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月そのものを見よう!(新「水たまらねば月も宿らず」 メルマガ27)


月そのものを見よう!

「朝顔に つるべ取られて もらい水」  千代女

井戸

ご存じの方も多いこの句を詠んだ千代女(ちよじょ)のこんな逸話があります。

ある夜に、千代女は井戸から汲んだ水を桶に入れて運んでいました。
桶の中を見ると、きれいに月が水面に映っています。

しかし、当然少しでも動くと、水面が揺れて見事な月のかたちは崩れてしまいます。

私の心の乱れが、月を崩してしまうのだろうか。ありのままに、崩れないように映せる鏡に私はなれないのだろうか。

そんなとき、虫が飛んできて桶の水に飛び込んでしまいます。
月は崩れます。

風が吹いてきて水面が揺れます。
月は崩れます。

再び思い直して、桶を運びはじめようとしたとき、桶の底が抜けて水はすっかり流れてしまいました。

もはや月も消えてしまいました。
せっかく運んだ水もすべて流れてなくなってしまいました。

千代女はここで悟り、大笑いします。

桶の月は消えてなくなった。
水もなくなり桶は空っぽ。

しかし、私の心配などと関係なく、月は空を見上げれば存在したのだ。

水面の月にとらわれて、私の心のせいで月が左右されるなど馬鹿なことを考えたものだ。
水を溜めなければ、そもそも月も映らなかったというのに。

「とにかくにたくみし桶の底ぬけて 水たまらねば 月もやどらず」

月


☆~⌒☆

私たちが、ふだんからよく陥っている悩みというのもこのようなものです。

◆月の姿かたちを崩さないようにしたい。

私の心が乱れるから、月もきれいなままでいてくれない。
いや写真に撮っておけば、ずっと私のものになるじゃないか。

※その時追っかけているのは、水に映った月なんですけど。

◆せっかく運んだ水が、全部流れてしまった!

なんて世の中は意地悪なんだろう。
もっとしっかりした桶を作ろう。
いや、桶のたがを点検しなかったのがいけなかったのだ。

※どのように準備しても、起きるときには起きるのです。

☆~⌒☆

水面に映る月をうっとり見つめたところまではよかったのです。

しかし、この月を「私」のものにしたいと執着心を持ちはじめる。

その時点で、月は空の上にあることを忘れてしまいます。
「私の月」は、この目の前の水に映る月なんだと。

いつまでも変わらないものなど何もない。
そうわかっていながら、このまま「私の月」を保存しておきたいと思い出すとき、私の悩みが始まります。

せっかくここまで水を運んだのに。
桶さえ壊れなければ、今は水を家の中に運べていたのに。

なぜ、私に意地悪するんだと思えば、世界は私に敵対するものに見えてきます。

しかし、どのように注意深くしていようと、底が抜けることもあるでしょう。
そして、そこで起きたことは、水にとっては自然に重力に従って地面に流れ落ちただけです。

「私」がどのように解釈しようと、起こるべきことが起きただけ。
なんで、世界を恨む必要があるのでしょう。

すべては「私」がからんでいるから、起きてきた迷いごとにすぎません。

月は、私が生まれる前も、いなくなった後も、空の上に存在し続けます。
水は高いところから低いところへ流れます。
水面は「私の心」にかかわらず揺れるときには揺れ、波を立てるのです。

「私」の望みと違うことが起きて、「私」のこころがざわついただけなのです。

今悩んでいることはなんでしょう?
それは、どんなふうに自然をねじ曲げているのでしょう?

☆~⌒☆

こころが、ざわつきだすと、月そのものを見ることを忘れてしまいます。

水に映った月こそが真実だと信じ込んでしまうから、それが壊れることを恐れるのですが、その時点で対象とするもの、守るべきだと信じたものが間違っているのです。

このような失敗を避けるためには、本来の月はどこにあるのかを、思い出さなくてはなりません。

月は空にありますが、自分にとっての真実は、自分の中を捜さなくてはなりません。

だまされてしまうのが、心にあるのなら、その心の奥に隠れている真実を探さなくてはなりません。

心が説明したがることは、自分の今までの経験から正しいと訴えることを前提にしています。

その前提が、今までうまく働くことが多かったほど、それがひとつの前提に過ぎないことを認めたくなくなるのです。

情報が手に入りやすくなった現代では、自分自身の経験のかわりに、たとえばネットで検索した知識を信じて、自分で経験したことのように前提にして行動したくなります。

答えがたやすく手に入るようになると、自分で考えること、つまり月そのものを見ることをしなくなってしまいます。

さらには、なんでも答えが手に入るとは限らないのですが、そのような当たり前のことも忘れて、あたかも、探しさえすればその場で答えは手に入るはず、答えが見つからないのは探し方が悪いだけと思ってしまいます。

その結果、自分自身に問いかけること、月そのものを見ることをしなくなるのです。

月そのものは、自分の心が説明したがることの中には、含まれていないかもしれません。
自分を守るために、発達させてきた心の思考そのものに潜む、落とし穴に気づかなくなるのです。

思考は本来役に立つことも多いし、間違ったことではありませんが、何でもそこで答えを見つけようとするのは、無理な場合もあるのです。



人が他人にだまされるのは、直接他人にだまされるわけではありません。

他人の言葉と、自分が信じ込むことの間には、自分自身の心の説明が介在しているはずです。

そこでは、これを信じたいから、これは正しいことのはずだと信じたがる、心の働きの落とし穴が存在しているのです。

この中間に入った自分の心に、それを信じてしまいたい自分を含んでいるからこそ、相手の言葉も信じてしまうわけです。

言い換えれば、自分の中にもだまされたい自分が存在しているわけです。

それは、今回のたとえで言えば、月そのものを見るのではなく、水面に移った月の方こそが本物だと信じたがることかもしれません。

こんなにきれいに見えるのだから、こちらを月だと思って何が悪い?というわけです。

心の説明にだまされないためには、即座に思考に基づいて行動しないで、その考えていたことを、いったん止めて、そこで心のおくから訴えてくる、言葉にならないかもしれない感性に耳を傾けてみることです。

ぼんやりした、何か違う気がするという訴え、
前にもこんなことがあって、しかも失敗したような気がすると告げている声に耳を傾けましょう。

「水に映ったつきだけど、本物ではないけれど、でもきれいだね」と思うところまでに留めておきましょう。

あくまでも、今ここの素敵な体験であって、いつまでもは続かないのです。

そのまま維持したいと思い出さないことです。

それが出来ないなら、必要ならば、じぶんで桶の底を抜いてしまいましょう。

そうすれば、自分も他人もあなたをだますことは出来なくなります。

心がざわつくことも、あきらめられるようになります。

にせもので悲しい思いをしなくても、済むようになるのです。


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大事にしているものを見つけ、それを捨てよう!(メルマガ・25号)

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「大事にしているものを見つけ、それを捨てよう!」

いったい何のことかと思われるかもしれません。

実は私たちを絶えず悩ませるものとは、それがなくなると困る、大変なことになると恐れているものであるというお話です。

大切にしているものは、いつも自分に恩恵を与えてくれる。
だからこそ、大事に毎日それをケアーしているんだと思い込んでいます。

実際にそれが恩恵だけを与えてくれるのであれば、それでもいいのですが、ほとんどの場合、何かをなくすまいとしがみつくものがあると、それは私たちを制限したり、悩ませるものになるのです。

そして、たいていはその事実に気がついていません。

大事なものだから、それを気にしているのであって、当たり前のことだと信じ込んでいるからです。

あなたはそれを眺めたり、思い出しては、それがあることで安心しようとします。

しかしそれは、言い換えれば、それがなくなったらどうしようと恐れる気持ちを、何とかなだめようとしているのです。ですが、そちらの方向からは考えようとはしないのです。

すこし、自分の周りを振り返って、「なくすことを恐れているものはないか?」を考えてみてください。

そして、そのものこそが、日ごろから自分を悩ませている原因になっていないかを。

思いもしなかったものが、自分にいいことばかり与えてくれると信じていたものこそが、あなたの悩みの原因になっていないかを検討してみるのです。

しがみつくという思いこそ、それが本当の必要性ではなく、それへの依存となくすことへの恐れから、手放すのを怖がっているだけのものであると示唆しています。

本当は、
本心から正直に考えれば、
そんなものはなくなってしまえば、
どれだけ安心できるだろうと、
そう考えられはしないでしょうか?

