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不満の多い相談者

だれかの不満を聞いてあげるということは、けっこう日常的にあることだと思います。

あなたが聞いてあげたことで、相手が「あースッキリした。ありがとう。」といって喜んでくれると、あなたもいい気分になれるでしょう。

しかし中には軽い気持ちで相談に乗ったばかりに、あなた自身が負担を感じたり、だんだん相手を嫌いになってきてつき合うのをやめたくなってしまうという場合もあるでしょう。

そこで後者のような場合の対処で注意したいことを書いてみたいと思います。

せっかく相手のためを思って聞いてあげたのに、ムダになるどころか関係を悪化させるというのは残念なことですからね。

今回は、まず一番肝心な原則についてです。


それは、

あなたが責任を持てるのはあなた自身に対してだけであり、相手の問題をどうするるかの責任は相手自身にあるということです。

つまり、あなたが相手の問題を解決できないことで、自分が罪悪感や無力感を感じる必要はないということ。

そして、

相手が自分で解決しようとする能力を発揮出来るように応援してあげることが、あなたの出来るすべてです。


相手が責任を持つべきことまで、あなたがかわりをすることはお互いのためにならないのです。


イライラ女性



しかし私たちの多くが、相手をコントロールして変えてあげられるかのように錯覚します。

わたしなら相手のことがよく解っているから、何かしてあげられると思って相手の領域にまで踏み込んでしまうのです。

残念ながら、相手の考えていることがわかるというのは幻想に過ぎません。

例えどんなに親しい人であっても、親子であっても相手のこころの中を知ることは出来ないと思った方がいいでしょう。

あなたが相手をわかっていると思っているのは、あなたが思い描いている相手のイメージを、相手そのものだと思い込んでいるのであって、実際の相手のこころの中ではありません。

この点を勘違いすると、あとあと複雑な人間関係を作り出し、こじれる原因になったりするのです。


では、さてさきほどの原則をふまえて、不満の多い相談者のタイプを考えてみます。

誰かに 愚痴をこぼして聞いてもらったことでスッキリしましたという場合には、その人はおそらくそれほど頻繁に不満を訴えている人ではないでしょう。

ところがそうではなく、会う人ごとに誰かのことで愚痴をこぼしている人というのがいるものです。

両者の大きく違う点は、前者は話していることがズバリその人の不満そのものであるのに対して、後者は本当の問題を隠していたり、見たくないと思っている可能性が高いということです。

本当の問題は、まだ人に話せない状態なのですが、もっと当たり障りのない不満を漏らすことで話を聞いてもらいたがっているのです。

ですから、いろいろ問題を挙げていても、それ自体はそんなに重要でない場合が多く、本当に何とかしたい問題は解決しないままだからこそ、いつも何か不満を抱えたままになっているのです。

何度か話しているうちに、聞いている側が「それで、いったい何が問題なの?」と相手に言いたくなるとしたら、このような状態にある可能性が高いでしょう。

その場合、相手が問題を抱えていて聞いて欲しいと思っていること自体は嘘ではないので、理想としては相手の本当の問題を相手に気づかせたり、あるいは表に出すことを手助けしてあげられるといいのでしょう。

その意味では、途中に出てくる表面的な問題については、本気で悩んでいるわけではないくらいに思って、あまり入り込まない方がいいといえます。

そうしないと、先程の「本当は何が問題なの?」と言いたくなってイライラさせられ、あなたの方が疲れ切ってしまうことになります。

この様な場合には、最初に書いた原則、あくまで自分の問題を解決する責任は相手にあること、あなたが責任を感じる必要は無いことを思い出して下さい。

一定の距離感を忘れて相手の問題に巻き込まれてしまっては、ミイラ取りがミイラになってしまいます。

自分の不満を話しながらも、あなたのアドバイスに対して「そうなんだよね、でもね...」といったYES,BUTの話し方が多いうちは、まだ本当の問題にたどり着けてはいないのでしょう。

また、それがあまり長引きそうなら、その回はけりをつけて、相手が本当の問題を話せる段階になるまで仕切り直すことも考えて下さい。

不満ばかりいっている人の中には、自分の本当の問題を解決する気などなくて、ただ誰かの不満を聞いてくれる人を探している場合もあります。

そのうち、相手が「~したい」というような能動的な話し方が出てきたら、本当の問題に近づいたわけですから、じっくり聞いてあげるといいでしょう。

不満1



それから最後に、「不満の多い相談者」の最後に、相談を受けている側の問題を少し触れておきたいと思います。

あなたから見ていると、不満を漏らしている相手の、本当の問題が先に見えてしまう場合もあるでしょう。

あなたの方が、相手よりも第三者的に見ることでができるのでよく見えることもあるわけです。

しかし、相手はその問題を隠したいと思っていたり、直面することを避けている可能性が高いわけです。

あからさまにあなたからそれを指摘されることは、防衛の方が強くなって余計に封印してしまう可能性があります。

聞いてみるにしても、たとえば「わたしの友だちでこんなことがあったんだけど、もしかするとこういうことはない?」という感じで、やんわりと持ちかけた方がいいでしょう。

それから、どこまで関わるかは、あらかじめ決めておくことです。

あなたの手に負えないような問題に巻き込まれて、両方のためにならなくなっては意味がありません。

あなたの相手への配慮がアダになってしまわないよう、これ以上は無理という引くべき時の判断も必要でしょう。

それは、あなたが非情なのではなくて、相手の問題はあなたが肩代わりするものではないということです。



それから、これは別の問題ですが、あなたがいつも問題を抱えた人にお節介を焼きたがる傾向があり、相手が自分で何とかしますと決心したのにもかかわらず、いつまでもそれが気になって関わりたい気持ちが消えないという場合です。

