« ホーム »

手に入らないものは必要ないもの

N745_onegaiyurushite500.jpg


「手に入らないものは必要ないもの」

こんな考え方は、今の競争社会では封印されかかった考え方です。

欲しいものを手に入れられる、それこそ現代に生きる資格のある人間であるかのようです。

そして社会は、どうすれば手に入るかを、頼まれもしないのに、これでもかというほど訴えかけてきます。

これを手に入れないなんて、あなたの大いなる損失です。

あなたには、これを手に入れる資格があるのに気がついていないだけです。

そういって、必要もないものを次々と買わされます。

あなたには、十分資格がある。これを手に入れないなんて、なんてもったいないことを!。

いまなら、今日中に申し込めば、こんなに安く手に入るというのに!

こんなチャンスは、いまだけですよ!

あなたのこのチャンスは、あと○○時間○○秒です!

今だけですよ!今だけですよ!今だけですよ!今だけですよ!

今だけのものを、何度も何度も手を変え品を変え売り込んでくるのはなぜなのかを考えれば、意味がないことはすぐわかるでしょう。

なんとも古典的で、しかしその力を失わないセールス手法!


いま手続きしないと後で後悔するかもしれない、これが今は必要ないと思っても、とりあえず手に入れておこうと思わせる仕組みなのです。

こうして、どれだけ自分にとって必要ないものを、誰ともわからない人に説得されて集めてしまったか。

あなたは、自分の必要なものを、自分で選択する能力を失ってしまう。

いつのまにか、自分が必要なものとは、自分で判断するのではなく、誰がそういっていたかを思い出すことに置き換えられてしまいます。

しかし、その誰かとは、売れてしまえば誰に売ったかなど覚えてもいません。

そんなものを私は売っていましたか?覚えてないですね。

売り込む人間、提案する人間と、買う人間、説得される人間、その両者で成り立つ世界にならされて、自分で考えることなどやめてしまうのです。


あなたが今もっていないのは、必要がないからだと思うことすら、後ろめたくしてしまう世界なのです。

自分で考える人間だけが、どのような社会でも自由に生きられます。

あなたが、強迫的に手に入れようとしている「それ」は、本当にあなたが望んだものですか?

私は自分でいいものを見分けられない。考えることすら忘れてしまう人間は、売り込む人、提案する人に従う奴隷になってしまいます。

自分で考えること、自分の本当に欲しいものを認めることを放棄した人は、自由を失い、まわりをキョロキョロ伺って、取り残されないためだけに生きる自由を失った奴隷になってしまいます。


「手に入らないものは必要ないもの」
そう宣言する自由すら失ってしまいます。

それがどれだけ、自分に自由を与えてくれるか、思いもしないのです。

あなたが欲しいもの、やりたいことは、「それ」ではないのです。

どうして満足できないのか、それは、日々あなたが何を考えもとめているかを振り返ればわかってきます。

必要のないものを、ノーといえる勇気をもちさえすればいいのです。

「ノー」と言ったとたんに怒り出す人間など、あなたには必要ないのだと判断するだけの洞察をもちましょう。

「私に賛成すれば、あなたを受け入れてあげます。」

これを受け入れることが、あなたのまわりにうんざりする人間を集める原因であること知らなければなりません。



☆~必ずヒントが見つかります⌒☆
メルマガ購読・解除
 
ACR WEBブログパーツ

テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体


スポンサード リンク









▶ 憂鬱・イライラ 上司・同僚・家族への苦痛が消える心理学 - YouTube



~空気が読めない人~
~なぜか自分は特別扱いされると思い込んでいる人~
~すぐに自分の話題に切り替えて、長々と話す人~
☆~必ずヒントが見つかります⌒☆
メルマガ購読・解除
 
ACR WEBブログパーツ

テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体


スポンサード リンク









心得たと思うは、心得ぬなり

a0055_000548.jpg

心得たと思うは、心得ぬなり。

心得ぬと思うは、心得たるなり。

蓮如


 
 
