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おぼえがき

作家


自分の可能性を広げたいのなら
我慢して結論を出さないでいられることが必要。

ニュートラルなまま答えを保留にしていることが
どれだけ出来るかで、
どこまで自分を変化させられるかが決まってくる。

そのうち、この辺で良いだろうと思って、
いまの自分を人に理解できるように説明しようとする。
そして、説明をはじめた段階で可能性は限定されてしまうことになる。

一旦説明をはじめたら、あることないことその説明に合うように
自分を作り上げていくことになる。

混沌の中にとどまるのは、落ち着かないから
早く何かのルール化をしてしまいたくなる。

その誘惑にどれだけ耐えられるか
それが変化の大きさに反映されるだろう。

自分をよくわからないうちに、誰かの言うことを信用しないこと。
信じて依存するようになれば、そこで変革は終わってしまう。

その時点で理解している自分が反映された社会を見ることになる。

いくら新しい出会いを追い求めても、
自分を超えたものは発見できるわけがない。
見えないし、理解できないから、と言う理由で。

混沌に耐えてとどまるとき、本来の自分がようやく姿を見せ始める。

それはシャイなので、強力な他人の意見という誘惑にであうと
すぐに姿を隠してしまう。

外側に存在するルールは、どんなに新しく見えても
賞味期限が切れたら役立たずになってしまう。

内側から出てくる啓示は、こじつけたものではないから
いつまでも新鮮さを失わないで、
その時の自分に最適なものになる。

だから状況がどうあれ、妥協しないことだ。
その時の意志などあてにならない。
妥協しないということだけに頑固になろう。


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なぜ嫉妬するのでしょうか?

なぜ嫉妬するのでしょうか。

そもそも嫉妬とはどういうものでしょうか。

あなたが自分以外のものにあこがれて、今と違う自分になりたいと思うのが嫉妬の原因ではないでしょうか。

ところが今の社会は、そのあこがれるものをまき散らすことで成り立っています。

あなたに「何をしなさい」と訴えるのが得意で、しかし「どのようにしなさい」とは教えてくれません。

すねる小学生


「何をしなさい」はそこら中にあふれています。

「あたらしい○○欲しいでしょ?」

「もっと楽に手に入る方法がありまっせ」

あなたが、SNSでほかの人の書いた記事を眺めていると何に出会うでしょう?

