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プライドを捨てよう

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自分の弱点は誰でも見せたくないものです。
しかし、それを見せまいとして自分を鎧で守り出すと、鎧の重みで身動きがとれなくなります。

あなたが、外に見せる為の自分を作り上げることは仕方がないことですが、あまり大きなものにしてしまわない方がいいでしょう。

取り繕った自分は、砂で築いた城のようなもので、ちょっと攻撃を受けるとズルズルと簡単に崩れ去ってしまいます。

大きな城を築くほど壊れた時の被害は甚大になります。


あなたが思っているほど、あなたの見せかけは完璧なものではありません。
周りの人が気を使って触れないでいてくれているか、あるいは相手があなたに感情移入していて気づかないだけかも知れません。

そんなことを無視してあなたを正面から非難する人に出会うと、あなたはあたふたとして、取り繕うことに必死でもろさが露呈してしまいます。

そうなると相手のことはかまっていられません。今までの上品さとはうって変わって相手への攻撃に転じることにもなりかねません。

見ていてみっともないので、できるなら早めにこういうものは手放した方がいいでしょう。

ただそれでは、自分の弱点を見せればいいと言っても、頭ではわかってもそれがすぐに実行できるものではありません。

普段からそれに気をつけて、少しずつ手放すよう様にするしかありません。
またそれには、自分の弱点と向き合うことがまず必要になります。

しかしその努力はあなたを身軽にします。


崩れることを心配して城を守っている努力は、あなたの殆どのエネルギーを使い果たしてしまうことにもなりかねません。
いつばれるかを気にして、気が休まることがありません。
それを考えれば、手放した方がずっと楽になれます。

うしろめたさは、あなたが自分で抱え込んだものです。自分で手放すしかありません。
それはあなたをがんじがらめにしかねません。自信を持って自由に行動できなくなります。

それにわかっていながら相手の嘘につきあわされるのは、相手にとっても疲れることです。
すっきり相手が弱点を見せてくれた方が、気楽につきあえるものでしょう。またそうすればあなたの周りにはそういった正直につきあえる人が集まってくるというメリットもあります。

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ゲシュタルトの祈り

ゲシュタルトの祈り

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

私は私。あなたはあなた。

でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。



片膝をつく天使

この姿勢をベースにして、もう少し具体的なことを少し書いてみたいと思います。

・「あなたはこう感じるべきだ」と誰かに言われても断固拒否しよう。

自分の感性を見くびらないようにしよう。

・相手が何をしたかをいつまでも気にしない。代わりにその動機を考えて見る。

それは自分を振り返るのにも大いに役に立つ。

・自分らしく振る舞ったり、自分の大事にしている考えを正直に話せないような人との関係は、どんな理由があっても深入りしないこと。妥協してしまえば、地獄に生きることになると覚悟すべし。

・相手が悪かったとしても、必要以上に傷つけるやり方は極力避ける。

相手を傷つけたその刀で、自分も傷つくことを決して忘れないこと。

・相手を怖がっているとき、「それは自分が相手からもらいたいものがあるから」という考えを検討してみる。

要求を通したいために言いなりになるようなら、他のルートを考えて見る。

自分の「エゴ」は大事ではないが「尊厳」は失わないようにしよう。

・悪口を言われても、かっとなって自分を守り始めるのを我慢してみよう。

相手を罵っても嫌な感じを後々まで引きずるだけだが、我慢したなら自分を成長させることができる。

・相手の方が自分のことを理解できている人だと思ったら、素直に見習ってみよう。

自分がそれを身につければ、自分の周りの人にも伝える事が出来る。その結果、あなたの周りに過ごしやすい環境を築くことが出来る。

・苦痛や失望を避けて動けなくなるのを避けよう。

半分以上失望するとわかっていても、避けられないことは先延ばしにしないこと。先延ばしにした思いは、自分の他の思いにも影響を与え続けるので、どんどん歪んだ感情を蓄積することになる。

拒絶からも「いずれは必要になるはずだった経験」をもらえると考えて、その場で思い切ってみる。

・その他大勢でしかないからといって、奇抜なことで自分を売り込まないこと。

それはありのままの自分では価値がないといっているようなものだから。

・不愉快な相手、不愉快な感情も、克服する機会が与えられたと思って歓迎する。

実際に克服する経験を積むにつれて、強がりではなく、それが本当に歓迎できるものに見えて来る。

・まわりにろくな人がいないように思えたら、自分の中にもろくな美徳がないからかもしれない。

まずは自分が見本を示してみるくらいに考えると、いつのまにか周りも変わってくる。

・周りに歓迎されたいと思って策を弄さないこと。どうせ最初しか効果はないし、

ありのままの自分でないのは、すぐにばれてしまう。その結果「自分を作っている人」という目で扱われることになる。自分が望むのはありのままを受け入れられることのはず。

・あなたが思っている以上に、あなたが自分らしく、そのままであることを望んでいる人が、必ずいることを信じよう。信じられないのは、自分の価値を値引きしているからに他ならない。

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矛盾する自分

2つの感情


自分の中に矛盾する2つの部分があることに気がつくことは、たいてい嫌なものです。

それらは対立しているからです。
一方が「こうあるべき」と主張し、もう一方では「そんなことは嫌だ」と言い張っているのです。

どちらを立てても、反対側が反発し、満足する結果にはなりません。
なんとか両方を立てられないかと考えても、まずうまくいきません。

なぜなら、それらは片方だけが絶対的に正しいというわけにはいかないことだからです。

ではなぜそんな対立が生まれるのでしょう?