世の中には、ずいぶん確信を持ってものごとを語る人がいますが、「絶対まちがいない」という言葉を多用する人はどうも信じたくなくなってしまいます。
 
もちろん状況によっては、曖昧な言い方ではなく、確信のある言葉を相手に言ってあげないといけないということもあるでしょうから、一概には言えないと思います。
 
しかし聞いていて特定の前提を絶対視していると感じたら、どんなに魅力的に聞こえても偏りがあると疑ったほうがいいかもしれません。
 
そんなに確信を持って言えることは世の中にないはずです。
 
過去にとらわれ、未来を予測することの出来ない人間にとって、確信を持って信じたいという願いがありますから、信じたいから信じてしまうということがあるわけです。
 
「心得たと思うは、心得ぬなり。」とは、自分はもうすべてわかったと言い切るような人は、実はわかっていないのだという意味です。
 
ものごとは深く知れば知るほど、最初に思っていたほど確信をもって断定できるものではないことがわかってきます。
 
何の分野の専門家でも、やっていくうちにわかることの限界ということが見えてきますから、そのあたりを心得ていて、不用意に断定する言葉は使わないものです。
 
それが「心得ぬと思うは、心得たるなり。」ということです。
 
なまじ聞きかじりの知識を持った人ほど、自分はわかったつもりになって断定的な物言いをしたがるものなのです。
 
私たちは、自分の詳しく知らないことについては、専門家が言うのだから正しいに違いないと思いがちですが、そこには、せめて専門家には確信を持ってもらいたいという願望が含まれているのかもしれません。
 
だいたい何かの分野を掘り下げたことがある人なら、わかることには限界があることが見えてくるわけですから、そこから類推して、他の分野であってもいくら専門家でも限界を持っているだろうと想像がつくわけです。
 
ところで、断定的な言い方をする人は、「心得たと思って心得ていない人」の場合もありますが、職業的な必要性から断定的に言わざるをえない人の2種類が考えられます。
 
例えば患者を安心させて気力を持たせるために「大丈夫ですよ」といってみせる医者のような立場の人が考えられますね。
 
あるいは、何かを販売するために「当社の商品なら絶対です」と言い切ってみせないといけない、という立場に置かれた人も考えられます。
 
img.png

 
断定的な言葉や「約束します」が満載の本は、一見魅力的には見えますが、期待して読んでみると、薄っぺらで結局何も得るところがなかったということもあります。
 
中途半端な知識を得て、やたらと確信のある言い方を撒き散らす人には注意した方がいいでしょう。
 
それを見分けるには、相手が何を前提にしているかを見ぬくことです。
 
その前提を明らかにしていけば、たいていはそんなことを断定できるはずがないことが見えてきます。原子力の安全神話も、実は起こりうることも、起こるはずがないという前提にしていたことがばれてきました。
 
また「私はいろんな経験をしてきましたから、これは絶対大丈夫です」と言われる場合があります。
 
その人が実際に経験したと言われたら信じたくなってしまうものですが、その人の経験はあなた自身に全部当てはまるかどうかはわからないのです。
 
「未来は誰にもわからない」という弱みがありますから、人はそれを保証すると言われると、嘘でもいいから信じたくなるものです。
 
だからこそ、何かを信じる前に、それを信じるのは根拠があるからなのか、それとも信じたいからなのかを自分に問いかけるべきなのです。
 
確信がもてない状態を抜け出したくて、何かを信じたいという思いを持ちたいものですが、だからといって断定的な言い回しを簡単に信じてしまうのは注意した方がいいでしょう。
 
はっきりと騙されたと分かるような詐欺に引っかかることは、もちろん避けたいです。
 
しかし、その後の人生を苦しくしてしまうような信念、思い込みを植えつけてしまうことの方が、むしろ被害は大きいかもしれません。
 
すぐに不安を解決してくれると謳うものに飛びつかずに、不安なままの自分と向きあって、自分が本当は何を求めているのかを自分で見つけることが大事なのです。
 
そして、それが誰であろうと、「何の不安もなしに確信を持てるようなことは、そうそう世の中にはない」のだと知っておいたほうがいいでしょう。
 
知れば知るほど、絶対的な確信など持てないものであるということがわかってきます。
 
それと同時に、自分には知らないことがいっぱいある、ということをわからせてくれるものです。
 
それが「心得ぬと思うは、心得たるなり。」ということなのでしょう。


☆~必ずヒントが見つかります⌒☆
メルマガ購読・解除
 
ACR WEBブログパーツ

テーマ : 自己探求
ジャンル : 心と身体


スポンサード リンク









つまり問題があるとは・・・

94a13c2d27f512e949bda83f312c7deb_s.jpg


『問題があるとき答えも同時に存在している』


つまり問題とは、

意識的にせよ無意識にせよ、答は既にわかっているのだけれど、

それを受け入れることに抵抗がある時の別名である。


「問題があるとき答えも同時に存在している」

という考え方を聞かれたことがあるでしょうか。
 
つまり答えは問題とセットでやってくるので、答えを見つけるのに時間を費やす必要はないというのです。
 
これは、私たちが普通考えるのとはずいぶん違った発想ですね。
 
私たちが普通に思い浮かべるのは、どこかから(外から)問題が突然起きてきて、それに対する答えを見つけだし、解決しなければならないというものです。
 
では、なぜ問題と答えは一緒に発生してくるというのでしょうか?
 
