抵抗がある方が価値がある?
欲しいものは、すぐに手に入るかもしれませんが、なにかそこには障碍が存在すると考えることに慣れてしまっていないでしょうか。
タイトルにあるように、「抵抗がある方が価値がある」と考えてしまうのです。
これは自我の働きと関係があるのかも知れません。
わたしたちは自我の思考を使って、目の前の問題を解決しようとします。
問題を解決するのに思考を使うことで、何かを手に入れるには、何かを解決する必要があると考えます。
自我にとっては、問題を解決することは自分の役割ですから、それに生き甲斐を感じます。
問題があってそれを解決することが、自我が存在する価値を生み出すので、いつも自分の出番を伺っているわけです。
それが難しい問題で、それでもそれを解決できたとき、より生き甲斐を感じます。
たやすく手に入ったものよりも、手に入れにくかったものを、やっとの事で手に入れられると、よりそのもの価値を感じるのです。
しかし、あなたが本来、それを必要とした理由から考えると、必ずしもその価値観は一致しないかも知れません。
なにも難しく手に入れるのが、能ではないのかも知れません。
この考えをもう少し進めれば、次のような見方も出来ます。
1.欲しいものを手に入れるのに、必ずしも困難は必要ない。
2.わざわざ困難なものを手に入れたがる必要はない。
今の成り行きで、手に入りやすいことがあったら、そちらに進むというのも一つの考え方です。
それでは「ことなかれ主義」だと批判する方がいるかも知れません。
しかし「ことなかれ主義」というのは、問題が発生しているのにもかかわらず、それを避けたり、見て見ぬふりをしたりして解決すべきことを、そのままにしてしまう点に問題があるのです。
それは、自分がどこまで介入すべきかという問題でしょう。
抵抗の少ない道を選ぶことには、別に問題があるとは思えません。
問題に立ち向かうことに価値がある、と考えるのはどのような信念からなのでしょう。
なにか、そこから連想してしまうのは、いつも他人を批判したがる人です。
いつでも、誰かしらを批判したいのです。
批判する人がいなくなると、自分で作り出してでも、批判することに執着するのです。
いつも問題がないと生きている感触を持てないというのは、なにか違うと感じないでしょうか。
そのような感覚が出てくる時、自分のどの部分が活発になっているでしょう。
ものごとは、それをありのまま見ていれば、ずっと単純で抵抗がないものかも知れないのです。
まちがったやり方は、いつもたいへん理屈にあっているようにみえるものだ。
ジョージ・ムーア
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