それは、もともと対立することではなく、ある時はAがふさわしく、別の時にはBの方がふさわしいという具合に、同時にではなく、時間をずらして並立すべきことなのでしょう。

いいかえれば、自分とは終始一貫した固定した存在ではなく、絶えず変化している存在であるということです。

さて、それではなぜ、その併存出来るはずのものが対立する事態に陥ったのでしょうか?

それは、どちらかを固定しようとしたからです。
つまり、私は今からAで行くことにすると決めたわけです。
私はAだから、ずっとAのままでいなければならないと、自分を固定してしまう力が働き始めたのです。

それを始めたのは、変化しつつある自然体の自分ではなく、固定化しようとする思考の働きによるものです。

過去の遺物である思考は、これからはAだと決めると、この先ずっと自分をAだという前提で動きなさいと強制し始めるのです。

社会というものは、個人に対して一貫性を要求します。
昨日Aと答えた人は、今日もAであることを期待されます。

期待に反するとき、社会はこの人は一貫性がないと非難したり、あるいは事柄によっては違反だと言って罰則を申し渡すでしょう。

社会の中で生きる上で、反対できないこともあるでしょうが、個人の精神性の中では、一貫しなければならないという決まりはありません。

そして、絶えず変化する存在である自分に、一貫性を強要することは、もともとは併存できたはずの2つの自分を、矛盾し対立してしまう存在に変えてしまうのです。

同時に成り立たないことは、別の時に起こればいいだけなのに、片方に一貫性を設けてしまったために、同じ時に成り立つように期待され、そこで私は同時に成り立たない対立に、葛藤を起こすハメに陥ってしまうわけです。

葛藤する自分とは、しかしながらどちらも本物の自分なわけです。
ですから、簡単に片方を切り捨てるわけにはいきません。
だからこそ葛藤なのです。

このような成り立ちを理解することはとても大切なことだと思います。
訳も分からずに、苦しい状況に耐えなくてもいい方法を、見いだせる可能性が生まれるからです。

シンプルに考えるなら、同時に成り立たないことは、機会をずらすしかないと考える選択肢を持てばいいのです。

社会が期待するまま、終始一貫した理想型の自分をつくろうとしないことです。
そんなことをしても、長続きしないし、いつの間にか社会の期待するものは変化してしまうのです。
一貫した姿勢を現実だと思わずに、ときに応じて変化する自分を受け入れることです。