「わたしは○○を手に入れたよ。とってもよかったよ。」

>そうか、それなら私もほしいな。

>あの人はラッキーだな。自分もそうなりたいな。それに比べて。。

あっという間に嫉妬の原因を収集しはじめていることになるでしょう。

情報はたくさん集めれば良いとは限りません。

「たくさんあった方が、より正確な情報を見つけられるはず。」という論理を信じているかも知れません。

しかしそれによって、いかに有害な情報のシャワーにさらされることになるかを考える方が大事ではないですか。

子どもがおやつは一杯ある方がいいというような論理ではなく、すぐにあなたを嫉妬まみれにしてしまうものは、有害だから避けるべきと思った方が良いのです。

それとも、あなたは、そんなものに影響されない人間になるんだと修行でもする気でしょうか。

有害だと認めたら、防御すべきでしょう。インフルエンザがはやっていると聞けばマスクをして、うがい・手洗いを考えるでしょう。

無防備に嫉妬の原因に飛び込んでいく必要はありません。

遮断できることは遮断して、自分以外のものになるのではなく、ありのままの自分を振り返って受け入れることを考えみる。

それをしないから、たちまち社会の「何をしなさい」攻撃にやられてしまうのです。同調していないと罪悪感を感じる様になるのもすぐでしょう。

「嫉妬はよくありません。嫉妬しない人間になりなさい。」という意見は一見まともに思えますが、これ自体が嫉妬の一部なのです。

なぜなら、自分以外のものになりなさいと言っているからです。

嫉妬している自分に気がついたのなら、それも今のありのままの自分の姿であると、素直に認めることからスタートするしかありません。

「嫉妬しないでいられる人」を目指すにしても、実際になるのは不可能でしょう。

そんな現実離れをしたことを願うのではなく、新たな嫉妬を作り出さない生き方を見つけることの方が現実的で大事なことではないでしょうか。

自分以外のものになることで幸せになる、と信じるのをやめることです。

ありのままの自分を受け入れられるようになることが、すなわち嫉妬に縁のない生き方を作りだしてくれるのです。

そしておそらくそれが唯一の嫉妬を防止する方法なのでしょう。

また、そこから今度は「ありのままの自分を味わう」余裕が初めて生まれてきます。

嫉妬しているより、そのままの自分の生み出す世界には本物の充実感があることがわかってくれば、外を探し回っていたことのばからしさがわかってきて、自然と足は遠のきます。

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井戸に落ちたハンターの話 絶望のその後

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密林で獲物を追っていたハンターが、誤って古井戸に落っこちてしまいます。

その井戸は、底の方に少しだけ水がたまっていますが、裂け目から水が他へ流れ出てしまって今は井戸の働きをしなくなっています。

ハンターは、なんとか井戸から抜け出そうとして、そこに垂れ下がっていた植物のつるをつかんで出口まで登ろうとしました。

しかし、途中まで上がった所で、つるは無常にも切れてしまいます。

次々に別のつるを試すのですが、どれも途中で切れてしまいます。

さて、最後の一本しかつるが残っていません。

ここでどのように考えるか、ちょっとご自分でも考えて見てください。

・最後の一本まで切れてしまったら絶望だ。もう少し慎重に考えてみよう。

・いや、逃げていても何も解決しない。可能性はすべて試して見るべきだ。

大きく分ければどちらかを選択するわけですが、前者はこれがダメだと終わりだという思いが強いと、試しても試さなくても地獄だと考えて身動きがとれなくなる可能性があります。

しかし、後者の場合は失敗したとしても、次の可能性に進めそうに思えますね。

話を戻すと、ハンターは最後の一本のつるに賭けてみようと思いました。

「なんと言うことでしょう、最後の一本に勇敢にも挑戦したハンターは無事出口まで登ることが出来たのです。」

という結末も1つあり得るのですが、それでは今回の寓話の目的とは外れてしまいます。

ハンターは最後の一本のつるをつかんで登ろうとしましたが、あっというまにつるは切れてしまいました。

すべての救いの道は途絶えました。

もはや、自分の力では登りようがありません。

こんなジャングルでは、誰も助けは期待できません。

この絶望、自分の力ではどうにもならないという諦めしかない事実を認めたとき、ハンターは突然、思ってもみなかったひらめきを得たのです!

ハンターは、水が逃げ出してしまっている隙間に、底にあった泥を埋め込んで穴をふさいでしまいます。

すると、逃げ場をなくした水は井戸の中にたまり始めます。

自分の力では脱出できないことを認めたハンターは、身をあずけることにしたのです。

井戸にたまっていく水に身をまかせて浮かんでいるハンターは、やがて出口まで労せずしてあがって行けたのです。

※これはバーノン・ハワード氏の著作に出てきた話をアレンジしたものです。
宇宙のセオリー この世でもっとも素晴らしい秘密
ヴァーノン・ハワード / 成甲書房 / 2010-07-08 /

密林620x930


絶望して自分の力ではもうどうにもならない事を認め、身をあずけたとき、全く今までとは違う解決に導かれる。

これは神秘的に見えなくもないですが、心理的に考えて見ればこう考えられるのではないでしょうか。

今まで自分の思い込みで作り上げてきた世界の見方が効力を失った。

絶望してその無力さを認めたことで、いままで抵抗してきたものが取り除かれ、隠れていた特性が表に現れます。

それによって、やっと別の自分が見えるようになったのです。

実際思い込みが激しいと、自由にありのままに世界を観ることが出来なくなります。

ですから、それが解き放たれると、奇跡でも起きたように世界が違って見えることも起こりうるわけです。

まるで、それは別世界から飛んできたように思えるかもしれませんが、もともと自分の内面に備わっていたのに、発揮されてこなかった能力や可能性と考えるのが妥当でしょう。

なぜそんなに、多くのものをダメにしてきたのか、それは思考の持つ限界なのかも知れません。

ひとつの見方を採用したために、そこから外れた考え方は却下され、やがて忘れ去られたり、そんなものは存在しないかのように抑圧されていきます。

まあそういった理屈はともかく、「 山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」ということをこの寓話は伝えてくれます。

