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タオイズムの本質

タオイズム(老荘思想)の本質とは何かということでまとめてみました。
一般的な考えからすると、奇妙に見えるものも在りますが、全体として眺めてみると方向が見えてきます。


『自分で動かない』

何でも自分で為し遂げようとしない。

自分がやったことは価値があり、自然に為されたことは自分の名誉にならないと考えるから無駄なことに振り回される。

また他人ではなく自分に従うというのでは、まだ偏る可能性がある。

自分とはタオに従うものであることを忘れない。

このように自然に従っていれば、自分では何もしているつもりはなくてもことは為される。それが無為にして為すということである。

『意図しない』

賞賛や評価を期待して動くから、誰がやったことかが問題になる。

自分が意図したことがうまくできたことが成功だと決めているから、意識的な努力だけが大事だと考える様になる。

そうではなく、自然に起きてくることに従って生きる。

『シンプルに生きる』

ものごとの本質はシンプルな原理で説明出来る。

複雑なものに見えるのは、自分自身で複雑にしているだけ。

また複雑な見方をしているから、本質が見えてこない。

『論理でなく知恵』

論理で動くことがうまく働くのは、限定されたことに限られる。

人間にはわかっていないことは、論理で考えようがないが、それはものごとの大部分を占めている。

従って、論理だけで生きるのは、他のものを全部捨てて無視することになる。

論理で理解できないことも「知恵」によって生かしていく。

『謙虚』

知らないことばかりだと思っていれば、常に新しいことを受け入れる余地がある。

自分は知っていると思えば、矮小な範囲だけですべてがわかった気になって、傲慢で自己中心的な行為を生み出すが、それは長続きしない。

何も知らないと思って動けば、何でも取り組めるが、知っていると思っている人は知っていることでしか動けなくなる。

『争わない』

暴力や競争、論争はマイナスを生み出すから排除する。

なんでもかんでもイエスを言うわけではないが、自分が引かないと今より競争が大きくなると判断したら、自分の負けでも何でもいいからさっさと手を引く。

争いを伴うやり方は、たとえ先に進んだように見えても崩壊の元も育てていることになる。論争に入ってもエゴを大きくするだけで実質的な進展は生み出さない。

『陰陽二極』

すべてのものは、陰と陽という反対の性格の両極のバランスで成り立っている。

比較とはこの両極のどの位置にあるかということに過ぎない。

どの位置が正解ということもなく、バランスを忘れないことが肝心。

反対側を知らないで1極にしがみつくことが、不自然で無理なやり方を生み出し、それによって苦しめられることになる。

「どこが正解か」ではなく、いつでもバランスを取りもどせるニュートラルな位置からものごとを眺められるということがすべての鍵になる。


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瞑想とは何ですか?

『瞑想とは何ですか?』

あなたが肉体的にも、精神的にも、どのレベルでも全く何もしていないとき、すべての活動が停止して、ただそこに存在しているなら、それが瞑想です。

あなたはそれを意図的に実行するわけにはいかないし、練習することも出来ません。ただそれを理解するしかないのです。

ただそこに存在していられる時間を持てるとき、すべての行為(doing)を落としなさい。考えることも、何かに集中することも、熟考することも行為です。

ほんの一瞬でもあなたが何もしないでいられるとき、あなたはセンターにいて全くリラックスしていられます。それが瞑想状態です。

一度そのコツをつかめたら、必要なだけその状態に留まることが出来ます。
そしてついには24時間その状態でいることもできるようになります。

そのやり方が自覚できて、ただ存在することを邪魔しないでいられるようになれば、次は徐々にその状態を攪乱されないまま、ものごとを始められるようになります。

それは瞑想の第二段階です。最初はあなたはただ存在するというやり方を覚えます。そして次は行動を起こすことを少し試して見る。
床を掃除するとか、シャワーを浴びるとか、それをあなた自身はセンターにとどまったまま行うのです。やがて徐々に複雑なこともできる様になります。

たとえば、いま私はあなた方に話をしているけれど、瞑想は少しも邪魔されてはいません。
私は話し続けるけれど、センターにとどまったまま、さざ波すら立たずに静かなままでいられるのです。全くの静寂そのものです。

ですから瞑想は行動を妨げるものではありません。普通の生活から逃げ出す必要はありません。それでいて、あなたに新しい生き方を教えてくれます。あなたは竜巻の中心にいるです。