これは、相手が問題を解決できない保護すべき人のままにしておきたいという、あなたの側の問題を反映している可能性が考えられます。

自分をいつも救助する側の立場において、自分自身の未解決の感情を隠したり、代償にしようとする傾向があるのかも知れません。


あくまでも「あなたが責任を持てるのはあなた自身に対してだけであり、相手の問題の責任は相手自身にある」という点を忘れない方がいいと思います。


そして、あなたの手に負えないと思ったらお互いのために退く勇気も必要だということも。




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あなたが深い不安を感じた時、ただあなたの名前を呼んでごらん。

不安を感じたときに、自分自身を取り戻すテクニック。
ただ自分の名前を呼んでみる。

OSHO Japaneseさんの写真 - ウォールの写真


瞑想する顔


~あなたが深い不安を感じた時、ただあなたの名前を呼んでごらん。

今週の瞑想:不安を感じる? 醒めなさい!

 あなたが心配で、不安にかられている時、どうするか? 不安がある時、普段あなたは何をする? それを解決しようとするだろう。そして、いろいろな選択を試してみては、ますますそれに巻きこまれてしまう。あなたはより大きな混沌を作りだすだろう。なぜなら、不安は思考を通しては解決できないからだ。それは思考を通しては解決できない。思考そのものが、一種の不安だからだ。

  このテクニックでは、不安に対しては何もしないように、と言っている。ただ、油断なく醒めていなさい!

 禅師・睦州(ぼくじゅう)についての、古い逸話を話してみよう。彼はひとりで洞窟に住んでいた。ところが、日中あるいは夜間でさえも、ときどき声高に「睦州!」と呼ぶ??自分自身の名前をだ。そして、「おう、ここにいるぞ」と答える。でも、そこには彼以外にはだれもいない。
 そこで弟子たちはよく尋ねたものだ、「なぜ、『睦州!』と自分の名前を呼び、『おう、ここにいるぞ』と言うのですか?」
 彼は言う、「思考の中に巻きこまれてしまう時はいつでも、油断なく醒めていることを思い出さなければいけない。そこで、『睦州!』と自分の名前を呼ぶ。『睦州!』と呼び、そして『おう、ここにいるぞ』と答えると、その思考、その不安は消え失せる」。
 でも、晩年の2、3年間、彼はけっして「睦州!」と名前を呼ぶことも、「おう、ここにいるぞ」と答えることもなかった。
 弟子たちは尋ねた、「なぜ、あなたは最近それをしないのですか?」
 彼は言った、「それは睦州がいつもいるからだ。睦州はいつもいる。だからその必要がない。以前、私はよく睦州を見失った。ときおり不安が私をとらえ、私をすっかり曇らすと、睦州はいなくなる。そこで私は『睦州』を思い出さなければならない。すると、不安は消え去る」。

 自分の名前で試してごらん。あなたが深い不安を感じた時、ただあなたの名前を呼んでごらん。「睦州」や他の名前ではなく、あなた自身の名前を。そしてそれに答える、「私はここにいるよ」と。そして違いを感じてみなさい。不安はそこにないだろう。少なくとも一瞬、雲を超えた一瞥が得られるだろう。そしてその一瞥は深まっていく。一度、油断なく醒めることによって不安は消失するとわかったなら、あなたは自分自身と、内なるメカニズムを深く知ったことになる。

Osho: Excerpted from The Book of Secrets
作成: OSHO Japanese




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見返りを求めないでみる

子どもたちが友達と遊んでいます。

誰かが自分がやりたい遊びをやろうよと言いますが、「いやだ、やらない」と言う子もいます。

言い出した子は「もうあのことは遊ばない!友達じゃない」と言いたくなる。

「友達なら自分が求めることには賛成するべき」

という暗黙のルールがそこにはあるわけです。



大人になってもそれは変わりません。

「自分を大切にしてくれる人は、自分の考えに賛成してくれる人であるはず」

そう信じているので、例外が発生すると動揺し慌てることになります。

「悪いけど、今回はその考えには乗れないね!」と言われたら。。。

ルールをあまりにも信じていると、相手が自分とは独立した存在であることを忘れてしまいます。

「この人はどんなときだろうと私の望みをかなえてくれるはず」と思い込んでいるので、

ちょっとした反対に出会うと、ナイフでぐさりとさされたようなショックをうけてしまうのです。

あげくは「あの人は、心変わりしたんだ」、もう自分の期待する人でなくなったと極端な考えに走ります。

感情1


しかし、ここで冷静になって考えて見て下さい。

「悪いけど、今回はその考えには乗れないね!」とか、「○○は好きじゃないから、遠慮しとくよ」というのは、おかしなことでしょうか?

それは違反だという考えと、人には自分の好きな選択をする権利があると考えるのと、どちらがより正しく思えるでしょうか?

