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あの人なら賛成してくれるはず~しかし

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あの人なら賛成してくれるはず。

そう思って、とても確実な結果を期待します。

しかし、意外にもあの人は賛成しませんでした。

こんなにも期待し、確信していたのに、あの人は賛同してくれませんでした。
期待していたのに、あの人は私を理解してくれなかったのでしょうか?

そうではありません。
あなたの期待を感じると、無理に賛同してしまう人よりも、その人が賛成出来ないことは、はっきりノート言ってくれる人にあなたは出会っているのです。

賛成してくれてもいいのに、私の考えだから賛同してくれるはずだ。
そんな期待は、なんの保証もありませんし、あなたは自分の考えにいつも賛同してくれる相手を求めてしまったのです。

あなたが相手の不同意にため息を漏らしたとしても、相手は意見を変えないでしょうし、それでこそあなたが信頼できる相手だといえるでしょう。

相手には相手の考えがあります。あなたの意見に反対してでもそれを言ってくれた人は、あなたにとって貴重な存在です。

あなたの考えを否定してでも、自分の考えを言ってくれる相手にあなたは出会えた、そのことをもっと大事にしなければなりません。

あいての反対を受け止められてこそ、あなたと相手は対等な関係を築けるのです。

あなたがそれでも、自分の考えを主張したいのなら、それ聞いてくれるのも、反対できる相手だからこそです。

あなたは、自分の期待通りに正解が動くことを期待すべきではありません。

しかし、人はあからさまにそう言わないことが普通ですが、だからといって期待するのはあなたの見当違いな思い込みです。

素直にノーを言ってくれる人こそ、あなたにあるべき方向を示してくれるでしょう。

あなたが大切にしなければならない相手だと思いませんか?

あなたの反対を恐れる気持ち、低水準な賛成だけを求めている傲慢さを、勇気を持って打ち破りましょう。

あなたは、ずっと生きやすくなった世界を知るでしょう。

あなたは自分がノーを言うこともたやすくなります。

期待とは、あなたの中のいつまでも捨てられないお伽話にすぎません。

それを捨てた時、あなたは自由になります。

あなたの選択の幅が、驚くほど拡がるのです。

関連記事を紹介しておきます。


見返りを求めないでみる


子どもたちが友達と遊んでいます。



誰かが自分がやりたい遊びをやろうよと言いますが、「いやだ、やらない」と言う子もいます。



言い出した子は「もうあのことは遊ばない!友達じゃない」と言いたくなる。



「友達なら自分が求めることには賛成するべき」



という暗黙のルールがそこにはあるわけです。



大人になってもそれは変わりません。



「自分を大切にしてくれる人は、自分の考えに賛成してくれる人であるはず」



そう信じているので、例外が発生すると動揺し慌てることになります。



「悪いけど、今回はその考えには乗れないね!」と言われたら。。。



ルールをあまりにも信じていると、相手が自分とは独立した存在であることを忘れてしまいます。



「この人はどんなときだろうと私の望みをかなえてくれるはず」と思い込んでいるので、



ちょっとした反対に出会うと、ナイフでぐさりとさされたようなショックをうけてしまうのです。



あげくは「あの人は、心変わりしたんだ」、もう自分の期待する人でなくなったと極端な考えに走ります。



しかし、ここで冷静になって考えて見て下さい。



「悪いけど、今回はその考えには乗れないね!」とか、「○○は好きじゃないから、遠慮しとくよ」というのは、おかしなことでしょうか?



それは違反だという考えと、人には自分の好きな選択をする権利があると考えるのと、どちらがより正しく思えるでしょうか?