これによって、あなたの人生は、もっと充実したものになり、もっと喜びにあふれ、明瞭さが増し、より多くのビジョンを持ち、もっと創造的になります。

そのとき、あなたは丘の上から離れて、あなたに起きてくることをすべて見守る観察者になっています。

あなたは行為者(doer)ではなく、観察者になるのです。

それが瞑想の秘密のすべてです、あなたは観察するものになるのです。

あなたのレベルに応じてそれを続けるとき、そこには何の問題もなく、木を切り、井戸から水を汲むのです。

あなたは小さなことだろうと大きなことだろうと何でも出来ます、ただあなたがセンターにとどまることを忘れないようにすればいいだけです。

その気づきと観察者でいる能力があれば、まったく余計なことに曇らされず、邪魔されないまま生きることが可能になるのです。

(Meditation: The First and Last Freedomより)


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Meditation: The First and Last Freedom
http://www.osho.com/shop/ShopDetailPage.cfm?ItemId=4997


What Is Meditation?

When you are not doing anything at all -- bodily, mentally, on no level -- when all activity has ceased and you simply are, just being, that’s what meditation is. You cannot do it, you cannot practice it: you have only to understand it.

Whenever you can find time for just being, drop all doing. Thinking is also doing, concentration is also doing, contemplation is also doing. Even if for a single moment you are not doing anything and you are just at your center, utterly relaxed -- that is meditation. And once you have got the knack of it, you can remain in that state as long as you want; finally you can remain in that state for twenty-four hours a day.

Once you have become aware of the way your being can remain undisturbed, then slowly you can start doing things, keeping alert that your being is not stirred. That is the second part of meditation -- first, learning how just to be, and then learning little actions: cleaning the floor, taking a shower, but keeping yourself centered. Then you can do complicated things.

For example, I am speaking to you, but my meditation is not disturbed. I can go on speaking, but at my very center there is not even a ripple; it is just silent, utterly silent.

So meditation is not against action. It is not that you have to escape from life. It simply teaches you a new way of life: you become the center of the cyclone.

Your life goes on, it goes on really more intensely -- with more joy, with more clarity, more vision, more creativity -- yet you are aloof, just a watcher on the hills, simply seeing all that is happening around you.

You are not the doer, you are the watcher.

That’s the whole secret of meditation, that you become the watcher. Doing continues on its own level, there is no problem: chopping wood, drawing water from the well. You can do small and big things; only one thing is not allowed and that is, your centering should not be lost.

That awareness, that watchfulness, should remain absolutely unclouded, undisturbed.