一貫した自分になることを大人の成熟だなどと勘違いしないことです。

盾と矛は、同時に使わなければ、それぞれは最強の道具であるわけなのです。


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概念化した世界に生きていると

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今の私たちは、多分に概念化した世界に生きています。


今朝の青空を見て雲ひとつない秋の空だと感じる。


しかしすぐにそのあと、今日はこのままいい天気がつづくだろうと想像し始める。


こんな青空の日は、あれをしてこれをして。。。

と考え始めると、いつのまにか概念化された世界、思考の中に入り込んでしまいます。


ふと空を見上げれば、さっきまで雲ひとつなかった空に、ぽっかり白い柔らかい雲の塊が登場している。

見ていると、その雲の前を飛行機が横切っていく。


概念世界に住んでいては気がつかないままだったけれど、現実は変化していたのです。


しかし私たちは先ほど描いた概念世界のままで、現実が過ぎていって欲しいと思ってしまいます。


気まぐれな現実にいちいち修正を求められることを拒否したくなる。

雲や飛行機が登場しなくていいから、世界は自分の知っている見慣れたままでいて欲しいと願うのです。


こうして、たとえば昨日までの概念で、いま出会った人を評価して接することになります。


昨日と違う相手のふるまいに驚き、恐れたり、悲しんだり、喜んだりするけれど、それらは概念世界とのギャップの修正に追われているからなんです。


見慣れた世界(概念化された世界)のままでいて欲しいという願いと、

刻々変わっていく現実を楽しむことと、
両方を同時に成り立たせるのは難しい。


現実の変化に常に接しているためには、今を見ることを怠けている暇はありません。

できるかぎり、現実に引き戻してやらないと、生きている感覚をどんどん失ってしまうでしょう。


もしいま退屈だとか、やる気がしないと思っているのなら、概念化された世界に入り込みすぎていないかをチェックするといいでしょう。


自分を今に引き戻してやれば、すぐに元気な自分が蘇ってきます。


「いま」という瞬間が、概念化がつくりだした毒を消し去ってくれます。


ちょっとめんどくさいけど、今との接点を失い続けると、概念の世界の住人になってしまう。


そうなると、私たちは現実よりも概念の世界を採用しようとしてしまいます。


それが現実を見るのが嫌になったり、現実を敵にしてしまう原因になるのです。

今抱えているトラブルも、調べて見ればどれも概念化された世界で現実を見てしまった結果ではないでしょうか。


気がついたら、自分を今に引き戻してやる。

これは呼吸するのと同じように、心の健康には欠かせないもの。


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自然哲学者2

唯物論者の始まりである最後の自然哲学者、デモクリトス(BC460~370)など。
原子(アトム)という言葉もここから来ています。
~~~~


前回のパルメニデスの普遍の存在と、ヘラクレイトスの変化生成の考えは、よく対比されます。

パルメニデスは、
A.何も変化することは出来ない。
B.したがって感覚はあてにならない。

ヘラクレイトスは、
A.すべては変化する(万物は流転する)。
B.感覚はあてになる。

原子モデル


この対立に答えたのが、エンペドクレス(BC494~434)です。

エンペドクレスは、この不一致が生じた原因は、二人の哲学者が、元素はたった一つだと考えたことによって生じたのだと言います。

元素が1つしかなければ、理性が語ることと、感覚を信じることの間に溝を作るしかないのだといいます。

水は魚や蝶にはならない、水は水のままであるわけで、パルメニデスが何も変化しないと言ったのは正しい。

しかし、ヘラクレイトスが言うように、絶え間なく自然は変化しているのであって、それを見る感覚が語りかけることは、信じるべきであるとします。

それには、自然はたった一つの元素から出来ている、という考えを捨てるべきだと言います。

結局、エンペドクレスは、自然には四つの元素があると信じ、これを「根」と名付けます。
その四つの根とは、土、空気、火、水です。

自然のあらゆる変化は、この四つの元素が、混ざり合ったり、分離したりすることで生じるのだと言います。

そしてたとえば、動物が死んだとすると、四つの物質はバラバラになります。

四つの元素は、それ自体は変化しませんが、それらが様々な割合で混ざり合うことによって、また様々なものが、新しく作られていくのだと考えるのです。

木片を燃やすと、火の中で、何かがパチパチとはぜ、ジージー言う音も聞こえます。
この音は水によるものです。そして何かが煙になり、空気となる。
そして炎が消えた時に残るのは灰、すなわち土である。

エンペドクレスは、それに加えて、物質が結合したり、分離したりすることの原因についても語ります。

四種類の根を結合するのものを「愛着(ピリア)」、分離させるものを「憎しみ(ネイコス)」と名付けます。

つまりエンペドクレスは、物質(四元素)と力(愛と憎)を分けて考えたのです。

私たちの知覚についても、おもしろい考え方をします。

私たちの目の中の土の部分が、自然の土をとらえ、目の中の空気の部分が、外界の空気をとらえるのだというのです。
そして、これらの元素の欠けているものがあると、自然を全体としてもとらえることが出来ないといいます。

考える犬1


しかし、一つの元素とか、四元素から全てが作られるという点に納得しなかったのが、アナクサゴラス(BC500~428)です。