自分自身と同一視して大事にしすぎていることがあると、その執着からは、なかなか新しい道は開けてこないということです。

しかし、「身を捨てる」決意は、だれでも実行するには非常に抵抗があり怖いものです。

人によっては、捨ててしまえば自分は溺れ死んでしまうという恐怖が、非常に根深いこともあるでしょう。

ですから、そこは一気に変化しようと考えずに、少しずつその感覚を取り戻していくことが必要です。

いまのレベルで手をつけられる易しいことからはじめて見ることです。

今までしがみついていたことを、ひとつ手放して何が起きるか見てみるのです。

そうすると何が起きるか。

今までは「知っていて説明出来ることを実行すれば、予測通りに物事が起きる」世界がすべてだと信じていました。

しかし、説明しなくても、自分が意図しなくても、あるいは理由がわからなくても、解決がもたらされることがあること発見します(あるいは思いだします)。

これは、説明出来ることがすべてだと信じ切っていた世界観を、徐々に崩していきます。

単純に目をつぶって飛んでみるという、子どもの頃には簡単にできたことを思い出していきます。

何事も自力のみでやろうとしていたことから、自力と他力の使い分けを考える様になります。

また「自分が何でも知っている、それを揺るがすものは排斥してやる」という姿勢を放棄するという選択が見えてきます。

何かを信じたいという思いがあると、人は簡単に冷静さを失って信じてしまいます。

「信じたい」という思いの裏には、大抵恐れが隠れています。

「何かが起こって欲しくない、だから起きないと信じさせてくれるものを信じたい」のです。

すぐに何かにしがみついてしまうのを防ぐには、普段から自分の内面を正直に観察しておくことや、外側に自分を助けてくれるものがあると信じないことです。

自分が変わらない限り、何を使おうといつもと同じ結果が待っています。

外側のもので自分を変えられたようにみえても、それは自分も一緒に変わったからに他なりません。

話を元に戻すと、これしか助かる道はないと思い込んでいることを見直してみましょう。

その思い込みが、いままでの自分の苦しさの原因だったことを発見するでしょう。

それを認めることで、根本から今の状況を見直してみようという選択肢がはじめて見えてきます。

それまでは、これしかないと信じていた方法をこね回すことしか思い浮かばなかったのです。

だから、いくら頑張っても次元の違う解決は思い浮かばなかったのです。

それは誰もが陥る心理のくせのようなものですから、意地を張らずに認めてしまえば、すぐに一歩離れたところからの視界が広がってくるのです。


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無欲で見れば、妙が見えて来る

何かを必死で探し求めていると、
それさえ手に入れば
すべてうまくいく様な気にさえなってきます。

だけどそれが手に入っても、
せいぜい目の前の問題がひとつ片付くだけなんですね。

それでも、他の事が目に入らなくなるのが
こころのくせというものでしょうか。

無欲で見れば、そこに「妙(みょう)」が見えて来る。
欲にかられて見れば、そこに「徼(きょう)」が見えて来る。



「妙」はきれいに澄み切った様子を表します。
「徼」は欲がぶつかる世知辛い世の中の様子を表します。

私たちがいつもやっていることとは、
言葉では「妙」に住みたいと願いながら、
いざ動こうとすると
気づかないまま「徼」の中に突入し手いることに気づくのです。

無駄な競争はやめようと言い聞かせていながら、
隣の人が駆け足になると、自分もつられて速歩になってしまう。

そして、あとから何でこんなに苦しいのだろうと思うのです。

故常無欲,以觀其妙,常有欲,以觀其徼
老子道徳経 第一章



夕日1

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ゲシュタルトの祈り+アルファ

ゲシュタルトの祈り

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

私は私。あなたはあなた。

でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。



片膝をつく天使

この姿勢をベースにして、もう少し具体的なことを少し書いてみたいと思います。

・「あなたはこう感じるべきだ」と誰かに言われても断固拒否しよう。

自分の感性を見くびらないようにしよう。

・相手が何をしたかをいつまでも気にしない。代わりにその動機を考えて見る。

それは自分を振り返るのにも大いに役に立つ。

・自分らしく振る舞ったり、自分の大事にしている考えを正直に話せないような人との関係は、どんな理由があっても深入りしないこと。妥協してしまえば、地獄に生きることになると覚悟すべし。

