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手放すための秘訣

 
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生きている川は、やはりいつも流れていて、毎瞬、毎瞬入れ替わっているものです。
 
川を見ていると、中で流れてくるゴミをせき止めているところがありますね。
 
そこには、いろんなものが引っかかっては、蓄積したり、剥がれて流れていったりしています。
 
しかし、そこに留まっているものは見ていても美しくない腐敗した現実です。


 そのようなものを作り出すのは、「流れたくない」と抵抗してしがみついている思いにほかなりません。
 
流されてしまうことへの恐れ。
 
「しがみついて今の場所に留まっていれば、昨日と同じでいられる」
という恐れからの抵抗が、ガラクタをどんどんせき止めていきます。
 
そこにあるのは、いいかげん、うんざりしてきている現実なんです。
 
しかし、代わりにもっといいものがあることを信じられない、それだけのためにそこにしがみついているのです。
 
手を離しさえすれば、流れに乗って新しい可能性を見せてくれる場所に移動することが出来ます。
 
色あせた後悔や執着の山は、きれいに流されていきます。
 
あとには、いつも新鮮できれいな水が流れる、蘇った川の流れが出来あがってくるのです。
 
そのようなものを作り出すのは、「流れたくない」と抵抗してしがみついている思いにほかなりません。
 
流されてしまうことへの恐れ。
 
「しがみついて今の場所に留まっていれば、昨日と同じでいられる」
という恐れからの抵抗が、ガラクタをどんどんせき止めていきます。
 
そこにあるのは、いいかげん、うんざりしてきている現実なんです。
 
しかし、代わりにもっといいものがあることを信じられない、それだけのためにそこにしがみついているのです。
 
手を離しさえすれば、流れに乗って新しい可能性を見せてくれる場所に移動することが出来ます。
 
色あせた後悔や執着の山は、きれいに流されていきます。
 
あとには、いつも新鮮できれいな水が流れる、蘇った川の流れが出来あがってくるのです。

☆~⌒☆ 
YouTube - ガイ・フィンリー~『手放すための秘訣』
http://youtu.be/jspTjcmeMLI
 
ガイ・フィンリーはビデオで次のことを語っています。
 

~手放すための秘訣(ガイ・フィンリー)~
 
手放すための秘訣とは・・・
「人生は、あなたが手放さなくてはならないものより
もっともっと素晴らしいものをプレゼントしてくれる」
それをあなたが知ることです。
 
それをしっていることが
「手放すため」「恐れのない自分であるため」
「心穏やかな自分自身であるため」の秘訣です
 
人生とは、完全無欠な流れを持っていること
そこには一切矛盾がなく
人生に起こることには
ひとつも対立するものがないということに
私たちが気づいた時
 
私たちは、人間として
人生そのものの基盤を魂の出来事として
捉えることができるようになるのです
 
そこで・・・
人生には、なぜ望まないこと
抵抗していることが起こるのですか
と聞いてくる人がいるのですが
 
答えは簡単です
 
なぜなら私たちは、その嫌な出来事は
私たちから何かを奪おうとしているんだと
思い込んでいるからなのです
 
ある意味これは確かかもしれませんが
でも人生は、もっと素晴らしいものを与えることなく
ただ取り上げるなんていうことは決してないのです
 
そこで、私たちが手放すことを同意した時に
人生が与えてくれる
もっと素晴らしいものとは何なのかと言うと
 
それは・・・その時までにあなたが
自分が自分だと思い込んでいた自分というのは
花にとっての種のようなものだったんだ
ということへの気づきなのです

 
人生はそのようにやって来ては
私たちを動かし、駆り立てるのです
 
そうすれば、新しい可能性が
実現可能になるからなのです
 
でもそれも、私たちが
自分自身の高次の目的を認識することを通して
実現可能になってくるのです
 
それが毎瞬、毎瞬起こっているのです
それが「手放すための秘訣」です

 
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役割を果たすのは疲れる

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今日一日やることを終えて疲れ切っているようなら、あなたは自分のやりたいことをしていないのが原因かもしれません。
 