問い直せば、わかることの筈です。

ですが、「自分を大切にしてくれる人は、自分の考えに賛成してくれる人であるはず」という考えが染みついてしまうと、とんでもない裏切りが起こったように動揺してしまうのです。

「いいよ、そういうつもりなら、付き合うのをやめよう」

言葉にして言うか、ただ自分の中で密かに決めてしまうかはわかりませんが、

冷静に考えれば奇妙なことも、それが当然のことのように思えてしまうのです。



このルールを守って、自分も相手に「あわせる」ことを自分に言い聞かせ実行しているている人ほど、他の人からの「見返り」を期待するようになります。

そして、裏切られたという感情もより強い得ものになってしまうのです。

しかし、このようなやり方は、うまくはいかないでしょう。

人は自分のやりたいようにやる方が自然なルールなんですから、その範囲内でならで賛成するでしょう。

しかし、どんなときもそのルールを守れと言われたら、それはできないと拒否するのが当たり前なのです。

すねる


わかっていながら「見返りを求める」ことをついついやってしまいます。

しかし、期待して待つのはとても苦しい時間を作りだします。

「もし期待を裏切られたら、そうなったらどうしよう、仕返ししてやるから、早く返事が欲しい。。。」

「期待している私は悪くないはずよ、もしNOだったら悪いのはあの人の方!」

相手にNOを言う権利はあることを十分わかりながら、それを一方的に期待している後ろめたさを、なんとか誤魔化すためのいいわけを探そうとします。



契約した商取引なら、守ってもらわないと困ります。

しかし明文化されているわけではない暗黙のルールは、気づかないうちに私たちを「いらつかせ」たり、「いたたまれない」思いに陥れます。

結構ありがちなストレスの原因ではないでしょうか。


何でこんなに苦しい思いをしているのかと思ったら、無理な見返りを期待していないか考えて見るといいかもしれません。

それに気がついたら、あっさりその期待を手放して、他の確実な関係に係わった方がずっと建設的なのです。

相手のせいだと言いはって譲らないとき、痛手を受けるのは他ならぬ自分だけなのです。




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認めてもらおうという気がなければあなたはどんな人になりますか?

「相手にどうやって自分の存在を認めてもらうか」

これは、私たちがふだんから、ほとんど意識せずにせっせとやり続けていることではないでしょうか。

よりはっきりさせるために、このような設定を考えてみて下さい。

・あなたが相手に印象を与えて自分の存在に気づいて欲しいと思っている人。

・愛されたいと思っている人。

・相手に自分はこんな才能があると気づかせて、「すごいなあ」といわせたいと思っている人。

・怒らせたくないと思っている人。

・あなたを支配できると思って恐れている人。

このような人を前にして、あなたがどんな行動をするだろうかを考えてみて下さい。

・必要以上に相手の言葉に感銘したと伝えようとする。

・注意を惹こうとして、相手の喜びそうなことなら自分にとってつまらなくてしょうがないことでも質問する。

・何とか自分を売り込まなければいけないと思って、自然な会話は上の空になり心が落ち着かない。

・相手の考えに合いそうもないことは、いくら自分で思っていても言ってはいけないと思い窮屈な会話になる。

・相手が気に入ることを探り出して、自分がそういう人間であると見せるのに必死になる。

つまり、極端に言えばあなたは相手の奴隷になり、自分に正直には生きられないということです。

泣いている女の子


ここで、それなら自分がその相手に対して、相手が認めてくれようがどうしようがかまわない、相手が自分を好きにならなくてもいっこうにかまわないという前提だったらどうなるでしょう。

そのつもりで接したら、その場合自分はどのようになるだろうかを想像してみます。

・あなたは自分の思ったことをチェックしたりせずに自由に話せます。

・相手の言うことに自分を合わせようと思わないので、ゆったりと相手が言っていることを聞き取れるでしょう。

・相手の提案に対しても、自分の利害関係を考えないので、率直にYES・NOを答えることが出来ます。

・この会話で成果を上げなければならないという緊張感や制約もないので自由に話を楽しむことが出来ます。

・相手に自由に自分を表現して、それで相手が嫌いになろうがなるまいが関係ないと思うことが出来ます。

そして、このような自然な自由な会話が、あなたからどれだけストレスを解放するかを想像します。

また制約のない会話のおかげで、どれだけ実りの多い相手との関係が得られるかを考えてみて下さい。

これは仕事だから、重要な取引だからという理由で、どれだけ「認めてもらおうという」という気持ちから行動しているかを知ります。

そして、もしその制約がなかったらどうなるだろうかを想像してみて下さい。

それがないと、絶体ダメ、うまくいかないと言いきれますか?

逆に、そんな制限がなければ、もっとうまくいくかもしれないという可能性は見えてきませんか?

過去を振り返って、知らず知らずそのような自然な関係を持ったおかげで、とても有意義な時間を過ごせたという経験があるはずです。

「認めてもらわなければ」という恐れから来る行動を、そんなものはいらないと拒否する勇気が出てきませんか?

そして、制限して作り上げている関係とは、あなたの側で作り上げた人工的なものであり、自分とは違う人間を演じないとなりたたない牢獄であることが見えてこないでしょうか。

ずっとそのままでいたいと思いますか?

いつかそうでない関係に戻れるから、いまは仕方ないと思っているかもしれませんが、おそらくそれは永遠に変わらないでしょう。

そのうち、やり方を変えるよりも、これは必要悪であると理由をつける方が簡単になり、それが習い性になってしまうからです。

しかも、そのやり方は、特定の相手だけでなく、誰に対しても同じやり方をするようになっていくのです。


談笑


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あの人に気に入ってもらえただろうか?

「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]

「なぜ返事をくれないのだろう?」

「今日は笑ってくれなかった。何か気に障ることを言っただろうか?」

「今頃あの人たちは、私のことをどう思っているのだろう?」

このような不安を抱いたことはありませんか?

おそらく、ほとんどの人が昨日も今日も、このような不安がよぎる瞬間を何度も繰り返しているのではないでしょうか。

この不安はどうすれば消えるのでしょう。

SNSなどをやられている方なら、より多くの知り合いを作り、より多くの人が自分にメッセージをくれるようになればいいと思っているでしょう。

そして、たくさんの友達が出来れば、「その時は、先程のような悩みは消え去ってしまうに違いない」と信じているわけです。

ところが、たとえば5000人の友達を達成したら、その瞬間にあなたの悩みは消え去るのでしょうか?