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恐れの正体

翼を持たない私たちは、地面に足がついていないと不安になるが、鳥たちはこんなふうに当たり前に食事を与えている。

鳥たちにとっては、それが当たり前の生活になっているのだ。

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見せかけの安全に慣れっこになってはいけない。

それは、あくまでしがみついていなければ成り立たない思い込みという偽物の安全に過ぎない。

しがみついていればいるほど、その安全がなくなることを恐れるようになっていく。


思い込みは現実ではない、今実際にやっていることこそが現実だ。

たとえ1回しか出来ないことでも起きたことは現実である。

いくら再現性が高くても、それを唱えているだけでは何も起こらない。

安全な場所に着いたら何かやろうと思っていては、今を逃してしまう。

そして安全な場所に着いたら着いたで、もう新しいことをやろうという気がなくなってしまう。

怖がっていることを調べて見れば、実際に怖い体験をするところまで動いていないことに気づくだろう。

一度その反対の極を経験してみれば、それほど怖いものではなかったことがわかってくる。

両極を経験すれば、まん中にいても安心していられるようになる。

しがみついている方の極に留まろうとすることが、どんどん恐怖を大きくしていることに気がつかないといけない。

強くしがみつくほど、恐怖は大きくなる。

たまには両極まで揺れてしまうのを試して見よう。

恐怖は、怖がって近づかないという行為自体が作りだしているのだ。

まだ飛べないひな鳥たちも、やがて飛べるようになると信じて疑わないから、躊躇せずに飛び方を練習しはじめる。

私たちも、可能性があるのに、自分で限界を作ってはいけない。

可能性のある方へ、とりあえず歩いてみる。

失敗したり、徒労に終わっても、反対側の極を見ておけばそれだけで全体を見通せるようになる。

自分の怒りがどこまでエスカレートするのかを怖がって、怒りを抑えてしまっては、相手を愛することも中途半端になってしまうだろう。

陰と陽の両方の極を経験してこそ、恐れは姿を消すことが出来る。

恐れがいつまでも残るのは、片方の極だけにとどまろうとするからである。


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認められることを求めているから解放されない

内緒話


私があなたから認められたいと願っていると、

あなたの答えが「イエス」か「ノー」かだけ気になって、他の事が見えなくなる。

他の話題にそれたりすれば、私は答えばかり気になってイライラし出すことになる。

期待する見方で人と接すれば、自分は相手に依存して、あなた次第で振り回されることになる。

それは、たとえほめ言葉であっても同じこと。

相手の言葉に一喜一憂するようになれば、相手次第で自分の気分をあずけてしまうことになる。



自分がどう振る舞うか、ということも同じようなことが言える。

「誰が見ても好ましいと思う自分を作り出そうとする。」

このやり方は、誰しも良さそうに思って無意識に従ってしまう。

嫌われるようなことをしていないから、自分は好かれるだろうという論理だ。

しかしこれは、思っているほど役には立たない。

害にはならない人間を作り出すけれど、みんなが同じになって面白くも何ともない人間を量産することになってしまう。

「誰が見ても好ましいと思う」ということを表面的に捉えてしまうから役に立たない。

他の人に認められたいと思う人が多い社会ほど、嫌われることを怖がる度合いを高めて、それがみんなに伝染する。

その結果、だれもが素直に自分を表現することを躊躇して、「誰が見ても好ましいと思う」ことを装うことに夢中になる。

出会う人、出会う人、みんな危険はないけれど、またかと思う反応を返す人ばかりになる。

本当に出会いたいのは、自分を仮面で隠していない人だ。

ありのままに自分を表現している人を見れば、その正直さに自分もうれしくなり、ほっとしてしまう。

「誰が見ても好ましいと思う人」よりも、そういう人と一緒にいたくなる。

一緒にいれば、自分もそうなれるかもしれないと思うからだ。

つまり、自分もありのままでいたい、解放されたいと常々思っているということ。

だれも「誰が見ても好ましいと思う人」になどなりたいと思っていない。

そうしないと、周りから受け入れられなくなるのを怖がっているだけだ。

だとすれば、外側にそういう人を探すよりも、自分がそういう人になればいいのだ。

それは、奇抜なことをして目立とうということとは違う。

目立ちたいのも、自分を作っていることに変わりなく、そこにあるのは、別のやり方で自分を注目して欲しいという欲求に過ぎない。

最初は人の気を惹いても、やがてそれはその人本人ではないとわかってきて、作りものはばれてしまう。

不自然な奇抜さは、すぐにあきられて、だんだん見るのも嫌になってくる。

もちろん、自分らしさは人から教わるものではない。

教わったやり方を使うのは、誰かのコピーになろうとするだけだから。

あまりそういうやり方を教えますという誘惑には乗らない方がいい。

無条件に自分らしさを出すのを怖がる時、そこには自分への信頼とか、自己評価がからんでいる。

自分自身に対して、自分を隠して見ようとしないでいる部分が、その不信感を作りだしている。

この人は何か隠していると感じるとき、その人を信用しないものだ。
これと同じ理由で、自分を欺いている部分が、自分自身を信頼することを阻害している。

隠しているのは、これがばれたら人から嫌われるだろうと思っているからだ。

しかし、皮肉にもそれがほかの人に対して拒絶する部分を作りだしている。

実は、その部分を見せれば、その正直さに人はあなたを好きになるというのに。

つまり、行き着くところは、自分自身へ正直に向き合うことだ。

ここから出発しない限り、「誰が見ても好ましいと思う人」を装い続けて、自分も周りも満足出来ない関係を作り続けることになる。

外側に解決があるなどと騙されて探し回るのは、いい加減やめた方がいい。

それよりも、素直に自分を表現したときの、ほっとする満足感を大事にするだけでいいのだ。

あなたがまずそういう人になればいい、周りにそれを望む人が集まってくる。


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結果にとらわれて本質を見失っていないでしょうか?

最初の一歩は最後の一歩より重要だ。
始まりは終わりよりも重要だ。
なぜなら、終わりはたんなる結果、成長にすぎないからだ。
だが私たちは、いつも始まりではなく終わりを心配し、手段ではなく結果に関心を持つ。
終わりがとても大切なものになってしまったため、私たちは種子を、始まりを見失っている。
それゆえ、私たちは、夢を見つづけることはできるが、けっして本当のものに到達することがないのだ。