・相手が悪かったとしても、必要以上に傷つけるやり方は極力避ける。

相手を傷つけたその刀で、自分も傷つくことを決して忘れないこと。

・相手を怖がっているとき、「それは自分が相手からもらいたいものがあるから」という考えを検討してみる。

要求を通したいために言いなりになるようなら、他のルートを考えて見る。

自分の「エゴ」は大事ではないが「尊厳」は失わないようにしよう。

・悪口を言われても、かっとなって自分を守り始めるのを我慢してみよう。

相手を罵っても嫌な感じを後々まで引きずるだけだが、我慢したなら自分を成長させることができる。

・相手の方が自分のことを理解できている人だと思ったら、素直に見習ってみよう。

自分がそれを身につければ、自分の周りの人にも伝える事が出来る。その結果、あなたの周りに過ごしやすい環境を築くことが出来る。

・苦痛や失望を避けて動けなくなるのを避けよう。

半分以上失望するとわかっていても、避けられないことは先延ばしにしないこと。先延ばしにした思いは、自分の他の思いにも影響を与え続けるので、どんどん歪んだ感情を蓄積することになる。

拒絶からも「いずれは必要になるはずだった経験」をもらえると考えて、その場で思い切ってみる。

・その他大勢でしかないからといって、奇抜なことで自分を売り込まないこと。

それはありのままの自分では価値がないといっているようなものだから。

・不愉快な相手、不愉快な感情も、克服する機会が与えられたと思って歓迎する。

実際に克服する経験を積むにつれて、強がりではなく、それが本当に歓迎できるものに見えて来る。

・まわりにろくな人がいないように思えたら、自分の中にもろくな美徳がないからかもしれない。

まずは自分が見本を示してみるくらいに考えると、いつのまにか周りも変わってくる。

・周りに歓迎されたいと思って策を弄さないこと。どうせ最初しか効果はないし、

ありのままの自分でないのは、すぐにばれてしまう。その結果「自分を作っている人」という目で扱われることになる。自分が望むのはありのままを受け入れられることのはず。

・あなたが思っている以上に、あなたが自分らしく、そのままであることを望んでいる人が、必ずいることを信じよう。信じられないのは、自分の価値を値引きしているからに他ならない。

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怒りを長引かせない方法

まず怒りという感情はどのようなときに起こるものでしょうか。

もともとは自分が災難を被った、被害にあった状況で起こってくるのが怒りの感情ですね。

それはもともとは被害を受けた自分が、それ以上被害を受け続けないように自分を守ろうとする為に備わった感情なのかもしれません。

つまり、怒りを感じて相手に対して反撃に出るという行為に付随した感情とでもいいましょうか。

身を守ろうとして反射的に感じる行為の一部としての感情は、いくら抑えようとしても抑えきれるものではないかもしれません。

しかし、私たちは反射的な怒りの後に、いつまでもその怒りを維持してしまう傾向がありますね。

そこでは、反射的な感情ではなくて、その感情をいつまでも長引かせる自分の中での心の働きが存在するわけです。

たとえば、怒りの相手を「あんなことをする人間は許せない。このままにしておくべきではない。」というような考えをいつまでも繰り返しているわけです。

そして最初の反射的な感情は別として、この部分は自分次第でコントロール可能になると言えるでしょう。

心の働きとしては、自分が災難を被った「被害者」であり、その原因を作った自分を攻撃してくる「加害者」がそこには登場するはずです。

具体的な「加害者」が存在しない場合には、自分が「被害者」ではあってもそれほどいつまでも怒りは続かないことが考えられます。

荘子の「空っぽの舟」という話をご存じでしょうか。

自分の乗っているボートに他のボートがぶつかってくる。

とっさに、怒りを感じて「誰だこの野郎!」と思う。

しかしこの場面で、もしぶつかってきた舟に誰も乗っていないとわかったら、それでも君は怒り続けるかね?