問い直せば、わかることの筈です。



ですが、「自分を大切にしてくれる人は、自分の考えに賛成してくれる人であるはず」という考えが染みついてしまうと、とんでもない裏切りが起こったように動揺してしまうのです。



「いいよ、そういうつもりなら、付き合うのをやめよう」



言葉にして言うか、ただ自分の中で密かに決めてしまうかはわかりませんが、



冷静に考えれば奇妙なことも、それが当然のことのように思えてしまうのです。



このルールを守って、自分も相手に「あわせる」ことを自分に言い聞かせ実行しているている人ほど、他の人からの「見返り」を期待するようになります。



そして、裏切られたという感情もより強い得ものになってしまうのです。





しかし、このようなやり方は、うまくはいかないでしょう。



人は自分のやりたいようにやる方が自然なルールなんですから、その範囲内でならで賛成するでしょう。



しかし、どんなときもそのルールを守れと言われたら、それはできないと拒否するのが当たり前なのです。





わかっていながら「見返りを求める」ことをついついやってしまいます。



しかし、期待して待つのはとても苦しい時間を作りだします。



「もし期待を裏切られたら、そうなったらどうしよう、仕返ししてやるから、早く返事が欲しい。。。」



「期待している私は悪くないはずよ、もしNOだったら悪いのはあの人の方!」



相手にNOを言う権利はあることを十分わかりながら、それを一方的に期待している後ろめたさを、なんとか誤

魔化すためのいいわけを探そうとします。



契約した商取引なら、守ってもらわないと困ります。



しかし明文化されているわけではない暗黙のルールは、気づかないうちに私たちを「いらつかせ」たり、「いたたまれない」思いに陥れます。



結構ありがちなストレスの原因ではないでしょうか。



何でこんなに苦しい思いをしているのかと思ったら、無理な見返りを期待していないか考えて見るといいかもしれません。



それに気がついたら、あっさりその期待を手放して、他の確実な関係に係わった方がずっと建設的なのです。



相手のせいだと言いはって譲らないとき、痛手を受けるのは他ならぬ自分だけなのです。




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悪口を言われたら~落ち込む人、喧嘩になる人、無視する人、それとも?

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悪口を言う人は存在します。

「こんな人もいる」と考えて、自分を取り戻すことが一番いいのですが、いろいろ工夫の仕方は存在します。

「NAVER まとめ」と本ブログの過去記事から取り上げてみました。


悪口や陰口を言われたときの対処法6選。 - NAVER まとめ

1、時間と共にイライラも減るということを知っておく

あなたにはもっとやるべきことがあるし、もっと大切なことがあるでしょう。それに気持ちを向けてゆくことです。苛立ちが時間とともに確実に減ってゆき、最後は気にならなくなります。

それを分かっているだけで、何度も頭の中で考えたりしなくて済みます。実はその何度も考える・・・ということをしないことがイライラを止める最大のポイントでもあるのです。

2、悪口を受け入れない

相手の言っていることを受け入れてそれに反論しようとするから苛立つのです。受け入れなければ苛立つこともなくなります。
受け入れないとは、気にしない、無視するということです。

人の愚痴などを聞いているとふと、この人自分のこともいつかどこかで悪く言ってくるのではないだろうか・・・と思うことがあります。ですから、悪口や陰口ばかり言っている人からは人が去ってゆきます。

3、「悪口を言う人の心に問題がある」ことを知る

劣等感は自分の中にあると、とても嫌なものです。みじめな気持ちになります。だから、そうならないように他人を攻撃します。そうすることでみじめさを何とか抑えようとします。

それで気持ちが晴れることもあるでしょう。でも問題は相手ではなくて、自分の中にあることをその人はその時点で気づいていません。劣等感とは、他人は実は関係なくて、自分の中にある問題なんです。

4、すべての人から好かれようとしない

評価してくれた人よりも批判した人のことを覚えていたりします。マイナスに目を向けてしまうのは心の癖、考え方の癖でもあります。ですが、その考えを変えて良いことに意識を集中してみることです。誰からも好かれることは出来ません。全員を満足させることなどできませんし、その必要もないのです。

5、言われたことを反省して改善する

6、自分を褒めてあげる

なぜ、自分を褒めるのかといいますと、悪口を言われると周囲を気にしてしまいがちです。人は、周囲を気にするあまり、自分の存在を自分で否定してしまうことがあります。ですから、まずは、自分を褒めることで自分の存在を認め、自分という軸をしっかり持っていただきたいのです。