秘教の心理学
和尚 / めるくまーる /1995-02 /



矢印


思考というのは、強力な道具で、ゴールを定めると最短距離で一番効率がいい方法は何かを探し出してくれます。

ゴールさえ間違っていなければ、これを逃す手はないだろうと思ってしまうわけです。

ですが、「ゴールさえ間違っていなければ」という前提が必要です。

ゴールは何かという判定は難しいし、そもそも今のそのゴールはどこからやってきたのかが問題です。

部分的なことを取り上げた場合、途中の過程のゴールは明確に出来ますが、そもそもの全体のゴールは何かと聞かれたら、簡単に答えられる人はなかなかいないでしょう。

それは、何のために生きているのかという問題にまで発展するからです。

明確にゴールは見えていると断言する人がいるとしても、その明確さには前提があって、その前提を疑いだしたら、途端にもろくも崩れてしまうかもしれません。

明確な目標を持って、疑わずに一直線に進むとき、充実していると感じ、これこそが自分の道と感じるものです。

しかし、それはそう感じて熱中していれば「自分の前提は間違っていない」という疑いを思い出さなくても済むからという場合もあるのです。

あるいは、とりあえずスタートしたけれど、「ここまで来たら今さら他のやり方に切り替えるなんて出来ないよ」と思っているのかも知れません。

それで本当に満足出来ていれば、とやかく言う必要はありません。

しかし、何となく無理をしているように感じる自分がそこにいないでしょうか。

目に見える結果は出ているけれど、何か物足りない、何か違うような気がすると思っているかも知れません。

思考は強力な武器ですが、軌道修正は得意ではありませんし、あるいは変化しようとする自分に対して妨害を仕掛けてきます。

「いまさら何を言っている。夢みたいなことを考えないで、ひたすら前に進むのが一番なんだ。」といわれたら、曖昧さを伴った抵抗はいとも簡単に抹殺されてしまうのです。

確かに、ゴールが正しければ、そのロジックは正しいのです。
そして、結果がもうそこに見えているなら、なおさら疑いを言い出すのは難しい。

ですが、いつであろうと、それが本当の望みでなければ、やり直す価値は十分あるし、それ以外に真のゴールは目指せないのです。


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イライラ解消法

暑いと余計にちょっとしたことでイライラしたりしますね。

イライラするのは、誰かが悪い?周りの世界が原因なの?

「外側にイライラの原因がある」という考えはある意味では正しい。

どうしても、その考えを持ち続けたいのであれば、そうすればいいでしょう。

しかし、この考え方はたとえ正しいとしても、いつまでもイライラの原因を持ち続けるための元凶でもあるのです。

相手次第で自分の気分が左右され続ける、これを許しておきたいですか?

もし現実的に、本当にイライラから解消されたくないのなら、自分だけで完結する解消法を見つけた方がいいでしょう。

また、「本当に自分はイライラを手放したいと思っているのか?」という問いかけも時々してみるといいでしょう。

信じられないかもしれませんが、案外自分からイライラと一緒にいようとし続けている自分がいたりするのです。

自分だけでイライラを終わらせるにはどうすればいいか?

それには、まず今までやろうとしていたことをチェックしてみましょう。

つまりは、こういうことではないでしょうか?

イライラする相手の言動をせっせとリストにため込んで、いつかそれを相手に見せつけ、「どうだ!参ったか」と見せつけてやろう。

このやりかたを続ける限り、リストのネタは増えていき、「どうだ!参ったか」といっても相手は大抵反発したり無視したりするだけで、余計にイライラを増幅させてしまうのです。

イライラするサラリーマン


そこで、それを相手に突きつけないやり方を考えましょう。

・相手のイライラすることをリストにする。
ついでに、それでも相手と一緒にいようとするのはなぜかを考えて見ましょう。
せっかくだからリストにして、
・相手と一緒にいることのメリットや感謝できることのリストを作る。

この過程でも随分自分を客観化して見られるようになります。

これをさらに効果的にするには、「強調してみる」ということをやってみましょう。

「あのひとは、いつも、●●するから、それがイライラする」

これをどうしたいと思っているのでしょう?

「あなたはいつも●●なのよ!どう思ってるの?どれだけこれが私をイライラさせるかわかってるの?●●なんてとんでもないことだと思わない?」

自分が●●になってみましょう。
どんな感じがしますか?
自分は、とんでもなく醜悪な嫌悪すべき存在になったと思うでしょうか?

「●●するなんて、なんて人間なの?」
「私は●●なんて、いままで一度もやったことがないわよ。」
「●●するなんて、私は一生しない、したいとも思わない。死んでもしないわよ。」

●●する人間はどうなればいいのでしょう?
逆さ吊りにして、ボコボコに殴らないと気が済まないでしょうか?

「●●する人間を、私は一生許さない!」と叫びたいですか?

こういうことを自分の中で試していろんな気づきが得られるはずです。

●●とは相手だけの専売特許で、自分は決してしないことだったでしょうか?
●●とはそんなにもひどいことだったでしょうか?
●●を思い恨み続けることは、あなたに素晴らしいことをもたらしてくれますか?