そして、いいことをもたらしてくれる以上に、あなたを日々悩ませたり、心配させたり、なくしはしないかと恐れさせたりしていないか、この機会にチェックしてみましょう。

なくしてしまう恐れとは、今まで生きてきたやり方を維持するために必要な要因であるから、それが変化するのを恐れるのです。

それに代わる別のしがみつくものが見つからないうちは、手放すなどとんでもないと思っているのです。

ですが、代わりの何かを見つけることを繰り返していては、いつまでも不安は消え去りません。

何かにしがみつかなければ、困ったことが起きると信じるのは、それを手放す勇気のなさをごまかすやり方のひとつです。

本当に、それを手放したら、それを捨てたら、いったい何が起きるのか、それを確かめることを怖くてできないでいるだけなのです。

こればかりは、考えても解決しません。
目をつぶってそれを捨てる勇気が持てますか?
それとも、いつも何か代わりをしてくれるものを捜し歩くことを、生活の習慣にしますか?

生きるとは、怖いものから逃れるための、守りのために時間を使うことですか?

それとも、ただ、いま起きることに向き合って、それを楽しんだり、時には失敗して痛めつけられることも恐れずに、それを受け入れることだと思えますか?


大事にしてしがみついているものを見つけ、それを捨ててみましょう。
物でも、人間関係でも、自分のかかわる生き方すべてに関してです。

それから足を洗うのです。
すると何が起きるか?

それは、きっと思いもしなかった世界をあなたに見せてくれるでしょう。
それとともに、あなたの不安や悩ませるものがひとつ消えたことにも気がつくでしょう。



☆----------------------------------------------☆
編集後記

それは高価な置物を落っことして壊しはしないかと恐れるのに似ています。
それくらいなら、壊れる前に誰かに売り払ってしまいましょう。
これであなたは代金と、平穏な生活を手に入れることができます。

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シンプルに生きるとは (メルマガ・21号)

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シンプルに生きるとは
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今の生活は充実しているだろうか?
忙しいかどうかではなく、やりがいのあることに時間を使えているかどうかだ。
もしそうでないなら、なにか停滞していると感じるなら、
やりたくもないことを、やっているということだ。
やりたくもないことを、これが生きがいだと自分を騙しているにすぎない。

たいてい人はシンプルには生きられない。
自分の信念を捨てるくらいなら、現状のままでいいやと思ってしまうからだ。
くだらない信念も、いったん「私の信念」になってしまうと、素晴らしい信念に変わってしまう。
「私の信念」は何よりも、時には命よりも大事だから。
現実など「私の信念」の前では、直ちに却下されてしまう。

シンプルになるには、複雑なわけのわからなくなった信念を捨てるしかない。
あなたは迷路を通ってゴールに辿り着いてこそ意味があると信じている。
迷路の外側を回って、一直線に進むのは邪道だと思っているのだ。
そうすれば人が褒めてくれると思っているが、実際には誰もそんなものは見ていない。
他の人もまた、自分の信念を生きるのに忙しいからだ。
あなたが密かに外側を回っても誰も気が付かない。
ただ、あなたが自分を楽しそうに生きられるのを見て羨ましいと思うだけだ。

しかし、実際には他人があなたを見ているわけではない。
あなたの中に批判する人がいて、それがまわりに投影されているだけなのだ。
あなたが批判をやめれば、ピタリと批判する人は世界から消えてしまうのだ。


シンプルに生きましょう!

*・゜゚・*:.。.:*・゚・*:.。.:*・゜゚・*:.。.:*

こういう言葉がある。
「今やっていることをやり続ければ、
今と同じものを手にするだろう」

だから、うまくいっているなら、続けることだ。
うまくいっていないなら、やめることだ。
人生はそれほどシンプルなのだ。

アーニー・J・ゼリンスキー

*・゜゚・*:.。.:*・゚・*:.。.:*・゜゚・*:.。.:*

 
 
うまくいっているのに、もっといい方法を探そうなどとしないこと。

うまくいっているのに、「もうすぐダメになるかもしれない」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、「何かの間違いだ」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、「誰かがいるおかげ、ひとりになったら。。。」と思ってはいけない。

うまくいっているのに、罪悪感を持ち込んではいけない。
 
 
 
うまくいっていないのに、次こそはと熱くなってはならない。

うまくいっていないのに、「何かの間違いだ」と思ってはいけない。

うまくいっていないのに、「誰かがいなければ、こんなことにはならなかった」と思ってはいけない。

つまり、うまくいっていないなら、うまくいかないやり方をしていると認めるのが一番ということだ。



☆----------------------------------------------☆
編集後記

うまくいっているなら続ける、うまくいっていないならやめること。
これほどシンプルなのに、なぜか認められない。
今までの習慣を捨てるのは、それほど厄介なものだけれど、
それでいてちっとも複雑ではないことに気がつく必要がある。


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感情とのつきあい方★メルマガ・0020号

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感情とのつきあい方といっても、簡単な決まりでかたづけられるものではないでしょう。

ここでは、私達が感情に関して偏った見方をしていないかという面から、感情を本来のままの姿でとらえてみたいと思います。

まず最初に、私達は感情を有益なものか有害なものかで分けることを、当たり前のように行っています。

ポジティブ(肯定的)な感情、ネガティブ(否定的)な感情と表現するのが、その典型でしょう。

しかし、忘れてはならないことは、本来感情そのものには、ポジティブもネガティブもないということです。

人間的に見て、つまりは社会的な価値観を加えた場合に、ポジティブになったり、ネガティブになったりするわけです。

社会的な存在として、自分自身に対して、あるいは人間関係において、有益に働く感情は好意的に受け入れてポジティブであると呼び、有害な影響をもたらしそうであればネガティブと呼んで遠ざけようとします。

ですが、純粋な感情そのものは、ポジティブにもネガティブにも関係ないのです。

私達は、感情というものをどのようなときに発生し、どのように消えていくものか、余りよくわかっていません。
私はこの感情に関してはよく知っている、私の反応の仕方をよく心得ているというものもあるでしょうが、多くの場合何でそんな気分になったのかわかるとは限りません。

もちろん、ポジティブとかネガティブという性質を付加したところで、その感情を自由に出来るわけではありません。

「どうしてポジティブになれないんだろう」とか、なんで「ネガティブとわかっているのにこの感情を抑えられないの?」というようにです。

私達が感情をコントロールしていると言うとき、ほとんどはそれを押さえ込めると言う意味で使っています。

ある感情を抑えられるかどうか、その耐性は人によって違います。

たとえば出来事に対して、ある人はすぐに怒り狂ったように感情的になるし、別の人は冷静なままでいられるのです。
しかし、そのとき冷静でいられた人も、別の出来事に対しては、人一倍反応しやすいということもあります。

また、抑圧することで感情を抑えると言っても、限度はありますし、押さえつけた感情は消しゴムで消したようになくなるわけではなく、自分の感情の置き場所に押し込められただけと考えた方がいいでしょう。

その場面で感情を抑えられたこと、それ自体はその人の適応能力と評価されるでしょうが、自然な解消の仕方が出来たことを意味するわけではありません。

適応能力だけに気をとられて、自分はいつでも感情を操れると思ってしまうと、いつか自分の奥の方からその感情が顔を出し、「これが本当に自分なのか?!」と驚くような事態が起きるかもしれません。

ところで、ここまでは感情を押さえつける面だけを見てきましたが、純粋なもともとの感情は、その本来の性質を超えて過剰に拡大されたり、ゆがめられたりもするものです。

たとえば先ほどの怒りの表出の仕方について考えてみると、そのときの出来事に見合った反応以上に、過剰に反応してしまうとすれば、その人特有の反応の仕方が組み込まれてしまっていると考えられます。

まず、その人はその種類の怒りを表す状況を、他の人よりも多く経験している事が考えられます。

そして、毎回その怒りを感じるたびに、それに付随してその人特有の価値観を結びつけてしまうのでしょう。

「わたしはこれだけは許せない」とか「この手のことには涙もろいんだ」といった、その人特有の反応の仕方を学習し、強化してきているわけです。

それは本来のその感情の範囲を超えて、拡張された感情と行動のセットが作られているのです。

このことだけを見ても、ある名前のつけられた感情を、ポジティブな感情、ネガティブな感情と分けてしまうことの無意味さがわかってくるでしょう。

感情が有害に働くときの多くは、本来の自然な感情そのものではなく、拡張された反応のセットがもたらすことの方が多いと考えた方がいいのです。

たとえば、怒りは正義を守るときには有益に働くかもしれないし、ねたみの感情も扱い次第でその人のモチベーションの一因になるかもしれません。

悲しみは、状況は何も変わらなくても不幸な出来事を洗い流してくれるでしょうし、鬱を感じることも、あまりにも活発になりすぎた利益優先の心身の扱いに対して、抵抗を示すという役割を担っているのかもしれません。