次に以前のブログ記事から

悪口は相手に持ち帰ってもらう

誰かに悪口を言われたり、ののしられたりすれば、誰でも平然としているのは難しいでしょう。

動揺したり、何かを言い返したくなるのが普通ですね。

しかし、言い返して口論になっても結局はいいことなど何もないことも誰しも経験上知っているのです。


ここに「悪口は相手に持ち帰ってもらう」という考え方があります。



ある時、お釈迦様は弟子を連れて村を托鉢して歩いていたところ、村人から罵られます。

「俺達は汗水たらして働いているのに、お前たちは何もしないで人にたかるだけの物貰いじゃないか!」と。

相手の言葉を聞き終えると、お釈迦様は「言いたいことはそれだけですか、ではさようなら」といってその場から立ち去ります。


弟子たちになぜ黙ったままで、言い返さないのですかと聞かれて、

「お前たちは誰かが毒蛇を持って来たら、それを受け取るのか。」

「受け取らなければ、毒蛇は持って来た相手が持ち帰るしかないだろう。」

という意味のことを答えたと言われます。


それでは相手に対してはそのまま持ち帰ってもらうにしても、「自分の心の中はどうしてくれるの?」と言われるかも知れませんね。

実は、悪口を言われて傷ついたと感じるのは、受け取る側に弱みがあるから。

相手が悪口を言うのは、相手の問題であって、それはそのままお持ち帰り頂けばいいのですが、自分が傷つくかどうかは自分の側の問題です。

自分が怒って反応してしまった結果を、相手に責任をとれというのはこれまた少し違うでしょう。

やはり自分の側の問題の責任をもつのは、自分でやらなければなりません。

相手の言葉で自分がどのように感じ、どの部分に過剰に反応してしまうのかを調べて見ましょう。

まさにすぐに反応してしまうところに、自分の弱みが存在しているのではないでしょうか。

それは、自分でも何とかしたいと思っているところです。

それは、他の人に知られたくないと思っているところなのです。

そして、それを他の人の口からは言われたくはないわけで、
先にい合われると、たとえ相手が正しいと思ってもムキになって反論したくなるのです。


争うことなく問題を解決できれば、敵を作り出す必要もなくなっていきます。

肝心なのは、他の人の態度次第で自分が右往左往させられる依存する関係から独立することです。

ある意味では、「敵」とは自分の弱点を裏返した存在であり、自分が作り出しているものだとも言えるのです。


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あなたを海全体だと知りましょう。~自分を認めてくれるのは誰ですか?

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他の人に自分を認めてもらえることは、自分のことに自信を持てなかったがウソのように消え、自分が大きくなれたような気になります。

自分にもこんな素晴らしい面があったのだと気づき、急に自分にも価値が有るのだと嬉しくなります。

ですから、「他人から認められること」は、他に比べようのない素晴らしいことに思えてくるかもしれません。

しかし、そればかり望んでいると、あなたを認める人ばかりではなく、同じだけあなたを軽蔑する人も存在することを忘れてしまいます。

そして、それに気付かされた時、あなたは世界を2分してしまうでしょう。あなたにとって都合のいい世界と、あなたを苦しめる嫌な世界と。

そのように考えていると、やがて外側の世界に、自分の味方と敵が存在するように錯覚していくことになります。

ですが、味方と敵も、どちらももともとは、あなたの中に存在していたことに気づかなくなるのです。

あなたが喜ぶ自分の好意的な面も、密かに嫌っている自分を自分のものではなく、誰かに投影して敵を作り出していることも、どちらも外側に存在するように感じるようになりました。

ですが、あくまでその元になったものは、あなたの中に存在していたのです。

自分の中に全く存在しなかったものは、他の人の中で会ってもその存在に気づくことはないでしょう。

なんて素敵な人だ、と思うのも、どうしてこの世界にこんなひどい人がいるのかと感じることも、あなたの中にその種が存在していたから感じ取ったのです。

言い換えれば、あなたは誰かに自分を認めてもらわなくても、あなた自身自分の勝ちを知っています。

ひどい人を、嫌いな人を見かけなくても、あなたの中の残虐性が存在することも知っています。

さらには、あなた自身で自分を認めてあげて、あなたの価値を感じ取ることもできます。

誰かが言ってくれなければ、あなたの価値が存在できないわけではないのです。

自分自身のことを、選り好みしないで、そのまま受け入れましょう。そこから、あなたという存在も、まわりの世界も、一人称で語れる世界が見えてきます。

さまざまな、一見あなたにとって的であったり味方であったりする様々な波も、全ては一つの海の一時的な現れであり、そのどれもが自分自身であり、そしてあなたという存在自体が一つの大洋という存在だったことに気がつくのです。