あなたは、その時からもう人からの評価を一切気にせずにいられると、本当にそう思えますか?

このような不安を覆い隠す為の努力は、実は残念ながら役に立ちません。

この方向でいくら友達を増やしても、あなたの不安が消え去る日は来ないでしょう。

最大の理由は、最初に挙げたような他の人からの評価や愛が必要だという考え方そのものが、あなたの不安の原因となっているからです。

皮肉にも、追い求めれば求めるほど、苦しさは増してきます。

求めるのを放り出したとき、それは消えていきます。

たとえば、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]と思い、特定の相手がどう思ったのかを気にします。

その結果を知りたくてたまりません。

もし、もう私のことなんか必要のない人間だと思われていたらどうしよう。

想像すると、不安のあまり身体の調子も悪くなります。

他の事が手につかなくなるかもしれません。

しかし、ここでこんなことを考えて見て下さい。

何かの理由で、その人へのあなたの思いが変化して、

「もうあんな人にどう思われようとかまわない」という状況になったら。。。

そうなったとき、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]という不安はどうなっているでしょう。

消えてしまっている!

そして、もうこれ以上その人の評価を気にしなくてもいいとわかると、あなたは肩の荷が下りて大きな開放感を感じるでしょう。

「もう気にしなくったっていいんだ。」

これから解る様に、不安を作りだしていたのは、まさに評価を求めるという行為そのものにあったのです。

しかし、あなたはこう思うかもしれません。

「だけど、それは他に頼れる人が出来たから、その人のことを手放せただけじゃないの?」

そうなのです。

そうやって、1つの不安対象を手放し、代わりに新しい不安の原因を求め出すから、この堂々巡りは永遠に続いてしまうのです。

必死になって、評価を追い求めるのを一切やめてしまえば、そこに見えて来るのは、すでに自分には求めなくても支えてくれるものが備わっていたんだと言うことです。

あなたのいまいるところで、まわりに見える物を考えて見て下さい。

どれをとっても、あなたが自分の力だけで作りだしたわけでもないけれど、それがあるおかげでいまの自分が成り立っていることがわかるはずです。

誰かがそれを作りだして、いろんな経緯であなたの元に届いたのです。

ものだけではありません。

あなたがいまこれが好きと思っている考えは、どこから来たのでしょう。

すべてあなたがひとりで考え出したことですか?

そもそも、あなた以外に誰もいなかったとしたら、ひとつでも自分で思いついたでしょうか。

思いもしなかった考えの集まりで、いまのあなたが出来上がっているのではないでしょうか。

知っている人、話したこともない人、文字だけの情報でつながっている人、本で読んだだけの人。。。

いろんな人がどこかで関与し、あなたの好みに影響を与え、あなたの廻りのものを提供してくれて、いまのあなたがやっと出来上がっています。

それらは、あなたが不安を感じながら追い求めなくてもやってきたものばかりです。

「いや、不安に思ったからこそ手に入ったんだ」と思いたいですか?

