に対して、あるいは人間関係において、有益に働く感情は好意的に受け入れてポジティブであると呼び、有害な影響をもたらしそうであればネガティブと呼んで遠ざけようとします。

ですが、純粋な感情そのものは、ポジティブにもネガティブにも関係ないのです。

私達は、感情というものをどのようなときに発生し、どのように消えていくものか、余りよくわかっていません。
私はこの感情に関してはよく知っている、私の反応の仕方をよく心得ているというものもあるでしょうが、多くの場合何でそんな気分になったのかわかるとは限りません。

もちろん、ポジティブとかネガティブという性質を付加したところで、その感情を自由に出来るわけではありません。

「どうしてポジティブになれないんだろう」とか、なんで「ネガティブとわかっているのにこの感情を抑えられないの?」というようにです。

私達が感情をコントロールしていると言うとき、ほとんどはそれを押さえ込めると言う意味で使っています。

ある感情を抑えられるかどうか、その耐性は人によって違います。

たとえば出来事に対して、ある人はすぐに怒り狂ったように感情的になるし、別の人は冷静なままでいられるのです。
しかし、そのとき冷静でいられた人も、別の出来事に対しては、人一倍反応しやすいということもあります。

また、抑圧することで感情を抑えると言っても、限度はありますし、押さえつけた感情は消しゴムで消したようになくなるわけではなく、自分の感情の置き場所に押し込められただけと考えた方がいいでしょう。

その場面で感情を抑えられたこと、それ自体はその人の適応能力と評価されるでしょうが、自然な解消の仕方が出来たことを意味するわけではありません。

適応能力だけに気をとられて、自分はいつでも感情を操れると思ってしまうと、いつか自分の奥の方からその感情が顔を出し、「これが本当に自分なのか?!」と驚くような事態が起きるかもしれません。

ところで、ここまでは感情を押さえつける面だけを見てきましたが、純粋なもともとの感情は、その本来の性質を超えて過剰に拡大されたり、ゆがめられたりもするものです。

たとえば先ほどの怒りの表出の仕方について考えてみると、そのときの出来事に見合った反応以上に、過剰に反応してしまうとすれば、その人特有の反応の仕方が組み込まれてしまっていると考えられます。

まず、その人はその種類の怒りを表す状況を、他の人よりも多く経験している事が考えられます。

そして、毎回その怒りを感じるたびに、それに付随してその人特有の価値観を結びつけてしまうのでしょう。

「わたしはこれだけは許せない」とか「この手のことには涙もろいんだ」といった、その人特有の反応の仕方を学習し、強化してきているわけです。

それは本来のその感情の範囲を超えて、拡張された感情と行動のセットが作られているのです。

このことだけを見ても、ある名前のつけられた感情を、ポジティブな感情、ネガティブな感情と分けてしまうことの無意味さがわかってくるでしょう。

感情が有害に働くときの多くは、本来の自然な感情そのものではなく、拡張された反応のセットがもたらすことの方が多いと考えた方がいいのです。

たとえば、怒りは正義を守るときには有益に働くかもしれないし、ねたみの感情も扱い次第でその人のモチベーションの一因になるかもしれません。

悲しみは、状況は何も変わらなくても不幸な出来事を洗い流してくれるでしょうし、鬱を感じることも、あまりにも活発になりすぎた利益優先の心身の扱いに対して、抵抗を示すという役割を担っているのかもしれません。

以上のことを考え合わせるとき、特定の名前の感情を有益か無益かで分けてしまうことや、抑圧すべきものと決めつけること、あるいは逆に肯定的な感情ばかりを自分のものとして受け入れようとすることなどに、疑問が生じてくるのではないかと思います。

