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私の考えを信じないので、悲しみは存在しない

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『私は自分の考えを信じないので、悲しみは存在しない。』

"Because I Don't Believe My Thoughts , Sadness Doesn't Exist." - Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152892782909150/?type=1&theater



主義主張こそが第一だと言う人もいれば、感情は考え方などより重要なものだと主張する人もいるでしょう。

感情もまた思考の一部であり、思考によって引き起こされる反応だといいきることに、賛成しない人もいるでしょう。

実際この投稿にもさまざまな意見が寄せられています。一言でいえば、感情がないのではロボットじゃないか、と言っているようですが、感情のあるなしでロボットに対抗しても仕方ないような気もしますが。

このような思考の後には、このような感情を抱く、と言うようにプログラミングすれば、感情を表現するロボットだって作れるでしょう。
でもそれは作り物の感情であって、感情とはもっと本来的なもの、神聖なものだと反論されると、またきりがなくなってしまいます。

感情と思考は確かに違った性質を持っています。
思考は自分でコントロールできるもの、感情は理屈でわかってもコントロールできないものという点で大きく違うと考えるのでしょう。
しかしどちらも記憶の現われかたと考えると、それらは現れ方の違いだけのような気がします。

思考もまた、過去の思考を引きずるものであり、だからこそ、その人の性格の一貫性もあるわけです。「いまここで、まったく新しい考えが浮かんだ」と言っても、やはり過去の思考を抜きにしては語れません。

もちろんまったく新しいビジョンを手に入れることはあるかもしれませんが、それを自分に取り込むときには、やはり過去の思考に影響を受けた、マージされたものになるでしょう。
ですから、同じ新しい考えに接しても、全員が同じ考えを発展させるわけではないのです。

感情は思考よりも、身体の反応と結びつきやすい面があります。それがまた思考とは異なるもので、根本的に違うものと考えたくなるのかもしれません。しかし、これも感情と身体の反応がセットになって記憶されたものと考えれば、感情もまた記憶の再生なのです。

そして、そもそもKatieが言おうとしているのは、「その考え」を信じなくても、「その感情」が生まれてきただろうか?と言うことなのです。

思考と感情の因果関係は、1対1に対応できるほど単純ではありません。
その「感情」が生まれてきたもとになる「考え」にたどり着くのは、一件無関係のように見えたり、かけ離れていると思ったりすることもあるでしょう。

しかし先ほどのロボットに感情を組み込む例で言えば、より細かい対応関係や、ファジーなプログラミングを積み重ねれば、人間以上に敏感な感情の変化を見せるロボットができないとも限りません。

私たちが感情に振り回されて、自分や他人に悪影響をもたらすとしたら、思考と感情の関係を探ってみることも必要です。
ケイティさんのように、時には普通の常識からかけ離れているような受け取り方はできないまでも、「その考えがなくても、苦しい感情が生まれてくるものでしょうか?」と問いかけることは、自分に大きな転換をもたらしてくれるでしょう。

一つだけ、コメントとそのやり取りを紹介しておきます。幸せな(happy)感情の場合はどうですかと言うものですが、happyと平穏な気分(peace)とを比較して述べています。そもそも、そこになにもないとき、私たちは平和であり、快適なのだとしたら、感情はなぜ生まれてくるのか?を考えると、全体の理解も深まるのではないでしょうか。それは自然に沸き起こってくるものと言うより、考えと結びついて呼び起こされる感情なのです。

Michael Cupoさん:
そこには悲しみと結び付けられたストーリーだけがあるのです。
困っている人への同情はあります。しかしその人が物語を作らない限り、悲しみと同じものにはならないのです。
私はこのことをつかむのは簡単ではないと知っています。
そして、雑音に満ちたマインドでは、それをつかまえられないのです。なぜなら悲しみとは雑音の一部だからです。
ストーリーを作り出すマインドからは、ストーリーのない状態というのが想像できません。多くの人はこの考えに賛成しないでしょうが、それは(ストーリーなしの)状態が想像できないからだけなのです。
各瞬間がその人の人生を創りだします。それを創られたストーリーにもできるし、平和なものにもできるのです。このことは、平和な人生を送りたいと思うなら、探求されるべきことです。そうでないと条件付けられたマインドで(感情に振り回される)ジェットコースターに乗ったままになるでしょう。

Moira Hamel - smith さん:
幸せなストーリーについてはどうなのでしょうか?

Michael Cupoさん:
私にとって、人生は本来ストーリーが必要なものではありません。
ある人たちはストーリーを必要とします。そして(感情に振り回される)状態でいいのならそれはかまいません。
しかし私は、ストーリーのない状態がいつも平和をもたらすものであると知っています。
私は幸せ(happiness)については、それが何であるかよくわかりません、しかし、平穏さ(peace)が何であるかについては知っています。

Michael Cupo:
There is only an attached story of sadness. There is compassion for those who suffer, but that doesn't equate to sadness unless one creates a story. I know this isn't easy to grasp and it won't be grasped with a mind that's filled with noise because sadness is a part of the noise. A mind that creates the story cannot see what it is to be without a story, so many will disagree with this, but only because it isn't seen. Each moment makes one's life, it can be a created story or it can be one of peace, this will have to be investigated to be able to have a life of peace, or not and remain on the roller coaster of the Conditioned Mind.