●●とは、あなたもやっていること、あるいはやりたいと思っていること。
だけども、それをほかの人だけやっていることが、気に入らないのかもしれません。

女の子ベンチ


自分の中で解決するやり方は、自分以外の人を変えたいというあてにならないやり方(それは、いつまでもイライラをため込むやり方)と違って現実的で、すぐにでも効果が得られます。

自分の望んでいることのバカバカしさを感じられたら、●●を思い起こしてイライラする代わりに、自分がやりたいと思っていたことを始めましょう。

それは、このイライラが終わったらやろうと思っていたことかも知れませんね。

待たないで、さっさとそれを始めてしまうのです。

相手でなく自分を見つめることは、新しい発見をもたらします。
それは、他の事にも応用できる新しい気づきを自分に与えてくれます。

イライラ解消に限らず、自分を成長させてくれるでしょう。

最後にこんな子どもの頃の場面を想像してみましょう。

あなたは友達か兄弟のやったことが気に入らなくて怒っています。
相手が謝ってこない限り許さないと思ってすねています。

誰か大人が現れて、その子を叱ってくれたらスッキリするのにと思っています。
あの子が、あるいは誰かがやってきて自分をなだめてくれるのを待ち続けています。

「自分の怒りを決して忘れないぞ!」と心に決めて。

ところが隣ではもう、憎らしいあの子は他の子と一緒に楽しいことを始めています。キャッキャッと声を上げて笑い始めました。

自分も一緒に遊びたくなってきます。

何で自分だけと思うのなら、怒りを捨てて一緒に遊ぶことです。
それとも、何度も何度も「あの子が悪い、罰せられないといけない!」と叫び続けますか?

どちらを選びますか?

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どこにいようと自足を知れば

どこにいようと
自足を知ればゆったりしていられる

「このままでいいのか?」と
駆り立てるのは、
いつも探し回ろうとしているから

探すのなら、自分の中の宝物を
見直してみる
きっと、外にあるものより
いいものが見つかるはず

集めるだけ集めて
持っていることすら忘れている
そんな宝物だと思っているものを
取り出してみれば
外側の誘惑は見かけだけだと
わかってくる

探すのをやめれば、
探そうとすることが駆り立てていたのだとわかる
今ここでくつろげばいいだけだと
思い出す

今まさに聞こえている
早くしろ、責任を果たせ
完璧にやれ
という声は
過去から来て、
未来を決めようとする侵入者
しかし、あなたが
「いまここ」にとどまれば
それは力をなくして消えていく

いまここには、何の問題も存在しない
夕陽に感動しているときの
他の事を忘れた自分を思い浮かべてみよう
それが「いまここ」にただ存在するということだ

夕日1


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実は決まっている

考える若者


結局決心することになる考えの多くは、すでに自分の中では決まっていたことの様に思えていませんか。

それらは、ほとんどは自分の奥深いところでは、すでに決定事項なのです。

しかし、それをすぐには決めないで、あれこれ考える。

これは、単に振りをしているだけなのでしょうか。

頭の中であれこれ会話をしてみせるのは、まわりの人に納得させようとする理由を探しているかのようです。

そのまわりの人というのは、実は自分の中にいる人にほかならない。

「よく考えた結果決めました」というとき、やっていることは自分の中の根回しなのです。

根回ししすぎて決断を先送りしても、奥深くにある自分はもう決めているのです。

こんなとき、かえって他の人の方が「どうせ決めているんでしょ?」と見破ることもあるかもしれない。

「考える」のをやめてさっさと決めれば葛藤を繰り返す必要は無いのです。

そういった決定は、心変わりすることはほとんどあり得ない。

本当に情報不足のために決められないのなら、先送りも妥当な判断になります。
しかし、そうでないのなら、さっさと決めて流れを止めないことです。

そうすれば、次のことに進める。

決めたら決めた成りにものごとは進んでいきます。
自分の思いも停滞する部分がなくなってスムーズに流れ出します。

どうせ決めているのですから、考える振りは程々にしておきましょう。

理由を説明出来ないといけない等と思わないことです。

自分を説明するために存在しているのではなくて、自分が説明される対象を新しく作り出す存在になるのです。

そうなれば、いやいややらされているという世界観も一瞬で消えていくでしょう。


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笑い出してごらん

ある日あなたはとっても惨めな気分でいるとする。

そんなとき、正反対のことを演じてごらん。

笑い出してごらん

うれしくて踊り出したいかのように感じてごらん

最初は嘘っぽいと感じるかもしれない

しかし、だんだん、だんだんそれは本物になってくる。

惨めさは消えていき、もうあなたをとりこにしない

本当の笑いに変わってくる。

だけど古い習慣はあなたを咎めてくる

何をやってるんだ、ゆるされないそ!