言ってみれば、自然に起きてくる感情にはなんの罪もありませんし、それぞれ何らかの意味があって生じてきているはずなのです。

その意味を見過ごしたり、自分の都合で邪魔者にしたり、ひいきにしたりすることは、行き過ぎれば必ず支障を来します。

むしろ加工されない本来の感情の意味を尊重し、振り返ってみるとき、いままで何か物足りないと思っていた自分の生き方に彩りを添えてくれるに違いありません。

邪険にしてきた感情がないか、過剰に優遇して他の感情を見えなくしてはいないかなど、折に触れて見直してみれば、きっと新しい発見をもたらしてくれるでしょう。

何よりも、どの感情も自分自身そのものであることを、取り戻させてくれるでしょう。


☆----------------------------------------------☆
編集後記
たまには感情との付き合い方を変えてみる。
いつもコントロールばかりしているのなら、感情主導で任せてみたらどうなるか?
実験してみると新しい自分が発見できるかもしれません。

良かったらご感想などもお寄せ下さい。
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ノウハウ・コレクターについて~限界を打開するには

のぞく


ノウハウ・コレクターという言葉があります。

いろんな方のノウハウを集めて(購入して)、それだけでなにかの努力をした気になって、それ以上の実践を実際には行わない人たちのことです。
つまり、ノウ・ハウを知るだけで、それを実践しようとはしないので、結果的に何も効果はえられません。

多くの場合この言葉は、ネット上でお金儲けをしようとするノウハウの場合に用いられます。

ここでノウハウ・コレクターの話題を取り上げたのは、販売されているノウハウについてどうのこうの言おうという訳ではありません。

むしろそれらに便りたくなる姿勢について書こうと思ったわけです。

ノウハウ・コレクターと言われる人たちが居る一方で、せっせと新しいノウハウを手を返品を返して作り出すのを仕事のようにしている販売者が存在する訳です。

片方がいるから、もう一方も存在すると言うことも言えるでしょうが、はたして問題はどこにあるのでしょう。

販売する側にとっては、このノウハウは絶対で、よく使われるフレーズが「コレでダメなら〇〇をやるのは諦めたほうがいいでしょう!」というもの。

この通りに信じ続ければ、新しいノウ・ハウを手に入れては失敗し、ダメだったのは自分の努力不足だと信じつづけます。そして、また目新しいものを見つけると、「今度こそものにしてやる!今までの損失を取り返すのだ!」と又飛びついてしまいます。

販売する人は、「このような似たようなことをいくらやっても、儲かるわけはない!」などとはくちがさけても言わないでしょう。理由は言うまでもありませんね。

しかし、残念ながら現実は、そういいたくなるような、ちょっと見かけを変えただけと言うものがほとんどであるように思います。

ですから、ひとつでダメだったら、他のものも同じ結果になる可能性は高いわけで、買った側は販売者を信じて、結果が出ないのは自分の努力不足のせいだと信じ続けると言う悲しい結果が繰り返されます。

そもそも、可能性があることと、実際に結果を出せることには、大きな隔たりがあるのだということに気が付かないのです。

本来の話題からそれているので、もとに戻しますが、ここで言いたいことは、「なぜ自分で考えてオリジナルで勝負しようとしないのか?」という発想は何処に行ってしまったんだろうということです。

なぜ他人が作ったノウハウを信じたくなるのか、それは明らかでしょう。
「保障がほしいから」です。
自分で「かんがえて、ためして、そして失敗に終わる」ということを避けたいのです。
そのように自分で失敗するくらいなら、他人が先にためして、「コレなら大丈夫です!」と保証してくれるものなら、少々お金を払ってもそちらの方が安全だと感じてしまうからです。

しかし、現実を考えて見るなら、実際に効果を出して儲けている人は、他人のノウハウなどあてにしないで、自分で考え出してひそかに実戦しているのです。
そして、勿論結果が出ているから、わざわざそれを売り物にして、儲けたいとも思わないわけです。

全部がそうだとはいいませんが、ノウハウを販売したがる人と、ノウハウで自分で儲けている人たちとは、別の種類の人達なのです。

肝心な事は、保証をお金で買おうとしないで、自分で冒険してみることです。
リスクを犯す等と表現していないで、冒険してみようという自分のしょうどうにもっと賭けてみましょう。