アナクサゴラスは、自然のものを小さなものに分解すると、目に見えないものになるが、この小さな要素の一つ一つにも、全ての要素の元になるものが含まれているはずだと考えたのです。

これは、現在の科学で、私たちの身体が、細胞から出来ていて、体細胞の一つ一つには、身体全体に関する、おびただしい情報が書き込まれている、という考えにも通じるものです。

アナクサゴラスは、最も小さな構成要素のことを、「種子(スペルマタ)」と呼びます。
エンペドクレスは物質の結びつきや分離について、愛と憎の力を考えました。

これに対して、アナクサゴラスは、バラバラに混ざり合っていた「種子(スペルマタ)」は「理性(ヌース)」の働きによって、次第に分別整理され、現在のような秩序ある世界ができあがったのだ考えました。


そして、最後の自然哲学者、デモクリトス(BC460~370)が登場します。

デモクリトスは、すべてのものは、目に見えないほどの小さな単位から、成り立っていて、その一つ一つは、永遠に変わらないものと考えました。

そしてその一番小さな単位を、「原子(アトム)」と名付けます。

原子モデル2


アトムとは、それ以上「分割できない」という意味です。

原子はそれ以上は分けられず、永遠に存在する、だから、どんなものも原子から出来ているのであって、無から生じることはないのだというわけです。

そして、原子は、全てが同じ形ではないだろうと、予測します。

同じものから、全てのものが、かたち作られるというのは、うまく説明が付かないというのです。

自然界には、無限の原子が存在し、それぞれが様々な形をしているので、それらが組み合わさって、あらゆるものを形作ると考えました。

そして、原子はどんなものであれ、それ以上分けられないし、永遠の存在で、変化することもないのだという考え方です。

現在の物理学でも、原子が終わりではないにしても、それ以上分割できない限界が存在するという点では、同じように考えています。

デモクリトスは、現在のような測定機器なしに、思考だけで、この考え方に達したわけです。

また、デモクリトスは、原子のみが物質(マテリアル)として存在し、原子のないところは、ただの空間だと考えています。

そして、物質(マテリアル)以外の力や精神的なものを、一切排除して考えました。
このことから、かれは、「唯物論者(マテリアリスト)」と呼ばれます。

原子論では、原子が空っぽの空間を、運動することによって、様々な生成や消滅も説明できるとします。
なお空っぽの空間、虚空間(ケノン)という考えもここで登場します。

そして、また彼は、魂というのは、魂専用の「魂の原子」が集まって出来ていると考えます。
人間が死ぬと、魂の原子はバラバラになって、四方八方に飛び散り、新しく作られようとする魂の中に、飛び込んでいくと考えたのです。

考える若者


デモクリトスの原子論によって、いったん自然哲学は区切りを迎えます。

しかし、デモクリトスは、全ては機械のように動いていき、エンペドクレスやアナクサゴラスのような、精神の力というのはまるで認めなかったのです。

原子論は、現代の科学としても充分に通じるものであり、そしてまた、否定された精神の働きについては、現代でも明確な答えは已然としてもたらされてはいないようです。

物質の根源が何かはともかくとして、自然哲学者たちは、自然の現象、営みの原理を突き止めたいと考えていました。

それに対して、現代の私たちは、人工の物に囲まれて、概念ばかり操作しているようにも思えます。

目の前の利益にとらわれたり、競争すること自体が目的になってしまっています。

哲学以前に、何が大事なものかを、もう一度考え直す時が来ているのかも知れません。

参考
ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙
ヨースタイン ゴルデル 日本放送出版協会 (1995/06)
※哲学者の年代はソフィーの世界の記述にしたがっています。



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自然哲学者1

以前連載した哲学史から。。。

いつもと趣向をかえて、哲学史を振り返ってみたいと思います。

哲学というのが、現在の私たちと無縁の世界ではなく、
私たちの今の常識を、作り出してきた元になっていることに、
きっと驚きや、新しい発見があると思います。

ギリシアの遺跡


今回は、最初のギリシャの哲学者たちについてです。

ソクラテス以前の、彼らのことは、自然哲学者と呼ばれたりします。
これは、彼らの関心の対象が、自然の営みにあったことによります。

ギリシャの人達は、全てのものが無から生まれたとは考えず、元になる「何か」がすでに存在していると考えていました。

全てのものの、おおもとになる、なにか「元素」が、存在するのだと考えていました。

そして、かれらが哲学者と呼ばれるのは、自然の出来事を、それまでの神様の仕業(神話)によるものではなく、自然そのものを観察することにより、その原理を解き明かそうとして、神話から自由になった点にあります。

最初に元素の考え方ということで、ミレトスの三哲学者、タレス(BC624?546)、アナクシマンドロス(BC610?547)、アナクシメネス(BC570?525)についてさらっと触れます。

タレスは、エジプトにいって、ピラミッドの高さを、影の長さから測定したと言われています。
また天文学にも通じており、日食を予測したと言われます。

タレスは、水がすべての根源(アルケー)だと考えました。

すべてのものは、水から生まれて、水に帰ると考えました。

アナクシマンドロスは、特定の元素からものが生まれるのではなく、何かから生まれて、何かへと消えていくと考えます。

