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苦しみを終わらせる最善の方法は

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 本当の自由とは、したいことを勝手にする自由ではなく、今あるとおりにある自由です。本当の自由は制限をまったく問題としませんー制限の中で完全に自由で無制限なのです。自由とは、あまりにくつろいでいるために、縮こまったり緊張しているのをまったく問題としないくつろぎです。生は収縮と拡張の両方、苦しみと解放の両方を含んでいます。
         ー略ー
 苦しみを終わらせる最善の方法は、苦しみを完全に受け入れることです。もし苦しみが続いたとしたら、関心を持ち、じっくりと眺め、それがどう展開するかを見て、それを構成しているのは何か、何で作られているか(思考、感覚、ストーリー、活動)を見て、そうしたものすべてが本当にあるのかどうか、それをしている人がどこにいるのかを見て、まさに今のこの瞬間、苦しむかどうかは選択可能なことなのかを調べます。正しい答えも間違った答えもありません。これは、ともに生きながら探求していく問いなのです。
~つかめないもの ジョーン・トリフソン


まず自由であることや、解放された状態について考えてみましょう。
私たちは、いったん解放されて自由になれると、まったく束縛がなくなったり、緊張することも一切なくなることのように思っているかもしれません。

しかし、苦しみと解放は相反するものではなく、むしろ片方があるからもう一方があるというペアである関係、コインの裏表の関係なのです。
緊張がなければ、弛緩することもあり得ません。もしそうであるなら、ずっと変化しない状態ということですから、生きていないものだということになります。

変化のない、死んだも同然の状態で変わらずにいられたとしても、そんな状態はすぐに嫌になってしまうでしょう。なぜなら我々は生きている存在であり、絶えず変化してこそ生きている実感が得られうものだからです。

つまり、これからはずっと解放される、とか、ずっと自由であるという状態など言葉の上でしかあり得ないのです。

しかし、ジョーンが言うように、『自由とは、あまりにくつろいでいるために、縮こまったり緊張しているのをまったく問題としないくつろぎです』という自由は実際に存在します。固定された状態ではなく、揺れ動きながらもくつろいでいられる状態なのです。

自由を固定した状態で求めようとしても失敗します。いつまでも、手を変え品を変えして探し求めても、固定された自由や、解放され続ける状態というものは見つかりません。

次に苦しみを終わらせる方法に移りましょう。
『苦しみを終わらせる最善の方法は、苦しみを完全に受け入れることです』

受け入れるとは、どんな場合にも言えることですが、
1.まず、いま自分は苦しんでいる状態にあることを認めます。
それがいかにひどくても、理不尽に感じても、自分がその状態にあることを足したり引いたりせずに、そのまま受け入れないとなりません。
あまりに苦しいので、直視できなくて押し込めてしまったり、自分以外の何かのせいにしたくなったり、他のことに気をそらそうとしても根本的な解決は望めません。
2.1ができれば半分以上は到達しています。あとはその状態をよく観察し、どのようにそれが起きているかを突き止めようとしてみましょう。たとえその原因がはっきりと言葉にできるような答えにならなくても構いません。

肝心なことは、ありのままに起きていることを、そのまま観察し、それとともに在ることです。苦しいなら苦しいまま、それを受け止め、そのままの状態でいなければなりません。
それを何かの方法でごまかしてしまうと、根本的な解決のチャンスを逃してしまいます。そこでのがしてしまうと、いずれまた、それは再び蘇ってきます。

「逃げようとする限り、それは消滅せずにあなたを苦しませ続ける」ということをしっかり認識しましょう。それが理解できれば、今の苦しさを避けないで、根本から解決してしまおうと思えるようになります。

ひとつ、良いニュースが有ります。
逃げないで向き合う時、それは想像していたほど苦しいものではないと分かることです。
あなたが逃げようとしたために、そのお化けはどんどん巨大になっていただけです。

それは耐えられないほどの苦しみではありません。なぜなら、それはもともとそこに在った現実だからです。あなたが逃げないで受け入れていれば、これが現実なんだとすんなり受け入れてしまったかもしれないのです。

そう言われると、思い当たることがありませんか、「あの時はなんとも思わなかったけれど、後から考えると大変な体験をしていたんだな」と。その時は怖がらずに、あるいは怖がる暇もなく、それと向き合い受け入れていたのです。

苦しみを終わらせる最善の方法は、「しっかりとそれと向き合い、受け入れること」、それに尽きるのです。中にはすぐには受け入れがたいこともあるかもしれません。その場合は少しづつでもいいから、でも決して逃げずに向き合っていこう、という姿勢を持ち続けましょう。

どんな苦しみも、可能性はもともとそこにあったのです。そしてそこにある以上、それを受け入れられる力も同時にそなわっていたのです。
怖がらずに、受け止めましょう。それが最善であり、また最速でもある解決方法なのです。




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『もっと何か出来きることがあるはず』と考えることをやめてみましょう

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『もっと何か出来きることがあるはず』と考えることをやめてみましょう

私達がいつもそのままでいられずに、落ちつかないのは、こういった思考にとらわれているからではないでしょうか?