「役割」「規則」「義務」、こういったものに縛られて、いつのまにか自分が自発的にやりたいと思う事が少しも出来なくなっている可能性はないでしょうか。
 
役割を演じるためには、「自分はこうあらねばならない」という基準で自分を縛らなければなりません。
 
 
仕事などを覚えるときは、最初は決まりに従って練習や訓練をすることになるでしょう。
 
しかし、慣れてくれば、そのような枠組みは取り払って、今までの経験から自分のやり方を見つけ出すものです。
 
ところが、役割や規則にとらわれすぎてしまうと、本来はそのやり方を覚えるための手段でしかなかったものが、いつのまにか、それ自体が目的になってしまうことがあります。
 
自転車に乗る練習のために、最初は補助輪をつけて練習しますが、この補助輪をつけたままでいたのでは、2輪での走行をいつまで経っても覚えることが出来ません。
 
決まり事は、習得までの手段としては有効でも、どこかでそれを捨てて自分のやり方を編み出す必要があります。
 
それをしないと、いつまでもあなた自身に戻ることが出来ません。
 
ずっと役割から、行動していては不必要な行動を無理矢理取ったり、感情を無視して行動しなければなりません。
 
それは、やりたいことができないという禁止されたことから来る疲れと、借り物のやり方を強要されることから来る疲れの両方をもたらし、あなたをへとへとに疲れさせてしまいます。
 
あなたはいつも自分で動いている感覚が持てません。
 
そのことで押さえつけている不満が、仕事とはいやいやするものだという思いを作りだしてしまいます。
 
「いやなことを我慢するのが仕事というもの」という考えを絶対のものだと思い込んでいないでしょうか?
 
必要がなくなったら決まりはすてて、自分のやり方で自由に行動すべきなのですが、なかなかその可能性を検討しようとしません。
 
 
いままでのやり方を捨て去る選択が出来ない理由があるのなら、それをまず解決して自由なやり方を取り戻すことを考えてみるべきです。
 
それが仕事なら、ある程度技術が習得できたら、自分の好きなやり方を思い切って取り入れてみましょう。
 
会社などの決まりがあるのなら、あなたから提案して、新しいやり方を取り入れることは考えられないでしょうか。
 
家族の中での役割、たとえば、父親、母親、娘、息子といったものが、あなたを束縛しているのなら、常識にとらわれずに、その役割をあなたなりに変更してしまいましょう。
 
社会的な役割には、絶対的な決まりなどないはずです。
 
むしろそれは、社会が強要しているのではなく、あなたの内面にある決まり事がそうさせているのではないでしょうか。
 

 
たとえば、あなたが父親とは母親とは、こうあるべきものと思い込んだこと、あるいはまわりの人からコピーして取り込んだものは、必ずしもあなたには合っていないのかも知れません。
 
自分のの自由なやり方に変えるという可能性に気がつけば、もっとあなたらしいやりかたというのが見つかるはずです。
 
だれも、あなたなりの父親らしさ。母親らしさを、批判する権利はありません。
 
誰も傷つける心配がない方法なら、他の人と違うからといって、引っ込めることはありません。
 
社会の基準など、めまぐるしく変わるものです。
 
変化しないで、役割に縛られることは、新しい場所を恐れてその場にしがみついているようなものです。
 
手放す決心をすれば、すぐに新しい世界が見えてきます。
 
この文章を読まれている方は、Facebookを使っている方が多いかと思いますが、いままでのSNSの匿名主義をすてて、実名での交流を始めたことをどのように感じられるでしょうか。
 
わたしは、ブログも何年かやっていますが、FBの後でブログの交流に戻ってみると何か物足りなさを感じます。
 
一部の人を覗いて、相手がいつまでも見えてこないという印象を持ってしまいます。
 
もちろんFBでも実際にあったことのある人はごく一部でしょうが、実名や顔写真を見ながらの関係は想像以上にリアルさを伴った関係を作りだしてくれるものです。
 
匿名のままでの関係性というのは、ここで言っている「役割」を演じるということに置き換えて考えれば、分かりやすいでしょう。
 
ブログとFBを比べたとき、そこにあるのは、小さな違いのように見えても、その楽しさやリアルさは格段に違うことに気がつかれているはずです。
 
いまの自分の「役割」もちょっと変えて見るだけで、とんでもない違いを作りだしてくれるかもしれません。
 
 
 いつまでも決まりに縛られて役割を続けると、ストレスがあなたをダメにしてしまいます。
 
なぜこんなに疲れるのだろうと思いながらも、それは変えられないものだと思い込んでいないでしょうか?
 