彼は万物の根源(アルケー)は無際限無限定(アペイロン)であると考えています。

アペイロンは成熟することも衰退することもなく、目の前に存在する物質を、新しく永遠に生み出し続けていると考えました。
アナクシメネスは、万物の根源(アルケー)は空気(気息)であると考えました。

死人が呼吸しないことから、呼吸が生命を作りだし、同じように空気が全てのものを作り出すと考えます。

空気が薄くなると熱くなって火になり、濃くなると冷たくなって水になり、さらに濃くなると土や石になるという具合に考えたようです。

考える博士


次に、元素はともかくとして、どうして、あるものが他のものになるかという、変化のとらえ方に関して、二人の哲学者を取り上げます。

最初に、「エレア学派」のパルメニデス(BC540?480)です。

感覚で捉えると、見た目には物事は生成変化を続ける様に見えます。

しかし「変化」とは在るものが無いものになることであり、無いものが在るものになることです。
理性で考えれば「無」から「有」が生じたり、「有」が「無」になるのは矛盾している、だから変化などないのだと考えます。

このように、パルメニデスは感覚よりも理性を信じることにより、真に在るものは不変だと考えました。

変化するというのは、感覚が騙されているのだと考えます。

このような感覚より理性を信じる考えを「合理主義」と呼びますが、パルメニデスは合理主義の祖であると言われています。

ちなみに、パルメニデスの弟子のゼノンは、運動が存在しないことを示すために、有名な「アキレスの亀」のパラドックスを考えたと言われています。

ガンジス川

変化については、もう一人の哲学者、ヘラクレイトス(BC540?480)がいます。
ヘラクレイトスは「万物は流転している」と考えます。
自然界は絶えず変化していて、変化することが自然の性格だと考えます。

すべては、動きの中にあり、何一つ永遠に続くものはない、「同じ河に二度入ることはできない」のです。この意味は、私たちが、二度目に河に入った時には、私自身も流れもすでに変わっているのだからということです。

また、ヘラクレイトスは、世界は対立で成り立っている、病気にならなければ、健康が何かわからない、冬が来なければ、春の訪れもないというように。

善も悪も、全体の中に必要な居場所を持っていて、対立による闘争があるから、世界が変化を続けていられるという発想をします。

そしてまた、ヘラクレイトスは、理性(ロゴス)という言葉を使います。
世界の全ての現象をコントロールする、「世界の理性(ロゴス)」というものが存在していルはずだと考えます。

人間もこれに従うべきなのだが、たいていの人は自己流の理性(ロゴス)で生きている、そのようなものの見方は、ヘラクレイトスに言わせると「子どもの遊び」だということになります。

「万物は一である」、「一から万物が生まれる」として、「根源的な一と多くの表面的なもの」の関連を言い出した人だとも言われます。

考えるウサギ

「万物は流転する」「対立が変化を作り出す」「感覚はあてにならない」「ロゴス」「万物は一つ」といった考え方が生まれてきました。


しかし、まだ人間の自我や思考については、あまり考慮されなかったようです。
また、神様の仕業といった発想からは、いったん決別します。


今でこそ、私たちは、教育によって物質が原子から出来ていることを、当たり前のように信じています。

しかし、そのような前提がなかったら、ものがなにから出来上がっているか、という問題にどれだけの発想が及ぶでしょう。

また、万物を生み出す根源という考えは、今後も形を変えて、考え続けられることかも知れません。

参考
ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙
ヨースタイン ゴルデル 日本放送出版協会 (1995/06)
※哲学者の年代はソフィーの世界の記述にしたがっています。



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空想は現実との接点を失う(再掲)

木陰で話すマーシーとチャーリー・ブラウン

木陰の男女

マーシー「あなたのことを心配してんのよチャック」

チャーリー「ボクのこと?」

マーシー「そうよ。あなたがあまりにも過去にこだわり過ぎているんじゃないかってね...一年以上もあの赤毛の女の子と会っていないのに、まだ彼女のこと話してるもん」

チャーリー「たぶん、ボクは未来に生きていると思うんだ...つまり、それが希望というものだろ...でなきゃ、ボクは煮えきらない性格だから、彼女を忘れられないのかも...」

マーシー「よくわからないけど、チャック...私はね過去にだけ生きているあなたを見るのがイヤなの... もちろん、未来にだけ生きるっていうのもイヤだけど...」

マーシー「たぶん、よくいわれるように 現実はどこか中間のあたりにあるってことなのかな...」

チャーリー「現実ってヤツはボクとおなじくらい煮えきらないんだな!」

「いいことから始めよう―スヌーピーと仲間たちからの生きるヒント」
エイブラハム・J. ツワルスキー 新潮社 / 1995-02



マーシーはチャーリー・ブラウンに恋しているようです。

いつも自分の気持ちをチャーリーに伝えようとしますが、チャーリーの方は幻想の世界で「赤毛の女の子」に実らぬ恋を夢見ています。

空想の世界に住むのは簡単です。

何を想像しようと、これから起きることなら何だって可能性があります。

過去に見かけた?「赤毛の女の子」は、チャーリーの空想の中ではどんどん理想の存在に書き換えられていくでしょう。

しかしあるがままの現実は、チャーリー・ブラウンにとってはマーシーであることを見ないといけないのですが、幻想は彼に現実との接点を遠ざけてしまうのです。