といった内容の話です。

ボート2


この話から気がつくように、怒りの感情を維持するときには、特定の加害者を想定しているものだと考えられます。

そして「加害者」が「被害者」である自分に迷惑を与え、「加害者」に非があるから罰してやらないと気がすまらないと思っている時に怒りが続くのです。

さて、ここまで考えてくれば、怒りを長引かせないためには、上記の必要な条件を崩してやれば良いのではないかと思い至るでしょう。

役割に入り込まないで、外側から見られたら、怒りから脱却できそうです。

まずは「加害者」を考えます。

怒っているときは、加害者が自分の被害の原因であり、しかも故意にそのような攻撃を自分に仕掛けたと思っているわけです。

「故意の攻撃というのは本当に確実だろうか?」

・相手は自分を攻撃するような立場にある?

・自分がかってに攻撃を受けたと思っていないだろうか?

という点をもう一度チェックしてみます。

攻撃を受けるような客観的な要因はないとわかってくれば、自分が脚色してしまっただけかもしれないと思えてくるかもしれません。

そうすると、では「相手は何でそんなことをしたんだろう?」と考えを切り替える余裕が生まれます。

たとえば「もともと、誰に対してもそういう行動をとりがちな人なのかもしれない。」と思えたら「個人的に被害を受けた」という印象は変化してくるでしょう。

また、すぐに攻撃的になる人とは、何かを怖がっている人であるという見方をすれば、立場は逆転して、自分の方が何とかしてあげようという気にもなってきます。

その人は他の行動をとれない何らかの事情を抱えていたのだと考えられるのです。

「加害者」というレッテルをやめて、相手も状況の「被害者」だったのかもしれないという視点に立てば、怒りはいつのまにか収まってくるでしょう。

すねる


次に「被害者である自分」をチェックしてみましょう。

自分の普段の対人関係における姿勢を冷静にチェックしてみましょう。

・自分は「被害者」であるという立場をとりやすい傾向はないだろうか?

・他の人は自分を攻撃してくるものだと見る傾向はないだろうか?