以上のことを考え合わせるとき、特定の名前の感情を有益か無益かで分けてしまうことや、抑圧すべきものと決めつけること、あるいは逆に肯定的な感情ばかりを自分のものとして受け入れようとすることなどに、疑問が生じてくるのではないかと思います。

言ってみれば、自然に起きてくる感情にはなんの罪もありませんし、それぞれ何らかの意味があって生じてきているはずなのです。

その意味を見過ごしたり、自分の都合で邪魔者にしたり、ひいきにしたりすることは、行き過ぎれば必ず支障を来します。

むしろ加工されない本来の感情の意味を尊重し、振り返ってみるとき、いままで何か物足りないと思っていた自分の生き方に彩りを添えてくれるに違いありません。

邪険にしてきた感情がないか、過剰に優遇して他の感情を見えなくしてはいないかなど、折に触れて見直してみれば、きっと新しい発見をもたらしてくれるでしょう。

何よりも、どの感情も自分自身そのものであることを、取り戻させてくれるでしょう。


☆----------------------------------------------☆
編集後記
たまには感情との付き合い方を変えてみる。
いつもコントロールばかりしているのなら、感情主導で任せてみたらどうなるか?
実験してみると新しい自分が発見できるかもしれません。

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ノウハウ・コレクターについて~限界を打開するには

のぞく


ノウハウ・コレクターという言葉があります。

いろんな方のノウハウを集めて(購入して)、それだけでなにかの努力をした気になって、それ以上の実践を実際には行わない人たちのことです。
つまり、ノウ・ハウを知るだけで、それを実践しようとはしないので、結果的に何も効果はえられません。

多くの場合この言葉は、ネット上でお金儲けをしようとするノウハウの場合に用いられます。

ここでノウハウ・コレクターの話題を取り上げたのは、販売されているノウハウについてどうのこうの言おうという訳ではありません。

むしろそれらに便りたくなる姿勢について書こうと思ったわけです。

ノウハウ・コレクターと言われる人たちが居る一方で、せっせと新しいノウハウを手を返品を返して作り出すのを仕事のようにしている販売者が存在する訳です。

片方がいるから、もう一方も存在すると言うことも言えるでしょうが、はたして問題はどこにあるのでしょう。

販売する側にとっては、このノウハウは絶対で、よく使われるフレーズが「コレでダメなら〇〇をやるのは諦めたほうがいいでしょう!」というもの。

この通りに信じ続ければ、新しいノウ・ハウを手に入れては失敗し、ダメだったのは自分の努力不足だと信じつづけます。そして、また目新しいものを見つけると、「今度こそものにしてやる!今までの損失を取り返すのだ!」と又飛びついてしまいます。

販売する人は、「このような似たようなことをいくらやっても、儲かるわけはない!」などとはくちがさけても言わないでしょう。理由は言うまでもありませんね。

しかし、残念ながら現実は、そういいたくなるような、ちょっと見かけを変えただけと言うものがほとんどであるように思います。

ですから、ひとつでダメだったら、他のものも同じ結果になる可能性は高いわけで、買った側は販売者を信じて、結果が出ないのは自分の努力不足のせいだと信じ続けると言う悲しい結果が繰り返されます。

そもそも、可能性があることと、実際に結果を出せることには、大きな隔たりがあるのだということに気が付かないのです。

本来の話題からそれているので、もとに戻しますが、ここで言いたいことは、「なぜ自分で考えてオリジナルで勝負しようとしないのか?」という発想は何処に行ってしまったんだろうということです。

なぜ他人が作ったノウハウを信じたくなるのか、それは明らかでしょう。
「保障がほしいから」です。
自分で「かんがえて、ためして、そして失敗に終わる」ということを避けたいのです。
そのように自分で失敗するくらいなら、他人が先にためして、「コレなら大丈夫です!」と保証してくれるものなら、少々お金を払ってもそちらの方が安全だと感じてしまうからです。

しかし、現実を考えて見るなら、実際に効果を出して儲けている人は、他人のノウハウなどあてにしないで、自分で考え出してひそかに実戦しているのです。
そして、勿論結果が出ているから、わざわざそれを売り物にして、儲けたいとも思わないわけです。

全部がそうだとはいいませんが、ノウハウを販売したがる人と、ノウハウで自分で儲けている人たちとは、別の種類の人達なのです。

肝心な事は、保証をお金で買おうとしないで、自分で冒険してみることです。
リスクを犯す等と表現していないで、冒険してみようという自分のしょうどうにもっと賭けてみましょう。

何のためにあなたのユニークな個性を犠牲にしてまで、安全を買おうとするのかを考えててみましょう。
自分が本当は何をしたいのか思い出してみることです。

長くなったので、これで終わりにしようかとも思ったのですが、関連した既存の文章をやはりつけておくことにします。

以下は「行き詰まりを感じる人へ~アインシュタインの言葉を交えて」と題した既出の文章を添えておきます。

どうにも行き詰まってしまったと感じているなら、いいチャンスです。
今のやり方では、どうにもならないと諦めるチャンスだからです。

いくら考えても、堂々巡りで限界に行き着いてしまう。
それは、同じレベルにとどまって発想しようとしているから、そのレベルから脱出できないのです。
「これさえ解決すれば、そうしたらなんとかなる」と考えるのだけれど、同じレベルで思いついた解決は、たとえ解決しても、「あれ何も変わらないじゃないか」になってしまう。

★どんな問題も、それが創られたのと同じレベルの意識では、解くことはできない。
No problem can be solved from the same level of consciousness that created it.

★限界を認めれば、やっとその向こう側が見えるようになる
Once we accept our limits, we go beyond them.

ですから、打開するには今の発想を捨てなければならない。
「これさえうまく行けば解決できる」としがみついてはいけないのです。

今思いつく解決をすべて放り出してみましょう。
どれも解決にならないとわかった、もうこれらを諦めてしまおうと。

どうなるかわからないけれど、その不安定な状態に辛抱してとどまってみようと本気で決心する。
やがて、まもなく、たいていは一瞬のうちに、向こう側が見えてきます。

そもそも、解決しようとしがみついていた考え自体が、邪魔をしていた元凶であることを発見するでしょう。

★完璧な方法を見つけようと躍起になっているが、そもそも何のためにそれをやっているのかを忘れているから、わけのわからないことになっている。それが今の私たちの主な問題のように思えるのだが。
A perfection of means and confusion of aims, seems to be our main problem.

「方法がわかったぞ!これで先へ進める。」と思って喜ぶ。
しかし、
「これで行くべきところに辿り着けるぞ!あれ?、ところでどこに向かっているんだろう?」
「まあいいや、とにかく先には進んでいける。どこかには辿り着くだろう。それよりも方法だ、方法が大事なのだ。」
「こんな方法を思いついた私は評価されるべきだ。何のため?そんなことは誰か考えてくれ。」

私の獲得した方法にしがみつく。
「これだけは離さないぞ!」といって、目指しているものが何かも忘れて、方法こそが解決してくれると思っている状態が、ぐるぐる回りの原因なのです。

思い切って、勇気を出して、その方法を手放してみましょう。
大事な大事な、ようやく手に入れたおもちゃだけれど、このおもちゃでしか遊ぶ方法はないと思ってはならない。

★まちがいを犯したことのない者は、新しいことに挑戦したことのない者だ。
A person who never made a mistake never tried anything new.

「わたしは間違えたことがない」という人は、同じレールの上から出ようとしていないだけでしょう。
いつかそのレールから降りなければならない時が来て、他の道を何も知らないことに気がつく。
「失敗したら誰も相手にしてくれなくなる」と恐れないことです。
それは、同じレールの上で勝負しようとしているからです。

★想像力は知識よりも重要である。
Imagination is more important than knowledge.