敵も味方も、あなた自身が作り出していたことにも気がつくでしょう。

誰かに認めてもらうことばかりに気を取られずに、あなた自身で自分を認めてあげましょう。

自分で自分を認めても、価値が無かったり、信用出来ないと思うのも、それもまたあなたのエゴが言っているのです。

そんな自分もまた存在することを認めましょう。一つの波があなたのすべてではないことに気づき、海全体でもあるあなたを感じてください。

世界は、全く違って見えてくるでしょう。

参考に以前の記事から
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認めてもらおうという気がなければあなたはどんな人になりますか?


「相手にどうやって自分の存在を認めてもらうか」

これは、私たちがふだんから、ほとんど意識せずにせっせとやり続けていることではないでしょうか。

よりはっきりさせるために、このような設定を考えてみて下さい。

・あなたが相手に印象を与えて自分の存在に気づいて欲しいと思っている人。

・愛されたいと思っている人。

・相手に自分はこんな才能があると気づかせて、「すごいなあ」といわせたいと思っている人。

・怒らせたくないと思っている人。

・あなたを支配できると思って恐れている人。

このような人を前にして、あなたがどんな行動をするだろうかを考えてみて下さい。

・必要以上に相手の言葉に感銘したと伝えようとする。

・注意を惹こうとして、相手の喜びそうなことなら自分にとってつまらなくてしょうがないことでも質問する。

・何とか自分を売り込まなければいけないと思って、自然な会話は上の空になり心が落ち着かない。

・相手の考えに合いそうもないことは、いくら自分で思っていても言ってはいけないと思い窮屈な会話になる。

・相手が気に入ることを探り出して、自分がそういう人間であると見せるのに必死になる。

つまり、極端に言えばあなたは相手の奴隷になり、自分に正直には生きられないということです。



ここで、それなら自分がその相手に対して、相手が認めてくれようがどうしようがかまわない、相手が自分を好きにならなくてもいっこうにかまわないという前提だったらどうなるでしょう。

そのつもりで接したら、その場合自分はどのようになるだろうかを想像してみます。

・あなたは自分の思ったことをチェックしたりせずに自由に話せます。

・相手の言うことに自分を合わせようと思わないので、ゆったりと相手が言っていることを聞き取れるでしょう。

・相手の提案に対しても、自分の利害関係を考えないので、率直にYES・NOを答えることが出来ます。

・この会話で成果を上げなければならないという緊張感や制約もないので自由に話を楽しむことが出来ます。

・相手に自由に自分を表現して、それで相手が嫌いになろうがなるまいが関係ないと思うことが出来ます。

そして、このような自然な自由な会話が、あなたからどれだけストレスを解放するかを想像します。

また制約のない会話のおかげで、どれだけ実りの多い相手との関係が得られるかを考えてみて下さい。

これは仕事だから、重要な取引だからという理由で、どれだけ「認めてもらおうという」という気持ちから行動しているかを知ります。

そして、もしその制約がなかったらどうなるだろうかを想像してみて下さい。

それがないと、絶体ダメ、うまくいかないと言いきれますか?

逆に、そんな制限がなければ、もっとうまくいくかもしれないという可能性は見えてきませんか?

過去を振り返って、知らず知らずそのような自然な関係を持ったおかげで、とても有意義な時間を過ごせたという経験があるはずです。

「認めてもらわなければ」という恐れから来る行動を、そんなものはいらないと拒否する勇気が出てきませんか?

そして、制限して作り上げている関係とは、あなたの側で作り上げた人工的なものであり、自分とは違う人間を演じないとなりたたない牢獄であることが見えてこないでしょうか。

ずっとそのままでいたいと思いますか?