いままでのやり方を振り返って見ましょう。
 
ちょっと変えるだけで、大きな違いが生まれてくるかもしれません。
 
変えられないと思い込んでいる役割から解放されてみましょう。
 
やろうと思えば出来たのに、やりたいことをやらなかったというのは、かならず大きな後悔を生みだします。
 
いますぐ決まりをすてて、あなたのやり方に切り替えることに挑戦してみてはいかがでしょう。

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批判したくなる相手にあなたを発見する

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あまり気が進まないワークです。

人によっては、不愉快になるかもしれません。
 
しかしその成果は、理屈を捏ね回しても気がつかない画期的なものになる可能性があります。

自分の不機嫌さの原因を笑えるようになったとき、世界は違って見えてきます。
 
 
あなたは、他人の行動にいらだったり、批判したくなります。
 
そんな相手を見た途端に、あなたは何か批判の言葉をひねり出したくなるのです。
 
なぜそれが、あなたをいらだたせるのでしょうか?
 
それは、誰が見ても批判したくなる行動なのでしょうか?
 
それとも、あなただけが、そう感じるのでしょうか?

「誰だって怒りたくなるに決まっている!」と決め付けないで、公平に判断してみてください。
 
 
 
そんな他人の中に見る、あなたの嫌いな部分こそ、実はあなたがもともと抱えているものかも知れません。
 
あなたの一部分だった、そのような行動を、何らかの理由で封印したり、捨て去ってしまったのかも知れないのです。
 
それでなければ、他人の中に見たその行動に、いらだちを感じる必要は無いのですから。
 
それはあなたの失ってしまった一部分、認めたくはないけれど。
 
なぜそれを嫌うのでしょう。
なぜそれを見ていらだちを感じるのでしょう。
 
それを探ってみるのは、気が進まないけれど、非常に有意義な発見をもたらすでしょう。
 
いやな行動を、あえて思い浮かべたくないと思うでしょうが、それによってあなたの手放せない一面を取り戻す助けになるかも知れません。
 
ですから、まずはあなた自身が、その行動を自分自身で演じてみるのです。
 
その行動を相手がこうするであろうと想像するまま、あなたが演じてみます。
その行動を説明したり描写することと、実際にやってみることはまったく違います。
 
どのような感じを持つでしょう?

何かを思い出しますか?

誰かがそこにいますか?

なぜ嫌っているのか、何かに気づきますか?
 
そのことで、誰かを傷つけたりしたのでしょうか?
 
それとも、あなたがその行動を取ったことで、まわりの誰かが機嫌を悪くしたのでしょうか?
 
 
 
無理に正確な起源を思い出す必要はありません。
 
あなたがそれで、「どのように感じるか」を、実際に体感してみることが大事なのです。
 
それは、いま目の前にいる、嫌いに思った相手とは直接は関係ありません。

また、その人との関係を、どうこうしようと考えるのでもありません。
 
そのように考えてしまうと、自分の期待で、本当の感じ方を見失ってしまうかも知れません。
 
ただ、その仕草を、行為を、自分で演じてみることです。
 
どのような感じを持つでしょう?
何かを思い出しますか?
誰かがそこにいますか?
なぜ嫌っているのか、何かに気づきますか?
 
そして、それはかつて、自分の持っていた、自分自身の一部だったのでしょうか。
 
誰かを傷つけましたか?
それは、まわりのあなたにとって大事だった人でしょうか。
あるいは、傷ついたのは、あなた自身だったのでしょうか。
 
演じてみた結果、いまでも、その行為が嫌いでしょうか。
何かいやな感情を引き起こすでしょうか。
 
それとも、かつての自分自身だったことを、思い出したでしょうか。
 
 
 
かならずしも、発見があるとは限りません。
大した理由ではなかったかも知れません。
 
でも、何度もあなたが気にかかることであれば、置き去りにできないあなたが、そこにいる可能性が高いのです。
 
あなたが本当に思い出すまで、それは繰り返してあなたの前に現れるでしょう。
 
無理をしなくても良いですから、何かを感じ取れるまで、試して見るのが良いかもしれません。
 
その行為そのもの、その言葉そのもの、その仕草そのものに、あなた自身がなってみるのです。
 
無理に結果を出そうと考えを使っては、それを取り逃します。
あくまで、体感してみることです。
 
わかりにくいと感じたら、それを誇張して演じてみるのも良い方法です。
おおげさに、その言葉、その仕草、その考えを演じてみましょう。
 
 
 