じゃまになる知識は、捨ててしまおう。
「何処かの偉い人がそう言ってました。だからそれは間違ってます。」
こんなことばかりいう人にならないこと。

「答えがわかった!」と思うのでなく、「答えの一つを見つけたようだ」と思っていましょう。

生きることが退屈だと感じているなら、私はもう、なんでもわかっていると思っているからです。このおもちゃでしか遊べないと思っているからです。

いつまでも、学ぶべきことはあると思っていれば、そんな事にはならない。
いつでも、つぎつぎと新しい挑戦が目の前に現れてくるでしょう。


「関連ノート」
生きた謎に遊んでみよう
2012年3月29日 人生を変える「いいね!」セッションさん(ノート)
https://www.facebook.com/note.php?note_id=276094695803815



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編集後記
ノウハウ・コレクターという状態自体が、すでに行き詰まりを生じている状態なのです。

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素直な自分と意固地な自分(メルマガ#18)

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私たちは素直な人間関係を望む自分がいる一方で、
ひねくれた自分や意地っ張りな自分も少なからず抱えているものです。

素直に自分の望みに従って生きればいいものを、気が付くとへそ曲がりな自分が顔を出しているのを発見します。

頭ではそちらの方が自分のためになると思っても、なぜかそれを潔しとしない自分がいたりします。

あるいはどうしてもこれは譲れないと固く信じている。
そういう「あるべき」正しさは、素直な自分とは相容れないけれど捨てられなくて、別のダブル・スタンダードになってしまいます。

どちらをとるかで、それなりの生き方があるでしょうが、長期的に見て裏切らないのは、素直な自分に従うことです。

それとは違う基準を抱えていれば、絶えず自分は葛藤状態に陥ります。
今はうまく言っていても、いずれ矛盾する自分に向き合わないとならない状態がやってきます。

両者が相容れない基準を持っていれば、今までどおりの理詰めの自分を取るか、それとは反するけれどそのほうが自然に思える訴えに耳を傾けるか、どちらを取るか迷うわけです。

その主張が正当かどうかなど、いくらでも説明は考えつくものです。
なんだって、それを正しいように見せつける説明は発明できます。

そして、理屈を発展させればさせるほど、ますます捨てられなくなって、意固地になります。

その正当化は、まさに、あなたの視界にフィルターをかけているようなものです。

そのフィルターを通せば、あなたが主張するのは、もっともだと思える出来事が起きているように見えてくるのです。
そして、それにともなって、無理やり切り捨てようとしたい現実も生じます。

たとえば、意地悪な人が存在するから、警戒しなければならないと思うとします。
あなたに関係なく、あなたを攻撃してくる人はそこら中にいるのが見えてきます。

あるいは、あなたはいつも自分の正しさを説明しようと待ち構えているのですが、そのおかげで、ちょっとでも批判じみた意見をみかけると、自分を正当化しなければならないと思ってしまいます。
先手を打って相手の間違いを指摘しようとするかもしれません。

風邪が流行っているから、花粉症だからとマスクをしていたあなたが、必要がなくなっても常に警戒体制を敷いてマスクを外せなくなってしまうのです。

マスクをしたあなたが、はっきりと喋ることができないように、無警戒なあなたを表現することをためらいます。

問われてもいないことに、非難されているかのように感じて、言い訳をし始めている自分に気が付きませんか?

マスクを外さないことで、あなたは素直な人間関係を持ちかけられても、抵抗したり、排除したくなってしまいます。

その抵抗とは、これしか道はないと信じ込んだあなたが、そこから引き剥がされそうだと思い恐怖を感じた結果なのです。

ここに恐怖が存在することは、ひとつの見分け方を教えてくれます。

つまり、恐怖心から導かれる方向は何にせようまくは行かないということ。

たとえ今の自分が躊躇を感じても、それが本物だと感じる方向に舵を取りましょう。

必要なら、今の自分を維持するだけのプライドなど捨ててしまいましょう。

今の自分にとって、それがどんなに「おおごと」に思えても、所詮はどこかで使い始めた習慣です。

習慣なら、いつでも書き換えることは可能です。

できるかぎり作り物の理屈には従わないことです。
しばらくは良くても、かならずあなたを迷わせることになるのです。

あなたが今現在抱えているお荷物には、殆どと言っていいほど、そういった作りこみが含まれているのです。


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編集後記
作り物がなければどれだけ自由になれるか、驚くでしょう!

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コメントに答えて~ 多くの人が勘違いしている2つのこと

今回は、ブログへのコメントに対して答えた内容からご紹介します。

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☆~⌒☆
多くの人が勘違いしている2つのことがあります。

1つ目は、他人の反応で自分がOKかどうか決めようとしてしまうことです。

もちろん、本心から嫌われ者になりたい人はいません。

しかし、だからといって、他人の反応が自分の幸せを左右する力の全てだなんて思うのは大きな勘違いです。

人が自分に賛成してくれたり、心地いい反応を示すか、その反対であるか、そんなことは自分の側では決められないことです。

あなたがどれだけ、理想的な人になろうと、やはり反対する人や、意地悪い人は存在するのです。
それを完全になくすことは出来ません。

そうではなく、
避けられないことを何とかしたいと思うのでなく、
まずは自分自身であること、自分が飾らないで、
こうありたいと思う自分を見せることです。

そしてそれは、無理をしてやるようなことではなくて、
自然にしていればただそうなっているのです。

それをみて、人は反応します。

ある人はそれを私と同じ傾向だと思って支持してくれるでしょうし、
別の人はそれに反対したり、そのやり方は気に入らないと思うのです。

そんなことはアタリマエのことであって、
どうにかしなければいけない問題ではありません。

あるとすれば、それを自然なことだと思わずに、
悪い反応ばかり気にして大げさに問題にしてしまう習慣です。

不思議なもので、他人の反応ばかり気にしないで、自分を素直に表現していれば、それだけでうまくいくことに気がつくでしょう。

あんなに気を使って、言い間違いをしないようにしていたのに、
「そんなことは実は大した問題ではなかったのだ!」
と気がつく時が来るでしょう。

もちろん相変わらずあなたが気に入らないと思う人も中に入るでしょうが、
そんなことも気にならないほど、
自然な人間関係に溶け込んでいる自分を発見するようになっていきます。

ただそれだけのことなのです。


2つ目の勘違いは、
「理想の自分になれた暁には、すべて厄介事は消えてなくなり、
私が話すことは全て受け入れられ、気に入られて人気者になれる」
というような現実離れしたことを信じこむことです。

どんなにあなたが「完璧な人」(そんなものがあればの話ですが)になろうと、
相変わらずあなたへの反応は、いいものと悪いものが存在します。

それに、そもそも良いニュースしか存在しなくなるなんて、なんで願うのでしょう。
もし、すべてがあなたの思い通りになったりしたら、あなたは何の楽しみも感じなくなるでしょう。

うまくいかないことのあとに、それが叶うから喜びを感じるのです。

理想の自分になれた暁には・・・」というのは、勝手に作り上げた幻想です。
そんなものを目指してもいいことはありません。

心配しなくても、あなたは失敗した結果、自分を変えようと思うことも自然に行うでしょう。

また、あなたらしく振る舞って、それを喜んでくれる人がそこにいれば、それを大いに楽しむでしょう。

ただ、そのまま自分自身であればいいだけです。

何とかしようと力まないこと!

あなたがそのように拳を握りしめるから、厄介な人が現れたり、自分を責めたりすることになるのです。

力を抜いて、もしなにか気になりだしたら
「そのままでいいんだ」ととなえて、抵抗するのをやめてご覧なさい。

そうすれば、何も特別悪いことなど起こらないことがわかるでしょう。

「構えていないと大変なことになる!」
などという呪いの言葉を信じないこと。
直ちに捨ててしまいましょう。

何も変えなくても、そのままでいればいい。これを実感してみることです。

1.あなたがどう努力しようと自分の側だけではどうにもならないことがある。
2.むしろ、力んで不自然になっているから、なくてもいい問題を自分で作り出している。
3.「なにか手を打たないとひどくなる」という思い込みを点検しよう。
4.あなたが努力しないことが唯一の解決策になることも多いのだと知ること。

☆----------------------------------------------☆
編集後記

どちらの傾向も自分が努力することで変えようとするのですが、
自分の努力次第で、それに比例して良くなるという思い込みがあります。
それどころか、何も手を打たないとひどいことになるという恐れまで抱くのです。

良かったらご感想などもお寄せ下さい。
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まぐまぐ!第15号より


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頭にくる相手に対処するために~ いつでも動じない自分を見つけましょう(3)

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今回は、自分のパワーと自信を回復するためにできる、かんたんなテクニックや視点を取り上げます。

1.あなたのあるがままの姿は、プライベートなものだからといって、人に見せないようにしようとか思う必要はありません。少なくとも半分の人は愛想笑いよりあなたの素顔を見たがっているでしょう。胸を張ってあなた自身を見せましょう。

2.不思議と逆のことを普通だと考えがちですが、無理して見せかけようとしている時のあなたに近寄ってくる人と、素顔のあなたを見て近寄ってくる人とどちらと付き合いたいでしょう。
後者であるなら、あなたが普段から見せるべき顔はどちらかもわかりますね。

3.相手が機嫌悪くとげとげしい態度をとっていても、あなたまでそれに付き合うことはありません。
まずは、あなたのペースを取り戻しましょう。
・相手が急がせるようなら、こちらはいつもの自分の自分のペースに戻しましょう。
・相手が睨んできても、こちらはゆったりと相手の表情を観察しましょう。
・相手が目をそらして喚きたてるとしても、こちらはゆったりと相手の表情を観察しましょう。
・相手が話題を極端な方向に持って行こうとしても、あなたはたえず本来の議題に引き戻すようにします。