Moira Hamel-smith:
What about happy stories?

Michael Cupo:
For me life as it is doesn't need a story. Some need a story and that's ok if that's what's there, but I found without a story there is always peace. I'm not even sure what happiness is, but I do know what peace is.


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すべてはたった今存在します~しかしあなたは夢の中

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『すべてのことは、たった今存在しているのです。
あなたの存在はちょうど今あるのです。
時間に拘束されないこの今だけなのです。
他のものはすべて、条件付けられた夢と記憶に過ぎません』
~ムージ

"Everything is just now. Your existence is just now. Just timeless Now. All the rest is just a dream due to conditioning and memory."
- Mooji (via motherofhermes)


しかし私たちは、今に生きるよりも、夢の中にいてさ迷う方が好みのようです。
記憶をたどり夢のストーリーに沿った現実だけを見ようとします。
朝目覚めても、自分が誰で、今どこにいて、まず何をしなければいけない日なのかを、すばやく思い出します。そして現実の真っ只中にいても、さらに夢のストーリーを通して行動し始めます。
現実に起きていることなど、ただのBGMでしかないのです。

そしてため息をつきます。
「今日もまた変わりばえのしない一日が始まるんだ・・・」
もちろんあなたがそのストーリーを組み立てたのです。
珍しいものを見かけても、また今度じっくり見てあげるねと言って通り過ぎます。

これでは新しい出会いは起こりようがありません。
むしろ、変化しないでほしい、今のストーリーを崩したくないからと思っています。
あなたに変化を迫ることは、厄介者として排除されます。

いまを、言い換えれば現実を見たいなら、夢のストーリーを追い出しましょう。
夢のほうこそ、また今度ねと言ってバイバイしましょう。
そうしてこそ、やっと本番を生きられるのです。



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最も早くゴールにたどり着くには

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『最も早くゴールにたどり着く方法

あなたはどうやって「そこ」に行きますか?
あなたは何もしません。
もし行こうとしても
あなたはここに居るままです。
ここにとどまりなさい。
それがあなたが「そこ」に到着する方法です。
自分の存在にとどまり、
静寂の中にじっとして、
人生にあなたを運ばせるのです。』
~ジェフ・フォスター

"THE QUICKEST WAY TO YOUR GOAL
How do you get 'there'?
You don't.
Even if you did,
you'd still be here.
Be here.
That's how you get 'there'.
In presence,
in stillness,
let life carry you."
- Jeff Foster

『人生にあなたを運ばせるのです。』というところがポイントです。

「努力するな」といっているのかといえば、イエスでもありノーでもあります。
あなたが目標のためだと自分に鞭打って、気の進まないことをいくら努力しても、先には進めません。
しかしあなたが本心からやりたいと思うことなら、努力せずとも自然にあなたは動いています。
老子の言うところの「無為におこなわせる」ということです。

無理に自分を駆り立てるのを止めて、流れに任せるのです。
そうすれば、人生があなたを目的地に運んでくれるのです。

苦しんでやれば、それが報われると信じるのを止めましょう。
苦しく感じるのは余計なことをして抵抗するからです。
「苦労すれば、ようやくたどり着けるのだ」という脚本を書き換えましょう。
そんなことよりも、自分を欺かないことの方が役に立つのです。

どこに行くかを知っている自分は、いつもここにいます。
駆けずり回るのを止めましょう。
安心して、静かにして、その声を聴きましょう。
それが、最も早くゴールにたどり着く方法なのです。


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他人から教わるのを止めてみよう

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物事が起こり自分がそれを認識するとき、どの順序で起きているのだろう。
まず物事が存在し、それを認識したあなたがそれについて考えをめぐらせるのだろうか?
あるいは、あなたが考えるから、それにしたがって何かが起こってくるのだろうか?
それとも、物事はただ単に起こっているだけで、あなたはそれにつじつまを合わせているだけだろうか?