わたしたちは、普段から自分の好みのストーリーを作り上げて、外の世界を見ている傾向があります。

◇自分は他の人に助けてもらう必要がある、あわれな「被害者」だと思いがちな人。

◇自分は他の人を救わないといけないだ。みんな危なっかしくて見てられないからと思う人「お節介やき」。

◇世の中は間違った人間が多すぎる。自分がそのような人を正していかないとならないという「裁判官」的な人。

そして、怒りの感情を長引かせやすいのが、「被害者」を演じやすい人や、正しさを追求したくなる「裁判官」なのです。

普段から自分のこのような傾向を正直に見つめていれば、「加害者」対「被害者」の関係に入り込まなくなりますから、怒りの当事者になることも少なくなります。

瞬間的に怒りを感じることは、前述のようにいつまでも消えることはないでしょう。

それを自分にはそんなことはないと無理をして聖人になったような真似をしても、結局怒りをため込んでしまうことにつながります。

そんな無理なこと目指すのではなくて、不要な怒りの継続を止めることに努力する方が、現実的で実りも多いものになるでしょう。

それには、「被害者」を演じるのをやめること、また正しさを振りかざす人になろうとしないことです。

それと、「人は変えられない、自分は変えられる」という原則を忘れないことも大事だと思います。

自分が何か言ったからといって相手がすぐ変わるということは期待できません。

変わったとすれば、たまたま相手が変わるタイミングにいたからでしょう。
その時期が来なければ人は変わらない。

変わってくれないからと自分が責任を感じることは、やがて新しい怒りを作り出すことにもつながります。


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動きながら安定する

だるまさん

だるまさんは、転ばない。

だるまさんは、右から押されたら左に傾き、左なら右に傾く。

しかし倒れてしまうことはありません。

右に、左に、揺れ動きながらも、落ち着けばまっすぐに立っている。

ところが、動かないで倒れまいとすると、いつも反対の力で抵抗しなければなりません。

右から押されたら、左方向に押し返し、左なら右に押し返す。

毎回毎回、力を入れっぱなしになってしまう。

動かないで安定しようとするから、このような無駄なエネルギーが必要になるわけです。

だるまさんは、抵抗しないから、他からの力がなくなれば、唯一の力である重力でまん中で落ち着くことが出来るのです。

まっすぐでいたいのなら、力で抵抗しなければそれだけでいいわけです。

「わたしは、絶対に~しません。」と宣言するから、ずっと力んでいなければならなくなる。

「わたしは、Aであることもあるし、Bになることもある。でもいつもZに戻ります」と考えればいいわけですね。

Zはだるまさんで言えば重力、力を入れないときに帰って行くところです。

揺れ動きながらも、トータルでは安定する。

自然の分布は、まん中の平均値が一番多くなる正規分布に落ち着きます。

自然に逆らわなければ、力を入れなければ、抵抗しなければ、放っておいてもトータルで安定する。

だから、ただ手放すだけでいいのです。


いつもいつも掴まるところを探しているから、
いつまでもいつまでも、手放すのが怖いのです。


だるま


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魂を侮辱するものは手放そう

自分が何をしたいのか、どんな人生を歩みたいのかわからないという人がいます。

人が「わからない」というときには、二種類あります。

ひとつは、文字通り全く手がかりも何も知らないという場合。

もう一つは、本当にやりたいことを何らかの理由で隠したいとか、否認したいと思っているときです。

「あなたのいうことは、わからない」というとき、多くの場合それはこういう意味です。

「あなたの言っていることは、私には受け入れがたい」

自分が受け入れたくない事実を示されたとき、表向き、あるいは意識出来ている自分は、いまの自分を維持したいために、それは自分のあずかり知らないことだと言いたがります。