4.相手が怒っているなら、多少はとりなしてもいいですが、やり過ぎないように。
相手が大声を出したり怖い顔をしたとしても、それでこちらが態度を変えると思わせないようにします。
そのようなやり方を取る人は、それが通じる相手か、そうでないのかをすぐに判断するでしょう。やっても無駄だとわかれば、こけ威しはもうやめてしまうでしょう。
その後に出てくることばは、相手の本音が現れやすいものです。あなたは相手の本当の望みをつかみやすくなるでしょう。

5.あなたを馬鹿にしたり、皮肉な表現で笑おうとしていても、あなたはそれに合わせて笑ってはなりません。そんなことは面白くもなんともないのですから、それをはっきりいいましょう。

6.5と同じように、自分で自分を馬鹿にしたり、同情を得たくて自分の過ちを吹聴したりしないことです。
たとえ、それで同情してくれたように見えても、自分自身をけなす人間を人は信用したりはしないでしょう。
こういったことは、自分から「私をいじめて下さい。私はそういう人間なのです」と言っているようなものです。

もし自分にそういうところがあるとわかったなら、自分をごまかしたりしないでそれを認めましょう。
自分の弱点を発見できたのですから、それを方向転換する新しい生き方を選ぶのだと決心すればいいだけです。
素直にそれを認められないと、いつまでも同じ失敗を繰り返します。

7.好き嫌いや、イエス・ノーは、はっきりと断言しましょう。
なにか自分の意見をいうたびに、言い訳を付け加えたくなる人は、そのような習慣をやめましょう。
単にあなたの好みを語っているだけなのです。
うだうだと説明したくなるのは、相手もそれに同意してくれないと、自分自身の価値を認められないと思っていることになります。
これも幼いころに身につけた適応のためのやり方の典型です。
気がついたなら、「これからはそうしますと、いちいち人に断らずに」何の断りもなくそれをただやめればいいだけです。

8.相手にノーを言われたからといって、世界の終わりのような顔をすることはありません。あなたがそうであるように、相手にも自分の考えとは違うことを表明する権利があるのです。ただ意見が異なるだけです。そのことで自分への価値観を低めたり、左右されるような習慣があったら、すぐに辞めようと決心しましょう。
どんな相手でも、イエスというかノーというかは、半々の確率です。
あなたがどれだけ根回しをしたり、媚びへつらっても、それで確率を変えられるなどという幻想は捨てましょう。相手にもノーを言う権利はあることや、あなたという人格にノーを言っているわけではないのだということを、冷静に充分に区別できるようにしましょう。

9.最後は逆の立場から見てみましょう。
相手に対してあれこれ文句ばかり言っている人は、実は相手の立場から見ることができていない人が多いもの。
本当に相手が悪いのだろうか? 相手の中に見える嫌な面とは、実は自分のいじわるな嫌な面を魅せられてはいないだろうか?

さらに調べてみれば、実は相手がだれでも自分は同じような不満を言っていることに気がつくでしょう。
まるで、私に近づく人は、みんな私を悩ませる人に決まっているとか、そうなってほしいと思っているかのようです。
ですから、何も文句のつけようのない人が現れても、どうしていいかわからないので、なにか悪いところはないか探しだしてしまいます。
それは自分の側が、何も嘘のない親切にどう対応していいのか、何処かで忘れてしまったからです。

以上の点を考えていくと、かなり見方は変わってきたかもしれません。
あとは、自分自身だけは騙さないように、素直に素直に、自分と向き合いましょう。
見たくもない「あの人」と思っていたのは、実は「自分自身」だったと気がつくこともあるかもしれません。
知らない自分(隠したり、認めたくないと思っている自分)が多い間は、嫌いな人は実は自分自身だったということもよくあることです。


☆----------------------------------------------☆
見たくもない嫌いな人が自分自身だったと気がついたら、それは悲惨なことなんかではありません。それどころか、あなたにとって、かつてない朗報となるでしょう。
なぜなら、それさえ気がつけば、人間関係の悩みの原因を、半分以上見つけたことになるからです。

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まぐまぐ!第12号より

Youtube 「人間関係の悩み2:挑発してくる人への対処法」をアップしました。

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頭にくる相手に対処するために~いつでも動じない自分を見つけましょう(2)

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まぐまぐ!「タオに生きる」第11号(シリーズ)より

「いつでも動じない自分を見つけましょう」というテーマで、
具体的には頭にくる人とどう対処していくのか、あるいはどんな自分になればいいのか?

そういったテーマでしばらく書いてみようと思います。

さて、それではどんな自分になればいいのか?ということですが、結論をまとめたビデオを作成したので、
まずは御覧ください。

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YouTube「人間関係の悩み1:言い返してやりたいと思う時」

すぐにご覧になれない方のために、文章のほうで進めていきます。

言い返したいと思うのは、いつも攻撃を受けた後だという事実に気がつくこと。

だからいつも、タイミングを逃すのは当たり前なのだ。



「いや、毎回あらかじめ準備して、今度こそ言いなりにはならないと決心してやっているけれど、なぜかうまくいかないんだ。」

と言われるかもしれません。

しかし、あなたと、あなたを攻撃しようする人とは、もともと、「被害者」と「迫害者」の役割を演じるのにピッタリの相性なのです。

相手からはあなたの作戦など、手に取るようにわかる。
なにしろ、相手はもともとそれに長けていて、いつもそれを使っている人なのですから。

いつのまにか、あなたの作戦は功を奏さないまま、相手のペースに巻き込まれてしまうので、最後にはあなたは悔しい思いをすることになります。


最初から攻撃を受けない自分になることだ。

柔道のように攻撃から素晴らしい反撃を見せようと思っているが、これがいつも悔しいまま終わってしまう悪循環を作っている。



今度こそ反撃してやると思っていても、あなたの作戦など赤子の手をひねるようにかわされてしまうでしょう。

何しろ相手は「迫害者」を演じることに長けていて、一方であなたは「被害者」を演じるベテランなのです。

「被害者」は最後には負けて悔しい思いをする。
それが「被害者」ゲームの筋書きなのです。

あなたは最後には負けるゲームをやっている。
負けて終わらないと意味が無いゲームだからです。

言い換えれば、いつも攻撃されるのが普通の自分で歩いているからいけない。

もう一方の、誰にも文句は言わせない自分で、いつもいようと決心すればいい。

そうすれば、あなたに隙はなくなる。



あなたが「被害者」ゲームを演じ続ける限り、いつもあなたをいじめてくる「迫害者」があなたのまわりに登場してきます。

あなたが、もうゲームはやめだ。本心から被害者になって、惨めな自分を演じることに飽き飽きした。

これからは、自分のほんとうの望みを追求する。それには被害者でいる必要はないのだと気づけば、事態は一気に解決するでしょう。


必要ならば、最初は何を言われたらどう返すか、必要なことを全部想定問答集にしておこう。

そして、いざとなったらいつでもそれを見ればいいようにしておく。



あなたは、いつも見かけだけ「今度こそ反撃してやる!」というゲームを演じているけれど、本心では勝つ気がないのです。

そのような負けを前提した対策など、いくら時間を書けても意味が無い。

相手が攻撃しようが、反対しようが、自分が満足するのは自分の望むことだけと決心する。

まず相手の攻撃ありきの反撃ではなく、最初から攻撃させないで、自分の望むことを発信するのが自分のやるべきことなのだと思い直すことです。

では、本当は何をしたいのか、それを徹底して自分に言い聞かせましょう。

負けるための反撃ではなく、あなたの望みを相手に正面から伝えることが目的であることを確認しましょう。

あなた自身が、これなら迷いはない。自分のほんとうの望みがわかったというところまで、想定問答集をつくり上げるのです。


こうして、あなたは「なんでも言ってみろよ、すぐに反撃できるぞ!」という気持ちで人に合う。

この結果、あなたの隙のなさに誰も何も言わなくなったことに気がつくだろう。



上記のように、今までとは違って、あなたは隙のない揺るがない自分を、そしてそれを感じさせるパワーをまわりに発信します。

あなたは最初、誰かがなにか言ってくるかと身構えますが、だれもあなたに近づいては来ないでしょう。

こうして、あなたは一言も反撃の言葉を使わないまま、戦わずして勝負に勝ちます。

もっとも、最初から勝ち負けではなかったことにも気がつくでしょう。

あなたは、むしろ自分から勝負を放棄していたのです。


いつまでも嘆いている人は、
本気でもう片方の自分になろうとはしていないのだ。

そして、また今日も反撃できなかったと悔しい思いで一日を終わる。
これが、本当は変わりたくない人間のその日の報酬になるわけだ。



報酬とは、「被害者」ゲームの結末です。

わざわざ自分をいじめるようなことを、自分からしたりするだろうか?