たとえば最初の考えを実証主義と呼び、2つ目を信念の魔術論者や引き寄せの法則信者と呼び、3つ目を運命論者と呼んだところで、何も説明したことにはならない。
名前をつけてわかった気になっていても、あなたに役立つことは何も生み出してはくれないだろう。

言葉を操ってわかった気になっていないで、自分の考えをすべて壊して、一から自分で組み立てなおしてみよう。自分で見て、自分で感じて、自分で考え直してみるのだ。
壊されたパーツの中から、本当に自分が真実だと思うものだけを取り上げて、自分の世界を組み立てなおしてみるのだ。

あなたはいままで、人から教わることばかりになれてしまって、自分で考えることを忘れてはいないだろうか?
情報がたやすく手に入るネットの時代になって、あなたは情報の収集を学ぶことだと勘違いしてしまう。
情報を右から左へ流すことが、本当に何かの役に立っているのだろうか?
あなたが自分で考えない限り、ジグソーパズルのパーツの山が出来上がるだけになってしまう。
それを組み立てることまで、誰かに教わるつもりだろうか?

いつまでも学び、教わり続けるだけではないということだ。
それだけにとどまっていては、いつまでも混乱したままになってしまう。
他人の考えの受け売りだけで、自分で考えていないから、何をどう扱えばいいか、わからなくなるのも当然なのだ。

もう充分すぎるほど教わってきた。
これからは自分自身で考えよう。
自分で考えるのが怖いといって、他人に教えを請うことが、更なる迷宮にあなたを引きずり込んでしまうのだ。
誰かの考えにすがろうとするから、矛盾だらけになってわからなくなる。

一つずつ、あなたにとって確かなものを積み上げていこう。
子どもの頃は自分で見つけてやろうという冒険心や意欲にあふれていた。
自分の考えを否定され、馬鹿にされて、自分で考えることをあきらめてしまったのだろうか。
そんなことはない。あなたの自分で考えることへの意欲は、他人の教えの奴隷になるのを止めれば、いくらでもよみがえってくるだろう。今まで積み上げてきた考えは、高く積み上げすぎて、今にも崩れそうになっている。余計なものを集めすぎたのだ。一気に崩して、必要なものだけを採用していこう。

言葉を操作して考えるのではなく、あなた自身の考えを言葉として現れるようにするのだ。
似て非なる言葉を、安易に採用してはならない。
厳格に自分のチェックをくぐらせよう。

あなたの世界が楽しくてしょうがないものなら、喜べばいい。
しかしあなたの世界が憂鬱で、逃げ出したいところなら、あなたは自分で世界を書き換える必要がある。
いまだに、あなたが自分で考えることを否定する世界に操られているからだ。
自分勝手ではなく、自分が生き易い世界に書き換えるのだ。



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あなたが正しいと思っていることを他の人にも望むなら

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もしあなたが正しいと思っていることをするように、他の人にも望むなら、
かれらもまた自分が正しいと思っていることをやっているのだということに気づいてください。
そうでないと困ったことになるでしょう。
~バイロン・ケイティ

"If you want people to do what'right, notice that they're doing what's right.
Or suffer." - Byron Katie

https://www.facebook.com/theworkofbyronkatie/photos/a.10150536570889150.372583.93319279149/10152885577164150/?type=1&theater



わたしたちは、自分がやっていることが絶対正しいと思いたがります。
その絶対の正しさは、唯一無二の正しさであり、他に正しいものがあってはならないと思いだしたとき問題が起こり始めます。

わたしたちは、他の人も同じ考えを持ってくれることで安心します。
「この考えはいいみたいだから、あなたもやってみたら」と誘ってみるくらいならいいのですが、押し付けたくなるとき、そこで何が起こっているかを理解しておく必要があります。

あなたのすばらしいと思う考えを、受け入れようとしない相手が悪いのでしょうか?
そうではなく、あなたがなぜ自分の正しさを強要したくなるかを、知る必要があるのです。
それはあなたのエゴが、この考えが正しくないと困ることがあったり、他の考え方が自分のエゴの脅威となると感じてしまうのかもしれません。
そのことで、あなたは他者の考えが間違いだと攻撃したくなってくるのです。

エゴは、「それが相手のためにもなるから、自分の正しさを主張している」と言い張るかもしれませんが、それがどちらが正しいかの争いになっているなら、もはや正しさは置き去りにされているのです。

自分に関係のない「正しさ争い」が、いかにばかばかしいものに見えるか、あなたも経験があるでしょう。

「自分が正しい」という感覚は、よほど客観的な根拠がない限り、心理的な自己防衛のための争いの火種になってしまうのです。

その正しさは、
「あなたがそれにかかわっていなくても正しいことなのか?」
それとも、
「あなたを抜きにしたらどちらでも良くなってしまう正しさなのか?」
という問いかけが、あなたのエゴの存在を見破ってくれるでしょう。

そしてもう一つ、あなたと同じ考えの人がいてくれると、うれしいと思うかもしれませんが、それはあなたの思い込みでしかありません。
言葉の上では一致したとしても、あなたの正しさと相手の正しさは、異なるものです。
むしろまったく一致するという方が、不思議なことです。

あなたは相手の考えを変える必要などないのです。
それは、相手がかかわる領域です。あなたの仕事ではありません。

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。
私は私。あなたはあなた。
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。


「ゲシュタルトの祈り」より


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