それは、答えが存在するから問題も存在するのだということなのです。
 
答えを受け入れるためには、問題を解かなければならないと言い換えてもいいでしょう。
 
最初に答えが存在します。
 
それは、私たちが欲しいと思うこと、願望から来るものなのでしょう。
 
しかし、それを手に入れたり、受け入れたりするためには、多かれ少なかれ抵抗があるのです。
 
その抵抗が問題という形で現れてくるのです。
 
抵抗がなければ、そのまますぐに答えを受け入れることが出来ます。
 
しかし、抵抗が今の自分にとって簡単に受け入れられないものであるとき、それを外的な問題が存在するためだと考えるのです。
 
ですから、実は抵抗は内面的なものなのです。
 
私たちは、問題を分析するというやり方で問題に取り組んでいるつもりになっていますが、それは解答をすぐに受け入れることへの抵抗なのです。
 
答えを受け入れる勇気さえあれば、すぐにでも答えは目の前に明らかになります。
 
それは直感やひらめきという形で現れるかもしれません。
 
しかし、答えを受け入れる準備が自分にできていないとき、私たちはそこに問題が存在してすぐには手に入らないと思ってしまうのです。
 
問題を解決しなければいけないと思っている時、自分がどのような事を思い浮かべるかを、ゆっくり確認してみましょう。
 
それらは、ひとつひとつが答えに対する抵抗を表していないでしょうか。
 
自分が抵抗しているのです、答えをすんなり受け入れることに対して。
 
ひととおり抵抗が出尽くしたら、今度は「本当の答え」を知り、受け入れたいと思ってみましょう。
 
問題とは、どれもあなた個人にとってユニークなものなのです。
 
あなたと関係なく、どこかから湧いて出てくるわけではないのです。
 
あなたの願望があるから、それに対する抵抗が問題というかたちで姿を現してくるのです。
 
それに取り組んで、抵抗する自分を受け入れる過程こそが、あなたの可能性を広げてくれるのです。
 
このように考えると、どこか知らないところから問題が振って湧いてくると考えるよりも、主体的に問題に取り組むことが出来ます。
 
 
そして、答えは、実は最初から自分の中にあるのです。
 
それを受け入れる自分の準備が整ったとき、答えがひらめきとして現れてきます。
 
それまでは、問題を分析して抵抗を受け入れようとしない自分と付き合わなくてはなりません。
 
答えから遠ざけるいろいろな思いが、そこにはあるからです。
 
その出来ないという思いは、もっともらしい客観的な事実のように思えます。
 
ですが、答えが見つかるかどうかは、ひとえに、あなたがそれを受け入れるかどうかにかかっているのです。
 
答えを受け入れる用意ができたら、抵抗として存在していた色々な思いはすっきりと整理されて消え去っていきます。
 
問題は外にあるのではありません。
 
すべてあなたという人に特有の問題なのです。
 
そして、その答えもそこにセットで存在するのです。
 
 

☆~必ずヒントが見つかります⌒☆
メルマガ購読・解除
 
ACR WEBブログパーツ

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体


スポンサード リンク









二の矢を受けず~自ら悩みを作り出さない

42748f5c81eb857f66c6f931104728b3_s.jpg


悩みを作り出し、重荷を背負う

それは二の矢を受けてしまうから。

痛い目にあった。

これは誰にでも起こる一の矢。

避けようと思っても避けられない。

この痛みはひどい、とんでもないことだと騒ぐ。

あるいは、再びこんな辛いことが起きるのではないかと想像する。

これが二の矢を受けるということです。


仏陀は「二の矢を受けず」といいました。


これは痛い目にあった場合だけではありません。

すごい幸運にであう。

そこまではいいのです。

やがてずっとこの幸運を手放したくないと思い出す。

幸運に出会という一の矢は問題ない。

それを自分のものにしたい、

ずっと継続したい

あれこれ考え出すのが二の矢というもの

それは、すぐに怖れにつながります。

「これを失ったら」「これが壊れたら」「この人がいなくなったら」

もはや幸運への喜びは、怖れの源に変わってしまう。

永久に持ち続けることはできない、喜びであっても痛みであっても。


一の矢は誰でも避けられない。

二の矢を受ければ執着を生み出す。

一の矢を充分味わう、痛みでも喜びでも。

そうしたら、そこから軽やかにと立ち去ろう。

それが重荷を作り出さない秘訣です。


しかし現代では、「一の矢は避けられない」ということも、簡単には受け入れない傾向にあります。

何でも防ぐ方法があるという信仰は昔より強くなっているでしょう。

また「保険」という考え方は、一の矢ですら瞬間的になかったものにしたいという思いにつながります。

どれだけ準備しても、予期できないことは起こりうることを信じたくない。

そのために一の矢を防ごうとして、起きてもいないことに「準備」することに気をとられて、気がついたら取り越し苦労で今を犠牲にしてしまいます。

余裕があるために、「備えあれば憂いなし」に偏りすぎてしまうわけです。

いったい今やっていることの、どれだけが「今この場で」起きていることなのか、チェックしてみるといいでしょう。

「保険」はそれ自体がどんどん増殖を続け、執着を巨大化します。

「保険」をかけなければ、どれだけ今を楽しめるか、考えたことはあるでしょうか?