あるがままを受け入れられない人には、現実はあまりにもつまらない世界であり、物足りないのです。

そういう人は、自分がこうあるべきだと現実の代わりに作り上げた幻想を持っています。

その幻想が、現実の世界ではいっこうに現実化しないことに不満を持っています。

その人にとっては、幻想こそが不満な現実の替わりになる働きをしているのです。

空想の世界にいれば、夢のような世界が広がっているので、いつかそれが実現するのを待ち続ければいいのです。
しかしおそらく永遠に来ないだろう未来ですが。

今の状況に空想を持ち込むほど、現状は色を失い、いっそうつまらない世界に見えてきます。

それはますます現実に不満を抱かせ、さらに理想的な空想をふくらませて興奮してみることで、現実との接触で得られるものの代理にしようとします。

空想は「つまらない」とレッテルを貼った現実をよく見ようとするのを妨げ、ますます現実との接点を遠ざけます。

ありのままに見るなら、どんなに面白い展開が待っているかもしれないのに、現実はつまらない不満なものと決めつけて素通りするものになってしまうのです。

チャーリーにとっては、マーシーは恋愛の対象でなく、また親身に話を聞いてくれたり、あるいは彼をへこませてくれる他の仲間達も、彼の空想の世界に関わる部分でしか現実ではないのです。

空想


しかしいいかげん空想や理想のファンタジーは手放しましょう。

いまここにある現実との接点を取り戻して、そこから得られる楽しみを取り戻すのです。

現実から遊離した空想の世界に住んでいれば、いずれ身動きがとれなくなって先に進めなくなります。

夢を捨てようというわけではありませんが、夢は少なくとも現実との接点を持っていないといけません。

現実面で何かが進行しているのであれば、それがいかに壮大な夢であっても、人から無謀だと言われても突き進めばいいと思います。

しかし、すべてが空想の世界にある夢というのは、文字通り目覚めたら何もなくなってしまう夢でしかないのです。

ありのままの現実をよく見て掘り起こしてみれば、思っても見ない発見があるものです。

チャーリーが言うように「煮え切らない」現実かもしれませんが、未来や過去と決定的に違うのはそれが唯一実際に存在するものだからです。


レシピを見ているだけでは料理は現実のものになりません。

どうせ材料が手に入らないと次のレシピに目移りしているとき、あなたがやっているのは単なる読書であり、料理という現実にとっては空想の世界です。

料理を現実のものにするためには、まずは材料の買い出しに出かけましょう。
それこそが現実との接点です。


献立を考える


新しい発見が見つからないのは、自分には関係ないというレッテルを貼ってしまい素通りする存在になっていたからに他なりません。

新しい見方で、ありのままの現実を調べ直してみましょう。
そこには、見捨てられていた可能性や、視野に入っていなかった貴重な人間関係が隠れていないでしょうか。


何年かたって今の時点を振り返って見たとき、後悔するとしたらどんなことでしょう?
少なくとも、空想の中だけで生きてきて、現実には何も行動しなかった、そんな後悔はしたくないと思いませんか。


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「よくあるゲーム」だけれど振り返ってみれば意義深い

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☆よくあるゲーム
1.あんたなんか無視するわよ!
2.聞いてるの?
3.私はあんたを無視するって言ってるの!
4.なんで黙ってるのよ!あんたを無視するって言ってるのよ!

無視されることは、たいていの人にとって重大な問題です。

もしかすると、子どもの頃親から見捨てられることを恐れた、その思いがよみがえるのかもしれません。

あるいは大人になってから、もう少し洗練されて、どれだけの人から振り向いてもらえるかで、自分の価値を測っているのかもしれません。

いずれにしても、本当に無視されてしまうことは、その人の生存を脅かす想いにつながるのかもしれません。

しかし、このコミックの場合、どこかお互いが了解のもとにゲームを演じている、という方があたっているようです。

まず表面上は両者はこのように感じます。
迫害者側:「この野郎やっぱり無視した。なんて酷い奴だ。」
犠牲者側:「また意地悪が始まったよ。なんでいつも僕は攻められるんだ。」

迫害者側には、「どうせ私にはまともに相手してくれる人間なんていないんだ」というような本音があるのかもしれません。
だからせめて、このようなゲームで相手との接触を、それも見かけの感情表出を伴って行うわけです。

またこのコミックの範囲ではわかりませんが、犠牲者を演じる側には、これまた自分への低い評価が潜んでいて、いじめられても無視されるよりはましだと思うのかもしれません。

両者とも、このようなゲームが得意で、いつも自分の役回りを心得ています。
いつもと違う反応をすれば、もしかしたら本物の交流が生まれたかもしれないけれど、
いつもどおりやらないと何が起きるかわからない。
そんな冒険はなかなかしたくないのです。

被害者が相手の顔を見て、「無視したりしないよ。だから本当に言いたいことを言ってみて」
と本物の交流を図ろうとしたとき、迫害者側は戸惑います。
「なんでいつもと違うんだよ」
しかし、それでもあえて相手の申し出を受ける気になれば、いつもと違ったやりとりが生まれてくる可能性もあるわけです。


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生きた謎に遊んでみよう

自然に帰る


信念というものは、社会に関わって何かをやり遂げるためには便利な道具です。