このような傾向は、ひとつには絶えず努力する習慣を身につけてきたせいかもしれません。
努力をやめたら、今よりひどくなってしまうと信じ込んでいるので、やめるわけにいかなくなってしまうのです。

もう一つの理由は、漠然とした自信のなさてす。
強がっていても、実は誰もがより所のなさから、不安で仕方がないのです。
いつでも、どこでも信じられるというものが、どこにもないと感じているのです。

頭で信じている信念やスローガンは、不安の前ではたいして役にも立ちません。
漠然とした自信のなさは、思考をいくら巡らせても解決できません。

したかってこの不安そのものを、元から断ち切る必要があるのてす。
それでは思考はほとんど役に立ちません。
不安が生じたのは、思考がその原因だからです。

思考そのものを、後ろに退いてもらうには、以前からお話しているように、思考を「空の雲のように、通り過ぎさせる」練習が必要なのです。

それに加えて、今回のような場合は、『もっと何か出来ることがあるはず』と考える習慣が働き出すことを阻止することです。

思い起こしてください。
『もっと何か出来ることがあるはず』と思いながら、何もせずに、何もできずにやってきたことを。
実際に役に立ったのは、すでに目の前にあるものを活用したことだけだったことを。

『もっと何か出来ることがあるはず』という言葉は、私たちを駆り立てます。絶えず落ち着かなくさせる元凶です。それは、「こんな自分ではだめ、もっとできる自分を見せないと受け入れてもらえない」という切ない願いや恐れからやってくるものです。
そして、それは具体的な対象があるわけでも、実体が存在するものでもないのですから、いつまで待っていてもやってくることはありません。

「あきらめずに最後まで粘ったから、手に入れることができたことがある」と反論したいかもしれませんが、これもあなたの思考の一部であり、解釈の仕方を当てはめたにすぎません。

「何の苦労もなく、まるで向こうからやって来たかのように手に入ったんだ」という解釈をすることだってできるのです。

どちらの解釈をすることになったか、そこにエゴの巧妙な策略があるのです。

どちらにしようと、思考によって物事が起きたのではなく、起きることが起きて、それからエゴがふさわしい思考を働かせたのです。
あなたがどちらに解釈したいかで、表現を変えたにすぎません。


別の発想で考えてみましょう。

・あなたに必要なものは、すべていまここにある。

・あなたに本当に必要なものであれば、いずれ向こうからやってくる。

・今ここにないということは、なくても何とかなるということ。

・あなたが苦しんでみせようと、気楽に構えていようと、起きることだけが起きる、起きないことは起きない。

・エゴが何もしなくても、あるいは何を主張しようとも、ものごとは変化し続け、起きることは起き続ける。それはあなたをも変え、影響をあたえるのだ。

・努力するということを勘違いしないこと。心配したり、思い悩むことが努力ではなく、実際に目の前にあることに真剣に取り組むことが努力なのです。

・『もっと何か出来きることがあるはず』と考えていないで、今あることに取り組むか、あるいは何にもしないでいよう!しなくても起きることは起こるのだ。



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あなたのマインドとピンポンをしてはならない

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あなたのマインドとピンポンをしてはならない。
単に(マインドから)切り離された存在への証人でいなさい。
放っておけばマインドは自分から静かになるだろう。
しかし、それまで待っていてはならない。
そうすれば、純粋な存在だけが残るだろう。
~ムージ
Don't play ping-pong with your mind.
Simply stay as the detached witnessing presence.
When left alone, mind calms down by itself.
But don't wait for this to happen.
Just remain as the unmixed presence.
- Mooii



ニサルガダッタは、同じようなことを、もう少し簡潔に述べている。

変わりやすいマインドに対し、変わることのない証人でいることで、あなた自身を知りなさい。それだけで十分です。
ニサルガダッタ・マハラジ
Know yourself to be the changeless witness of the changeful mind. That is enough.
- Nisargadatta Maharaj (via motherofhermes)


マインドとのピンポンとは、思考が主張してくることに答えようとすることです。
相手がピンポン玉を打ってきても、あなたは打ち返してはいけない。
ずっと相手にスコアを与え続けなさい。やがてゲームが面白くなくなって相手は黙るでしょう。

筋違いのクレームを言ってくる客を、まともに相手にしないように、思考の言ってくることを個人的に受け取らないことです。聞き流しましょう。

しかし、思考を排除しろと言っているわけではありません。
それを完全に無視することは難しい。無視しようとすれば、おもわず球を打ち返すはめに陥ってしまいます。

マインドには、ひとりで遊ばせてあげましょう。
時には役に立つことも言ってくるでしょう。それもこれも、あなたが判断しなくても構わない。ただ起こることに任せましょう。

あなたはマインドに影響されない静止したハートでいればいい。
しかし文字通り身体まで動かないようにする必要はありません。
あなたはじっとしていろと言われても、絶えず何か動いているのです。
それを制限しようとしても、別の抵抗を生み出すだけです。

ただ自分が動くことに任せましょう。
気がつけば、マインドの感知しないところであなたは生きている。何かをやっている。
あなたのハートは、ただそれを見守る証人でいればいいのです。

ためしに、ここで一分間、
何もクレームを付けず、
何も判断しないで、
何も決断せず、
何も制限せずに、
動きたければ動いてみましょう。

マインドは、なにか言ってきましたか?
それを聞き流せましたか?