もともとあなただったもの、
何かの理由で自分ではないと決めてしまったこと、
 
意地を張っているほど、不愉快に感じるでしょう。
素直になれないときには、聞くんじゃなかったと思うかも知れません。
 
もしかすると、それは今一番嫌っているものかもしれません。
 
それはでも、今でも気になっていること
いつもあなたのエネルギーを要求しているものです。
 
自分のものと認めてしまえば、肩の荷が下りて世界は一変する可能性があります。



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何も拒んではならない

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「私」がなければ
あなたは自由だ
「私」があるとき
あなたは束縛されている

このことを見極めなさい
それはたやすい

何にもしがみついてはならない
何も拒んではならない

アシュターヴァクラ・ギーター



私たちが慣れ親しんでいる考え方のひとつ。

「その時がくればよくなる。だからそれまでは我慢しなさい。」

というものです。

それは、幼い頃から叩き込まれる。

最初に出くわすのは、学校かもしれない。

卒業すれば、新しい世界が待っている。それまでは我慢してがんばりましょう、となだめられる。

3年間がんばれば、自由な世界が待っているかのように、匂わせる説得を信じ、卒業までがんばったのに、その後に待っている世界は、今までと一向に変わってはいない。

それどころか、徐々に社会に組み入れられて、束縛は増えてきているようにも感じてしまう。

学生時代は、自分で判断したり、それをやめたりする力は持てないかもしれない。

しかし、今ならそれを打ち破ることもできるでしょう。

今の自分が自由でないなら、あるときまで我慢すれば、それができるようになる、自由になれるというのは、ごまかしでしかない。

今が自由でないなら、いつまで待っても自由にはなれない。

今が束縛を感じないでいられるなら、これから先も自由でいられる。

そうでないなら、いつまで待っても変わることはない。外側から自由が与えられることはないのです。


「何にもしがみついてはならない」


その時がくればよくなるという発想につきものなのは、「成果」というゴールです。

それまでは、ゴールをめざして、それの邪魔になるものは排除しなさい。

暗黙のうちに、そう教えられていることになる。

その排除を続けていること自体、もはや自由ではないことに気がつかなければならない。

ゴールに到達すれば自由になれるなんていうのは、大嘘なのです。

今現在、自ら自由を放棄して束縛を課している自分がいるのに、その路線上の自分があるとき突然、違う自分に慣れるはずはありません。

表面上のゴールにたどり着いても、卒業しても何も変わらなかったのと同じで、新しい世界など待ってはいないのです。

同じような錯覚は、今いる環境から、別の環境や、別の場所や、別の人間関係やらに移れば、自分も突然別の人間に変われるというものです。

今の人間関係が、束縛や障害だらけなら、それを受け取る自分を変えなければ、どこに移っても、同じような人たちが現れるのは当然なのです。

しがみついているのは、「今の自分」のやり方や信念なのです。

それはしがみつくほど、断ち切ることが難しくなります。

こんなにがんばって、こんなに尽くしてきたのに、それが間違いだなんてとても信じられない。

今までやってきたことが、間違っていたと認めるなど、とてもできない信じがたいことになっていくのです。

しがみついていることを見極めることと平行して、それを阻止してくれるきっかけは、起きてくることをそのまま受け入れてもいいと思える余裕です。


「何も拒んではならない」


現実を拒まないとき、ようやく今までしがみついていたものが、「私」だったことに気がつきます。

すべては、「私」のやり方、「私」の信じるもの、「私」が受け入れるもので構成されてきたことに気がつきます。

そして、「私」が受け入れがたいものは、排除すべき敵だったのです。

無意識のうちに拒んでしまうのはだれか?

それこそが「私」であり、現実とは異なるものだったのです。

私にこだわるほど、「私」から見える世界は、必然的に拒みたいいやなものにあふれてくるようになります。

受け入れがたいできごと、いやな社会、どうしてこんな人が世の中にいるの?という思いは、あなたの「私」しだいで、いくらでも醜悪なものにもなる。

しかし、そんな「私」にこだわるのをやめて、拒むことをやめるにしたがって、世界は快適なものに変わります。

まさに「世界はわたしのためにあるみたい」と思うこともできます。

「私」に従うのではなく、あなたが世界と一体になることを受け入れたのですから、当然の成り行きで、束縛する相手も居なくなるわけです。

敵対する相手も、「私」がいなければ成り立ちません。

あなたが絶えず抵抗しようとしてきた相手こそ、「私」の中に存在し続けていたのです。

あなたの敵も、あなたにとって不愉快な人や社会も、すべては「私」が作り出してきたものなのです。


「私」がなければ
あなたは自由だ

「私」があるとき
あなたは束縛されている

このことを見極めなさい
それはたやすい

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なぜ嫉妬するのでしょう?