しかし、そのように考えようと考えまいと、必要なものは手に入れていまのあなたが成り立っているのです。

「不安を持ちながら努力しないと欲しいものは手に入らない」

という迷信を信じなくても、気がつけばあなたは手に入れてきているのです。

むしろ、不安を感じるあまり、自分からあきらめるようなことしたから、本来は手に入ったものを逃しているかもしれません。

不安を抱きながら評価や愛を探し続けるのは、「まちがったやり方」。

これが腑に落ちて信じられれば、あなたはもうこれ以上苦しめられて自分を痛めつけることはなくなります。

あなたが期待してもしなくても、不安を感じようと感じまいと、あなたはすでにいっぱい手に入れてきたのです。

必要になれば手に入ると信じるだけでことは足りるのです。

足りていることを発見すれば、世界はすでにあなたのものだったことに気づけるのです。

「今持っているモノで満足し、ありのままの姿を喜ぶことだ。
 何も欠けていないと悟れば、全世界が自分のものになる」

                     ----- 老子 -----




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自分の知らない自分を知る方法

他の人に見る自分が気にさわる部分をチェックする


「あの人のあのやり方が気に入らない」と感じるときに考えて見る。

それが気に入らないと判定しているのは、他ならぬ自分の基準でしかないことを認める。

つまり、もし自分がその人と同じことをしたら、
自分は自分を責めて、そんなことはやめろといいたがるということ。

それはあなたに、怒りだったり、羞恥心だったり、自分の悲しい感情をよびおこすものだったりするのでしょう。

自分ならそんなことは許さない。
その思いが相手の行為に対して、あなたをイライラさせたり、落ち着かなくさせるのです

何が原因でそう思うようになったかは、わからなくてもかまいません。

肝心なのは、いまの自分にそのように反応する自分がいること。

そして、それは目の前にいる相手が、あなたにその反応をさせているのではなく、
自分の中にいるそう感じている自分がいるのだということです。

神妙な顔の男の子


他の人の言葉に反応して、自分を守ろうとしてることに気づく


いつもと違う自分の反応には、自分自身では気がつきにくいものです。

むしろ他の人が見ていた方が、その変化に気づきやすいでしょう。

ですが、あえてそれを指摘してくれることを期待するより、
自分で気がつけば他の人に不必要に依存しなくてもすみます。

たとえば、ある言葉を聞いた途端に、話し方のペースが変わってくる。
あせったように早口になる。

いつもなら口をはさまないところで、ひとこと言いたくなってしまう。

自分の気になっていること以外で口をはさまれるとイライラする。

この話には参加出来ないと感じて、無力感を感じてしまう。


自分で気がつかないでいた自分を発見することは、次のようなメリットがあるはずです。

わけもわからず不安になったり、イライラする自分から解放される。

一見マイナスに見える面を発見したとしても、
その裏返しで考えれば思わぬ自分の才能を発見するかもしれない。

マイナスだと思い込んで、押さえ込んでいたかもしれない自分の特性は。
別の面から見ればプラスの働きをするものです。

それらは、いままで自分でどうにも出来ない部分だと感じていたはずですから、
自分を取り戻すことで自分を好きになり、自信が出てきます。

抑え込んでいた感情を解放することは、一時的に戸惑いや居心地の悪さを感じさせるかも知れませんが、
それはやがて自分の本来の感情であったことを発見するでしょう。

制限から解放されて、行動することが軽く感じられるようになる。



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ありのままの自分をすきになる

フィジー3


ありのままの自分に満足出来るようにならないと、

いつまでたっても、満たされたと感じられません。

肝心なのは、外側の問題が解決することではなくて、

自分自身と折り合いをつけること。

自分自身を好きになることです。

自分自身の中に自分に敵対する部分を抱えていたのでは

いつまでたっても外側にも敵が現れます。


まわりを見回してみましょう。

そこに、自分の苦手な人はいますか?

そして、自分に危害を与えるかもしれない人がみえますか?

その人が好きになれないのはなぜだろう?

それを正直に考えて見ることです。

それは、あなたの中にある敵対する自分がそのように見せているのではないでしょうか?

自分自身と仲良くなれるほど、外側の問題は消えていきます。


そして世界とは自分が見ているそのものに過ぎないことに気が付くときが来るでしょう。

それならば、どんな世界を望みますか?

自分で好きになれる世界が欲しければ、何よりも自分を好きになれるようになることです。

そして、やがてそうなれるでしょう。

その時、世界はあなたのものになります。




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目的にいたる手段などない


かならず目的に到達出来る手段などない。

ただ目の前の手段があるだけ。



完全な計画を立てようとしても、現実はそんなに予測通りには運ばないし、

そもそも自分の方もそのつど変化し続けるものです。



後から振り返れば、予定通りにものごとが運んだように見えることもありますが、

実際はそのつど、どう転ぶかわからない真剣勝負をやっているもののはずです。



すべて計画通りに運んだと自慢しているのは、もともと冒険する要素がないことをやったから。


しかし、わかりきったことを計画通りにやっているだけでは、

生きている感覚がだんだん薄れていかないでしょうか?



冒険すると言うよりも、もともと

「どうなるかわからないことに取り組むのが自然なんだ」

と思えば発想も全く変わってくるもの。


冒険というのは、うまくいくこともあれば、

同じくらい今までの自分を恥じる様な要素がでてくるものです。



それを見るのがイヤで、今までの自分になにも間違いはないと主張し続ける姿勢からは、

冒険は生まれず、あいも変わらない退屈な毎日が待っているだけです。



未来に対して保証を求めて、それがかなう方法があると信じるのは幻想にしか過ぎない。


それは、どこかスーツを着てどぶさらいをするようなチグハグさを感じるのです。



目的にたどり着く手段を探すという行為は、あらかじめ準備して出来ることではないでしょう。


それは動いて行く中で現れてくるもので、

それを見つけるには、まずは目の前の手段に真剣に取り組むこと。


笑顔の女性


自分を振り返ってみても、やさしくほほえんでくれる自分もいれば、厳しく批判する自分もいます。


どれか一つが本物の自分だと信じるのは、あらかじめ自分の存在の目的を決めてしまおうとようなもので、

採用されなかった自分は反抗しはじめて、自分がわからなくなったと嘆くことになる。



自分がどう動くかは、
そのつど問いかけられ、
そのつど答えなければならないもの。



あらかじめ自分を決めてしまうのは、

楽なようでいて、あとあと葛藤に悩まされることになるでしょう。



自分を規定している役割を落とすほど、自由に動けるようになり、

目的は「動くことそのもの」にあると感じられるような気がするのです。

休み時間



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好き・嫌いを手放す手順

好き・嫌いの感情に振り回されると感じたら、それらの感情があることを認め、その上で手放すことを試みてみることです。

誰か特定の人物でも、出来事でも、仕事でも要領は同じです。

そして、注意したいのは、嫌いな感情だけで手放せばいいと思わないで、
好きだという肯定的な感情も手放す必要があるということです。

好きな方だけ残しても、好きなのは反対の嫌いがあるからそう思うわけで、
結局、元に戻ってしまいます。

その時、好きな方と、嫌いな方をペアにして並べて書き出してみるとやりやすいでしょう。

例えば「Facebook」を取り上げてみます。


○「Facebook」は、いろんな人と知り合いになれるから好き。
×「Facebook」は、友達を作るのが難しかったから嫌い

○「Facebook」は、「いいね!」と言ってもらえると嬉しくなるから好き。
×「Facebook」は、「もし相手にされなかったら恐い」から嫌い

○「Facebook」は、身近にいないようなスゴイ人と知り合えるかもしれないから好き。
×「Facebook」は、誰も友だちになってくれなかったら困るから嫌い

といった感じで、自分の感情を棚卸しして見るのです。

取り出しただけでも大きな一歩です。

あとは、この感情が自分のものであることを認めます。

たとえ、認めたくない感情でも、隠してしまうと後々余計に辛くなります。

認められたら、自分の決意を表明します。

この感情を手放しますか? それともこの感情を持ち続けたいですか?