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私ならぬもののはからいにはからわれて~倉田 百三

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 それならばわれわれはどうしてそういう境遇が自分にくることを待ち望むことができるか。われわれは待ち望むべきものではないと思います。われわれは心では幸福になるということが本心で、苦しくなるということを待ち望むものではない。どうしてもいやいやながら不幸になってゆく。苦しいからどうしてものがれようとする。その結果救いの光に触れるわけであります。それを「弥陀の誓願不思議に助けられ参らせて」というふうに親鸞がいっているのは、私はその意味であると思います。私が強迫観念にかかりましてそれからのがれますまで、初めからしまいまで、私の努力はすこしもなく、弥陀のはからいにはからわれて強迫観念にかかり、それをのがれようとして苦しみ、そのままでいるよりしかたがないからそのままになった。そうして強迫観念からのがれることができた。それは初めからしまいまで私の努力ではなく、それはつまり私ならぬもののはからいにはからわれてそうやっていったのであります。

念仏申さるるように

念仏者のイデオロギーは念仏申さるるように、こうやるほうが善いか、ああやるほうがいいかそれをきめるときに、普通には善いか悪いかということできめられるわけであります。それが世の中の普通のきめ方であります。けれども浄土真宗の信仰に立った者のきめ方は、そのときに念仏申さるるかこうやったことが南無阿弥陀仏という気がするか、こっちをやったほうが南無阿弥陀仏という心がいちばん起こるか、それによってどっちかにきめる。私はそういうきめ方をするようになったのであります。
~倉田 百三『生活と一枚の宗教』



「こうやったことが南無阿弥陀仏という気がするか、こっちをやったほうが南無阿弥陀仏という心がいちばん起こるか、それによってどっちかにきめる。」という心境は、極めて<私>がいなくなる、思考が私だと思わなくなる状態に近づいているわけですが、まだここには、<決める私>が存在します。

やがて、この<決める私>も消え去っていくでしょう。行為者はいなくなるのです。
言葉による確信のない確信自らが、起こることを起こしていきます。
<私>の強い信念やら、スローガンやら、イデオロギーも、そこには消え去っています。
同時に、「私は失敗しないか?」とか「私の言動が誰かに批判されないか?」といった心配も一切消え去るのです。

そこではただ行為者のいないことが起こっているだけです。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の心境のようなものでしょう。
しかし、かといって捨鉢な行動ではありません。そのような行動は、何かの思惑への反抗にすぎないからです。

思考も消え、<私>も消え、行為者はいなくなります。
起こることが起きたと分かるのは、その状態を抜けた後でしょう。
あとから思考が説明をつけようとするのは、なんとか思考に頼ったエゴが必要になるという、その存在意義を確認しておきたいという、エゴの復活への試みです。

思考は本当の私ではありません、何かに依存したもの、つまり条件付きのものは全て、真我ではありません。

途中で、これでいいのだろうかという不安が訪れるかもしれませんが、それは思考が口を挟んできているのです。それは聞き流しましょう。
再び現実に立ち返って、私もいない全体としての流れに溶け込むのです。

そこに至るまでの倉田百三の魂の遍歴が、この「生活と一枚の宗教」に事細かに描かれています。途中の過程では、時代背景を思わせるものもあるし、彼のこだわりが抜けきらずに見え隠れするところもあります。
しかし最後は宇宙と一体になっていく、ワンネスを思わせるような文章になっています。

倉田 百三『生活と一枚の宗教』(新字新仮名)?えあ草紙・青空図書館


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カテゴリー別 Sway版「タオに生きる」

Screen Shot_30p

マイクロソフト、新しいOfficeファミリー「Sway」を使ってみました。
操作は一度動かしてみれば、短時間で慣れることができるでしょう。
また画像サイズやレイアウトも自動で、スマホから見る場合もうまくサイズ調整されます。
ただ実際に使用してみて、サーバーへのデータ更新がもたつくような感じを受けました。
Win10版を使用しましたが、突然終了することが何度もありました。
たいていは保存はされていますが、一度だけ、更新時にトラブルが生じたのか、不完全なデータができてしまい、復活させることができなくなりました。

※―般法人および教育機関向けの“Office 365”アカウントをもつユーザーならば誰でも利用可能。一般のユーザーも“Microsoft アカウント”があれば無償で利用できる。

それはさておき、「タオに生きる」関係でカテゴリー別に Sway で作成してみました。
まだ作成途上ですが、見る分には問題ないと思います。

タオに生きる(人間関係)
https://sway.com/ROznxi1MNKTBXz0L
タオに生きる(アドバイタ関連)
https://sway.com/JzdwzVFK6lRlgBwk
タオに生きる(YouTube#1)
https://sway.com/8glWMHGAhbUgt_UE
タオに生きる(YouTube#2)
https://sway.com/WcoztvtD96Vlveo3


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老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


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