そんなやり方はまちがっている、ルール違反だ!

あなたは反論すればいい、

「今回はルールはお休み。全然違うことをやることにした」

そしてあなたは、すっかり変わってしまったじぶんを経験出来る

キラキラ


逆のこともやってみよう

あなたが今日はとってもハッピーなら、思いっきり惨めを演じてみる。

あなたたちは、普段から演技することになれきっている。

この場面ではこう演じるんだというルールに従って、

自分が演技していることすらわからなくなっている。

その思い込み、演技する自分をぶちこわしてしまえば、

演技する自分を超えた自分を発見できる。

他の何かに決定させないで、自分が魂のクリエーターになるんだ。


以下の"Start Smiling"の抄訳です。

"Start Smiling" - OSHO


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なかったことにしようと

なかったことにしようと
隠し続けていることをひとつ認めてみる

たったそれだけで、
何年も引きずってきたやっかいごとが
嘘のように消えてしまう

つまらない策略は捨ててしまおう

実に簡単なのに、誰もやろうとしないで
いつか他のやり方で片付くと思っているかのようだ

しかしそれは
意地を張って負けを認めない子どもの頃のやりかたを
そのまま使っているに過ぎない

けっきょく無駄な時間を使ってしまったと
後悔するだけなのに

たったそれだけで、
一緒にひきずってきたガラクタまで
嘘のように消えてしまう

嘘をつく子ども_おにぎり


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自分の判断に不安を感じるのはなぜだろう

誰かに対して自信ありげに見せている自分。

しかし、ひとりになってから自分だけと向き合って、それでも自信は揺らぎませんか?


ふとしたときに「これでいいのだろうか?」と不安になってくる。

これはどこからくるのでしょう?


そこで、実際には自分は何を頼っているのかを振り返ってみましょう。


◆自分の人生を生きるつもりなら、最後は内側から出てくる指針に従おう。

外側の方針に従ったら、どこまでも自分ひとりでは何も出来なくなってしまう。

決断を下す存在が外側にあるのでは、自分で判断するたびにストップがかかるのは当然である。


◆自分が自然に選択したことは、いちいち振り返らずに進んでいくもの。

正しいかどうか不安になるとしたら、なにかが自然の流れから外れている。

どこかが間違っていると思って他のやり方を考えよう。


◆自分でよくわかっていない権威に従うと、いつまで経ってもわからない存在に引きずられることになる。

自分で考える権利はいつになっても巡ってこないだろう。


◆そうではなく、自分を成長させればもっと視界が広がって自分で判断できるようになることを信じる。

いまの自分だけで判断して、自分では決められないと判断したり、誰かに頼ろうとするのはやめておこう。


◆社会の常識だからといって人を手助けしようとしないこと。

自分が本当に助けたいと思えることに限って、相手に親切にしてあげよう。

相手が自分で判断できるように手助けするのが、一番の親切だと忘れないこと。

またそれは、裏返しで自分も不必要に人に頼ることになるのを防げる。


◆「いまは、これなしでは生きられない」というものを作らない。

多少の不都合はあっても、依存と引き替えに何かを手に入れようとするのを極力避けたい。

そうしないといつまでも頼るものを作り出す生き方になってしまう。


◆弱気になっているのは、まだ外側の手近なものに頼ろうとしているから。

頼りにする何かを持つのをやめたら、不安や弱気は消えてしまうもの。

それは意志の力の強さでもないし、強がってみせることでもない。

それらを手放して自分の弱さを認めたときにあらわれてくるもの。


◆今の生き方で疲れを感じるとしたら、上記の何かをやっている兆しだと思って見よう。

「疲れた」とため息をついたら、何が原因かを探ってみよう。


◆自分の内側から来る自信だけが本物だと考える。

外側の何かに頼った自信はかんたんに崩れ去る一時的なものでしかない。


◆自分に頼って生きるのか、だましだまし何かに頼りながら生きるのか、どちらかはっきりさせよう。

いまの自分に自信が持てないという理由で後者を選べば、いつまでも充実感は得られない。


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ありのままに、そのままのサイズで

苦しい考えの本質を一度理解してしまうと、次にそれが浮かんだときには、あなたはそれをおもしろいと思うかもしれない。かつては悪夢だったものが、今ではただおもしろいのだ。その次にそれが浮かんだときには、あなたはそれを滑稽だと思うかもしれない。その次のときには、もう気づきもしないかもしれない。これが、あるがままを愛することの力だ。
バイロン・ケイティ