「保険があったほうがいいよね?」と問いかければ、否定できない理由はいくらでも浮かんでくるでしょう。

それにまかせて、振り返らなければ、何のために今があるのかがわからなくなってしまうでしょう。

不安とは、容易に、今を犠牲にすることなど当たり前のように思わせてしまいます。

そして、いつか来る「今」というそのときは、永遠に先延ばしになってしまうでしょう。

どれだけ無駄な「保険」が今を台無しにしているか、振り返ってみれば驚くかもしれません。

なにが本当に必要な「保険」で、なにが今を台無しにしている「保険」であるのか、見分けなければなりません。

後から「こうすればよかった」と後悔することが多いと感じたら、無駄な保険をかけすぎていないか、不安をストップさせて思い通りに行動したら、何ができていたのかを考えて見ましょう。

不安を強化するひとつの要因は、それが他人へであっても、自分へであっても、批判する習慣です。

誰かを批判することで、自分の劣等感をごまかす習慣をつけてしまうと、回りまわって自分自身の不安を強化してしまうでしょう。

方向はどちらであっても、批判する習慣は、あなた自身の不安と容易に結びつきます。

不安を感じたときに、誰かがあなたを非難しているイメージが思い浮かんではいないでしょうか?

実は実態のわからない不安の起源は、そこにある恐れだったのかもしれません。

二の矢どころか、一の矢が起きる前にゼロやマイナス一の矢を作り出さないことです。



☆~必ずヒントが見つかります⌒☆
メルマガ購読・解除
 
ACR WEBブログパーツ

テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体


スポンサード リンク









sidetitleブログ紹介sidetitle
☆メルマガ始めました☆
まぐまぐ!さんでメルマガを発行しています。
ブログよりも早く最新の原稿をお送りします。
またブログ過去記事の解説なども、より現実的な解決を踏まえて書いていきます。
メルマガならではのメリットも合わせてご利用下さい。
週1~数通のペースになります。
メルマガ購読・解除

 


音声でのご相談も行っています。
メディア心理相談~音声による相談、画面であなたに必要な言葉をお送りします

☆~新刊⌒☆
☆ちゃん見るシリーズ☆


好評発売中


アルファポリス
第2回エッセイ・ブログ大賞
特別賞『タオに生きる』 pao
WebコンテンツPickUP!タオに生きる
【 エッセイ・日記・blog > blog 】
老子の教えに学ぶ
老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


ez-HTML





PRR
sidetitle最新記事sidetitle
《最近7日間の人気順位》
~ランキング全体をみる~
~ランキング全体をみる~

sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle全記事表示リンクsidetitle
過去の記事はこちらから↓

全ての記事を表示する

sidetitleお世話になってますsidetitle
※FC2ブログのリンクですが、なるべくblogpeopleのリンクをお願いしています(右サイドのお友達リンク)
このブログをリンクに追加する
sidetitleスポンサード リンクsidetitle


なぜか自分の気持ちと正反対のことを
言ってしまって相手を傷つけてしまったり…。

「つまり、何が言いたいの?」、
「ん?結局それはどういうこと?」、

と呆れられたり馬鹿にされたり…。

コミュニケーションが上手くいかないと、
損どころか様々なシーンで散々な思いをします。

ダン・オコナーによれば、
現実的な話、実に世の中の90%以上の人が、無意識の内に
『会話において重大な間違いを犯してしまっている』とのことです。

単純に鵜呑みにしなくてもいいですが、こういったコミュニケーションの
法則や発想は、あなたの発想に刺激を与え、自分なりに吸収すれば、
いつの間にかあなたは変わっていくでしょう。

この無料eBOOK『SAY THIS NOT THAT!』は
非常に役に立つ一冊になるでしょう。

無料eBOOK『SAY THIS NOT THAT!』
sidetitleアクセス情報sidetitle
sidetitleジャンル・ランキングsidetitle
[ジャンルランキング]
心と身体
67位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
10位
アクセスランキングを見る>>

sidetitle検索フォームsidetitle


sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleアクセスランキングsidetitle
訪問いただいているサイト
(週間 木曜日リセット)
※こちらでタイトルを入れさせてもらっていますが、出したくないとか変更したいという方はご連絡下さい。

sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleブロマガ購読者向けメールフォームsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
10 | 2014/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
sidetitleQRコードsidetitle
QRコード
sidetitleお友達リンクsidetitle
FX