何か目標を立ててそれを達成するという場合、目的や信念がフラフラしていたのではどこに行ってしまうかわからず、途中で投げ出したり、ほかの場所に行き着いてしまうかもしれません。

その意味では、何かの目的を達成するためには、その傍らに道具のように信念を携えていることが有効でしょう。

しかし、それが役に立つのは、あくまで限られた目的や期間に限って成り立つことです。

そして、すべてが信念と計画によって成り立つような生き方を無理に続ければ、やがて、たえず本来の自分をどこかに置き忘れているような思いにとりつかれることになるでしょう。

長年信念を貫いた人に対して、それを誉めたたえる社会があります。

しかし、考えてみれば、この人はいったい何をしたのでしょうか?

この信念で生きると決めた時点で、彼は5年後、10年後にこうなっていいるだろうと予測しました。

そして、その信念に基づいて、それから外れることを徹底して排除し、自分の目的にかなったことだけにエネルギーと時間を費やしてきたのです。

やがて10年が経過し、期待したような自分にたどり着いたことの喜びを一瞬感じるかもしれません。

ですが、それが一体何になったのでしょう。
皮肉な表現を用いてみましょう。

彼は頑固である。ある時「これに決める」といった。
そして、10年間それ以外のことをやりたくなっても我慢し、そんなことはやり遂げてからやればいいと言って決めたこと以外をやらなかった。
そして、10年後、彼はかつて思った通りの人間のまま生きてきたことに気がついた。

それ以外のことを捨ててきたおかげで、自分がかつて予想した自分だけを生き続けることに成功した。
彼は勝った。10年前の自分をそのまま面白くもなく維持し続けたのだ。
彼の生き方は、完璧に予測可能だった。10年前に既に決められていた人生を歩んだのだ。

さて、そんなことを自分はやりたいと思うでしょうか?

確かにどうなるかわからないとき、私たちは予測ができれば、不安でなくなるのにと願います。
しかし、一方では、どう転ぶかわからないから面白いとも感じているのです。

もしあなたが、未来人から「あなたは10年後こうなっています」と告げられたらどうでしょう。
最初は、そうかそうなるのかと一瞬未来が見えて安心するかもしれません。

しかしそのあとですぐに思います。
「ゴールがわかったゲームを10年間もヤレっていうのか!!」
また今日も結果のわかった日々を送るのかと思うと、それこそ死んでしまいたくなりませんか?

生命の流れに進んで素手で飛び込む時、それは「こう生きるべきだ」ということに答えを出すことからは遠ざかります。
そのような答えが必要だとしてですが。

その一方では、素手で立ち向かうことは、何事にも新しい発見や生きる喜びを感じさせてくれるでしょう。
準備や、予測や、干からびた安全はないかもしれませんが、そんなものがもともと必要だったのかどうか、あとからわからせてくれることでしょう。

信念を手放して「生きて、変化し、動いている」謎に遊ぶとき、既製の色あせた未来に生きることのつまらなさや、虚しさを、まざまざと教えてくれるでしょう。

それは信念といった作られたものや、宗教的な教えなどを信じるのではなく、生命そのものを信頼して、それが見せてくれるダンスに身を委ねるということです。



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静かに常道をわきまえる

森の中1_25p



ものごとは一時盛んになるが、やがて根っこに戻っていく。
これが常の道、常道をわきまえれば、どんなことも包容できる。

命に復るを常と曰い、常を知るを明と曰い、常を知らざれば,妄作して凶なり。

頑張りすぎると息切れして滅びるよ。

つい余計なことまで手を伸ばしてしまう。
この余計なことが、その時は必要なことに見えてしまうからやっかいなのだけれど。

この辺で元に戻ろうと気がつくことが大事なのだろう。

頑張っているときには、何もしないことに罪悪感を感じて、
やらなくてもいいことにまで手を出してしまいそうになる。

何もしないで待つことは、何かしら悪あがきするよりもずっと難しい。
そんな時こそ、常道をわきまえれば生涯を通じて危険に出会わないと老子は言う。

誘惑には、見ざる聞かざる言わざるで。
この前失敗したのは、つい誘惑に負けたからじゃないですか?

老子道徳経 第十六章
致虚極,守靜篤。萬物并作,吾以觀復。夫物芸芸,各復歸其根。歸根曰靜,是謂復命。復命曰常。知常曰明。不知常,妄作凶。知常容,容乃公,公乃王,王乃天,天乃道,道乃久,沒身不殆。



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できないことを望むこと―それがあなたのストレスの原因では?

悪い目覚め


たとえば『人を確実に説得する方法』などという言葉を聞くと、本当にそういうことができるのかな、という気にさせられます。

そして、いつか自分もそうなれると思って、探し続けている人もいるかもしれません。

ですから、まさにそういう人に、その期待を促すような話をすれば、それを信じたくなることは容易に想像できます。

人は自分の信じたいことは、少々の飛躍などすぐに見えなくなって信じてしまいます。

その意味では、相手の期待に手を貸すような話をすれば、あなたは一時的には相手に説得力を持てるかもしれません。

しかし、あくまで決断するのは相手です。

あなたの力で、なんでも思うように他人をコントロールできるなどと錯覚しないことです。

中には、そんな方法があるという人もいるかもしれません。

100%出来る方法があるなら、営業マンがグラフを前にして、ハッパをかけられることはないはずです。