何のためにあなたのユニークな個性を犠牲にしてまで、安全を買おうとするのかを考えててみましょう。
自分が本当は何をしたいのか思い出してみることです。

長くなったので、これで終わりにしようかとも思ったのですが、関連した既存の文章をやはりつけておくことにします。

以下は「行き詰まりを感じる人へ~アインシュタインの言葉を交えて」と題した既出の文章を添えておきます。

どうにも行き詰まってしまったと感じているなら、いいチャンスです。
今のやり方では、どうにもならないと諦めるチャンスだからです。

いくら考えても、堂々巡りで限界に行き着いてしまう。
それは、同じレベルにとどまって発想しようとしているから、そのレベルから脱出できないのです。
「これさえ解決すれば、そうしたらなんとかなる」と考えるのだけれど、同じレベルで思いついた解決は、たとえ解決しても、「あれ何も変わらないじゃないか」になってしまう。

★どんな問題も、それが創られたのと同じレベルの意識では、解くことはできない。
No problem can be solved from the same level of consciousness that created it.

★限界を認めれば、やっとその向こう側が見えるようになる
Once we accept our limits, we go beyond them.

ですから、打開するには今の発想を捨てなければならない。
「これさえうまく行けば解決できる」としがみついてはいけないのです。

今思いつく解決をすべて放り出してみましょう。
どれも解決にならないとわかった、もうこれらを諦めてしまおうと。

どうなるかわからないけれど、その不安定な状態に辛抱してとどまってみようと本気で決心する。
やがて、まもなく、たいていは一瞬のうちに、向こう側が見えてきます。

そもそも、解決しようとしがみついていた考え自体が、邪魔をしていた元凶であることを発見するでしょう。

★完璧な方法を見つけようと躍起になっているが、そもそも何のためにそれをやっているのかを忘れているから、わけのわからないことになっている。それが今の私たちの主な問題のように思えるのだが。
A perfection of means and confusion of aims, seems to be our main problem.

「方法がわかったぞ!これで先へ進める。」と思って喜ぶ。
しかし、
「これで行くべきところに辿り着けるぞ!あれ?、ところでどこに向かっているんだろう?」
「まあいいや、とにかく先には進んでいける。どこかには辿り着くだろう。それよりも方法だ、方法が大事なのだ。」
「こんな方法を思いついた私は評価されるべきだ。何のため?そんなことは誰か考えてくれ。」

私の獲得した方法にしがみつく。
「これだけは離さないぞ!」といって、目指しているものが何かも忘れて、方法こそが解決してくれると思っている状態が、ぐるぐる回りの原因なのです。

思い切って、勇気を出して、その方法を手放してみましょう。
大事な大事な、ようやく手に入れたおもちゃだけれど、このおもちゃでしか遊ぶ方法はないと思ってはならない。

★まちがいを犯したことのない者は、新しいことに挑戦したことのない者だ。
A person who never made a mistake never tried anything new.

「わたしは間違えたことがない」という人は、同じレールの上から出ようとしていないだけでしょう。
いつかそのレールから降りなければならない時が来て、他の道を何も知らないことに気がつく。
「失敗したら誰も相手にしてくれなくなる」と恐れないことです。
それは、同じレールの上で勝負しようとしているからです。

★想像力は知識よりも重要である。
Imagination is more important than knowledge.

じゃまになる知識は、捨ててしまおう。
「何処かの偉い人がそう言ってました。だからそれは間違ってます。」
こんなことばかりいう人にならないこと。

「答えがわかった!」と思うのでなく、「答えの一つを見つけたようだ」と思っていましょう。

生きることが退屈だと感じているなら、私はもう、なんでもわかっていると思っているからです。このおもちゃでしか遊べないと思っているからです。

いつまでも、学ぶべきことはあると思っていれば、そんな事にはならない。
いつでも、つぎつぎと新しい挑戦が目の前に現れてくるでしょう。


「関連ノート」
生きた謎に遊んでみよう
2012年3月29日 人生を変える「いいね!」セッションさん(ノート)
https://www.facebook.com/note.php?note_id=276094695803815



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編集後記
ノウハウ・コレクターという状態自体が、すでに行き詰まりを生じている状態なのです。

良かったらご感想などもお寄せ下さい。
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