だから「自分にはそれと係わる気がない」ということを正当化したいのです。

こうして、本人の信念が現実と自分との関わりを決めてしまうのです。

「私はわからなくなってしまった」と言いたくなるのなら、そこには自分が隠そうとしたがっている、もうひとりの自分がいるのです。

「状況があなたを作るのではない、状況はあなたの人となりを明らかにする」のです。

「あなたの魂を侮辱するようなものは、すべて駆逐してしまえ!ホイットマン」

あなたではないものを手放さないと、あなたが何であるかが見えてこないのです。

たとえばあなたが社会に受け入れられるためには、不本意なことも受け入れないといけない。まっすぐすぎては生きてはいけないと強く信じているとします。

すると、あなたは自分の正直さを売り渡してでも、社会に受け入れられることを採用しようとするでしょう。

その程度が強くなるにつれ、あなたは自分が本当にやりたいことがわからなくなってしまいます。

「私はわからなくなってしまった」と嘆くのは、わかりたくないと思っているあなたが言わせる巧妙なすり替えなのです。

しかし実際は、わからなくなどなってはいない。

あなたでないものを手放せば、わかっている自分が姿を現すのです。

相変わらず泥を被り続けるのか、それとも自分でないものを手放してしまうか。

現状を変えさせないための策略は巧妙であるし、社会はそれを良しとする誘惑に満ちています。

仲間はこっちに戻っておいでと優しく声を掛けてくるかもしれません。

勝ち犬である社会は表面上優勢を保っています。

こんなにみんなが満足しているのに、自分の魂を捜すなんて馬鹿なことはやめろと言ってきます。

しかし社会などというものは、その強さは、いざとなったらバラバラに散ってしまう根無し草なのです。

負け犬は、いつも劣勢です。

いつも、か細い声で鳴いていますが、しかしあきらめる事はありません。

勝ち犬を続けようとしても、いつかはそれを放棄しない限り、本当の満足はないことを思い知ることになるのです。

この文章を読んでいる、まさに今も、勝ち犬は馬鹿なことはやめて戻ってこいと誘ってきます。

「こんなに仲間がいるじゃないか、楽しいよ。」

「そんなことをしていると、誰も助けてくれないよ。」

「見てごらん、友達がいっぱいいる私たちを!見てごらん、ひとりぼっちのあいつの惨めさを!」

仲間はずれとか助けがないとか、不安な人間がすぐに飛びつきたくなるセリフで誘惑するのです。

しかし、わいわい仲間と騒いでいる間は不安など忘れてしまいますが、仲間と別れてひとりになると、やっぱり自分はひとりなのだということを思い出すのです。

最後まで負け犬に勝たせない人生は、いつも勝ち犬としてパーティで騒いでいないと不安でしょうがない。
いつまでも、ひとりになったときには、何も解決していないことに気づき、満足できないままで終わることになるのです。

トンボ


1匹のヤゴが言いました。「俺も、いつかあんな風に空をスイスイ飛び回れるトンボになりたいなあ!」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ、俺たちはこうして水の中でずっと暮らすんだよ。空なんて飛べるわけがないだろ!」

しかし、日ごとに背中がむずかゆくなってきたヤゴは、気がつくと水のなかから出て、どんどん変わっていく自分に気がつきます。

「そうか、これが成りたかった自分だったんだ。思い出したぞ、逆らわなければ、トンボにもなれるんだった!」



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★「恐れ」からの脱出★

恐れがあるときは、恐れと取り組むのではなく、ただ手放して全体とつながった自分と一体になることが効果的だと思います。

「I am ALL THAT IS.」

『私の本質は波ではない』での、自分も海全体と一体であるという見方につながるものですね。








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老荘思想のコラム連載(17)

『COCORiLA (ココリラ) ~癒しのポータルサイト~』様にて老荘思想のコラムを連載中です。

【今月のコラム】

「現代社会と老荘思想(17)」 [2011/06/05] ◇聖人は腹をこさえる◇


現代社会と老荘思想



◇聖人は腹をこさえる◇

多彩な色は人の目をくらませる。
多すぎる音は人の耳をダメにする。
いろんな味が有りすぎる料理は人の味覚を失わせる。
乗馬や狩猟の楽しみは人の心をおかしくしてしまう。
手に入りにくい珍しいものは、人の心を乱し行動を誤らせる。

だから聖人というものは、
ただおなかをいっぱいにすることで満足し、
感覚を楽しませることに気をそらせない。

外側にあるものは全部捨てて、自分の中にあるものを大事にするのだ。

老子道徳経 第十二章

老子の考え方では、目先の成功や名誉に目を奪われて、身を滅ぼしてしまうことが無駄で空しいことだと考えます。

外側のきらびやかなものに惹かれて、本来の自分を忘れてしまうことは、人間の弱さであり、気をつけないとフラフラとその方向に入り込んでしまうものです。

そして、その外側の社会の常識は、時代と共に変化します。

いまの常識で考えれば、「昔は馬鹿なことをやっていたものだ」と言えることがあるでしょうが、それならば将来においては、いま私たちが信じているの社会常識もとんでもない愚行に映る可能性だってあるわけです。

2500年ほど前に、老子はこれを見抜いていたわけですが、その後、時代がどのように変わろうと、この事は相変わらず成り立つ様ですね。
・・・・



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「現代社会と老荘思想(1)」 「老子の三宝」
「現代社会と老荘思想(2)」 『道の道とすべきは、常の道に非ず。』
「現代社会と老荘思想(3)」 「すべては、もとはひとつ」
「現代社会と老荘思想(4)」 「無為(wu-wei)」
「現代社会と老荘思想(5)」 「上善若水」
「現代社会と老荘思想(6)」 「柔らかいものが堅いものに勝つ」
「現代社会と老荘思想(7)」 「無為によって全てを成し遂げる」
「現代社会と老荘思想(8)」 「自然な調和を取り戻す」
「現代社会と老荘思想(9)」 「天網恢々、疎にして而も失わず」
「現代社会と老荘思想(10)」 「自然はたえず変化する」
「現代社会と老荘思想(11)」 「役に立たない生き方」
「現代社会と老荘思想(12)」 「冬の川を渡るがごとく」
「現代社会と老荘思想(13)」 「私の本質は波ではない」
「現代社会と老荘思想(14)」 「和光同塵」
「現代社会と老荘思想(15)」「余 地」
「現代社会と老荘思想(16)」「我を張らない生き方」