ここで注意するのは、後者の「まだ手放したくない」という思いだとしてもそれでいいのです。

それでも、変化は生まれるのです。

試して見て、やる前とやった後での、感じ方の変化を見て下さい。

これを繰り返せば、好き・嫌いの感情の繰り返しに悩まされることがなくなってきます。

笑顔OK女性





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困ることは人によって違うんです

以前紹介した養護学校の生徒さんのお話から一つ紹介します。

あっくんは、物事がはっきり決まっていないと、いたたまれないくらいに困ってしまいます。

「何時何分から夕方ですか? 何月何日から秋ですか?」

きちんと決まっていないと、あっくんにとっては大問題なのです。

「お日さまが沈みかけたときが夕方ではどう?」

そういわれて、いったん納得しかけたあっくんですが、あとで困ったことに遭遇します。

「曇り空で、お日さまが沈みません。夕方はどうなるのですか?困ります!」

ひとそれぞれ、困ることは違うものです。

そしてそれは、その人にとっては大問題なのです。

私たちは「そんなことはわかっている」と思っています。

そして、あっくんのように普通とは違う行動は、問題がなければその人の個性だくらいで受け入れます。

しかし、その人の困ることが社会のメジャーな規範から外れていれば、どうなるでしょう。

個性を認めるどころか、そんな考えは社会にとって悪であるというレッテルを貼って、弾劾しようとし始めます。

どれだけ良識のある人でも、社会全体が偏っていると、その常識を外れて考えるのは難しくなります。

だけど、「だから、合わせればいいことだ」と当たり前のように言って、

それが出来ない人間を排斥しようとするのは私には納得がいきません。

怒った顔の男の子


人と協調するのがいいと考えると徹底して合わせようとする、

個性が重要だと考えると人と同じことをしているのを軽蔑してみせる。

こんな2元論に陥ることは避けたいと思うのです。

合わせることも必要だし、重要なことだけれど、自分は違うと思うことは捨てるわけにはいかない。

人と違っていても、それを諦めて捨てなければならないわけではない。

あくまで、自分がその気にならないあいだは、その人のやりたいことが真実なのです。

何がいいたいのかというと、自分の感じ方が人と違っていたとき、どうするのがいいかという話です。

そんなとき、わたしたちはどちらが正しいのかを究明して、結論が出た方に合わせるべきだと考えてしまいます。

やはり、2元論になってしまうのです。

ですが、いまの自分にとっての感じ方を否定する必要は無い、

社会がそれをよしとしなくても、両方が併存してればいいだけのことだと思うのです。

すごく当たり前のことだと思われますか?

ですが、私たちは気が付けば、白黒つける思考に走ってしまい、

その結果自分の感じ方を諦められないと悩んだり、

自分はどこかおかしいのだろうかと自分を責めたりしているのです。

「すっきりしない、白黒つけられない」ということは、むしろ自然なのだと私は思います。

あいまいさに絶えられないと思うのは、思考に頼りすぎてしまった結果です。

今も絶えず変化を続けている私たちの身体と同様に、感じ方も絶えず変化するのが自然なことだと忘れてしまっているのです。

強固な意志は、立派に見えますが、どこか不自然さや、やせ我慢を感じてしまいます。

わたしは、社会から見て困った人にされても、自分の感じ方を犠牲にしてまであわせようとは思いません。

それならば、むしろ孤独を選びたい。

このように言い切ってスッキリしました。

何を言っているか、わからないという人もいらっしゃるかもしれませんが、結構大事なことだと思うのです。


【参考文献】
『違うってことはもっと仲良くなれること』
著者: 山元 加津子 / 樹心社 / 2003-04 /


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人生を変える「いいね!」セッション

新しいFacebookページを作っていました。

人生を変える「いいね!」セッション

私はこころの問題を扱うことに関心があります。

わたしたちはほとんどが、何らかの心の問題を抱えているものですが、現在こころの問題を何とかしようとした場合、どんな方法があるでしょう。

病院やクリニックの精神科、これは信頼できるとはいえ、まだまだ気軽に利用する場所ではありません。
また、その実態は投薬が中心で、カウンセリングなどのフォローが受けられる所はごくわずかでしょう。

またネットその他で紹介されている○○セラピーといったものもありますが、知らない人にはどんな内容かわからないし、自分に合っている方法かどうかもわかりません。

しかし、私たちの多くが求めているのは、そのような本格的な治療セッションを受けることではなく、ちょっとした心の問題を聞いてもらったり、相談できる場所ではないでしょうか。

そこで、今までの自分の蓄積や、FBといったインフラが登場したいま、そんな需要を満たすあたらしい場所を作ってみようと思いました。

名付けて「いいね!セッション」。


FBで「いいね!」をもらったときの、「なにかうれしい!」という気持ち、
これをこころの問題にしぼって、与えたり、もらったりする場所を提供します。


『期待できること』

・イライラが減り、愚痴を言うのがばかばかしくなる
・自分をもっと好きになる
・自分の態度や行動が積極的になる。
・普段の活動が、より楽で効率的になり、しかも楽しくできる。
・ひととのコミュニケーションがよりオープンで楽しいものになる。
・問題解決能力が向上する。
・柔軟な考え方や行動ができるようになる。
・リラックスと自信
・目標をやりとげる。
・新しい自分の可能性に気が付く
・ポジティブな感情が増えて来る。