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なぜ嫉妬するのでしょうか。
 
そもそも嫉妬とはどういうものでしょうか。
 
あなたが自分以外のものにあこがれて、今と違う自分になりたいと思うのが嫉妬の原因ではないでしょうか。
 
ところが今の社会は、そのあこがれるものをまき散らすことで成り立っています。
 
あなたに「何をしなさい」と訴えるのが得意で、しかし「どのようにしなさい」とは教えてくれません。
 
「何をしなさい」はそこら中にあふれています。
 
「あたらしい○○欲しいでしょ?」
「もっと楽に手に入る方法がありまっせ」
 
あなたが、SNSでほかの人の書いた記事を眺めていると何に出会うでしょう?
 
「わたしは○○を手に入れたよ。とってもよかったよ。」
 
>そうか、それなら私もほしいな。
 
>あの人はラッキーだな。自分もそうなりたいな。それに比べて。。
 
あっという間に嫉妬の原因を収集しはじめていることになるでしょう。
 
情報はたくさん集めれば良いとは限りません。
 
「たくさんあった方が、より正確な情報を見つけられるはず。」という論理を信じているかも知れません。
 
しかしそれによって、いかに有害な情報のシャワーにさらされることになるかを考える方が大事ではないですか。
 
子どもがおやつは一杯ある方がいいというような論理ではなく、すぐにあなたを嫉妬まみれにしてしまうものは、有害だから避けるべきと思った方が良いのです。
 
それとも、あなたは、そんなものに影響されない人間になるんだと修行でもする気でしょうか。
 
有害だと認めたら、防御すべきでしょう。インフルエンザがはやっていると聞けばマスクをして、うがい・手洗いを考えるでしょう。
 
無防備に嫉妬の原因に飛び込んでいく必要はありません。
 
遮断できることは遮断して、自分以外のものになるのではなく、ありのままの自分を振り返って受け入れることを考えみる。
 
それをしないから、たちまち社会の「何をしなさい」攻撃にやられてしまうのです。同調していないと罪悪感を感じる様になるのもすぐでしょう。
 
「嫉妬はよくありません。嫉妬しない人間になりなさい。」という意見は一見まともに思えますが、これ自体が嫉妬の一部なのです。
 
なぜなら、自分以外のものになりなさいと言っているからです。
 
嫉妬している自分に気がついたのなら、それも今のありのままの自分の姿であると、素直に認めることからスタートするしかありません。
 
「嫉妬しないでいられる人」を目指すにしても、実際になるのは不可能でしょう。
 
そんな現実離れをしたことを願うのではなく、新たな嫉妬を作り出さない生き方を見つけることの方が現実的で大事なことではないでしょうか。
 
自分以外のものになることで幸せになる、と信じるのをやめることです。
 
ありのままの自分を受け入れられるようになることが、すなわち嫉妬に縁のない生き方を作りだしてくれるのです。
 
そしておそらくそれが唯一の嫉妬を防止する方法なのでしょう。
 
また、そこから今度は「ありのままの自分を味わう」余裕が初めて生まれてきます。
 
嫉妬しているより、そのままの自分の生み出す世界には本物の充実感があることがわかってくれば、外を探し回っていたことのばからしさがわかってきて、自然と足は遠のきます。
 
 
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なぜか自分の気持ちと正反対のことを
言ってしまって相手を傷つけてしまったり…。

「つまり、何が言いたいの?」、
「ん?結局それはどういうこと?」、

と呆れられたり馬鹿にされたり…。

コミュニケーションが上手くいかないと、
損どころか様々なシーンで散々な思いをします。

ダン・オコナーによれば、
現実的な話、実に世の中の90%以上の人が、無意識の内に
『会話において重大な間違いを犯してしまっている』とのことです。

単純に鵜呑みにしなくてもいいですが、こういったコミュニケーションの
法則や発想は、あなたの発想に刺激を与え、自分なりに吸収すれば、
いつの間にかあなたは変わっていくでしょう。

この無料eBOOK『SAY THIS NOT THAT!』は
非常に役に立つ一冊になるでしょう。

無料eBOOK『SAY THIS NOT THAT!』
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