さらに続けて言えば、一度この変化が起きることを経験すれば、次からはもっと容易に変化の可能性を信じられるようになります。

そして、いくつもそのような経験をすれば、ありのままの正体を知ることの重要性を信じるようになるでしょう。

また、それと並行してごまかしのテクニックが、いかにくだらないものかを知ることになります。

ではなぜ最初から本質を見ようとしないのかといえば、次のことを充分に理解していないからです。

「現実は怖いものではない。現実だと勘違いしているものだけが怖いのだ。」

これが意味するのは、こういうことです。

想像するのも嫌だと思うことは、考えることすらやめようとして封印してしまうのです。

たとえば、「いまのこの幸せな家族の誰かが、突然にいなくなったらどうしよう」

といったことです。

考えても無論わからないし、考える事すら怖ろしいと思って封印しようとするのですが、それが恐怖を無意識に大きなものに育ててしまいます。

忘れたつもりでいても、心は覚えていてどうしようかと考え続けています。

起こるかどうかもわからないこと、単に可能性があるだけのことも、恐れ出すと将来そのことが起きた場面を想像の中で作りだして、まるで実体験してるかのように恐れの幻想を作りだしてしまいます。

考えて見てください、可能性があるというだけで怖がっていたら、無数の怖い可能性がいくらでも出てくるでしょう。

そんなことを考えもしない可能性がある一方で、特定の可能性だけを怖がることのばかばかしさに気づくことです。

そのうえ大抵のことは、実際に起きてしまえば人はそれなりに耐えてしまうように出来ています。

むしろ作りだしてしまった恐れの方が、実はずっと実質的な害を与えているものなのです。

かつての悪夢は、やがて笑い話にすら変わってしまうものです。

つまり、恐れを抱えているなら、出来るだけ早く勇気を出してその正体をつかんでしまうことです。

「最悪こうなる」という事実も、それを隠してしまおうとしなければ、そのままのサイズの衝撃でしかなくて、いつまでも悪夢のように負担をかけることはありません。

虫眼鏡で観察


怖いから曖昧にしようとして、ちゃんと見るのを避けるから呪いにかかってしまうというわけです。

怖さが残りそうなら、さっさと飛び込んでしまうことが有効な場合も多いでしょう。「見る前に飛べ」と言うしかないことも中にはあるものです。

痛みを一時的にごまかすようなやり方は、むしろ恐れを大きくする助けになってしまう可能性すらあるのだと思った方が良いでしょう。

「ありのままに、そのままのサイズの現実を、そのままのサイズで受け入れてしまう」というのが結局は最良の策なのです。

最後に追加として、このような文章を読むと、なるほどその通りだと思うのですが、いざ現実の自分の問題となると別世界に入ってしまう人がいます。

自分の問題は例外だ、これは特別だからあてはまらないと無意識に思ってしまうのです。それでは意味がありません。

それこそがこれに当てはまる問題だという目で見直してみましょう。

そうです、今ちらっとこころをよぎったその問題がそれなのです。

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隣の芝生は青い

いき値(閾値、しきい値)という言葉を聞かれたことはありますか。

この値を超えると変化が起きたことが捉えられる境になる値のことです。

心理的なことで言えば、困難な状況に遭遇したとき、ここまでは「大丈夫、我慢できる」といえる線があって、それを超えてしまうと一転して「もうダメ、耐えられない」と感じてしまう。

困難なことに対する耐性というのは、人によって異なりますから、同じ状況であってもある人は平気な顔をしているけれど、別の人はもうダメという顔をしているということが起きます。

耐性に関して閾値が異なるという言い方も出来ますね。

閾値を超えたかどうかは、アナログ的に変化している中で起きているわけですが、一旦起きてしまうとその受け取り方には有るトリックが働きます。

先ほどのように、ある状況で平気な人と耐えられない人がいるわけですが、耐えられない人は自分はこのような困難にはダメな人間、平気な人はいつでも強い人間というように判断してしまうのです。