では、何をやるかというと、

「わたしはこんなやり方で感情を解放できました」


という自分の経験を書き込んでもらうのです。

たとえば、

「いつもならすぐイラっとしてしまう子どもの行動に、こう思ったらいらだつことがなくなった。」

「すぐに落ち込んでしまう傾向があったのが、あることをきっかけにすぐに立ち直れる方法を見つけた。」

といった内容です。

これを目にした他の方は、

「だれでも自分と同じような悩みがあるんだな」とわかるし、

「なるほど、これは自分も試してみたい」と思えるでしょう。

そうおもったら、「いいね!」。

いっぽうで、自分の体験を書き込んだ方は、それをさらに確固とした自分のものに出来ます。

また、他の人からもらう「いいね!」は自分に自信を与えてくれますし、

自分のやり方を知って他の人の役に立ったのを知ることは

二重に自分の喜びになるでしょう。

書き込む内容は、大きなことでなくてもいいのです。

むしろ誰でも経験するような小さなことの方が、手軽に書き込めるし、読んだ人にも分かりやすい。

逆に、禁止するのは、「ぐち、不満」のたぐいです。

憂さ晴らしをして、ストレスが発散できると考えている方もいるかも知れませんが、
こういった発現は、かえって否定的な感情を強化してしまいます。
そのときはよくても、また形を変えておなじような嫌な感情を持つことになるからです。

「感情を解放できた」という表現で、ぴんとこない?

次のようなちっちゃなことでもいいのです。

「お菓子の袋がうまく開かなかった。
いつもならイライラするんだけど、
はさみで綺麗に切ってみたら幸せな気分になった。」

こんなこと、と思うかもしれませんが、これも立派な感情の解放です。

「いつもこれでイライラする自分を知っています。でも今日はそれを手放しました。」
やっかいな感情を手放して、自分を取り戻したのです。

他の人がどう感じるか、人はあるていど想像してどうせ同じだろうと思っていますが、
思いもよらぬ他の人の反応、感じ方に、自分の持っている大きな試算を発見するかもしれません。

少し私の考えのバックボーンに触れておきます。

交流分析
ゲシュタルトセラピー
論理療法
セドナメソッド
老荘思想
東洋思想

これらのテーマについては、セッションとは別に紹介するノートを書いていきます。
それを参考にしながら行動修正も出来ると思います。

ページへはこちらから

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老荘思想のコラム連載(15)


FC2サーバのトラブルで、ここ数日間、更新や、表示が出来ませんでした。
ご訪問頂いた方にもご連絡できずご迷惑をおかけしました。
まだ左右のカラムの表示が出来ないようです。(メッセージのある方はコメントからお願いします。)
とりあえず記事の更新ができましたので、アップいたしました。
遅くなりましたが、ようやく復活したようです。



『COCORiLA (ココリラ) ~癒しのポータルサイト~』様にて老荘思想のコラムを連載中です。

【今月のコラム】

「現代社会と老荘思想(15)」 [2011/04/03] ◇余地◇

現代社会と老荘思想(13) [2011/02/06]



◇余地◇

「余地」とは文字通りによめば、余っている土地や場所のことですが、そこから隙間があって余裕があることにも使いますね。

「余地がない」と言うときは、他にはもう選択の可能性が無いことを意味します。

しかし私たちが、もはや「余地がない」と言って他の可能性を捨てて、強引にいま見えているやり方を進めようとするとき、ほんとうに余地はないのでしょうか。


「荘子」の養生主篇には、包丁の達人がどのように包丁を使い、そしてなぜ達人と呼ばれるかの秘密が明かされます。

腕の良い料理人なら1年くらいは牛刀をもたせますが、並の料理人はひと月で牛刀をダメにして交換しなければなりません。
しかし、わたしは、いままで19年間、この牛刀を使い続けて刃こぼれ一つありませんと語ります。

それは、牛刀をどう動かせばいいかを知っているから。
牛の身体をよく見極めて、隙間を見つけるのです。
腕の良くない料理人は、肉が集まった所を強引に牛刀で切り開こうとしてしまうから、すぐに刃こぼれを起こしたり、牛刀を折ってしまうのです。
わたしは、隙間をみつけるように慎重に神経を集中して牛刀を運びます。
肉の塊のように見えても、そこにはかならず隙間があります。
骨筋の隙間には、包丁の厚みを受け入れてなお「余地」があるのです。

「余地」を見つけて牛刀を動かしているのだから、刀は刃こぼれひとつ起こさないというわけです。

これを聞いた文恵君は言います。
「庖丁の話を聞いて、養生の道に気が付いた。与えられた自己の人生を、どのように全うすればいいのかを教えられた。」


「余地」というのは、探す気になれば必ず見つかるのです。
私たちが、「もはや余地はない」と言い切って、前に進めようと言うとき、そこには自然に逆らって、人為的に事を進めようというはからいがあるのです。

最初は、ものごとに逆らわずに、合わせて生きていこうとします。
しかし、自分の考えたとおりに自然に手を加えれば、うまく楽に手に入ると言う経験をしてしまうと、次からも楽な方法がないかと探すようになります。

工夫してうまくやろうとすること自体は悪くないのですが、それが自然から離れれてひとり歩きし始めると、もとの対象が何だったのかは忘れられていきます。
つまり、相手が何であろうと同じやり方で押し進めてしまおうとするのです。



わたしは最先端のやり方を見つけたなどといって、自然なやり方を低く見てしまってはいないでしょうか。
私のやり方でやり遂げた方が、より価値があると思い込んではいないでしょうか。
それは、単にエゴを満たしたいだけではないかと思って、振り返って見た方が良いでしょう。

すぐに包丁をダメにしてしまう無理なやり方ではなく、
「余地」を探すことを思い出して、「養生の道」に戻るのです。



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【今までの連載記事】

「現代社会と老荘思想(1)」 「老子の三宝」
「現代社会と老荘思想(2)」 『道の道とすべきは、常の道に非ず。』
「現代社会と老荘思想(3)」 「すべては、もとはひとつ」
「現代社会と老荘思想(4)」 「無為(wu-wei)」
「現代社会と老荘思想(5)」 「上善若水」
「現代社会と老荘思想(6)」 「柔らかいものが堅いものに勝つ」
「現代社会と老荘思想(7)」 「無為によって全てを成し遂げる」
「現代社会と老荘思想(8)」 「自然な調和を取り戻す」
「現代社会と老荘思想(9)」 「天網恢々、疎にして而も失わず」
「現代社会と老荘思想(10)」 「自然はたえず変化する」
「現代社会と老荘思想(11)」 「役に立たない生き方」
「現代社会と老荘思想(12)」 「冬の川を渡るがごとく」
「現代社会と老荘思想(13)」 「私の本質は波ではない」
「現代社会と老荘思想(14)」 「和光同塵」



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みっちゃんの手、ちょっと噛むか?