そしてまさにその方法ゆえに、相手を信用できないと感じている人も、あえて口にしないまでも同じようにいることを忘れないことです。

できないことを無理やりできると信じていると、たまたま上手くいったときはいいですが、うまくいかないことに出会うと、できないはずはないのだと言って、自分や他人を責めることになってしまいます。

そんなことよりも現実的なのは、なぜそれがどうしても必要だと思い込んでいるのか、そんな自分を調べて、無理な望みから自由になることです。

そこには、それが出来ないと、とんでもないことになるという恐れが潜んでいるのかもしれません。

きっと他の人はみんなそういうことができていると、思い込んでいるのかもしれません。

ですが、望もうと望むまいと、できないことは出来ないのです。

『なんでも努力すれば解決策は必ずある』というのは、残念ながら、それが成り立つような前提がある場合に限られます。

信じるのは勝手ですが、できないことをいつまでも出来ると言い張るのをやめて、確実にできることに時間を使うことです。

確実なこととは、あなた自身であること、他の何かに依存しないでもできることです。

自分自身に嘘をつかずに快適でいられるなら、それで充分です。

他人が同意するか反対するかは、あなた自身が関知することではないのです。

相手が反対するのを恐れているのは、あなた自身に対する不安から来るものです。

他の人の賛成に依存した安心感がないと、自分をOKだと感じられないのです。

そのような不安から、他人をコントロールする方法を探し求めることは、自分自身の中にある不安の元をさらに強化することにもつながります。

他人の賛成や反対に依存しないで、自分自身でいて穏やかになれること、それこそが他人をコントロールする方法などより、ずっと大切なのだと思わないでしょうか?

自分自身に正直でいて、しかも穏やかに生きられる人は、それだけで他の人とも上手くやっていけます。

他の人は、その人に親しみを感じるし、自分の不足した力を相手が持っていることを感じ取るのです。

そして、相手の心からの同意以外を要求する必要もなくなるでしょう。


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エックハルト・トール~『試練の意味』

不確定なことが起こるのはいいことであると受け止められるか?
確かに不確定さを嫌い逃げていても、不安は消えずに事態は悪くなるばかりのような気がする。




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未来への不安は、今の自分から外れることから

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先のことが見えないというのは、ふとした時に不安を呼び起こします。

ほんの明日のことであっても、どうなるかわからないことが気になると、今を生きてなどいられない気になってしまう。

先が見えない日々が続くと、うつが募って人生に悲観する人もいるでしょう。

では何がこんなに未来にしがみつかせるのでしょう。

そんな気分でいれば、「今に生きる」などという言葉を言ってみても、強がりにしか聞こえない。

しかし騙されてはなりません。

悲観的な言葉が浮かんでいると、ずっとそんな状態が続くと思ってしまうのですが、実際には冷静に自分を振り返っている時も存在するわけなのです。

しかし今にとどまることは、簡単ではありません。
それはなかなかイメージしにくいし、今のそのままの自分を受け入れるのは難しくて、何かにつけて目をそらそうとしてしまう。

そこで作戦を立てます。
未来に自分を配置すれば、今の自分と向き合うことが避けられる。
今の自分は自信がないけれど、未来には違う自分になっている。
少なくともそのように努力しているから、それでいいんだと言い聞かせる。

未来に生きる人は、一見エネルギッシュで悩み等ないかのように見えますが、今の自分に向き合うことを避けていることは否めない。

だから、未来に向けての計画がポシャってしまえば、非常にもろい。
不安を抱えながらも、今の自分とも付き合っている人と比べると、未来に生きる自分の仮面を剥がされて、一気に今の自分に直面すると、今までの自信が一気に崩れさってしまう。

未来に手に入れるだろう自分など、所詮は絵に描いた餅なのです。
本当に信頼できるものは、今自分が持っているものだけだと思い直してみる。

全体としてみると、それはいかにも、みすぼらしく、頼りなく見えても、確実に持っているものにしっかり付き合ってみれば、それは捨てたものではないことが分かってきます。

華やかな未来と比較しているから、自分思っている財産が見えてこないのです。
気が滅入るようなら、今これならできると思うことに取り組んでみることです。

未来への準備というのは、ある程度までやったらそれ以上はやりようがなくなる。いつまでもそれにとらわれていないで、今を生きることに引き戻さないとならないのです。

思い描いている自分ではなく、自分自身に戻ったとき、今すぐに力が湧き上がってくるでしょう。
それが、本来の自分か作られた自分かの違いを分からせてくれます。

したがって、「今に生きる」とは、今の自分自身と向き合うことができるかという問題であるとも言えるわけです。

人は自分自身になりさえすればいいのだ。

これが、わしの基本的なメッセイジだよ。

自分をあるがままに認めた瞬間、

すべての重荷、山のように見えた重荷が、

うそのように消えてしまうのだ。

すると人生が喜びそのものになり、

光のお祭りになるのだよ。

--------- バグワン・シュリ・ラジニシ


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