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至福を見つける前に私は地獄を受け入れなければならないのですか?

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あなたは「至福を見つける前に私は地獄を受け入れなければならないのですか?」と問う。
他に方法はない。あなたは受け入れるだけではなく、理解し、飛び込まなくてはならない。
あなたは地獄の苦しみや痛みを味わい、それがどんなものかを完全に知らなければならない。
地獄がどんなものかを知ったときに初めて、あなたは自分がどうやって地獄を作り上げていたかを知ることができるだろう。
そして、自分がどうやって地獄を作り上げていたかがわかったとき、地獄をもっと作りたいか否かはあなた次第になる。
それはあなたの選択なのだ。「自分はどうやればよいのかわからない」とあなたは言う。
そうだ、地獄を受け入れるのはむつかしい。私たちは全勢力をつかって、それを否定するからだ。
自分の心の中では泣きながら、うわべだけは微笑んでいるのはそのためだ。あなたは悲しくても、自分は幸せそうに見せ続ける。
自分が惨めであることを受け入れるのはむつかしい。
しかしあなたが否定し続けると、あなたは少しずつ、あなたの気付きから切り離されてゆく。
OSHO
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ここで言っている地獄とは、隠し続けてきた自分です。
こんな自分なんていないよと否定したくなる自分です。
「私がそんなことするわけないでしょう!」と他人に見せかけようとする自分です。

しかしこの地獄を抱えたままだと、いつまでも認めてもらえない自分が、地獄から手を伸ばしてくるのです。
「私を忘れないで!」「いい子のフリばかりしないで」「こんな自分も私だと認めなさい」

そのような邪険に扱ってきた自分と、早く和解しましょう。
「わかったいい人のフリをして、こんなの自分じゃないと言い続けてきたことをもうやめます。」
「良くも悪くも、これが私なのだから」
どこに行こうと、私はくっついてきます。
よい子の自分だけでなく、虐げられた自分も一緒にどこまでも付いてきます。

だから、和解するしかない。消えてくれと行っても消えはしないからです。

虐げられてきた自分も、認めてもらえたとわかれば、抵抗をやめます。
これ以上、あなたを悩ますことはなくなるでしょう。
そして、無視してきたその私が、実は重要な私自身の柱でもあったときが付くかもしれません。
私には縁がないといっていたこと、でもそれをやって見たら自分が生き生きしてくるのを発見するかもしれないのです。

「いままでずっと認められなくて寂しかったよ。だから意地悪をして気を引こうとしたんだよ。」
そう思えたとき、私の一部が自分の中に統合されます。
自分の中の迷惑だと思っていた人は、もういなくなるのです。

そして、多くの場合、隠してきた自分を、すっかり投影した外部の誰かがいたことでしょう。
その人は、あなたが、苦手な人だと思い、近寄らないでいようとしてきた人なのです。
もう、その人たちも、あなたを悩ませる人ではなくなるでしょう。
なぜなら、映し出してきた元のあなたがもういなくなったからです。


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テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体






~ガンガジからのひと言 ~ - Yahoo!知恵袋

~ガンガジからのひと言 ~ - Yahoo!知恵袋


~ガンガジからのひと言 ~

私はやるべきと知っているすべてのことをやったと思った。

しかし、それでも依然として、私の中には苦しみの力が生き残っているとわかったのだ。

私は宇宙に向かって助けてと呼びかけるしかなかった。

その祈りがもたらしてくれた偉大なメリットは、こうだった。

『全てを停止しなさい』と言ってくれる先生に、私を出会わせてくれたのだ。

私はやがてそれが実際、何を意味するのかを理解した。


そこから脱出しようとするのをやめなさい。

誰かになろうとするのをやめなさい。

逃げだそうとするのをやめなさい。

今のままで生き残ろうとするのをやめなさい。

安全であろうとするのをやめなさい。

何かを手に入れようとするのをやめなさい。

今のまま何かを維持していたいと思うのをやめなさい。


それはつまりは 「そのままでいなさい」という意味だったのだ。


締め入り外国女性 

  • やっても、やっても、やるべきことは、いつまでもわき出してくる。

    それに疲れ果てるとき、ある人はまだ努力が足りないとばかり、さらに自分を燃え尽きるまで駆り立てる。
    ある人は、何をやってもダメだと、捨て鉢になって、もう何もしたくないと思うようになってしまう。