「みっちゃんの手、ちょっと噛んでいい? そしたらうれしくなって元気出そうやなあ」
 みっちゃんはもちろん、すぐに走って逃げていきます。みっちゃんは熱いのだいきらいだから、火のそばもきらいです。痛いの大きらいだから、歯医者さんへは行きません。恐いの大きらいだから、犬のそばにも行きません。一度ベルトのバシンという音を聞いてからは、ベルトをしているという理由だけで、みっちゃんにきらわれてしまうくらいなのです。
「痛いの嫌なんやて」「痛いの恐いからダメなんやって」と言いながら、すぐにいなくなってしまいます。

 みかちゃんが亡くなったとき、私は自分で悲しい気持ちをどうしたらいいのかわからなくなりました。子供たちの前なのに、立っていられないくらい悲しくて、その悲しみをなかなか受け止めることができずにいました。放課後も一人教室に残って、やっぱり泣かずにいられなかったとき、ふと気がつくとみっちゃんが家に帰らずに立っていました。「どうしたの?」と尋ねると、みっちゃんは私の目をじっと見つめて言いました。
「山元先生、みっちゃんの手、ちょっと噛むか?」
 みっちゃんはもしかしたら、噛まれて恐くなったとしても、痛くなったとしても、私を元気にしてあげたいと思ってくれたのだと思います。私はみっちゃんのやさしさに胸がいっぱいになって、みっちゃんを抱きしめました。それから、せっかくなので痛くないほどみっちゃんの手をちょっとだけ噛みました。そしたら、悲しい気持ちがなおっていったようでした。みっちゃんはそんなやさしい女の子でした。



以上前にも紹介した 山元 加津子さんの『違うってことはもっと仲良くなれること』から引用しました。

不思議そうな女の子


じっと先生の目を見て、先生を元気にしてあげたいという思いは、いつも怖がっていたことも逃げないでやってみる気にさせたようです。

何らかの理由で、自分はこれをやらないと言い聞かせていること、「これは嫌いだから私には無理」と思っていることも、いざとなったらどっちだっていいことに変わるかもしれません。

いまは、そんな言い訳をしていられる余裕があるから、そうしているだけ。

そんな回避行動は、まわりの人との関係でもパターンを作り上げてしまいます。

これを言われたら、私は絶対許さない。
こういわれたら、こう言い返してやる。
こんなこというなんて、信じられる?!

このような構えは、相手の引っかけを見つけたらすぐに、反応を始めてしまいます。

本当は、そんなことを言いたいわけでもないのに、なんでこんなことを言ってしまうのだろう。
途中でそう思っても、いったんそのパターンに入り込むと引くに引けなくなる。
まるで、申し合わせた脚本を演じるように、相手の反撃を期待し、自分の役割を演じてしまうのです。

しかし、そんなうそに飽き飽きしたら、そんないつもの嫌なやりとりを本気でやめたいと思うなら、すくなくとも自分の方はパターンをぶちこわすことが出来るわけです。

それは一時的に恐かったり不愉快な感じがするかもしれません。
なぜかと言えば、いままでのパターンに守られて嫌な感じを持ちながらも、予期しないことが起こるのを予防してきた方法だからです。

いつもの嫌な結末を予期しながらも、新しい関係になったとき何が起きるのか想像が付かないから、恐くてパターンを壊せないでいるのです。

それは非常に根深い場合もあるかもしれませんが、たいてい何かきっかけさえあれば「わかった、やればいいんだろ!」と開き直れる程度のことが多いのです。

みっちゃんが「先生がかなしそう、元気にしてあげなくては」と思ったとき、いつもの怖さが消えていったのです。

すくなくとも自分の側ではゲームに参加しないと決めたら、自分を正当化する言い訳を全部却下してみる。
そして、相手の言葉には載せられないようにします。

相手が何を言っても、その「言葉」は聞こえてこない。
自分に感心のない商品名は、CMがいくら連呼していても音にしか聞こえないように、相手の「言葉」はいつもの意味を持って聞こえてこないようにするのです。

自分の側で、自分を正当化する言い訳を用意して身構えているから、相手の「言葉」は格好の餌になってしまうのです。

言葉が自分にダメージを与えるのは、自分の方に弱みがあるからです。
言葉が自分をいい気分にしてくれるのは、やっぱり自分の方でそれを聞きたがっているからです。

それに反応してスイッチを入れてしまえば、いつものパターンに入り込んでお互いが譲れなくなってしまうのです。
これはいつもの「あれ」だと気が付いたら、スイッチを自分で切ってしまうことです。

それが、「みっちゃんの手、ちょっと噛むか?」というような心に響く言葉を生み出してくれます。
実は、意地を張らなければ、誰でももっとやさしくなれるのです。



【引用文献】
『違うってことはもっと仲良くなれること』
著者: 山元 加津子 / 樹心社 / 2003-04 /


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