いつかそうでない関係に戻れるから、いまは仕方ないと思っているかもしれませんが、おそらくそれは永遠に変わらないでしょう。

そのうち、やり方を変えるよりも、これは必要悪であると理由をつける方が簡単になり、それが習い性になってしまうからです。

しかも、そのやり方は、特定の相手だけでなく、誰に対しても同じやり方をするようになっていくのです。



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人の悪口は惨めな私を慰めてはくれません

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勧善懲悪のドラマは、昔から人気のあるジャンルです。

時代に応じて姿を変えますが、そのテーマは、A.悪者をどんどん憎む人間に仕立てることや、B.被害者がいかにひどい目に合わせられるかを強調することで、最後の逆転劇を演出します。

視聴者は、前半でつもりつもった不満を、最後にいかに逆転させるかに爽快感を覚えたり、前半とのギャップを楽しみます。

ですから、ドラマを作るには、AとBをいかに強調できるかにかかってきます。何を強調するかで、ドラマの雰囲気は変わってきますが、AとBがその肝になっていることに変わりはありません。

しかし、私たちの生きている社会は、ドラマのようにAとBがはっきりしていることは、稀です。むしろ、この人は気に入らないと思っていると、どんどん自分で相手を悪人であって欲しいとおもって、悪い情報を集めることで嫌いな人間を悪人に仕立てているのです。

現実への不満を、そのようなドラマをつくり上げることで、こんな状態だから不満に思っても当然だというストーリーをつくりあげようとしているのかもしれません。

ドラマを楽しんでいるだけなら構いませんが、現実の自分の人生には、このような悪人を作り出してはいけません。

仮に客観的に見てひどい人間が存在しても、できるだけ近づかないことです。
そんな人に近づかなくても、あなたの関わる人はいくらでもいるのですから。

それよりも、自分の中の悪人を作り出したいという誘いに注意して、決してのせられないことです。

あなたの人生を無駄に費やし、歪めてしまう誘いでしかないからです。

『口中の斧』に気をつけましょう。


--------------------------------
口中の斧 /人の悪口は魅力的?
より抜粋


「私はこの人間が嫌いだ」と思うのはまだいいでしょうが、「だからこの人間が不幸にならないと気が済まない」に変わってしまうと要注意なのです。



そう思うとき、自分の「口中の斧」が発動し、自分自身を切り裂いてしまうことになると仏陀は説いているのです。



視点を変えてみれば、人を中傷する言葉を言いたくなるのは、自分の中にそのような自分がいるからです。



自分に嫉妬する心があるから、悪口を言いたくなってくるのです。



ですから、ただ表面的に「悪い言葉」を使わないようにしようと思っただけでは、問題は解決しないでしょう。



そんな時は、逆に自分が悪口を言いたくなっているのに気がついたら、そのようなことになった自分の心の動きをさかのぼってみることです。



そこにあるのは、結局自分を責める気持ちなのです。



自分よりも相手の方がいい結果になった、だから自分はダメだから自分を罰しないといけない。



そして自分ばかり責めるのがいいかげん苦痛になってくると、今度は相手に矛先を向けることになるのです。



そのようなやり方で責任をたらい回しにしても何も解決しないのです。



唯一解決する方法は、自分を責めるのをやめることです。



それは同時に他者を責めることもしなくなるということです。



誰が悪いのかを探し出すようなことをしていれば、おとなしくしていた「口中の斧」を蘇らせることになる。



相手を中傷したり、逆に自分を実際以上に見せかけようとするのは、自分で悩みの種を作り出すことにつながるのです。



それよりも、自分が言われて嬉しい言葉を人に投げかけましょう。







また、不用意に世間の風潮に流されて、人を中傷してしまうのは、決して軽々しく扱うようなことではないと思います。



自分も傷つけるし、社会がそのように流れてしまうことに加担してしまうことにもなるからです。



自分だけは、そんなことに加担しないでいましょう。



刺激的で魅力を感じても、甘い罠にははまらないようにしましょう。



それが穏やかなあなたの心を「口中の斧」から守ってくれるのです。


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欠けているものを探す習慣!?