    前者はやる気満々の、パワフルで出来る人に見え。後者はうちひしがれて、やる気のない人に見える。
    しかし、やがて、前者は、身体を壊して、やりたくても何も出来なくなり、後者は鬱になって、やはり何もしなくなってしまう。

    そこから抜け出すには、「やめること」こそが答えだと悟るしかない。

    あなたが、「何をやりました」と言おうと、「何もやれませんでした」と言おうと、
    どちらにせよ、それこそが、あなたそのものだと知ることだ。

    ただ「そのままでいい」という意味を本当に知ることだ。



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「ちゃん見る」シリーズ、第4弾が発売になりました!

1ヶ月間が空きましたが、「ちゃん見る」シリーズ、第4弾をアマゾンにアップしました。
あの人気の記事も収録して、新装のシリーズがスタートします。
今までと変わらず、ご購読よろしくお願いします。

Amazon.co.jp: ちゃんと見ている、あなたがいるから! 「ちゃん見る」シリーズ No.004 人間関係のトラブルを生み出さないヒント~その2 eBook: 高田佳和, YUKKI: Kindleストア


ちゃんと見ている、あなたがいるから! 「ちゃん見る」シリーズ No.004 人間関係のトラブルを生み出さないヒント~その2

今回の「ちゃん見る」は第一弾の人間関係のトラブルを生み出さないヒント〜その1に続いて、対人関係の問題を取り上げますが、モラハラ、パワハラといった切実な問題も取り上げることになります。 

本文から… 
★自分の知っている行動パターンで推し量ろうとしても、そんなものは通用しないわけですから、それに巻き込まれてしまったら、対処法を知らない人はかなりの精神的なダメージを受けてしまいます。 

★このような相手を徹底的に攻撃してしまう傾向がある人は、自己愛が強い傾向があり、相手に共感するということが殆どありません。 

★もうそろそろ許してくれたり、妥協点を見つけてくれるだろうなどと期待しても、それは見事に裏切られてしまいます。 

★自分が上位にある人間で、常に横柄にふるまい、弱い相手を攻撃して反抗できないようにしてしまうことでその関係を維持しようとします。 

★攻撃者自身も、無条件に自分が認められる人間だと確信できないでいるため、まわりの人間の評価が自分の価値を決めてしまうわけで、悪い評価を受けることを極端に恐れています。 
ですから、他の人間に自分と同じ匂いを感じ取ることにも敏感で、見つけたらそこを攻撃してやろうと標的にしてしまうのです。 

★相手を傷つけてでも自分の正しさを守らないと、自分が崩壊すると恐れる攻撃者と、普段から非難されたり平和な関係が壊れる事を恐れている被害者とは、大変不幸ながら絶好の相性をお互いに持っているのです。 

★有無を言わさず「君は考えが甘い」「やる気がない」「向上心に欠ける」などといった決めつける言葉を使います。 

★反対意見を示したりすると「未熟な人間がそんな偉そうな意見を言うんじゃない」とばかり、内容など考慮しないで否定してきます。相手が罪悪感を感じてそれ以上反論できないように封じ込めてしまうのです。 

★「きちんと状況を報告しなさい」と言っていながら、詳細な報告をすると、「こんなに忙しい時に、細かいことをぎっしり書かれても困るんだよ。簡潔な報告の仕方を覚えなさい!」といった感じで、言われた方はどっちに転んでも否定されるような立場に追い込まれます。 

★それは、「誰かを攻撃していないと、自分がやられてしまう。そうなれば、自分の価値がないことがばれてしまう。」という怖れからきているのです。 

★これだけ謝ったのだから、そろそろわかってもらえるだろうという期待も裏切られます。 
あなたへの配慮をする余裕はない人だと思っておかないといけません。 

★今回のような場面での対処に関して言えば、一番問題になるのは、人間関係で波風をたてることを恐れて自分を出さないようにする傾向や、いい人でありたいと願う傾向のある人なのです。 
つまり、こういう傾向のある人たちです。 
・自分の意見は押さえてでも相手にあわせようとするタイプ。 
・自分は相手に合わせて柔軟な対応ができる人間だと見せたがるタイプ。 
・自分を前面に押し出して意見をいうのが苦手なので、いつも人の後ろから観察しているタイプ。 
・無条件に自分を受け入れられなくて、常に何か「人の役に立つこと」をやり続けないといけないと思うことが強迫的になっているタイプ 