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考えて考えて、いつか答えが出ると思うことが一般的なやり方です。

答えが出ないのは、考えが足りないからだと思っている。

しかし、ビデオで言っているようなソース(源)には、何もない。

何もないと言ったのは、そこには、言葉で表現して考える手がかりにするようなものはないのです。

考えるのをやめて、身をあずけよう(サレンダー)としたらそれが見えて来る。






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腑に落ちない

「ふにおちない」という感覚をいい加減に扱わないようにしたいと思います。

腑に落ちないと感じるのは、トータルで見たときに気がつくものです。

そうなる前には、部分部分では納得してやっていると思い込んでいる行動が、先行しているものです。

しかし、少し長いスパンで振り返って見ると、何か納得がいかないで、不快で居心地が悪い状態に陥ってしまうのです。

たとえば、「過剰適応」といわれる状態があります。

人との関係を良好に保つために、適度に相手に合わせてみるというのは、スムーズな関係を生み出すのに有効です。

しかし、「過剰適応」というのは、その適応が過剰になってしまう。

たとえば、誰かにめんどうなことを頼まれたとします。

「えー、そんなことやってられない」と本音では思っても、「いいわよ、それくらい何でもないから」「私そういうのが好きだから、喜んでやらせてもらいます。」「人の為になることをするのって気持ちいいものね。」というように、無理をして引き受けてしまいます。

腑に落ちていない自分を納得させるために、どんどん理屈を追加していくのです。

めんどうなことを頼まれて、「私はそう言うことが好きな人間だ」と言い聞かせてみる。

さらには「人間は助け合って生きていかないといけない」という理屈でだめ押しをするのです。

しかし、困ることを引き受ければ、困るのは当たり前、あとから「何でこんなこと引き受けたのだろう」と後悔しだします。

過剰適応につきものなのは、エリック・バーンのいうところのゲームです。

やっかいなことを引き受けたのは自分ですが、やがて、「こんなにやってあげているのに、何であの人は感謝してくれないのかしら」と思い出す。

自分が嫌な役目を引き受けているんだから、相手もこちらのためにお返しをすべきだ。

それが出来ない人間は、ダメな人間、間違っている、ちょっと教えてやらないといけないようだ。

というように、相手への批判、反撃、復讐へとエスカレートしていきます。

「ひとは~すべきだ」という言い方が問題を起こすのは、このような状態から発生するケースなのです。

言っていることは、もっともで、反論のしようがないのだけれど、それだけにやっかいなのです。

そもそも、「相手を批判し、追い込んでやり込めたくなる終わり方」に行き着くところが問題なのです。

エリック・バーンは、こういった結末が予測出来る、「腑に落ちない」やりとりをがゲームと呼んだわけです。

このタイプのゲームをやりたがる人は、やたらと「正しい」ことを振りかざす傾向があります。

しかし直接的にいってくる人は、まだわかりやすいのですが、やっかいなのは、笑顔で皮肉を込めてくる人(笑)。

通常の「適応」ならこのような嫌な結末には行き着かないし、腑に落ちない状態には陥らないのです。

日本語には、せっかく「腑に落ちない」という微妙なこころの状態を指す言葉があるのですから、それを感じ取れる感性も失わないようにしていきたいものです。

腑に落ちないことがあったら、何が起きているのかを探ってみる。

そのときには、さきほどの「ひとは~すべきだ」というような理屈が入り込んでくることを、注意して避けないとなりません。

言っていることはわかるけれど、納得がいかないと思ったら、腑に落ちるまで正直に自分を振り返ってみる。

自分がわからない状態に陥らないためには、大事なことだと思います。

考える若者


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