奇妙ではありますが、人はマイナスであろうがプラスであろうが、自分の書き上げたストーリーのためには、そこに書かれた報酬を追い求めます。

いつも嘆いてしまう結果が待っている人は、そのような結末のストーリーに生きているわけです。

自分を「被害者」に仕立てて、「かわいそうな私」を演じたり、「私をいじめて!」というゲームを行うのです。

それは、かつて子どもの頃に親からひどく叱られて、「かわいそうな私」になってしまった場面を再現しているかのようです。


つまり、嘆きと、意地悪な攻撃とはセットになっているということ。

攻撃を避けるやり方や反撃の仕方ではなく、嘆きをまずやめることだ。



嘆きは、報酬だと理解すれば、あなたが攻撃を受けやすい理由も、自ずから見えてくるでしょう。
あなたのまわりにばかり、意地悪な人がたまたま多いわけではないのです。

むしろ、「私は嘆きたい!」というオーラを発しているから、ではそれに応えて、いじめてあげましょうという人が近づいてくるのです。

そうすれば、あなたは「私をいじめて」というサインを出さなくなってくる。

もう、誰かにいじわるなことを言われたらどうしようと構えることも、いつの間にか忘れていることに気がつくだろう。



あなたが「私をいじめて」というサインを出さなくなって、自分の望むことを正当に求めるようになれば、
あなたをカモにしてゲームを仕掛けようという人も近づいて来なくなります。

ベテランの「迫害者」は、「被害者」を嗅ぎ分けることに長けているとともに、ゲームに参加しそうにない人間を見分けることも容易にできます。

もうあなたは、カモにはならない。
あなたを相手にするには、仕掛ける方はそれ以上のパワーが必要になるからです。
そのように判断すれば、あなたにいじわるすることは、向こうから諦めて避けるようになっていくのです。

そして自分自身も、もう惨めな役回りは必要ないことに気がつくようになるでしょう。

人に会う前に、
どんなリハーサルをしていたか
気がつきましたか?



本当のところ、あなたは痛い目にあったと思った時、その前にどんな結末を想像していたか考えてみてください。

口では今回こそ勝ってやると言いながら、実際にイメージしているのは惨めになった自分なのです。

嘆いている自分、それが「かわいそうな私」にはふさわしいから、そのような筋書きを自ら無意識に書いているのです。

あなたが、本当にほしいものを相手に要求したり、お願いしたりしている姿が見えるようになれば、あなたにいじわる人はもう必要がなくなります。

あなたの望みと行動は、ようやく一致するようになってくるのです。


もともと、頭にくる問題のある人への対策だと思っていたでしょうが、
自分を抜きにした悪者はそうそういるものではないということなのです。

☆----------------------------------------------☆
人間は、自分をいじめるゲームをしたがる奇妙な生きものです。
しかし、必ずしも人を真似て自分までゲームを演じる必要はないのです。
☆----------------------------------------------☆

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頭にくる相手に対処するために~いつでも動じない自分を見つけましょう(1)

男女怒り


優しい人、気の弱い人、自分のほんとうの意見を言えない人、そんな人達は、普段は我慢を重ねてストレスを溜め込みます。

しかし、どこかでそんな表向きの顔をかなぐり捨てて、突然切れてしまうでしょう。

そうなると今までの恨みつらみが一気にこみ上げてきて、しばらく自分を取り戻せないかもしれません。

そして、そのあと冷静になってくるに連れ、自分のやったことを責め始めます。なんてことをしてしまったんだ私は、・・・

落ち込んだ状態は、しばらく続きます。
そして、どうすればよかったのか、相反する考えが自分の中で渦巻き、せめぎ合います。

はっきり自分を示せない自分が悪いのだから、こんな自分を何とかしたいと思う自分。
やっぱり、いくら頭にきても、あんなことまですべきではなかった。
私はもっと自分をコントロールできるようになっらなければ・・・と思う自分。

どちらが正しいのか?
どうして平気で出来る人がいるのに私には出来ないのか?

結論はどちらにしても自分を責めることになります。
こんな自分だからダメなのだと。

しかし、いったいどんな自分ならいいというのでしょう?
他の人は平気でできるように思える、あなたには出来ないことを。
では、その人達は何のリスクもなしにやっているのでしょうか?

「いつでも動じない自分を見つけましょう」というテーマで、
具体的には頭にくる人とどう対処していくのか、あるいはどんな自分になればいいのか?

そういったテーマでしばらく書いてみようと思います。

しかし、表面的にこのように話せば、うまくかわせるといったことはテクニックは、あくまでサブであると思います。
そういった部分にもふれていきますが、それが本質的な部分ではありません。

『私はすぐに効果のある言い回しが聞きたいのだけれど?』

そう思われるのもごもっともですが、あせらずにお付き合い下さい。
そうすれば、「何と言えばいいか?」ではなく、「自分がどうあればいいのか?」こそが
本当の答えをもたらしてくれることがわかってくるでしょう。

今回はシリーズのテーマと狙いをお話するだけで終わります。
そして最初は準備段階のように思える話から始まりますが、すぐに本質的な部分がどこにあるか、垣間見えてくるでしょう。

それでは今回はこのへんで。

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あなた本来の自分は、最初はデリケートなのだ

☆----------------------------------------------☆
どんな「いいわけ」もしないで、
ただ要求してみよう、
リクエストしてみよう、
望みを口にしてみよう、
感想を、感情を表現してみよう。

いいわけも、顔色をうかがうこともなしにやってみる。

それだけで、あなたの解放実験は完了する。
☆----------------------------------------------☆

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世間ずれして強がって見せている自分に慣れきって、これが自分だと信じ込んでいるけれど、それだけがあなたではない。

本来のあなたは、他人の評価などと関係なく存在するものだけれど、どうしても適応した自分というものが前面に出てしまって、本当のあなたらしさは声を潜めていることが多いだろう。

あなたが、他人に見せかけることばかりに夢中になることをやめて、どんなにマイナーな意見であっても自分らしくあることを選ぼうと決心するなら、そのときこそ本来のあなたは顔を見せてくれるだろう。

それは適応した自分のように、強がらないし、無理に主張もしないかもしれない、そんなデリケートな存在に今はなっているだろう。

しかし、見せ掛けの自分と違って、それらが主体になってやったことは、心底あなたを満足させてくれる。

本来の自分でおこなったことは、他人がどう思おうと関係なく、あなたに本来の自分を生きた感触を思い出させてくれるだろう。

それと比べて、他人の評価を気にしながらやっていることは、だんだんつまらなくなってくる。

一時的に評価された時は嬉しいかもしれないが、だんだんと、どこかまがい物のような気になってきてしまう。

それに、たえずこの評価がひっくり返りはしないかと、怯えるようにすらなってしまうだろう。

そればかりの生活では、あなたは心やすまることがない。

時間に余裕ができても、他人を抜きにした自分は、何をしていいのかわからなくなる。

自分は「これをやる!」、「これが好き!」と無邪気に宣言できる人を羨ましいと思い、どうして自分にはできなくなったのだろうと悩むだろう。

心配することはない。

あなたが他人の評価に耐えるような自分をつくろうとしなければ。

そのような鎧で自分を武装することをやめようと決心すれば、
それはまた蘇ってくる。

奥に隠れたていた自分が、花弁の奥から顔を出すようになる。

だから、どれだけ無防備でいられるか、挑戦してみることだ。

無防備こそ、不思議な最大の防御になりうるというパラドクスを自分で確かめてみることだ。

最初はデリケートだった本来のあなたは、次第に作られた自分と置き換わっていく。

それにつれて、自分が存在しているだけで、何も持たなくても、何もやり遂げなくても、そのままで存在できることを実感できるだろう。

「ありのままでいなさい。」

いくら言われても、無防備になれないうちは、ただのことばでしかない。

ありのままでいることは、無防備になれることからしか生まれてこない。

こわいようなら、小さな実験を重ねてみよう。

たとえば、無条件に、どんな条件も付けずに、あなたの望みを言ってみること。

いつも無意識に付け加えていたような、どんな「いいわけ」もしないで、
ただ要求してみよう、
リクエストしてみよう、
望みを口にしてみよう、
感想を、感情を表現してみよう。

いいわけも、顔色をうかがうこともなしにやってみる。

それだけで、あなたの解放実験は完了する。

そして、あなたが実は期待していたような、非難の声も、嫌な顔もそこにはないことを発見してみよう。

むしろ、驚いた顔があるかもしれない、嘘のないあなたの発言を尊敬する顔がそこにあるかもしれない。

もちろんその準備ができていない人は、相変わらず嫌な顔でそれを見つめるだろう。
けれど、その時こそ相手を見分けることもできるだろう。

素直になれる人は、素直な発言を喜ぶ。

素直でない人は、そんなことは言ってはならない理由をまくし立てるだろう。
あなたのためにではなく、自分の何かを守るために。
本当にあなたらしくなってもらっては困るからだが、それを鵜呑みにしないことだ。

相手だって、なぜそうしているのかわからずに、無意識にそうしているのだから。

あなたは、だれと付き合っていけばいいか、よく分かるようになる。

いままで自分のためになると思ってやっていたことが、その多くは虚しい悪あがきだったことがわかってくる。


☆----------------------------------------------☆

言うまでもないかもしれないけれど、社会の利益はあなた自身の利益と一致するとは限らない。
そして、社会とはあなたのまわりの誰かの言葉となって現れるものだということ。
あなた自身で、見分けなければならない。

☆----------------------------------------------☆

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執着を手放そう~これについての大きな誤解~

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「執着を手放そう」と言われたら、どんなことを思い浮かべますか?