★対処法 
1.自動的な反応(いつものパターン)がすぐに働いてしまうのに、まず気をつけること。 
2.相手の表情や動作をそれとなく観察する。 
3.相手と自分は対等であることを忘れないこと。 

目 次
はじめに
◆一方的に攻撃してくる人に対応するには(モラハラ)
◆一方的に攻撃してくる人に対応するには(モラハラ)解決編
◆見返りを求めるのは正当なことでしょうか?
◆不満の多い相談者(1)
◆不満の多い相談者(2)
◆不満の多い相談者(3)
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人はわがままなもの~そこからスタートすれば苦痛はなくなる

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私たちは、期待から人間関係を見ていては、いつまでも筋書きから逃れられません。

その筋書きとは、「人間関係とはしばしば苦痛をもたらすものである。その苦痛は、特定の人からもたらされる。」というものです。

特定の人とは、実はその人、つまりあなたの人間性における苦手な部分が投影された人物なのです。

自分自身の築き上げてきた人間性の中の、弱点、苦手な関係、怖がって避けている部分に振り回されない為には、「期待で構築された人間関係」を捨てて、より現実の自分や他人を見るところからスタートしなければなりません。

つまり、「人はわがままなもの」という立ち位置からスタートするのです。
そこからスタートすれば苦痛はなくなります。

「人はわがままなもの」と思ってそこからスタートする。そしてそれは、特定の人だけではなく、どんな人であれそうであると認識しなければなりません。

そうすれば、ありもしない期待を抱いて人と接触し、期待が外れるたびに「大変なことになってしまった!」と慌てふためくこともなくなります。

期待通りであるか、そうではないのかは、単純な確率で考えても半々でしかない。

曖昧な関係のまま、お互いの関係を「もやにかかった」ままにしておけば、この期待外れは、ハッキリしないままごまかすことも出来ます。

しかし、現実は、絶えず「期待通り」と「期待外れ」を繰り返しているのです。

「もやにかかった」ままの人間関係とは、言い換えれば共依存の関係や、暗黙の了解で、ここに触れるのはタブーだというきまりが守らされていて、ようやく成り立つのです。

「空気を読めよ」という言葉は、時にこのような暗黙の了解の出来た関係に対し、ルール違反しようとする人間をむりやり矯正しようとする合図になり得るのです。

「そうだ空気を読むんだ」とみんなでうなずけば、少数意見は抹殺される。
それも、正しい方向に導いてあげたんだと、みんなで思いながら。

しかし、暗黙のルールで成り立たせた共依存の関係で、その中でなら安全が得られると思っていては、自分も他人もだまし続けることになります。

しょせんは、自分と他人は、ちっとも同じ様に考えてもいないし、感じてもいないという現実を、しっかりと目をそらさずに見つめるなら、ルールを守っての「人間関係ごっこ」は必要最低限に抑えられるでしょう。


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「そんな事じゃない、ボクがしたいのは!」

自我とは抵抗したいという思い タオに生きる

「どうだ!2杯も飲んだぞ~」「それはすごいわね。じゃあ今週はジュースはおあずけね!」


しかし私たちは、自我が発達するにつれ、何かへの抵抗だったものが、もともと存在するものだと錯覚するようになります。
つまり、自我を維持するために、そのための自我を発達させていくのです。

しかし、自我のための自我、思考のための思考は、根っこを持ちません。
もともとの「私」が不在のまま、それは大きくなってしまったのです。

何かへの抵抗とは、何かがあってこそ成り立つ、つまり本来その何かに依存する存在であったことを忘れてはなりません。

自我のための自我とは、つまりどこかで作り上げた自分を存続させたいために、ひねり出す理屈とは、根無し草に過ぎないものだということです。

根無し草を信じて、あなたがいかに努力しても、もとになった「私」はそこにはもういません。
社会的にいかに成功しようと、「私」は何も満足しません。
いつまでも、何かむなしいままです。
「そんな事じゃない、ボクがしたいのは!」

自分がやっていることは、いかに立派なことに見えても、「何かへの抵抗」としてやっていないだろうかを確かめてみることです。
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老子の教えに学ぶ
老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


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