つまり、閾値を超えたかどうかで、アナログ的な連続する変化であったことをデジタル的に「あり」か「なし」かに決めてしまうのです。

その後の思考は自分は「どっちの人間」というように2元論で考えてしまいます。

その結果「私はいつでも~な人間」、「あのはいつでも~な人間」と考えてしまうのです。

ほんのわずかな違いでも「隣の芝生は青い」と思うと、いつもそうだと思い込みます。今日は家の方が青いかもしれないのにです。

てんびん


結論:
アナログ変化はアナログとして捉え直しましょう。
閾値の問題を白か黒かに決めてしまわないことです。

そうすれば、あのひと、このひと、わたしも本質はそんなに変わらないことに気がつきます。
ほんの1ポイント変化すれば、わたしもあの人と同じになれることが見えてきます。
にくたらしいあの人の行動も、私と1ポイントしか違っていない事に気がつきます。昨日まで私もそうしていたのかもしれません。

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老荘思想のコラム連載(18)

『COCORiLA (ココリラ) ~癒しのポータルサイト~』様にて老荘思想のコラムを連載中です。

【今月のコラム】

「現代社会と老荘思想(18)」 [2011/07/03] ◇小魚を煮るように◇

現代社会と老荘思想



◇小魚を煮るように◇

「大きな国を治めるには、小さな魚を煮るようにするのが良いのだ。」

老子道徳経 第60章

小魚を煮ながら、突いたり動かしたりすれば形が崩れてしまうもの。

そんなときは、やたらと手を出さないことが役に立つのです。

教えと称して世間の言っていることは、ああしろ、こうしろ、あるいはあれはいけない、これはいけないばかりで、禁止と強制から成り立っています。

こういったものは、すべて知が生み出した作為的な行為であって、人間の自然な姿とは言えないのだというわけです。

だから老子は、人間を縛り付けるような知識は捨てさる方がいいといっているのです。
・・・・

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以下のサイトで連載しています

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【今までの連載記事】

「現代社会と老荘思想(1)」 「老子の三宝」
「現代社会と老荘思想(2)」 『道の道とすべきは、常の道に非ず。』
「現代社会と老荘思想(3)」 「すべては、もとはひとつ」
「現代社会と老荘思想(4)」 「無為(wu-wei)」
「現代社会と老荘思想(5)」 「上善若水」
「現代社会と老荘思想(6)」 「柔らかいものが堅いものに勝つ」
「現代社会と老荘思想(7)」 「無為によって全てを成し遂げる」
「現代社会と老荘思想(8)」 「自然な調和を取り戻す」
「現代社会と老荘思想(9)」 「天網恢々、疎にして而も失わず」
「現代社会と老荘思想(10)」 「自然はたえず変化する」
「現代社会と老荘思想(11)」 「役に立たない生き方」
「現代社会と老荘思想(12)」 「冬の川を渡るがごとく」
「現代社会と老荘思想(13)」 「私の本質は波ではない」
「現代社会と老荘思想(14)」 「和光同塵」
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微明(明かりを微かにする)

老子には微明(明かりを微かにする)ということを述べている章があります。(老子道徳経第36章)

どのように解釈するか難しい章です。

縮めてしまおうと思えば、まずはいっぱい引っ張っておく。

弱めようと思えば、先に強くしておく。

衰えさせるには、まずは勢いづかせる。

奪い取るには、まずは与えておくこと。

これを「微明」という。



例えば、敵の勢力が大きくなってきたら、まずは勢いづかせておく。

組織が大きくなりすぎて自分で崩壊してしまうのを待つのだ、というような戦略的な意味にとる解釈もあるようです。

ですがが、いや、そんなことを言っているのではないと言う人もいてひとつに絞るのは難しいようです。


しかし何の目的でこの文章を書いたかを保留にしておいても、ここで言っていることは、ものごとは片方の端まで行き着くと反転するものだということです。

だから、反対のものを期待するなら、むしろ押し進めてやればいいということになります。

明かり


例えば、ここでは「感情」ということについて、この原理を考えてみます。


恐れの感情:

怖がってなんかいないと強がってみても、いつまでも恐れは消えません。

むしろ、「怖い」ことを認めてその相手を見るのを避けていたのをやめれば、一時的に怖さがレベルいっぱいまで跳ね上がるかもしれませんが、それを過ぎると反転して、開き直って受け入れてしまううようになります。


怒りの感情:

相手を見るたびに、ぶつぶつイライラしているというのが、一番怒りを長引かせます。

本来怒りを認めてしまえば、ひとしきり発散すればスッキリするものです。

怒りを抑えるというやり方が、皮肉にも怒りを維持する助けになっているのです。


悲しみの感情:

これも怒りと同じように、悲しい感情をいつまでも認め受け入れないでいることが、いつまでも反転を起こさないことになります。


「微明」ということ、長続きするのはどうすればいいのかということ。

時に応じて考えて見てはいかがでしょう。

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