何かこう、辛い修行でもさせられるような、あるいは欲しい物を無理やり諦めさせるようなイメージを持つ人もいるでしょう。

しかし、私たちは本来、決してそんなに欲張りでもないし、たくさんのものを持て余すほど欲しいなどと思ってはいないのです。

欲望や豊かさというものは、その多くは文化的に教えこまれたものに過ぎません。

「ミリオン・ダラー・アーム」という映画があります。
実際に見たわけでなく、解説を聞いただけですが、少しこの話をしましょう。

この映画では、インド(人口が巨大)ならきっとすごい人材が見つかるに違いないと思って、メジャーリーグの優秀なピッチャー候補を探すというお話です。

さて、インドでは野球というものを知らない人がほとんどで、なかなか選手候補は見つからないのですが、それでもなんとか2人の候補者を探し出します。

この候補者は、最初の条件157Km/hだったかのスピードボールを投げられたら合格だったのですが、それには少し満たなかった。
しかしそれでも数千万円の報酬を受け取り、アメリカへ二人を連れて行きます。

今回取り上げたい話は、この人達はこれ以上豊かになりたい、金持ちになりたいなどと考えていなかったという事実です。

インドでも、富裕層はいますが、特にインドでは富裕層と貧困層は極端に2分化されていて、貧しさに慣れた人たちはお金持ちになろうなどと夢にも思っていないという現実も影響しているようです。

スカウトのアメリカ人は、彼らに何とか夢を抱かせ、もっと頑張ろうという気にさせたいのですが、彼らは一向に興味を持ちません。

いろんなお金持ちの生活を見せて、その気にさせようとしても、全く自分には関係ないい事のように思ったままです。

「何のために使い切れないほどのお金を持つ必要がある?今回もらったお金があれば、インドなら家族皆んなで充分暮らしていけるのに・・・」

と言った感じなのでしょうね。

では私たちはどうかと振り返ってみれば、アメリカンドリームではありませんが、やはり機会があれば自分も大成功してお金持ちになれるかもしれないという夢を持ちます。

そこまでいかないまでも、貧乏なよりお金持ちの方がいいに決まっていると思うわけです。
それに日本という国は、お金を使えばこんなに豊かになれると思わせるものが、あふれていますし、容易に手に入るところにあります。

それだけでなく、テレビのCMはしきりにあなたももっと豊かになれますとか、競争を促すものにあふれているのです。

欲望とは、実は文化によって作られたもの

ということは否定出来ないし、あまりにもそれに慣らされているので、果てしない欲望は普遍的な人間の特性だと信じ込んでいるわけです。

いいかえれば、慣らされていなければ、あなたは今ほど何でもかんでもほしがったりはしない。

そして、実は何かを欲しがることなんて、本来は面倒なことであって、できればやりたくないと思っているのが本来の姿であるというのも、すこし想像力を働かせれば思いつくことではないでしょうか。

横道にそれましたが、「執着を手放す」ということも、このような観点から考えれば苦痛でもなければ、むしろ望んでいることなのかもしれません。

いったん「欲しい、欲しい」モードが起動すると、本当にそれが欲しかったり必要があるかなど、どこかに切り捨てられてしまいます。

「どうすれば手に入るか?それを考えなくてどうする!役に立たない(お金にならない)ことを考えるなんて、ダメ人間のすることだ!」

こんな声も聞こえてきそうです。

「どうすれば手に入るか?」こう問いかけたら、もう一直線にそれに向かって走りだす。
心理学でよくやる迷路を学習して、なんとか早く餌に辿り着こうとするネズミのようになってしまうのです。

思考というものが、とにかくゴールに辿り着こうとするように働くものなのだ。と言われることもあります。
※これももしかすると、文化的に作られた部分があるかもしれません。

「我慢しましょう」ではなく、「本当にそんなものほしいと思っているの?」と問いかけてみましょう。

「ホントはねえ、あるに越したことはないけど、別にそんなに欲しくないのよ」というのが本音だったりするかもしれません。

何かを手に入れようと無理をするのは、それだけ自分の自由を奪う行為です。

さて「執着を手放す」ということば、この文章のスタート時点とはずいぶん違って聞こえてこないでしょうか?

むしろ、「執着を手放す」ことは楽しいこと、あなたに自由をくれて、余計な負担から解放してくれる、心躍る試みなのかもしれません。

「よし、これで1つ負担を消し去ることができる」
そう思って、余計な作られた欲望から解放されましょう。

ことばの操作などではありません。
あなたが本当に望んでいること、それがそこにありませんか?

*メルマガ No.0003より*

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自分で考えるということ。今は答えを出せないというのも、立派な回答であること。

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さて前回のお話で、
「いろいろな方と相談をしていますが、やはり気になっているのはそこ(人間関係)にあったんだな、と思うことも非常に多いのです。」
ということを書きました。

たとえば、純粋に仕事上の問題と思っていたけれど、実はそれを実行するときに避けられない対人関係において、自分が自信が持てないことに問題の核心があったりするわけです。

あるいは、自分の能力に限界を感じたり、失望しているように見えても、実際は直前に行った人との比較や、誰かのことばで自分の自信がぐらついているに過ぎなかったりします。

どちらにしても、いまの自分のままだと、現実を乗り越えられないと感じています。

かと言って今の自分を思い切って変えられるとも思わないし、そんな危険を犯したくもないわけです。

そのことに正面から立ち向かうのが怖いと感じているわけです。

そして、そうやって自分の限界を作り出してしまった元はといえば、それもまた人との関わりの中で生まれてきているわけです。

例えばそれは、子どもの頃に言われたまわりの人間(両親など)の言葉だったりするわけです。

あるいは仕事をするようになって、別に悪気はなくても、ダメなやり方をダメと言われる事は、仕事である以上出会います。

自分に自信がないほど、いくつかそういった経験が重なれば自分の能力を諦めてしまいます

他人から言われた現実が正しいのであれば、それはつらくても受け入れなければならない。

しかし、他人の評価は必ずしも正確ではありません。

人を指導するのに慣れている人の意見ならば、信頼性は高いでしょうが、そういった人だけがあなたを評価するわけではありません。

間違った評価というのは、特にそれがあなたに可能性のある分野であるほど、それで自分を見限ってしまうのは大きな損失です。

そして、実は他人の評価が単独で、あなたの反応を引き起こすわけではありません。

そこには必ず、あなたの側で「この人のいうことには反論できない」とか「この意見には反論する自信がない」とか、あなたの側の弱い部分が受け入れてしまうことを後押ししているということです。

それらは、けっして客観的でも、公平でもない判断に基づいた偏った判断であることが多いのです。

さて、何が起きているかの説明が長くなってしまいましたが、それではどうすれば間違った判断を下さないでいられるのでしょう?