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「どうすればもっと良くなるだろう?」と考えるとき、「何が足りないのだろう?」と考えてしまうのは、自然な成り行きかもしれません。

しかし、そのうち欠けているものを探すことが、進歩や成長を生み出すのだと考えすぎて、いつも不足しているものを探すようになると、欠乏は果てしなく続くようになります。

どんな状態であろうと、欠けているものを探せばなにか見つかるものでしょう。
そうやって、常に欠乏を満たすことが第一になれば、今の満足を味わうこともおざなりになっていきます。

豊かさは、何も足さなくても感じられるのだと思えなくなっていきます。

ごく当たり前の思考のように思えても、行き過ぎればあなたを欠乏症に変えてしまいます。


「今持っているモノで満足し、ありのままの姿を喜ぶことだ。
 何も欠けていないと悟れば、全世界が自分のものになる」

                     ----- 老子 -----

人間関係においても、この不足感は、満足することを忘れて人をくるわせます。

--------------------------------

『あの人に気に入ってもらえただろうか?』

「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]

「なぜ返事をくれないのだろう?」

「今日は笑ってくれなかった。何か気に障ることを言っただろうか?」

「今頃あの人たちは、私のことをどう思っているのだろう?」

このような不安を抱いたことはありませんか?

おそらく、ほとんどの人が昨日も今日も、このような不安がよぎる瞬間を何度も繰り返しているのではないでしょうか。

この不安はどうすれば消えるのでしょう。

Facebookなどをやられている方なら、より多くの知り合いを作り、より多くの人が自分にメッセージをくれるようになればいいと思っているでしょう。

そして、たくさんの友達が出来れば、「その時は、先程のような悩みは消え去ってしまうに違いない」と信じているわけです。

ところが、たとえば5000人の友達を達成したら、その瞬間にあなたの悩みは消え去るのでしょうか?

あなたは、その時からもう人からの評価を一切気にせずにいられると、本当にそう思えますか?

このような不安を覆い隠す為の努力は、実は残念ながら役に立ちません。

この方向でいくら友達を増やしても、あなたの不安が消え去る日は来ないでしょう。

最大の理由は、最初に挙げたような他の人からの評価や愛が必要だという考え方そのものが、あなたの不安の原因となっているからです。

皮肉にも、追い求めれば求めるほど、苦しさは増してきます。

求めるのを放り出したとき、それは消えていきます。

たとえば、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]と思い、特定の相手がどう思ったのかを気にします。

その結果を知りたくてたまりません。

もし、もう私のことなんか必要のない人間だと思われていたらどうしよう。

想像すると、不安のあまり身体の調子も悪くなります。

他の事が手につかなくなるかもしれません。

しかし、ここでこんなことを考えて見て下さい。

何かの理由で、その人へのあなたの思いが変化して、

「もうあんな人にどう思われようとかまわない」という状況になったら。。。

そうなったとき、「あの人はちゃんと気づいてくれたかな?]という不安はどうなっているでしょう。

消えてしまっている!

そして、もうこれ以上その人の評価を気にしなくてもいいとわかると、あなたは肩の荷が下りて大きな開放感を感じるでしょう。

「もう気にしなくったっていいんだ。」

これから解る様に、不安を作りだしていたのは、まさに評価を求めるという行為そのものにあったのです。

----------------以下省略----------------

不足感と欲望過多は、実に紙一重です。

「もっと多くを手に入れるには、目標を持たなければならない。」

それはそうかもしれませんが、

「もっと満足を味わうには、今、足りていることを知らなければならない。」

ということも確かです。

多くを望むことが、必ずしも希望を生み出すわけではありません。

今持っているものの中に、どれだけ希望が隠れているか探してみることです。

今身近にいる人が、どれだけのものを与えてくれているかを、もっと知らなければなりません。

外側を探しても果てしない、しかし、内側を探しても、これもまた果てしないことを知ることです。

私たちは、身近にあるもののどれだけを見ているでしょう。
そのほとんどは、固定した、過去に焼き付けた映像に過ぎず、いまここで見なおしてみることをしていません。

こんなところに隠れていたのか!
今ここにあるものを再発見してみましょう。

内側にも果てしない世界が広がっているのです。


「なぜそれがほしいと思ったの?」
「誰かが持っているのを見て欲しくなった。すごく良さそうに見えたから」
「でもそれに取り替えて、今のあなたの持っているすごいものを犠牲にしたいの?」
「僕は何も誇れるものを持っていないんだ。」
「あなたは気づいていないだけよ、今のままのあなたが、他の人にはどれだけ魅力的かを!」
「他の人には置き換えられないあなたを、どうして別のもので隠してしまおうとするのかしら?」
「だいなしにしないで、いまのあなたを、今のままの素晴らしさを」




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