それが今回の本題です。

一言でいえば、「必ず自分で考えた上で判断を下す」ということです。

「自分で考える?いつだってそうしているよ!」と言いたくなるかもしれません。

考えてはいますが、それは制約だらけの中で考えているのです。

どんな制約かといえば、それはあなたが依存している考えに、反しない範囲でしか考えられないということです。

たとえば、たまたまうまく運んで何かをやり遂げられると、これこそが正しいやり方だと信じてしまいます。

だって、現実にうまくいったんだから、何を疑う必要があるだろう?と思うのは自然な成り行きです。

しかし、いったんそれに依存して、どんな場合も「これが当てはまる」と考えだせば、柔軟な考え方は次第に失われていきます。

柔軟な考え方とは、いろいろな選択肢を、絞ってしまわないで、一つ一つ当てはめてみることで得られる場合が多いわけです。

しかし、毎回面倒な手続きを通るのはだんだん面倒になってきます。
それくらいなら、充分実績があるからこれ信じようと思うほうが楽になってくる。

これがプラス由来の思い込みです。

それとは逆に、マイナスから生じる思い込みもあります。

なにか痛い経験をして、必要以上にそれを恐れるようになれば、だんだん無意識にそれが絡んでくる道筋は避けるようになります。

こうしてマイナス由来の通り道が出来上がってくるわけです。

「必ず自分で考えた上で判断を下す」ということをやりたい。
しかし、その自分の考えも決して公平でも、柔軟さも失っているわけです。

そんな八方ふさがりなことを言われて、一体どうすればいいというのか、いい加減しびれが切れてきたかもしれません。

それは、ここで起こってきた考え方を見直しましょうということです。

「いい加減にしてくれ、どうしろっていうんだ!答えを教えてくれ!」と言いたくなるのをやめてみましょう。

「八方ふさがりだ。大変なことになった」といって、答えが出ないことを恐れないことです。

実は他人の批判にすぐダメージを受けてしまうのは、選択肢の少ない考え方、柔軟性のない判断の下し方をしているからです。

選択肢が少ないほど、間違った判断をしがちです。
柔軟性を失っているほど、簡単に結論を下してしまいます。

結論が容易に出ない問題であるほど、そのまま判断を下さないでいるという能力が必要なのです。

保留にしておくこと、曖昧なままでいることに耐えられる力をつけるほど、状況や他人の意見に左右されにくくなります。

逆にその耐性が弱まっているほど、早まった判断を下してしまいます。

失敗した経験を思い出してみてください。

そのほとんどが、もう我慢できないといって、充分な判断基準のないまま片方を信じてしまったことで起こっていないでしょうか?

そして、そこに対人関係が加わり、影響を与える人があなたの柔軟な判断を阻害する人であるほど、間違った判断が起こりやすくなります。

「これこそが自分らしさだから譲れない」ろいう判断と、
「答えが出ないから何かを信じたいと思って片方を信じてしまった判断」とでは、混同しがちですが、大きな違いがあるのです。

自分で考えるとは、前者を見分ける力であり、後者に対して保留のままにしておける能力なのです。

ここまで読んでこられて、期待されていたほど、明確で簡単な答えには見えないかもしれません。

色々書きましたが、この一つのことだけでも覚えておいて、実行してみてください。

それは、

「あいまいなままにしておける耐性を磨くこと」

です。

これが正しい判断能力を高める役に立ってくれます。

そして、現実の場面でも、簡単に他人のことばで傷つかなくなっている自分に気がつくでしょう。

「はっきりしてよ!」という脅しに乗らないこと。

判断がつけられないことは、結論は出せないと勇気を持って言えるようにしましょう。

その時、優柔不断にならずに、「答えは出せない」とはっきり答えればいいだけです。

今の時点では答えられないと判断することは、放棄することとは全く異なります。

セールスマンは商談をまとめようと働きかけますが、それとは全く逆のことをするのです。

いや~なお客さんになりましょう。

そうすれば、意に反したものを買わなくても済みます。

答えられないのに「自信を持って」というのは、ことば的におかしな表現かもしれませんが、「いまは答えられない」というのは立派な回答ではありませんか?


長くなりすぎたので、このあたりで終わりにします。

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では、メルマガのサンプル号でお送りしている「不安になった時の対処法」をお送りします。

☆~⌒☆
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普段から定期的に不安におそわれることがある。

あまりうまく行きすぎていると、本当に大丈夫なのか、なにか悪いことが起きるのではと気になりだす。

普段は全然大丈夫だけれど、何かのきっかけで不安になったり、疲れがたまっていると、
いままでの自信がどこに行ったのかと思うほど、動けなくなってしまう。

不安とか恐れは、人によって現れ方は様々です。

普段自信ありげにしている人でも、たいてい人には言えない不安感を抱えているものです。

すぐに立ち直れる人もいれば、何もやる気がしなくなるほど、動けなくなってしまう人もいます。

そこで、不安に入り込みそうになったと感じた時、どのように対処すればいいかを考えてみましょう。

不安というのは、対象が曖昧であることも多いのです。

漠然と、自分が心配になったり恐れている対象はこの辺りだと信じ込んでいます。

そして、不安に入り込むと、その思っている対象が原因であって、
それが解決したり、いなくなってしまわないとどうしようもないと思いこむことがほとんどでしょう。

しかし「不安=問題だと信じている対象」と思いこむのをちょっと待ってみましょう。

問題である対象があるから、私は不安になる。
対象が解決しないと、私のこの不安感は消えない。

これこそが「原因と結果」の関係であると、すぐに思い込んで疑いませんが、それが不安を不安のままにしてしまうのです。

冷静になってもう一度考えてみてください。

この「原因」とは、今に始まったことでしょうか?
今回不安になったのは、突然この原因となることが起きたからなのでしょうか?

たいてい私たちが不安になる「原因」は、定番とも言えるその人固有の苦手な部分が引き起こしています。

例えば、こんなに頑張ってきたのに、ちっとも結果が現れない。やっぱり私には能力がないのだ。いくらやっても、もうダメなんじゃないか?!

そのように思うと、いままで頑張ってきたことが、全て無駄だったような気がして、どっと疲れが押し寄せてきます。
あんなに頑張ったのは、一体何だったんだ、全て無駄だった。
私は、やっぱりこれに取り組むべきではなかった。きっと、私がやってきたことを見て、嘲笑っている人がいるだろう。
もう嫌だ。失敗するようなことには二度と手を出さないぞ!

このように、次々と悪いことを予測してしまい、いろいろな過去の失敗体験を重ねあわせて、
またあの時のようなことが起きるに違いないと思ってしまうのです。

もういちど、それをやってみよう!、トライしてみようと思った時に立ち戻ってみてください。

その時は、自分を疑っていなかった、頑張ればなんとかなると、確信すら持っていたはずなのです。

結果が出ないことで、そのような冷静な判断は間違っていた、やっぱり高望みしてはいけないと思うようになってしまうのです。

実は、不安とワクワク感とはどこからが不安で、どこからワクワクかは区別が難しいものです。

もともと、同じ期待感が、過去の失敗と結びつくと、不安の方に傾き、
逆に小さな前進がもたらせれば、今度はワクワク感として感じられるだけなのです。

人間の心理なんて、現金なものです。

人に言えないような深い悩みだと思い込んでいても、
だれかと一緒に整理してみれば、他愛のないことがそれを作り出していることがほとんどです。

もうダメと諦めかけていても、小さな結果が幾つか現れれば、途端に元気になって「ワクワク感」に変化します。
簡単に結果が出なかったことですら、「だから面白いんだよ!」と逆の側面から見ることさえできるようになるのです。

いまはとても自信ありげな人でも、最初は不安で、とても偉そうなことをいえる状態ではなかった。

結果を積み重ねたおかげで、自分の経験をいい方に解釈して後付の理屈を言っているにすぎないことも多いのです。

「それでも負けずに頑張った!だから今があるんです。」と誇らしげに語ります。

たしかにそうです。

しかし、その時は、結果が出るまでとても自信など持てなかった。

不安だらけで、何度も諦めかけたこともあったでしょう。

今だからそう言えるのです。

すこし最初のテーマからそれて来たかもしれませんが、
話を元に戻しましょう。

不安な状態でも、何が直接自分を怯えさせているのか、その正体をよく調べてみることです。

不安は、漠然とした対象を相手にしているから起きるということを考えてみてください。

「本当に今不安なのは何?」ということを、正直に捉えてみてください。

さきほど「きっと、私がやってきたことを見て、嘲笑っている人がいるだろう。」というフレーズを入れましたが、
これも不安の原因は結果が出ないだけでなく、他人からどう見られるかといった要因を含んでいることを示しています。

結果が出ないことが不安を作り出していると思い込んでいても、実は対人関係の不安の方が主要な原因であったということも十分考えられるのです。

むしろ、出来事自体よりも、人が不安を感じる原因のほとんどが対人関係に起因すると思ってもいいくらいです。

私はいろいろな方と相談をしていますが、やはり気になっているのはそこ(人間関係)にあったんだな、と思うことも非常に多いのです。

自分自身に対しても、人は本当の原因を言わないことが多いものです。
そこにまで、人に聞かれても恥ずかしくない理由を作り出してしまいます。

だからこそ、不安の原因は、「本当のところ、どこにあるの?」と問いなおしてみてください。

それを避けて、漠然とした不安のままで居る限り、その不安は繰り返しあなたを悩ませることになるでしょう。

だれも聞いていないから、あなた自身には本当の理由を言ってみましょう。

「私が本当にこわがっているのは何?」


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